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第4章 燔祭
因縁生起 3
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繁華街の路地を入った、隠れ家的イタリアンレストランに、サニは先程落ち合った男性と共に訪れていた。地元の食材を使った、イタリアンを提供するこの高級店は、それなりに値が張る。一度は入ってみたかっただけに、彼の誘いに乗ってフルコースを堪能できたのはよかったが……。
同伴者は、用を出しに席を立っている。
……はぁ……センパイじゃ、こんな店、入れないもんね……
ドルチェを待つ間、一人になったサニは、ふとそんなことを思う。
…….やだやだ。なんでセンパイの事なんか……
…………どうしてるかなぁ……
ふと左手にディスプレイを表示させる。
『何してんですかぁ?』
脳裏に描いたメッセージが、瞬時にディスプレイに表示された。あとは、『送信』を押せば、メッセージは送られる。
何気に指を乗せようとする。ところが、何故かその手が止まり、ため息が漏れる。いつもなら、なんの躊躇いもなくメッセージできるのに。
「お待たせ」同伴者の声に、思わずボタンを押すと、左手を隠すように引っ込める。
彼は気にする風もなく、着席すると、間もなくドルチェが運ばれてきた。
「おいしかったね」「え?う、うん。今日はご馳走さま!伊藤"先生"」
「おいおい、"先生"はやめてくれよ」
「だって。まさかウチの病院の先生だったなんて」「サニちゃんだって。療養棟(あんなところ)で会うとは思わなかったよ」
サニが伊藤と出合ったのは、二年ほど前。日本に来だばかりで、この辺りをあちこち訪ね回っていた頃だ。
ここの海岸にある、岩礁に掘られた磨崖仏で有名な観光名所でたまたま知り合った。その磨崖仏について、一人、ヴァーチャルネットで調べながら見て歩くサニに、案内を買って出たのが流暢な英語を話せる伊藤だった。
穏やかで、知的な伊藤は、話もしやすく、一人異国に来たばかりのサニに、初めてできた日本の友人である。二人が男女の関係になるのにも時間はかからなかった。
しばらく二人の関係は続いていたが、サニがインナーノーツに入隊してからは、殆ど会っていなかった。
「……あの頃、研修医で色々嫌気もさしていてさ。医者に向いてんのかなって思ってて。なかなか言えなかったんだ」「そっか……」
「サニちゃんは、インナーミッションのスタッフ研修?だってね。僕らもあまりよく知らないけど……どんな事してるの?」「そ……それは」
「はは、いいよ。話せない事多いのはわかってるから」「ごめんなさい」
「……僕が興味あるのは、キミ自身だよ」「へっ?」伊藤は穏やかな笑顔を絶やさない。
「久しぶりに会ったんだ……もう少しだけ付き合ってよ」
メッセージへの返事はまだ無かった。「う……うん」断る理由を見つけられないまま、サニは頷いていた。
『飛び魚夕日ラーメン、餃子セット、お待たせしました』配膳ロボットが運んできた、透き通る暗褐色のスープの湯気が、飛魚の脂と磯のほのかな香りを立ち込め、鼻腔をくすぐり、減退していた食欲をそそる。
直人は、スープを一口啜って口を潤すと、やや太めの縮れ麺を吸い込む。疲れ切った体中の細胞に、スープが染み渡るようだ。
今日一日、日曜日で訓練も免除され、直人は殆ど自宅で寝て過ごしてしまった。夕飯時に目が覚め、空腹に気づくが、冷蔵庫の食材も空。仕方なく食事に出て、行きつけのラーメン屋に入っていた。
この辺りでは、近海に浮かぶ『飛島』の、飛魚を使った、謂わゆる「アゴだし」をラーメンのスープに使う店が多く、そのコクの深い味わいは、直人の大の好物である。
昔ながらの縮れた手打ち麺が、スープと絡みあうハーモニーに、庄内豚のチャーシューが、力強いファンファーレを奏で、その合間にトッピングのアオサが絶妙な『オカズ』を入れる。傷ついた魂をも癒やす、天の与えし奇跡の器だと直人は思う。
一息ついたところで、ふと左手の端末を起動すると、メッセージの着信に気づく。寝ていて気付いてなかったようだ。
「サニだ」開封すれば、『何してんですかぁ?』の一文だけ。
「なんだよ、これ……」
ままいいかと、適当な返信を入れ、ふたたび一時の天国にその身を委ねる。
「クッソ、あの親父。よりによってデコピンだぁ!?馬鹿にしやがって!」
悪態をつきながら、ティムは夜道に愛車の二輪を走らせる。自動走行は常にオフ、空間制御が主流なご時世に、車体の振動を感じるノーマルなタイヤを装備している。(タイヤ付きは、災害地仕様などのオフロード対応車両、レーシング用くらいであるが、一部の愛好家には好まれる)
喧嘩両成敗とばかりに、あの作業員と並んで説教と、デコピンを喰らい、ドッグから追い出されたティムは、そのまま帰るのも癪だった。
海沿いから来る道と、繁華街から来る道が交差する十字路に差し掛かる。
その一角に、まだ営業しているラーメン屋がある。もうじき夜九時だが、人が多い。早めの食事を済ませていた彼には、興味の対象にもならなかった。
左から右折を待つ赤い車両の前を横切り直進する。チラリと車内が見えた。若いアベックのようだ。
「ちっ、これからお楽しみかよ」何もかも面白くないとばかりに、嫌味を吐く自分もまた嫌だ。
そのまま愛車は、山手の方へと走る。ふと視界に入ったバックミラーに、眩い光を放つ月が映り込んでいた。
「お、今時、二輪付いたバイク。珍しい」右折を待つ自車の目の前を、一台のバイクが通り過ぎる。伊藤はそれを物珍しそうに見つめていた。
隣の席に座るサニは、ちょうどメッセージの受信を確認していた。バイクには気付きもしていない。先ほどから途切れた会話のきっかけを掴もうとしていた伊藤は、ため息混じりに外を見やる。車は自動で右折していった。
「もう……ちょっと、それだけ?」ディスプレイを覗き込むサニは、突然声を上げる。伊藤は、気づかないふりをした。
『ラーメン中。飛魚最高』
その一言が、ディスプレイに浮き上がっていた。ばっかじゃない、と思った矢先。写真が添付されてきた。ラーメンだ。だが、食べかけでは、美味しさも伝わらない。
「……」握りつぶすようにサニは左手のディスプレイを閉じる。
「ど、どうかした?」「うぅんん、何でもない」けろっと明るい表情を浮かべるサニに、伊藤はそれ以上、何も聞かない方が良いと判断した。
同伴者は、用を出しに席を立っている。
……はぁ……センパイじゃ、こんな店、入れないもんね……
ドルチェを待つ間、一人になったサニは、ふとそんなことを思う。
…….やだやだ。なんでセンパイの事なんか……
…………どうしてるかなぁ……
ふと左手にディスプレイを表示させる。
『何してんですかぁ?』
脳裏に描いたメッセージが、瞬時にディスプレイに表示された。あとは、『送信』を押せば、メッセージは送られる。
何気に指を乗せようとする。ところが、何故かその手が止まり、ため息が漏れる。いつもなら、なんの躊躇いもなくメッセージできるのに。
「お待たせ」同伴者の声に、思わずボタンを押すと、左手を隠すように引っ込める。
彼は気にする風もなく、着席すると、間もなくドルチェが運ばれてきた。
「おいしかったね」「え?う、うん。今日はご馳走さま!伊藤"先生"」
「おいおい、"先生"はやめてくれよ」
「だって。まさかウチの病院の先生だったなんて」「サニちゃんだって。療養棟(あんなところ)で会うとは思わなかったよ」
サニが伊藤と出合ったのは、二年ほど前。日本に来だばかりで、この辺りをあちこち訪ね回っていた頃だ。
ここの海岸にある、岩礁に掘られた磨崖仏で有名な観光名所でたまたま知り合った。その磨崖仏について、一人、ヴァーチャルネットで調べながら見て歩くサニに、案内を買って出たのが流暢な英語を話せる伊藤だった。
穏やかで、知的な伊藤は、話もしやすく、一人異国に来たばかりのサニに、初めてできた日本の友人である。二人が男女の関係になるのにも時間はかからなかった。
しばらく二人の関係は続いていたが、サニがインナーノーツに入隊してからは、殆ど会っていなかった。
「……あの頃、研修医で色々嫌気もさしていてさ。医者に向いてんのかなって思ってて。なかなか言えなかったんだ」「そっか……」
「サニちゃんは、インナーミッションのスタッフ研修?だってね。僕らもあまりよく知らないけど……どんな事してるの?」「そ……それは」
「はは、いいよ。話せない事多いのはわかってるから」「ごめんなさい」
「……僕が興味あるのは、キミ自身だよ」「へっ?」伊藤は穏やかな笑顔を絶やさない。
「久しぶりに会ったんだ……もう少しだけ付き合ってよ」
メッセージへの返事はまだ無かった。「う……うん」断る理由を見つけられないまま、サニは頷いていた。
『飛び魚夕日ラーメン、餃子セット、お待たせしました』配膳ロボットが運んできた、透き通る暗褐色のスープの湯気が、飛魚の脂と磯のほのかな香りを立ち込め、鼻腔をくすぐり、減退していた食欲をそそる。
直人は、スープを一口啜って口を潤すと、やや太めの縮れ麺を吸い込む。疲れ切った体中の細胞に、スープが染み渡るようだ。
今日一日、日曜日で訓練も免除され、直人は殆ど自宅で寝て過ごしてしまった。夕飯時に目が覚め、空腹に気づくが、冷蔵庫の食材も空。仕方なく食事に出て、行きつけのラーメン屋に入っていた。
この辺りでは、近海に浮かぶ『飛島』の、飛魚を使った、謂わゆる「アゴだし」をラーメンのスープに使う店が多く、そのコクの深い味わいは、直人の大の好物である。
昔ながらの縮れた手打ち麺が、スープと絡みあうハーモニーに、庄内豚のチャーシューが、力強いファンファーレを奏で、その合間にトッピングのアオサが絶妙な『オカズ』を入れる。傷ついた魂をも癒やす、天の与えし奇跡の器だと直人は思う。
一息ついたところで、ふと左手の端末を起動すると、メッセージの着信に気づく。寝ていて気付いてなかったようだ。
「サニだ」開封すれば、『何してんですかぁ?』の一文だけ。
「なんだよ、これ……」
ままいいかと、適当な返信を入れ、ふたたび一時の天国にその身を委ねる。
「クッソ、あの親父。よりによってデコピンだぁ!?馬鹿にしやがって!」
悪態をつきながら、ティムは夜道に愛車の二輪を走らせる。自動走行は常にオフ、空間制御が主流なご時世に、車体の振動を感じるノーマルなタイヤを装備している。(タイヤ付きは、災害地仕様などのオフロード対応車両、レーシング用くらいであるが、一部の愛好家には好まれる)
喧嘩両成敗とばかりに、あの作業員と並んで説教と、デコピンを喰らい、ドッグから追い出されたティムは、そのまま帰るのも癪だった。
海沿いから来る道と、繁華街から来る道が交差する十字路に差し掛かる。
その一角に、まだ営業しているラーメン屋がある。もうじき夜九時だが、人が多い。早めの食事を済ませていた彼には、興味の対象にもならなかった。
左から右折を待つ赤い車両の前を横切り直進する。チラリと車内が見えた。若いアベックのようだ。
「ちっ、これからお楽しみかよ」何もかも面白くないとばかりに、嫌味を吐く自分もまた嫌だ。
そのまま愛車は、山手の方へと走る。ふと視界に入ったバックミラーに、眩い光を放つ月が映り込んでいた。
「お、今時、二輪付いたバイク。珍しい」右折を待つ自車の目の前を、一台のバイクが通り過ぎる。伊藤はそれを物珍しそうに見つめていた。
隣の席に座るサニは、ちょうどメッセージの受信を確認していた。バイクには気付きもしていない。先ほどから途切れた会話のきっかけを掴もうとしていた伊藤は、ため息混じりに外を見やる。車は自動で右折していった。
「もう……ちょっと、それだけ?」ディスプレイを覗き込むサニは、突然声を上げる。伊藤は、気づかないふりをした。
『ラーメン中。飛魚最高』
その一言が、ディスプレイに浮き上がっていた。ばっかじゃない、と思った矢先。写真が添付されてきた。ラーメンだ。だが、食べかけでは、美味しさも伝わらない。
「……」握りつぶすようにサニは左手のディスプレイを閉じる。
「ど、どうかした?」「うぅんん、何でもない」けろっと明るい表情を浮かべるサニに、伊藤はそれ以上、何も聞かない方が良いと判断した。
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