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第4章 燔祭
涅槃の彼方へ 3
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直人の目の前に、黒き炎を纏う蛇の頭がゆらゆらと現れる。蛇の頭の先には、絡みとられた亜夢の姿がみえた。
……亜夢!!……
…………良き魂……良き贄…………
……地の底から湧き出でし……大地を焼き尽さん……燃ゆる魂……良き魂……
もう一つの蛇頭に、咲磨の顔が浮かび上がる。
……さ……咲磨くん……
……汝、この魂を捧げし者か?……
咲磨の頭が問う。その表情に慈愛のかけらもない。幾年、幾多の想いが咲磨の形を借りて語らせているのであろう。
……違う!!二人を返せ!!……
直人は叫ぶ。
……返せ?……
……返すなど赦さぬ……逃げることは……赦さぬ……
朧げだった『ヤマタノオロチ』の身体と、無数の顔形を持った蛇首が現れる。魂の残滓なのであろう、その身体と首にも、あの『レギオン』と同じような数多の意識の目が浮かび上がり、その視線の全てが直人へと注がれる。
……咲磨くん!目を覚ますんだ!……これはキミの望むことなのか?……
直人の目の前に現れた咲磨は、何も答えない。
……亜夢は、キミを助けたい一心でここまで来た!……その亜夢まで、キミは犠牲にするのか!?……
……犠牲……
その言葉に、咲磨の蛇首は、硬直していた。見える首からは、とても全身を見通せない『ヤマタノオロチ』の身体へと細波が走る。動揺しているのだと、直人は理解した。
……犠牲……犠牲……とぉ……様……
亜夢を捕えている蛇首にも細波が伝わる。それを感じ取った亜夢が悶え、僅かに魂の火が灯る。
……さ……さく……ま……
亜夢の意識体は、咲磨を求めて手を伸ばす。
……亜夢!!……
亜夢は、何かを訴えるように直人を見つめていた。
……とぉ……様……
……とぉ様ぁああ!!……
頭上の何処からともなく、巨大な刃が出現すると、真っ逆さまに落下して咲磨の蛇首を切り裂く。切断された蛇首から溢れ出す血の大河は、容赦なく直人、亜夢、咲磨、そして『ヤマタノオロチ』の身体を飲み込んでいった。
重傷の慎吾を乗せた医療ヘリの目前に、滞空する猛禽のような塊が見え始める。
「<イワクラ>まであと三分程です!重傷者の搬出準備、急いでください!」
機長の声が、コンテナの医療区画に響く。
「伊藤くん、降りる準備を!」「はい!」
貴美子と伊藤は、機内で可能な限りの処置を施したが、慎吾の身体に現れる急性PSIシンドロームらしき組織の壊死症状は、進行を遅らせるだけが精一杯だった。あとは、<イワクラ>のPSI医療機器でどれだけ症状を緩和できるか……刀は何とか除去したが、その傷によって傷つけられた部位に及んだ壊死の進行は、機内では手の施しようもない。
「先生……この人はもう……」「伊藤くん、まだやれる事があるうちは、諦めてはダメよ!」
貴美子は、自身にも言い聞かせるように言う。黙して頷いた伊藤は、慎吾の口元が微かに動いているのに気づき耳を近づける。貴美子も彼の声を聞き取ろうと体を傾けた。
「……さ……く……お……れは……い……いん……だ……もど……って……」
再び、心停止を告げる警告音が鳴り響き、二人は、すぐに蘇生処置を試みる。
「生きて、咲磨くんに!!"お父さん"!!」処置を続けながら、貴美子は叫ばずにはいられなかった。
真っ暗闇だ……音も、光も無い。上下も大きさもわからない世界……
……亜夢!……
……咲磨くん!……
直人は、自身の意識の存在だけを頼りに、呼びかけてみる。視線の先で灯りが灯る。直人はそちらへ意識を指向した。灯りは小さな焔となって煌めいた。
……なおと!……
……亜夢!!……
直人の姿を認めた焔は、一回り大きく燃え上がり、亜夢の姿に変わる。そのまま直人の胸に飛び込む亜夢を、直人はしっかり受け止めた。
……亜夢、大丈夫か?……
……うん……さくまが……ここは来るところじゃないって……
……咲磨くんが!?……
亜夢は小さく頷いく。亜夢は、意識体の顔に焦りの色を浮かべている。
……あの人の声も……早くって……あと"ごふん"しかもたないって言ってる……
直人の意識体にも焦りが現れる。
……さくま……一人でいっちゃう……この暗いところで……ひとりぼっち……
直人は、亜夢の両肩を掴み、気持ちを乗せた。
……探そう!亜夢!どちらにせよ、咲磨くんが戻らなきゃ帰れない……
……でも、どうやって?……真っ暗で、何も見えない……何も聞こえないよ!!……
……亜夢、キミならきっと感じ取れる……
……キミを返したのは、咲磨くんの意志……きっと、まだこの暗闇の何処かに隠れているはずだ……
……隠れてる?……
……うん、隠れてるなら、必ず見つけられる!……
……隠れてる?…………隠れる……
亜夢の表情が急に晴れやかになった。
……隠れんぼ!!……
……さあ、残り五分だよ!見つけられるかな、亜夢ちゃん!……何処からともなく真世の声が響き渡った。
……よぉぉ~~し!!……
亜夢の意識体の火がメラメラ燃え上がると、暗闇が照らされ、直人も良く知る光景が浮かび上がってきた。
……ここは、長期療養棟!?……
亜夢の意識記憶と、この空間の何処かにいる咲磨の意識記憶が結びつき始めているのだと、直人は直感的に理解した。
亜夢は、咲磨の気配だけを頼りに駆け出した。
……亜夢!!……
…………良き魂……良き贄…………
……地の底から湧き出でし……大地を焼き尽さん……燃ゆる魂……良き魂……
もう一つの蛇頭に、咲磨の顔が浮かび上がる。
……さ……咲磨くん……
……汝、この魂を捧げし者か?……
咲磨の頭が問う。その表情に慈愛のかけらもない。幾年、幾多の想いが咲磨の形を借りて語らせているのであろう。
……違う!!二人を返せ!!……
直人は叫ぶ。
……返せ?……
……返すなど赦さぬ……逃げることは……赦さぬ……
朧げだった『ヤマタノオロチ』の身体と、無数の顔形を持った蛇首が現れる。魂の残滓なのであろう、その身体と首にも、あの『レギオン』と同じような数多の意識の目が浮かび上がり、その視線の全てが直人へと注がれる。
……咲磨くん!目を覚ますんだ!……これはキミの望むことなのか?……
直人の目の前に現れた咲磨は、何も答えない。
……亜夢は、キミを助けたい一心でここまで来た!……その亜夢まで、キミは犠牲にするのか!?……
……犠牲……
その言葉に、咲磨の蛇首は、硬直していた。見える首からは、とても全身を見通せない『ヤマタノオロチ』の身体へと細波が走る。動揺しているのだと、直人は理解した。
……犠牲……犠牲……とぉ……様……
亜夢を捕えている蛇首にも細波が伝わる。それを感じ取った亜夢が悶え、僅かに魂の火が灯る。
……さ……さく……ま……
亜夢の意識体は、咲磨を求めて手を伸ばす。
……亜夢!!……
亜夢は、何かを訴えるように直人を見つめていた。
……とぉ……様……
……とぉ様ぁああ!!……
頭上の何処からともなく、巨大な刃が出現すると、真っ逆さまに落下して咲磨の蛇首を切り裂く。切断された蛇首から溢れ出す血の大河は、容赦なく直人、亜夢、咲磨、そして『ヤマタノオロチ』の身体を飲み込んでいった。
重傷の慎吾を乗せた医療ヘリの目前に、滞空する猛禽のような塊が見え始める。
「<イワクラ>まであと三分程です!重傷者の搬出準備、急いでください!」
機長の声が、コンテナの医療区画に響く。
「伊藤くん、降りる準備を!」「はい!」
貴美子と伊藤は、機内で可能な限りの処置を施したが、慎吾の身体に現れる急性PSIシンドロームらしき組織の壊死症状は、進行を遅らせるだけが精一杯だった。あとは、<イワクラ>のPSI医療機器でどれだけ症状を緩和できるか……刀は何とか除去したが、その傷によって傷つけられた部位に及んだ壊死の進行は、機内では手の施しようもない。
「先生……この人はもう……」「伊藤くん、まだやれる事があるうちは、諦めてはダメよ!」
貴美子は、自身にも言い聞かせるように言う。黙して頷いた伊藤は、慎吾の口元が微かに動いているのに気づき耳を近づける。貴美子も彼の声を聞き取ろうと体を傾けた。
「……さ……く……お……れは……い……いん……だ……もど……って……」
再び、心停止を告げる警告音が鳴り響き、二人は、すぐに蘇生処置を試みる。
「生きて、咲磨くんに!!"お父さん"!!」処置を続けながら、貴美子は叫ばずにはいられなかった。
真っ暗闇だ……音も、光も無い。上下も大きさもわからない世界……
……亜夢!……
……咲磨くん!……
直人は、自身の意識の存在だけを頼りに、呼びかけてみる。視線の先で灯りが灯る。直人はそちらへ意識を指向した。灯りは小さな焔となって煌めいた。
……なおと!……
……亜夢!!……
直人の姿を認めた焔は、一回り大きく燃え上がり、亜夢の姿に変わる。そのまま直人の胸に飛び込む亜夢を、直人はしっかり受け止めた。
……亜夢、大丈夫か?……
……うん……さくまが……ここは来るところじゃないって……
……咲磨くんが!?……
亜夢は小さく頷いく。亜夢は、意識体の顔に焦りの色を浮かべている。
……あの人の声も……早くって……あと"ごふん"しかもたないって言ってる……
直人の意識体にも焦りが現れる。
……さくま……一人でいっちゃう……この暗いところで……ひとりぼっち……
直人は、亜夢の両肩を掴み、気持ちを乗せた。
……探そう!亜夢!どちらにせよ、咲磨くんが戻らなきゃ帰れない……
……でも、どうやって?……真っ暗で、何も見えない……何も聞こえないよ!!……
……亜夢、キミならきっと感じ取れる……
……キミを返したのは、咲磨くんの意志……きっと、まだこの暗闇の何処かに隠れているはずだ……
……隠れてる?……
……うん、隠れてるなら、必ず見つけられる!……
……隠れてる?…………隠れる……
亜夢の表情が急に晴れやかになった。
……隠れんぼ!!……
……さあ、残り五分だよ!見つけられるかな、亜夢ちゃん!……何処からともなく真世の声が響き渡った。
……よぉぉ~~し!!……
亜夢の意識体の火がメラメラ燃え上がると、暗闇が照らされ、直人も良く知る光景が浮かび上がってきた。
……ここは、長期療養棟!?……
亜夢の意識記憶と、この空間の何処かにいる咲磨の意識記憶が結びつき始めているのだと、直人は直感的に理解した。
亜夢は、咲磨の気配だけを頼りに駆け出した。
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