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第2章 魔界幻想
行方 2
しおりを挟む『ここ数週間に渡り発生しておりました、不可解な失踪事件。先程この事件は、前代未聞の大規模な誘拐、監禁事件である事が、判明しました!』
テレビ画面の中で、レポーターが声高に叫んでいる。それに合わせて、プレハブ棟に監禁されていた被害者らが、警官隊に続々と救出されていく様子が、撮影用小型ドローンにより多角的に撮影された映像が映し出されていた。
『現在、警察はこの事件に関与したと見られる[宗教法人 八百万神の国信教団]の全国主要施設へ一斉強制捜査を敢行し、教団幹部を次々と摘発、また、誘拐された被害者の救助にあたっております!
……あっ、ええと……たった今入りました情報によりますと、誘拐被害者には、怪我人……いえ、さ……殺害された方もいるようです‼︎ ちょうど今、レスキュー隊も到着した模様です!」
刻一刻と変わる状況変化に、報道陣も右往左往しているようだ。
『えー、一方で今回の事件には、人気ヴァーチャルネットワークサービス[想いは永遠に]通称、"オモトワ"の関与も疑われており……』
昼食時を過ぎたIN-PSIDの食堂に、ミッションの事後処理を終え、ようやく一息つける様になったインナーノーツと、スタッフらが集まっていた。遅い昼食をとりながら、皆、無言で大型テレビモニターから流れる緊急速報に釘付けになっている。
そこへ片山と東、アルベルトが入って来た。気配に気付いた藤川と目があった片山は、静かに首を振る。その隣の東も、うなだれたままだ。
「……そうか……直哉の記憶はもう……」藤川は直哉の残した生体記憶データが、完全に失われた事を悟った。
個人情報であるこのデータは、直哉自身のみがコピー可能であった為、バックアップもない。
データが保管されたJPSIOメインサーバーの一部(インナースペースへの接続、データ復元を行う擬似肉体のようなもの)をIN-PSIDへ物理的に移設していたわけだが、PSI波動砲は、このサーバーをも、次元を超えて破壊していた。
「なぁに。息子に遺言を伝えられて、あいつも本望だろう。これでやっと成仏できるってもんさ」アルベルトは、直哉の面影を追い求めるように、窓一面の青く広がる夏空の向こうを仰ぎ見た。
「……直哉」アルベルトの視線を追って藤川も顔を上げた。
「ところで、その息子は? ……まだ?」アルベルトは、直人の姿が見えない事に気づく。
「ようやく落ち着いて、今し方、眠ったところよ」貴美子がそっと答えた。インナーノーツの仲間達の表情も重い。
<アマテラス>が辛くも現象界へ帰還し、PSI-Linkシステムから解放されても、直人の精神の昂りは、激しい嗚咽と痛みとなって、彼の全身に顕在化し、スタッフ療養室へと運び込まれた。貴美子によれば、幸いPSIシンドロームに陥る危険性は低いが、無意識領域記憶の急激な解放を肉体が受容するには、時間を要するらしい。
「あんな過去があったなんてな……無理ねぇぜ」そう言うと、ティムは、ゆっくりと食後のコーヒーを一口啜った。
「それに記録データとはいえ、お父様を……」俯いて震えているカミラの肩に、アランはそっと手を置く。
「センパイ……大丈夫かな……」サニはコーヒーカップの中を、ティースプーンで何するでもなく掻き回していた。
『……同日十三時十二分、同教団教祖、及び幹部らを緊急逮捕。主な容疑は、多数者の誘拐、監禁、傷害、並びに殺人。被害者の数は、まだ判明していないが、ここ二、三週間にわたる失踪届けから、五千人以上にのぼる可能性がある。警察は、事件の全容を解明すると共に、行方不明者の捜索に……』テレビに、警察の緊急記者会見の映像が流れている。
それを背景に、ワイドショーの司会者が、事件の詳細を解説し、深刻な表情を浮かべたコメンテーターらが、思い思いに自論、推理を展開する。
「えー、それでですね、何故今回、この短期間に、これ程多数の被害者が出たかというと……』司会者は、事件の背景となったオモトワの関与を、ホログラムモニターを使って説明している。
オモトワの運営会社は、このカルト教団、八百万神の国信教団から、経緯は不明だが、多額の資金援助を受けていた。その資金提供を背景に、おそらく信者獲得を目的とした、心理操作の仕組みをオモトワの中に構築していたらしい。(サブリミナル信号の情報も、端的にではあるが、既に警察から発表されていた。だが、その中でIN-PSIDの捜査協力があったことは、公表されてはいない)
司会者は熱弁を続ける。『……でですね、このようにオモトワ利用者が、自発的に教団施設へ赴くように誘導するサブリミナル信号が、オモトワに忍ばさていたわけです。いや~、ヴァーチャルネットの、しかも大人気のサイトがこんな事に使われるとは、どう思います?』番組司会者は、興奮気味にコメンテーターらに発言を促す。
『恐ろしい話ですよ。こんなものが仕掛けられてたらと思うと……普通、気づきませんよねぇ』『まったく、卑劣としか言いようが無い』『でもですね。被害にあわれた方達は、お気の毒でしたが、ヴァーチャルサービスの危険な一面も十分理解しておかないと……』『えー、でもこんなの、避けよう無いですよぉ~!」『ま、そうなんですが、このオモトワ、数年前、社会現象にもなってましたが、その反面、かなり危険なサイトだって、わかったんですよ! そういうサイトに安易にアクセスするのは……』『僕もそう思います。突然居なくなって、周りの人にも心配かけて……こんな怪しいサイトを気軽に利用するのは、ちょっと無責任なんじゃないかなぁ……』『ちょ……ちょっとそれはさすがに……』『今回、利用者が急増したのは、あの地震の二十周年キャンペーンで、被災者の方々の利用があったからだそうです。そういう人達の気持ちを考えると……』『だからって、こんなサイトに頼るってのは……ねぇ⁉︎』コメンテーター達が、自論を発熱させている。
「……カルト教団の仕業……か……」「な~んかこう……出来過ぎって感じ?」
ティムとサニは、その場の皆が感じ取っていた違和感を口にする。
……この事件、背後に何か大きな陰を感じます……
上杉の言葉を、藤川は思い返していた。
「さて……と……皆、ご苦労だったな。今日はこれで解散だ。ゆっくり休んでくれたまえ」
藤川の促しに、カミラとアランが、軽く会釈しながら席を立つと、ティムとサニもそれに続いた。ミッションの負担は、インナーノーツ各人にも疲れとなって顕在化していた。彼らは、使った食器を片付けつつ、足早に食堂を去る。IMCスタッフチームとアルベルトも、その後に続き、食堂を出て行く。
「ん、どうした、真世?」
テレビを消した藤川は、食器返却ブースで、こちらに背を向けたまま、一人佇んでいる真世に気づく。
「真世……」孫娘の様子に、寒々とした気配を感じながらも、貴美子はそれ以上、言葉が続かなかった。
「二十年前、あの街に……私も……ママも居た……」
真世は、小さく肩を震わせる。
「……どういうことなの? おじいちゃん? 風間君が……あの地震の……?」
真世は、背を向けたまま、祖父に問う。
「原因の一端には、なったのやもしれん……だとしても、彼を責められるだろうか?」
藤川の言葉を振り向きもせず、真世は、その背で受け止める。手にしたままになっていた食器トレイを返却コンベアに載せると、静かに口を開いた。
「でも……。ママは、今でも苦しんでる……。パパだって……きっと……あの時……」
孫娘の悲痛な声に藤川は声を詰まらせた。
自動食器回収コンベアのカタカタとした音が、人気の失せた、昼下がりの食堂に静かに響き渡る。
「あの世界同時多発地震……PSIシンドローム……全て、PSI利用の急激な拡大が招いた反動だ……当時の私は……その推進を助長していた……それが、人々の幸福につながると信じて……責任を追求されるべきは、この私だ……」
藤川の言葉に、真世は俯いたまま、口を噤む。
「……ま……」貴美子が、再び声をかけようとしたが、真世はそれを遮り、「……ごめんなさい」とだけ言い残して、二人に振り返る事なく食堂を後にした。
「……あの子にとっても……酷だったかもしれんな……」
真世の去った食堂の入り口を見つめたまま、苦く歪んだ顔を隠すように俯く藤川に、貴美子はそっと寄り添う。
「いずれ、向き合う必要のあったことよ。……大丈夫、乗り越えられるわ、あの子達なら」
「うむ……」静かに頷きながら、藤川はその言葉を、自身にも言い聞かせるように、胸に刻み込んでいた。
****
IN-PSID主要区画地下に設けられた、スタッフ用療養室は、明かりが落とされ、まだ昼間半ばにも関わらず、夜間のような暗がりに包まれていた。
「…………うっうっ……くっ……」
眠りについてなお、直人の咽ぶ声を、闇が吸い込んでゆく。
直人の目元は、ほのかに紅く色づき、頬を濡らした跡も生暖かい。
その頬にそっと触れてみる——
肉体を持たないその存在の手にも、その熱が伝わり、思わずその手を引き戻す。
……我の想いが……貴方を……
その想念の存在は、直人の嗚咽を包み込みながら、消え入るように、闇深くへと沈んでいった。
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