INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh

文字の大きさ
227 / 293
第4章 燔祭

涅槃の彼方へ 4

しおりを挟む
記憶で構成された長期療養棟の中で、亜夢は咲磨の気配がする場所を片っ端から尋ねる。

……さくま! ……

まずは手近な亜夢の部屋だ。朝、微睡の中、さくまが起こしに来てくれた記憶が甦る。部屋はがらんとしていた。亜夢は集中して見回すが、咲磨の気配は既に立ち去った後のようだ。

……いない……

ぐずぐずはしていられない。すぐに判断し、扉を開けたまま駆け出す。直人もそれに続いた。

……ママ! ……

亜夢は次に実世の部屋を開ける。一度、ここで実世のヒントで咲磨を見つけた事がある。だが、やはり誰もいない。

……亜夢、闇雲に当たってはダメだ! 咲磨くんがよく行った場所なら……

亜夢は頷くと、咲磨の部屋を目指す。

ドアに触れる亜夢。

……ここ……いないみたい……

つぶやいた亜夢は、奥の食堂へと駆け出した。直人は、その様子に違和感を覚えたが、既に先を行く亜夢の後を追うしかなかった。


「急いでくれよ」東が焦り混じりで、IMCのモニターにもかろうじて共有されている、亜夢と直人が捉えた心象世界を見詰める。

「亜夢ちゃん……大丈夫、貴女なら絶対見つけられる」この一週間足らず、二人と多くの時間を共にした真世は、祈る気持ちを胸に見守った。残り時間、三分……。

食堂の張り出したベランダ。ここで海を見ながら語り合ったのを思い出す。

……死んだら何処へ行くのかな……海がいいな……

諦観しきった瞳を海に投げかけながら、咲磨が呟いた言葉。亜夢は、その言葉の意味が、今ならわかる気がした。

……さくま……絶対、死なせない! ……

食堂にもいない事を察した亜夢は、踵を返す。直人も続いて、意識の体を捻ったその時。

…………誰も……死なせたく……なかった……

……止められると……思った……

食堂の奥からなのか、それとも建物全体からなのか……その声が何処から聞こえるのかはわからない。

……僕が……僕だけが犠牲になれば……

…………皆、救われると思っていた…………

……それなのに……

直人は自分に絡みついてくる気配を感じながら、亜夢の後を追う。

亜夢は再び、咲磨の部屋の前に立っていた。

……僕は……ここじゃないよ……

…………ほんとうだよ、お姉さん……

扉の奥で咲磨が笑いかける気配がする。

……うそ……うそ……うそ、うそ、うそ! ……

……さくま、そうやって、にこにこして! ……いつも亜夢を騙すんだもん! ……だから‼︎ ……

亜夢は、今度は構わず扉を開ける。

……うっ⁉︎ ……

直人は思わずたじろいだ。部屋に押し込まれていた、重たく纏わりつく、水底のヘドロのような"空気"が溢れ出し、直人と亜夢を包み込む。姿はそこに見えないが、空間全体が『ヤマタノオロチ』で満たされているのだ。

部屋の中に何かの気配が収束して、一つの影を生み出す。

……さくまのママ? ……

幸乃の姿をゆらゆらと映す影が、亜夢に語りかけてくる。

……あむ……ちゃん……

…………さく……ずっと……ここに……

……連れて……行かない……で…………

その体は紛れもなく蛇だ。蛇のように身体をくねらせた幸乃の形をしたそれが、亜夢に迫る。

……あむ……ちゃん……

…………さくと……ずっと……いっしょ……ここで……ずっと……

……さくま……ママ……

亜夢の意識体はふらふらと幸乃の形をしたものに引き寄せられていく。幸乃の頭がゆっくりと持ち上がる。

……させるか‼︎ ……

亜夢は強い力に弾かれ、壁に倒れ込む。亜夢が顔を上げると、直人の意識体の腕と脚に何体もの蛇が絡みつき、動きを封じていた。

……なおと‼︎ ……

……来ちゃダメだ‼︎ ……

亜夢は、直人に駆け寄ろうとしたが、直人の厳しく張った声が、それを制する。

……今のうちに咲磨くんを︎‼︎ ……早く‼︎ ……

状況を理解した亜夢は力強く頷き、自分のなすべき事に集中する。

……さくま! ……

亜夢は意識体の両腕を左右いっぱいに伸ばし、瞑目して、この場に満たされた時空間情報の全てを掴みにかかる。

……赦さぬ……逃げる事は赦さぬ……

…………生贄を……生贄を……生贄を……生贄を……

直人の中に、『ヤマタノオロチ』に取り込まれた数多の想念が、悠久の大河のように流れ込んできていた。

幸乃の頭は、『ヤマタノオロチ』の記憶の中に見た、古代女性シャーマンの影に変わる。

……何故、そこまで生贄を? ……

直人は、問いかけてみる。

……何故? ……愚問……なり……

……自分達が救われる為に、他に犠牲を強いる……そんな事、許されるはずがない! ……

シャーマンの影は、直人の言葉が、馬鹿げた戯言だと言わんばかりに嘲笑う。

……犠牲なき世など……どこにあろう? ……汝がよく……知ること……なり……

……くっ……

………数多の犠牲を重ねて……生き長らえてきた……汝が……

影の言葉は、直人の原罪を呼び覚ます。

……違う! オレは、オレは犠牲を望んだわけじゃない‼︎ ……

直人を絡みとる蛇が、締め付けを強める。

……僕だって……

……さくま⁉︎ ……

亜夢は、昨日、隠れんぼで咲磨を見つけ出した時と同じ、クローゼットの奥に咲磨の気配を感じ取り、駆け寄るとその扉に取り付いた。

……僕だって……誰の犠牲も……

…………なのに、あの子供たちは……

部屋の壁に、あの日照りの中で捧げられていった子供たちの顔らしきものが浮かび上がり、悲しみと恐怖の怨嗟が不協和音を奏で始める。

臆する事なく亜夢は、クローゼットの扉を開けにかかる。扉は、重くびくともしない。

……あの時も……

部屋の風景が変わる。いつの時代かも、何処なのかもわからない。濁流の川を前に、別れを惜しむ両親。自分の身を投げ出せば……

そう願いながら、荒れ狂う水竜に呑まれた。

だが……その甲斐なく、大地は削られ、家々は流される……

また風景が変わり、つい先程の境内へと変わる。

……とぉ様……

郷を支配する森部の中に、『ヤマタノオロチ』の影を咲磨は何度も見ていた。『ヤマタノオロチ』の怨念と憎悪を鎮めぬ限り、郷、ひいては世界に安寧はない。

…………郷を……みんなを守りたかったのに……

……なのに……

…………誰も……誰も……

浮かび上がった父、慎吾の影に、無常に突き立てられる刀が心象世界を切り裂いてゆく。深い絶望が、暗い水底へと心象風景を変えた。

……誰も救えない……

直人を捉えていた力は、『ヤマタノオロチ』を作り出していたPSIボルテックスへと姿を変えていた。

……どうして……

咲磨の消え入りそうになる声をつなぎ止めるように、直人は声を張り上げた。

…………誰かの犠牲で……誰かの死で……たとえ命は救われても……心は救われない…………

……キミを待つ人に……キミを想う人に……哀しみが生まれる……

……キミを呼ぶ、亜夢の声が聞こえないのか!? ……咲磨くん‼︎ ……

……‼︎ ……

クローゼットのドアにわずかな隙間ができる。亜夢はすかさず手を入れた。

……さくま‼︎ ……

……さくまは、亜夢を助けてくれたよ!……

……水の中で……亜夢、怖かった……

……でも、さくまが亜夢の手を掴んで……

…………さくまと一緒に笑ったから……

……怖くなくなったんだよ!……

扉が開きかける。亜夢は魂の火を燃やして、手に力を込めた。

……‼︎ ……

……いっぱいお話しして、走って、遊んで!……

……亜夢は……亜夢は、さくまと一緒にいて!……

……嬉しかった!……楽しかった!……

二人の想い出が重なり合う。扉が少しずつ、開いていく。

……さくまは……亜夢を元気にしてくれた……初めてのお友達……

……さくまが居なくなって……亜夢だけ助かっても、そんなの……良いわけない!……だから、一緒に……

……さくまぁああ‼︎ ……

亜夢の想いが、炎となって溢れ出す。激しく燃え上がる生命の本能が、固く閉ざされた扉を焼き払う。

暗がりの中で、膝を抱えて蹲った咲磨の意識体『セルフ』が照らし出された。亜夢の放つ、眩い生命の輝きに咲磨は思わず手を翳している。

……おねぇ……さん……

意識体の瞳を潤わせながら、亜夢は、惜しみない微笑みを浮かべた。

……見つけた……

……さくま……みいっけ……

……あむ……ちゃん……

亜夢は手を伸ばす。咲磨は、戸惑いを見せたが、亜夢は力強く、更に腕を伸ばした。咲磨は、その手に触れる。

……死ぬための命なんて……ないんだよ……

いつか、亜夢が無意識の中で聞いた言葉が、自然と溢れた。大きな瞳で見つめ返す咲磨に、柔らかな笑顔が戻ってくる。

……行こう! ……

咲磨は小さく頷くと、亜夢の手を握った。

その瞬間、療養棟を描いていた空間は瓦解し、咲磨の身体が閉じ込められている、祈祷場の光景に変わっていく。

壁面が蠢き、風船のように膨らみながら、三人のいる空間を押し縮めてくる。その岩の壁面に不自然な切れ込みが現れた。切れ込みの奥からサニの意識体が、半身を現して声をあげる。

……こっちよ! 急いで‼︎ ……

直人は、未だ『ヤマタノオロチ』に絡みとられたままだ。

……なおと! ……

……サニ! 二人を頼む! ……

……センパイ⁉︎ ……

…………オレは大丈夫だから! ……早く! ……

今は直人を信じて、亜夢と咲磨の意識を先に回収するしかない。サニは二人の意識を時空間の切れ込みへ引き込んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

処理中です...