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第3章 死者の都
跡形 3
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「コード、再設定。送信準備完了!」
「よし、送信!」「送信開始します!」
ブリッジに集まった一同が、固唾を飲んで見守る中、齋藤と部下のオペレーターは、PSI規制庁から再発行された管理コードの送信作業を進める。
「おっ!アクセス許可信号確認!」
「申請から約3時間……ったく、たぶん10分もあれば終わる作業っすよ」「それがお役所仕事たる所以よ。こっちからの申請なんざ、奴さんらの端末の中で温めてる時間が殆どさ」オペレーターの不満に如月が便乗する。「へっ。違いない」
間も無く、結界を張り巡らせる支柱の間に併設されている、通用ゲートの分厚い金属扉が、ゆっくりと口を開く。ドローンから送られてくる映像が時折乱れる。
モニターには、ただ映像があるだけだ。しかし、ブリッジの空気が急に重く、僅かに息苦しいものに変わっていくのを皆が感じ取っていた。先程まで軽口を叩いていたIMSメンバーらも、一転、一様に口を閉ざす。
「……なにか嫌な予感がするわ……」貴美子は、藤川の補助杖を握る手に、そっと自分の手を重ねていた。
「進もう。齋藤くん」「は……はい!ドローン各機、探査ポイントへ!」藤川の一声で齋藤は気を取り直し、オペレーターへ指示を飛ばす。3台のドローンは、戸惑う事なくプログラムされたとおりに研究所跡地の各所上空へと展開していく。残りの一台はマニュアル操作で、オペレーターが直接遠隔操作を行う。全てのドローンがゲートをくぐると、扉は再び固く閉ざされる。
メインモニターには、オペレーターが操作するドローンからの映像を中心に、他3機のドローンからの映像が並んで表示され、サブモニターには、各機が捉えた気温、湿度などの環境データ、赤外線、X線映像に加え、PSI現象化反応、次元スコープ反応を数値化したグラフが表示されていた。
開け放たれたままになっている施設廃墟の表玄関から、遠隔操作のドローンは難なく建物内部へと侵入していく。暗闇に包まれた内部をドローンのサーチライトが浮かび上がらせる。
「あっ……」直人は息を飲む。
崩れた壁、天井。やや広々としたスペースに表皮が破れ、綿が所々飛び出している古ぼけた長椅子が雑然と並んでいる。
"あの"待合所だ。あの時、この場所で母の言いつけどおり、父を待っていれば……
「見てるのが辛かったら、休んでいてもいいぞ」俯いた直人を藤川は気遣う。
「いっ、いえ……」直人は首を振るとモニターに向き直った。
地震で崩れた瓦礫が散乱する建物内部の映像は、当時の地震の規模を生々しく伝えてくる。一同の視線が映像に釘付けになっている間、サブモニターの反応値を示すグラフが次第に脈打ち始めていた。
「所長、建物外部のドローンからデータが来ています。モニターに出します」齋藤が画面を切り替えると、モニターに施設のマップが展開され、ドローン各機によって、施設外部より検出されたPSI現象化反応が、マップ上にプロットされていく。プロットは何かを指し示すように一箇所に反応が集中している。
「因縁の場か……」藤川は呻くように呟く。案の定、震源の中心となった『PSI精製水処理区画』が、強反応を示す赤色に染め上げられていた。
「あの場に……ドローンを進めてくれ」藤川の指示にオペレーターは、黙ったまま頷くと操作スティックを押し倒す。
ドローンは、崩れた建材が散乱する幅広い通路を進む。 PSI精製水処理区画を上方から見下ろす、ガラスを失った窓枠が並んでいる。
PSI精製水は、精製、浄水の工程で様々な発光現象を伴い、見る分には面白い。PSI利用施設では良いアピール材料であり、この通路もかつては、子供たちやその親、協力企業の顧客など、多くの見学に訪れた客で賑わっていた。幼い直人もこのエリアは大好きで、父の研究棟へ向かう際、何度も足を止めて眺めたものだった。
少し進むと通路から隠れるようになっている窪んだ一角にドローンは進む。床に『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた表札が転がっている。
……そこはダメ、入っちゃダメだぞ……
不意に幼い日の父の言葉が直人の脳裏に蘇る。
「ダメだって……言われていたのに……」
幼い直人は、その先があの綺麗な光を放つ処理区画に続いていると直感していた。間近であの光り輝く水槽を見てみたい……いつもそう思っていた。
ドローンに照らし出される、開け放たれたままの分厚い金属扉。二重のエアロック状の構造となっている。扉の上部に『PSI HAZARD』と表示された、壊れた警告灯が、ドローンの探査灯の中に浮かび上がる。
「ここは非常時に万が一、処理区画に閉じ込められた際の緊急脱出口。内部からしか開かないようになっており、普段は硬く閉ざされていた……だが、何故かあの日、この扉は開かれていた……」
その頃頻発していた地震で、誤作動した電子錠のロックが外れていた。それが地震後に行われた現地調査の結論になっている。実際、電気系統に破損も見られた。この件を踏まえ、この扉に使用されていたタイプの電子錠は廃止となり、近年は危険区画のロックシステムもより強固に、より高い安全基準を満たしたものへと改良されてきている。だが、果たして本当に地震の影響で故障が起きるようなものだったのか……釈然としない思いが、藤川には残っている。
「侵入します!」意を決したようにオペレーターはドローンを進める。ドローンが内側の扉を横切ろうとしたその時、何かがヒラリと舞い上がった。
「な……何だ!?」驚いたオペレーターは、ドローンのスティックを思わず左右に振り回す。それに伴って、また何かがカメラに映り込む。「!?」サーチライトに照らされる壁面に映り込む何かを捉えた齋藤は、オペレーターからスティックを奪うと、ドローンを立て直し、壁面をサーチライトで照らす。
ブリッジに集う一同は、凍りついた。
「よし、送信!」「送信開始します!」
ブリッジに集まった一同が、固唾を飲んで見守る中、齋藤と部下のオペレーターは、PSI規制庁から再発行された管理コードの送信作業を進める。
「おっ!アクセス許可信号確認!」
「申請から約3時間……ったく、たぶん10分もあれば終わる作業っすよ」「それがお役所仕事たる所以よ。こっちからの申請なんざ、奴さんらの端末の中で温めてる時間が殆どさ」オペレーターの不満に如月が便乗する。「へっ。違いない」
間も無く、結界を張り巡らせる支柱の間に併設されている、通用ゲートの分厚い金属扉が、ゆっくりと口を開く。ドローンから送られてくる映像が時折乱れる。
モニターには、ただ映像があるだけだ。しかし、ブリッジの空気が急に重く、僅かに息苦しいものに変わっていくのを皆が感じ取っていた。先程まで軽口を叩いていたIMSメンバーらも、一転、一様に口を閉ざす。
「……なにか嫌な予感がするわ……」貴美子は、藤川の補助杖を握る手に、そっと自分の手を重ねていた。
「進もう。齋藤くん」「は……はい!ドローン各機、探査ポイントへ!」藤川の一声で齋藤は気を取り直し、オペレーターへ指示を飛ばす。3台のドローンは、戸惑う事なくプログラムされたとおりに研究所跡地の各所上空へと展開していく。残りの一台はマニュアル操作で、オペレーターが直接遠隔操作を行う。全てのドローンがゲートをくぐると、扉は再び固く閉ざされる。
メインモニターには、オペレーターが操作するドローンからの映像を中心に、他3機のドローンからの映像が並んで表示され、サブモニターには、各機が捉えた気温、湿度などの環境データ、赤外線、X線映像に加え、PSI現象化反応、次元スコープ反応を数値化したグラフが表示されていた。
開け放たれたままになっている施設廃墟の表玄関から、遠隔操作のドローンは難なく建物内部へと侵入していく。暗闇に包まれた内部をドローンのサーチライトが浮かび上がらせる。
「あっ……」直人は息を飲む。
崩れた壁、天井。やや広々としたスペースに表皮が破れ、綿が所々飛び出している古ぼけた長椅子が雑然と並んでいる。
"あの"待合所だ。あの時、この場所で母の言いつけどおり、父を待っていれば……
「見てるのが辛かったら、休んでいてもいいぞ」俯いた直人を藤川は気遣う。
「いっ、いえ……」直人は首を振るとモニターに向き直った。
地震で崩れた瓦礫が散乱する建物内部の映像は、当時の地震の規模を生々しく伝えてくる。一同の視線が映像に釘付けになっている間、サブモニターの反応値を示すグラフが次第に脈打ち始めていた。
「所長、建物外部のドローンからデータが来ています。モニターに出します」齋藤が画面を切り替えると、モニターに施設のマップが展開され、ドローン各機によって、施設外部より検出されたPSI現象化反応が、マップ上にプロットされていく。プロットは何かを指し示すように一箇所に反応が集中している。
「因縁の場か……」藤川は呻くように呟く。案の定、震源の中心となった『PSI精製水処理区画』が、強反応を示す赤色に染め上げられていた。
「あの場に……ドローンを進めてくれ」藤川の指示にオペレーターは、黙ったまま頷くと操作スティックを押し倒す。
ドローンは、崩れた建材が散乱する幅広い通路を進む。 PSI精製水処理区画を上方から見下ろす、ガラスを失った窓枠が並んでいる。
PSI精製水は、精製、浄水の工程で様々な発光現象を伴い、見る分には面白い。PSI利用施設では良いアピール材料であり、この通路もかつては、子供たちやその親、協力企業の顧客など、多くの見学に訪れた客で賑わっていた。幼い直人もこのエリアは大好きで、父の研究棟へ向かう際、何度も足を止めて眺めたものだった。
少し進むと通路から隠れるようになっている窪んだ一角にドローンは進む。床に『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた表札が転がっている。
……そこはダメ、入っちゃダメだぞ……
不意に幼い日の父の言葉が直人の脳裏に蘇る。
「ダメだって……言われていたのに……」
幼い直人は、その先があの綺麗な光を放つ処理区画に続いていると直感していた。間近であの光り輝く水槽を見てみたい……いつもそう思っていた。
ドローンに照らし出される、開け放たれたままの分厚い金属扉。二重のエアロック状の構造となっている。扉の上部に『PSI HAZARD』と表示された、壊れた警告灯が、ドローンの探査灯の中に浮かび上がる。
「ここは非常時に万が一、処理区画に閉じ込められた際の緊急脱出口。内部からしか開かないようになっており、普段は硬く閉ざされていた……だが、何故かあの日、この扉は開かれていた……」
その頃頻発していた地震で、誤作動した電子錠のロックが外れていた。それが地震後に行われた現地調査の結論になっている。実際、電気系統に破損も見られた。この件を踏まえ、この扉に使用されていたタイプの電子錠は廃止となり、近年は危険区画のロックシステムもより強固に、より高い安全基準を満たしたものへと改良されてきている。だが、果たして本当に地震の影響で故障が起きるようなものだったのか……釈然としない思いが、藤川には残っている。
「侵入します!」意を決したようにオペレーターはドローンを進める。ドローンが内側の扉を横切ろうとしたその時、何かがヒラリと舞い上がった。
「な……何だ!?」驚いたオペレーターは、ドローンのスティックを思わず左右に振り回す。それに伴って、また何かがカメラに映り込む。「!?」サーチライトに照らされる壁面に映り込む何かを捉えた齋藤は、オペレーターからスティックを奪うと、ドローンを立て直し、壁面をサーチライトで照らす。
ブリッジに集う一同は、凍りついた。
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