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第4章 燔祭
二人の神子 3
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真夏日の日差しが、『鳥海まほろば市』を照りつける。暑さは、朝食後の眠気に襲われる亜夢に、安眠を与えてはくれない。
療養棟の、空調の効いた室内であるにも拘らず、何故か熱い。まるで外気と呼応するように、体のうちに熱が籠っているようだった。
気分転換にと、看護師らは亜夢をガーデンへと連れ出そうとするが、彼女は、眠気と暑さで余計に苛立つばかりである。
「あら、亜夢ちゃん?どうしたの?」
母親の部屋から出た真世は、廊下で看護師に苛々をぶつける亜夢に気づき、声をかけた。亜夢は、声の方へと向く。
「あ、これ付けてくれてるんだね」亜夢の両手首に巻きつく、青いビーズの帯がきらりと輝いている。
亜夢はこのキラキラひかる綺麗なものをプレゼントしてくれた人だと認識すると、不思議なくらいに落ち着きを取り戻し、なぜか恥じらうような仕草を見せていた。
「全然、髪には使わないのよ」と呆れたように口にするのは、昨日、このシュシュで髪を束ねてあげようと、悪戦苦闘していた看護師だ。
「いいよね~。こうやってるとキラキラよく見えるもんね」と真世は、亜夢と同じ視点で語りかける。
すると亜夢の顔から不機嫌の色が、すっかり消え、空の方へと腕を翳し、真世に自慢気にビーズをキラキラさせて見せた。
「ね、真世ちゃん、ちょっと一緒に遊んであげられないかしら?」
亜夢が真世に機嫌を良くし始めたのをいい事に、押し付けようとする看護師達は、少々彼女の気性を持て余していた。
「ま……よ……ちゃん?」亜夢は辿々しく訊いてくる。昨日の今日だ、まだ名前を覚えていないらしい。
「ええ、真世よ」笑顔で返す。
「お昼まででいいから、お願い!」「え、で、でも……」真世の返答を待たず、看護師らはそそくさと立ち去っていった。
真世は、これから母、実世とテラスに出ようとしていたところだったのだ。
「私ならいいわよ。その子が亜夢ちゃん?」と実世は、車椅子で廊下まで出てきた。
実世の優しげな笑顔に、亜夢はすっかり表情を和ませている。
「いいの、ママ?」「ええ」
「まぁま?」二人のやり取りを訊いていた亜夢は、慣れない言葉に首を傾げている。
「ええ、そうよ。真世のママ。お母さんよ」実世は亜夢に微笑みかけた。
「お母さん!?……まま?……ママ!!」亜夢は、急に満面の笑みを浮かべたかと思うと、実世の元へ駆け寄り、抱き付いていた。
「ちょっと!」真世はムッとなって制止しようとしたが、「いいの、いいのよ」とまるで我が子のように亜夢を抱きしめ、その頭を撫でる。
「初めまして。亜夢ちゃん。可愛い子」
「もう!」膨れる真世を他所に、すっかり亜夢は実世に懐いてしまった。
「暖かい……不思議ね、こうしていると、なんだか身体が元気になるみたい」撫でながら、そう口にする母の顔色は、確かに心なしか血色が良く見えた。真世は、しばらく二人の好きなようにさせる事にした。
だが、その時間はそう長く続きはしなかった。亜夢は、何かに気付いた様子で、ふと実世から離れると、彼女の顔をマジマジと見つめる。
にっこりと微笑んで見つめ返す実世。
「ふふ、私でよかったら。ママになってあげるから、いつでもいらっしゃいな」
実世の微笑みに釣られるように、亜夢も静かに微笑んでいた。
その時、勢いよく水の跳ねる音と、子供達の大きな笑い声が聞こえてきた。ガーデンの中程の水場からだ。
実世はそちらを指差しながら「ほら、お友達がたくさん。亜夢ちゃんも一緒に遊んだら?」と勧める。
亜夢は実世の指の先を追う。
新緑の緑に包まれ、子供たちが跳ね回るたびに煌く水場の飛沫。時折上がる噴水。子供たちのはしゃぐ声……
生命の息吹に満ち溢れた世界に目を輝かせた亜夢は、裸足のままガーデンへと飛び出していく。
「ま、待って!亜夢ちゃん!」呼び止める真世の声も耳に入らない。水場を目指し、亜夢はどんどん駆けてゆく。
「私はここでいいわ。付いててあげなさい」と母に促され、真世はガーデンに出るために用意されているデッキサンダルを手に、亜夢を追いかけた。
日曜日の朝は、日々、業務に追われる貴美子にも、いくらか時間がある。
咲磨の担当医である伊藤が日曜は休日のため、咲磨の定時検査を貴美子が担当していた。
彼が運び込まれてから二回目の検査になるが、特に異常は見られない。
<イワクラ>に運び込まれた際に、全身に浮き上がり、咲磨を苦しめていたあの痣も、すっかりとひいてしまったようだ。やはり、神取が言ったように、あの郷から引き離したのがよかったのだろうか?
貴美子は、どこか釈然としない思いを抱えたまま、モニターに現れるデータチェックを続ける。
間もなく検査が終わる。入居時の精密検査の結果もちょうど出ていたので、それを併せて報告することとした。
咲磨の検査結果は、痣と共に検出されていた異質PSIパルスは完全に消えたわけではないが、心身に影響を及ぼすレベルではない事を告げていた。施設の結界内にいれば支障はまずないと貴美子は捕捉する。
一方で、はっきりとは言えないが、痣の浮き上がりは、その異質PSIパルスに対する、アレルギー反応のようなものである可能性も示唆された。長期的に体質改善をしていく事で、痣の再発防止になるのではないかと、見解を述べた。
長期療養棟での治療は、体質改善に効用があるとされる漢方薬の処方、及びPSIスペクトル光線療法(実世、亜夢にも行っている)を行っていく方針を貴美子が提案すると、幸乃は「お願いします」と頭を下げて了承した。
「まあ、健康増進のような治療よ。ここでゆっくりしながら、反応が出にくい身体と心を養っていきましょうね。身体も成長すれば、もう発症しなくなるはずよ」と貴美子は、幸乃を安心させるように告げた。
幸乃は何度も頷く一方で、咲磨は、いまいちよくわからないと言った表情で、ぽかんと聞き流していた。
療養棟の、空調の効いた室内であるにも拘らず、何故か熱い。まるで外気と呼応するように、体のうちに熱が籠っているようだった。
気分転換にと、看護師らは亜夢をガーデンへと連れ出そうとするが、彼女は、眠気と暑さで余計に苛立つばかりである。
「あら、亜夢ちゃん?どうしたの?」
母親の部屋から出た真世は、廊下で看護師に苛々をぶつける亜夢に気づき、声をかけた。亜夢は、声の方へと向く。
「あ、これ付けてくれてるんだね」亜夢の両手首に巻きつく、青いビーズの帯がきらりと輝いている。
亜夢はこのキラキラひかる綺麗なものをプレゼントしてくれた人だと認識すると、不思議なくらいに落ち着きを取り戻し、なぜか恥じらうような仕草を見せていた。
「全然、髪には使わないのよ」と呆れたように口にするのは、昨日、このシュシュで髪を束ねてあげようと、悪戦苦闘していた看護師だ。
「いいよね~。こうやってるとキラキラよく見えるもんね」と真世は、亜夢と同じ視点で語りかける。
すると亜夢の顔から不機嫌の色が、すっかり消え、空の方へと腕を翳し、真世に自慢気にビーズをキラキラさせて見せた。
「ね、真世ちゃん、ちょっと一緒に遊んであげられないかしら?」
亜夢が真世に機嫌を良くし始めたのをいい事に、押し付けようとする看護師達は、少々彼女の気性を持て余していた。
「ま……よ……ちゃん?」亜夢は辿々しく訊いてくる。昨日の今日だ、まだ名前を覚えていないらしい。
「ええ、真世よ」笑顔で返す。
「お昼まででいいから、お願い!」「え、で、でも……」真世の返答を待たず、看護師らはそそくさと立ち去っていった。
真世は、これから母、実世とテラスに出ようとしていたところだったのだ。
「私ならいいわよ。その子が亜夢ちゃん?」と実世は、車椅子で廊下まで出てきた。
実世の優しげな笑顔に、亜夢はすっかり表情を和ませている。
「いいの、ママ?」「ええ」
「まぁま?」二人のやり取りを訊いていた亜夢は、慣れない言葉に首を傾げている。
「ええ、そうよ。真世のママ。お母さんよ」実世は亜夢に微笑みかけた。
「お母さん!?……まま?……ママ!!」亜夢は、急に満面の笑みを浮かべたかと思うと、実世の元へ駆け寄り、抱き付いていた。
「ちょっと!」真世はムッとなって制止しようとしたが、「いいの、いいのよ」とまるで我が子のように亜夢を抱きしめ、その頭を撫でる。
「初めまして。亜夢ちゃん。可愛い子」
「もう!」膨れる真世を他所に、すっかり亜夢は実世に懐いてしまった。
「暖かい……不思議ね、こうしていると、なんだか身体が元気になるみたい」撫でながら、そう口にする母の顔色は、確かに心なしか血色が良く見えた。真世は、しばらく二人の好きなようにさせる事にした。
だが、その時間はそう長く続きはしなかった。亜夢は、何かに気付いた様子で、ふと実世から離れると、彼女の顔をマジマジと見つめる。
にっこりと微笑んで見つめ返す実世。
「ふふ、私でよかったら。ママになってあげるから、いつでもいらっしゃいな」
実世の微笑みに釣られるように、亜夢も静かに微笑んでいた。
その時、勢いよく水の跳ねる音と、子供達の大きな笑い声が聞こえてきた。ガーデンの中程の水場からだ。
実世はそちらを指差しながら「ほら、お友達がたくさん。亜夢ちゃんも一緒に遊んだら?」と勧める。
亜夢は実世の指の先を追う。
新緑の緑に包まれ、子供たちが跳ね回るたびに煌く水場の飛沫。時折上がる噴水。子供たちのはしゃぐ声……
生命の息吹に満ち溢れた世界に目を輝かせた亜夢は、裸足のままガーデンへと飛び出していく。
「ま、待って!亜夢ちゃん!」呼び止める真世の声も耳に入らない。水場を目指し、亜夢はどんどん駆けてゆく。
「私はここでいいわ。付いててあげなさい」と母に促され、真世はガーデンに出るために用意されているデッキサンダルを手に、亜夢を追いかけた。
日曜日の朝は、日々、業務に追われる貴美子にも、いくらか時間がある。
咲磨の担当医である伊藤が日曜は休日のため、咲磨の定時検査を貴美子が担当していた。
彼が運び込まれてから二回目の検査になるが、特に異常は見られない。
<イワクラ>に運び込まれた際に、全身に浮き上がり、咲磨を苦しめていたあの痣も、すっかりとひいてしまったようだ。やはり、神取が言ったように、あの郷から引き離したのがよかったのだろうか?
貴美子は、どこか釈然としない思いを抱えたまま、モニターに現れるデータチェックを続ける。
間もなく検査が終わる。入居時の精密検査の結果もちょうど出ていたので、それを併せて報告することとした。
咲磨の検査結果は、痣と共に検出されていた異質PSIパルスは完全に消えたわけではないが、心身に影響を及ぼすレベルではない事を告げていた。施設の結界内にいれば支障はまずないと貴美子は捕捉する。
一方で、はっきりとは言えないが、痣の浮き上がりは、その異質PSIパルスに対する、アレルギー反応のようなものである可能性も示唆された。長期的に体質改善をしていく事で、痣の再発防止になるのではないかと、見解を述べた。
長期療養棟での治療は、体質改善に効用があるとされる漢方薬の処方、及びPSIスペクトル光線療法(実世、亜夢にも行っている)を行っていく方針を貴美子が提案すると、幸乃は「お願いします」と頭を下げて了承した。
「まあ、健康増進のような治療よ。ここでゆっくりしながら、反応が出にくい身体と心を養っていきましょうね。身体も成長すれば、もう発症しなくなるはずよ」と貴美子は、幸乃を安心させるように告げた。
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