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第10章
83話
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ブギーの異常さに、居合わせた全員が驚愕した。
先ほど投げ捨てられた斧使いは動く気配もなく転がっている。そんな彼を嘲笑うかのように、彼の頭を踏みつけたり、斧を拾い上げて愉快そうに笑う男たち。アニエスからすれば、不快以外の何者でもなかった。
ぐぐぐ、と。腰に携えている剣を握る力が籠る。恐怖のあまり、下がろうとした弓使いが腰を抜かす。
「む、無理だよ……あんな、錨を持ち上げれるほどの常識外れなやつなんて!」
必死に助けを求めようと、双剣使いへと目を向ける。
がたがた、と。震えている彼女を横目に、双剣使いである彼は剣を構えなおした。どうやら、ブギーの馬鹿力を前にしても闘志は尽きていなかったようだ。冒険者としての誇りか、男として引けない戦いなのか。彼は、頬を引きつらせて。
「続き、か。そんなに楽しいのなら、僕の剣の錆になるといい!」
姿勢を屈め、一目散に駆け出す。
対するブギーは、どこか上機嫌にふんす、と。鼻息を吐き出した。
「余裕ぶってるんじゃねぇッ!!!」
駆ける足を器用にずらしながら、直線ではなく角度をつけながら突っ込んでいく。懐へもぐりこみ、双方に握りしめた剣が振るわれる。だがしかし、彼が目にしたのは相手の鮮血でも苦痛に悶える姿でもなかった。
──迫り来る、錨だったのだ。
「ひぃッ!?」
咄嗟に剣を重ねて身を守る構えを取る。それで防げれば奇跡だ。すると、ブギーはそれすらも狙っていたかのように錨を寸で止め、その大きな身体を勢いよく回した。続くかの様に錨が円を描き、双剣使いの横腹へと叩きこまれた。
「おごぉ……ッ!?」
身体が『く』の字に折れる。
勢いを殺しきれないまま、双剣使いは無惨にも血反吐を吐き出して転がる。
「ぶほ、ぶほほ! よわい、きみもよわい!」
だん、と。地面へと錨を下ろすと、ブギーは彼を指さして大笑いした。
戦闘狂なんてものではない。人をなぶり、楽しみ、殺す──ただの殺人鬼。
それも、戦闘にかなり慣れている。相手の行動、思考、判断。そのすべてに対して、経験という概念に物を言わせているに違いない。勘だけで動いているわけではないのだ。ブギーという男がひとりいれば、数人を虫のように殺すことさえも造作ないのだから。
「ごほ、ごほッ……アニエス、逃げなさい……」
呆然と立ち尽くす彼女に、肩にしがみついたカルミアが声を掛ける。
暗殺者と暴君。相性で言えば最悪だ。正面から対峙するとなれば、暴君に利があるからだ。本来の戦いである暗闇からの奇襲。と、言ったものは昼間である現時点では意味を成さない。故に、勝てないと踏んだカルミアは、アニエスだけでも逃げてほしいと願ったのだ。
「む、無理なのよ……足が、足が動かないの……」
一方的な殺戮を前に、絶望と悲観の入り混じった表情を向けるアニエス。
咳き込む度に血の量が増えていく。己の寿命が残り少ないことを悟ったのか、カルミアはアニエスの傍からよろよろと離れると、先ほど叩きつけられた場所に転がっていた自身の剣を手に取った。
「うぐ、ごほごほッ! いい? アニエス、逃げるのよぉ……」
「そんな、カルミアさん……ッ!?」
力なく握られた剣。
血の気の引いた顔。
次第と増える吐血。
はっきり言って、まともに立っていられる状態ではない。
「早く……逃げなさい!」
苦しそうに、今にも倒れてしまいそうな背中。
この時、アニエスは後悔した。自身が今までなにもしてこなかったこと。採集依頼しかしてこなくて、まともに剣を振るってこなかったこと。叔父に頼んで、少しでも経験を積んでこなかったこと──今となっては、どうすることもできないことばかりだ。
「カルミア、さん……ッ!!」
涙を浮かべ、ブギーへと剣を突きたてた背中へと名を叫ぶアニエス。
そんなことお構いなしに、ブギーは錨を振り上げる。それが振り下ろされる瞬間、アニエスは泣き叫びながらも声を張り上げた。
「誰か……誰か、助けてよッ!!!」
目の前で、良くしてくれた人が殺されてしまう。怪我をして、血反吐を吐いてまで、自身を逃がそうとしてくれている人の命が、絶たれてしまう。嫌だ。それだけは嫌だ。一緒に戻って、また笑い合いながら話をしたい。面倒見のいい姉のように──また、微笑みかけてもらいたい。
「きみもしんじゃぇえええええ──ッ!!!」
「カルミアさぁああああんッ!!」
「────ッ!!」
アニエスの声に反応するかのように、カルミアは身を翻し、両手で握り締めた剣を肩に掛けるようにして受け流す。どごん、と。強い衝撃が地面を伝い、最後の悪あがきをしてやったりと、弱々しく微笑んで見せるカルミア。だが、次の一手を打つ前に身体の限界が来たのか、握る剣を落としてからゆっくりと倒れ込んでしまった。
「や、やめて……お願いだから、やめてぇ!」
力の限り叫ぶアニエスを他所に、ブギーは再度錨を持ち上げた。
「ぶほほ! つぎははずさな──ぶごぉお!?」
刹那、横腹へと叩き込まれた拳によって、その巨体は近くにいた輩を巻き込んで吹っ飛んでいた。
「……うちの姪を泣かせる野郎は、どこのどいつだ?」
先ほど投げ捨てられた斧使いは動く気配もなく転がっている。そんな彼を嘲笑うかのように、彼の頭を踏みつけたり、斧を拾い上げて愉快そうに笑う男たち。アニエスからすれば、不快以外の何者でもなかった。
ぐぐぐ、と。腰に携えている剣を握る力が籠る。恐怖のあまり、下がろうとした弓使いが腰を抜かす。
「む、無理だよ……あんな、錨を持ち上げれるほどの常識外れなやつなんて!」
必死に助けを求めようと、双剣使いへと目を向ける。
がたがた、と。震えている彼女を横目に、双剣使いである彼は剣を構えなおした。どうやら、ブギーの馬鹿力を前にしても闘志は尽きていなかったようだ。冒険者としての誇りか、男として引けない戦いなのか。彼は、頬を引きつらせて。
「続き、か。そんなに楽しいのなら、僕の剣の錆になるといい!」
姿勢を屈め、一目散に駆け出す。
対するブギーは、どこか上機嫌にふんす、と。鼻息を吐き出した。
「余裕ぶってるんじゃねぇッ!!!」
駆ける足を器用にずらしながら、直線ではなく角度をつけながら突っ込んでいく。懐へもぐりこみ、双方に握りしめた剣が振るわれる。だがしかし、彼が目にしたのは相手の鮮血でも苦痛に悶える姿でもなかった。
──迫り来る、錨だったのだ。
「ひぃッ!?」
咄嗟に剣を重ねて身を守る構えを取る。それで防げれば奇跡だ。すると、ブギーはそれすらも狙っていたかのように錨を寸で止め、その大きな身体を勢いよく回した。続くかの様に錨が円を描き、双剣使いの横腹へと叩きこまれた。
「おごぉ……ッ!?」
身体が『く』の字に折れる。
勢いを殺しきれないまま、双剣使いは無惨にも血反吐を吐き出して転がる。
「ぶほ、ぶほほ! よわい、きみもよわい!」
だん、と。地面へと錨を下ろすと、ブギーは彼を指さして大笑いした。
戦闘狂なんてものではない。人をなぶり、楽しみ、殺す──ただの殺人鬼。
それも、戦闘にかなり慣れている。相手の行動、思考、判断。そのすべてに対して、経験という概念に物を言わせているに違いない。勘だけで動いているわけではないのだ。ブギーという男がひとりいれば、数人を虫のように殺すことさえも造作ないのだから。
「ごほ、ごほッ……アニエス、逃げなさい……」
呆然と立ち尽くす彼女に、肩にしがみついたカルミアが声を掛ける。
暗殺者と暴君。相性で言えば最悪だ。正面から対峙するとなれば、暴君に利があるからだ。本来の戦いである暗闇からの奇襲。と、言ったものは昼間である現時点では意味を成さない。故に、勝てないと踏んだカルミアは、アニエスだけでも逃げてほしいと願ったのだ。
「む、無理なのよ……足が、足が動かないの……」
一方的な殺戮を前に、絶望と悲観の入り混じった表情を向けるアニエス。
咳き込む度に血の量が増えていく。己の寿命が残り少ないことを悟ったのか、カルミアはアニエスの傍からよろよろと離れると、先ほど叩きつけられた場所に転がっていた自身の剣を手に取った。
「うぐ、ごほごほッ! いい? アニエス、逃げるのよぉ……」
「そんな、カルミアさん……ッ!?」
力なく握られた剣。
血の気の引いた顔。
次第と増える吐血。
はっきり言って、まともに立っていられる状態ではない。
「早く……逃げなさい!」
苦しそうに、今にも倒れてしまいそうな背中。
この時、アニエスは後悔した。自身が今までなにもしてこなかったこと。採集依頼しかしてこなくて、まともに剣を振るってこなかったこと。叔父に頼んで、少しでも経験を積んでこなかったこと──今となっては、どうすることもできないことばかりだ。
「カルミア、さん……ッ!!」
涙を浮かべ、ブギーへと剣を突きたてた背中へと名を叫ぶアニエス。
そんなことお構いなしに、ブギーは錨を振り上げる。それが振り下ろされる瞬間、アニエスは泣き叫びながらも声を張り上げた。
「誰か……誰か、助けてよッ!!!」
目の前で、良くしてくれた人が殺されてしまう。怪我をして、血反吐を吐いてまで、自身を逃がそうとしてくれている人の命が、絶たれてしまう。嫌だ。それだけは嫌だ。一緒に戻って、また笑い合いながら話をしたい。面倒見のいい姉のように──また、微笑みかけてもらいたい。
「きみもしんじゃぇえええええ──ッ!!!」
「カルミアさぁああああんッ!!」
「────ッ!!」
アニエスの声に反応するかのように、カルミアは身を翻し、両手で握り締めた剣を肩に掛けるようにして受け流す。どごん、と。強い衝撃が地面を伝い、最後の悪あがきをしてやったりと、弱々しく微笑んで見せるカルミア。だが、次の一手を打つ前に身体の限界が来たのか、握る剣を落としてからゆっくりと倒れ込んでしまった。
「や、やめて……お願いだから、やめてぇ!」
力の限り叫ぶアニエスを他所に、ブギーは再度錨を持ち上げた。
「ぶほほ! つぎははずさな──ぶごぉお!?」
刹那、横腹へと叩き込まれた拳によって、その巨体は近くにいた輩を巻き込んで吹っ飛んでいた。
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