INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh

文字の大きさ
上 下
74 / 293
第2章 魔界幻想

時空交差点 2

しおりを挟む
 ——一時間ほど前——
 
 帰りかけたところを呼び止められた、風間勇人は、もう一度、客席に腰を落ち着け、新たにその場に加わった、東、カミラ、アラン、アルベルトへの、藤川のミッション概要説明を聞き流していた。
 
 そこに貴美子が、淹れ直した紅茶を運んで来たので、砂糖とミルクをたっぷりと足すと、一口流し込んだ。最初の紅茶に比べ、その苦味の角が、ミルクの皮膜の中なら舌を刺激する。
 
「!」勇人は満足気に、貴美子に笑顔を送った。貴美子は、ほっと胸をなでおろす。どうやら、彼女の試みは、成功だったようだ。
 
「……さて、本題はここからだ。風間も聴いてくれ」「ん……? ああ」勇人は、藤川のもったいつけた言い回しを、怪訝そうに窺いながら、紅茶のカップを置く。
  
「そのダミーアバターなのだが……二十年前、あの震災の中亡くなった、あるJEPSIO職員の、生体記憶データを基にしている……」
 
 藤川は、息を押し込めて、言葉を区切った。
 
「……風間直哉。サイクラフトを開発した、直人の父の記憶だ」
 
「‼︎」息を飲む一同。その中にあって、勇人の瞳だけは、静かに藤川を見据えていた。
 
「ふん……そういうことか。なるほど、これで話は見えた。それで、俺を呼び止めたのか」「他に手立てが無かった……」
 
 貴美子は、二人の間の空気が、再び張り詰め始めているのを、肌で感じていた。
 
「……所長、その生体記憶というのは?」カミラの問いが、しばしの沈黙を破った。
 
「サイクラフトの開発にあたり、その中核をなすPSI-Linkシステムと、心身との相互作用を検証する為に、直哉が自ら被験者となって、自身の身体や精神活動を、インナースペースサーバーに記録していたものだ。開発後期から亡くなる直前までの、約二年程の記録で、そのデータは<アマテラス>や、関連設備の開発にも大いに役立った」
 
「アレがなかったら、未だに<アマテラス>は、完成していなかったかもしれんな」「ええ」アルベルトの補足に、東も同意する。
 
「ナオの父親の記憶……」カミラは、にわかに信じがたい話に、呆然と呟いていた——
 
 
「説明をせずにミッションに向かわせたのは、私の意向だ。隊長を責めないでくれ」
 
 肩を震わせる直人に、藤川は語りかける。
 
「父の記憶と知って、お前が必要以上に意識してしまうと、只でさえ微弱な、生体記憶のPSIパルスと<アマテラス>とのPSI-Link同調確立に、支障が出る可能性があったのでな。同調が安定するまで、伏せていた」
 
 藤川の説明に、直人は声も出ない。
 
「……それに、お前には、先入観を抜きにして、ありのままを見てもらいたかった。お前の父が、願ったように……」
 
「父さんが……」その言葉に、直人は顔を上げた。
 
 
 ****
 
「案の定……ですね」地下駐車場に停めていた車のドアを閉めるなり、葛城は、口惜しげに声を漏らす。
 
 管理部門で、利用者履歴を確認することはできた。失踪者のうち、何人かの利用者履歴を確認したが、その情報は登録がないか、登録があっても、最終利用履歴が三週間以上前(捜索願いの増加した時期より古い)のものばかりであった。つまり、失踪に直接結びつくような履歴は、残っていなかったのである。
 
「やはり、決定的な証拠が無いと……」葛城は、車のオートパイロットの設定を操作しながら、奥歯を噛み締める。
 
「ええ、ですが。収穫が無かったわけでは、ありませんよ」「えっ?」
 
 助手席に深々と腰掛けた上杉は、シートベルトの締まりを確認しながら、葛城に冷徹な笑みを浮かべる。
 
「あの写真……何人か、政財界に顔の効く大物が、混じってました」
 
「ええ、それは何となく、わかりましたが……」
 
「あのメンバーを見て、気づきませんでしたか? ……皇国復古会議……それにヤオロズ神の国信教団……その幹部クラスの顔が、チラホラと……」
 
 葛城は、オートパイロットを操作する手を止め、顔を上げた。
 
「政界党派の垣根を超えた、大物政治家も集まり、宗教界とも繋がりを持つという……現政権の舵取りにも、団体の意向が大きく影響を与えていると言われていますね。そんな連中が、あの『オモトワ』を?」
 
「今回の失踪事件との繋がりは、明言できませんがね……」
 
「いずれにせよ、この会社、バックには、巨大な組織力が……。しかし、なんで『オモトワ』なんかを?」
 
「IN-PSIDで見つかった、あのサブリミナル的な信号……サブリミナルの目的は、端的に言えば洗脳です」
 
「! ……まさか、『オモトワ』を使った、マインドコントロールを⁉︎」
 
「『オモトワ』の技術を鑑みれば、可能性は十分ありますね」
 
「し……しかし、失踪の方は?」
 
「そう……それ。あの部長、『連続失踪事件』と断定していました。話の脈絡からそう言ったにしても、妙に引っかかる言い回しです。まるで、一連の失踪には関連性があると、認めているように、僕には聴こえました」
 
「くっそ、あのデブ野郎……」
 
「……それに……」その時、上杉は、サイドミラーに、駐車場の陰からこちらを窺う人影が、一瞬映り込んだのを見逃さなかった。
 
 こちらが勘付いたことに気づいたのか、その気配は駐車場の陰に紛れ、姿を消した。警察の動きも、やはり何者かに監視されているらしい。
 
「どうかしましたか?」
 
「いえ、とにかくこの会社と、政財界のつながりも洗ってみましょう」「了解っす」
 
 葛城は、オートパイロットの設定を素早く終えると、軽くアクセルを踏み込む。それをトリガーに、オートパイロットが、静かに車を動かし始めた。
 
 
 ****
 
「ありのままを……直人に、か……」
 
 ティースプーンを掻き回し、カップの湖面に出来た渦を眺めながら、勇人は口を開いた。
 
「そうだ……直哉は最期に、時が来たら、この記憶データの全てを、直人に開示してほしいと、言い残していった。その時が来たのだと、私は思う……」
 
 勇人を正面に見据えながら語る、藤川の言葉。
 相変わらず回りくどい言い回しだと、勇人は苦笑いを口元に浮かべながら、紅茶を一口啜り、カップを置くと、顔を上げた。
 
「直哉の……息子への『遺言』か……」
 
「うむ……」
  
「……」勇人は腕を組むと、静かに目を瞑る。
 
「あの、所長……大丈夫でしょうか?」再び、カミラが問いかける。
 
「父親の記憶とあっては、ナオも冷静には、ミッションに臨めないでしょう。それにここ最近、彼はどうも、非常にナーバスになっています」
 
 カミラは、切々と続けた。「下手をすれば、クルー全員を、危険に晒す事になりかねません。今回は調査だけですし、事情を伝えて、船を降りてもらった方が……ミッションを見ているのは、IMCでも出来ますし……」
 
「……アル、どう思う?」
 
「ふぅむ……」アルベルトは、腰掛けた椅子に深く座り直すと、腕を組み、思考を巡らせる。
 
「……PSIバリアのセッティングを変更すれば、まあ出来なくはない。だが……」
 
 インナースペース内で、<アマテラス>の船体時空間を保持しているPSIバリアは、インナーノーツ五人の、時空間観測の相互認識情報をPSI-Linkシステムに、絶えずフィードバックする事で、安定を図っている。
 
「五人で支えるPSIバリアを、残りの四人で支えるわけだ。それだけシステムにも、お前さんたちにも負荷がかかる。当然、活動可能時間、潜行可能領域も制限されるが」「止むを得ません。そこは我々だけで、何とか……」
 
 藤川は、アルベルトとカミラのやりとりを、無言で見守っている。
 
「だがな……カミラ。やはり直人は、連れて行ってやった方がいいと思うぞ……お前も、そういう考えだろ? コーゾー」「えっ……?」
 
 カミラとアランは、押し黙ったままの藤川に、視線を戻した。勇人、東、貴美子も、藤川の言葉を待つ。
 
「……IMCのモニター越しでは、直哉の想いの全てを、直人が受け取る事は、出来ないだろう」藤川は、静かに口を開いた。
 
「危険は承知だが、アルの言うとおり、私も直人には、ミッションに加わってもらいたいと思っている。いや……行かせてやらねばならんのだ」
 
 藤川は、顔を上げる。一同の視線が、藤川に注がれる。
 
「あいつの無意識が、それを望んでいるのだから……」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

【VRMMO】イースターエッグ・オンライン【RPG】

一樹
SF
ちょっと色々あって、オンラインゲームを始めることとなった主人公。 しかし、オンラインゲームのことなんてほとんど知らない主人公は、スレ立てをしてオススメのオンラインゲームを、スレ民に聞くのだった。 ゲーム初心者の活字中毒高校生が、オンラインゲームをする話です。 以前投稿した短編 【緩募】ゲーム初心者にもオススメのオンラインゲーム教えて の連載版です。 連載するにあたり、短編は削除しました。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

処理中です...