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第2章 魔界幻想
時空交差点 1
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「どういう……」
「どういう……事……ですか?」
モニターの発光が、直人の顔を青白く浮かび上がらせる。
「……これは……このダミーは……」
モニターを仰ぎ見、釘付けになったまま、身体を強張らせる直人。
「センパイ……」「ナオ……」仲間達は、ただ見守るしかできない。
「アラン……もう、いいかしら?」
アランは、自身のコンソールを確認すると、カミラの方へ、軽く頷いた。
「ナオ……」カミラが口を開く。
「私から話そう」カミラの言葉を制したのは、重く搾り出した、藤川の声音だった。
「そう、これは……直人、お前の父……風間直哉の残した、生体記憶だ」
「‼︎」藤川の言葉は、落雷となって、直人の脳裏を貫いた。
****
「この辺り一帯も、あの震災の折、液状化で酷くやられました」樽のように丸く盛り上がった腹を、大義そうに抱えたその男は、肉の厚みで、低身長の割には巨体に見えた。
「液状化……ですか。二百年近く前の震災を、彷彿とさせますねぇ」上杉は、勧められたコーヒーに軽く口を付ける。
「ええ……。大昔の震災の経験から、その備えこそありましたが……二百年も前の話でしょ」「すっかり、過去の話になっていた……という事ですか」「まぁ……そのおかげで、この会社もあるわけですが……はははは」小男は、顎の肉を振るわせる。
日本海側最大規模を誇り、副首都の一つとされたこの都市も、二十年前の世界同時多発地震被災地の一つである。
この都市の南西に位置する、かつてJPSIO最大規模の研究機関が置かれた『水織川(みおりがわ)市』(JPSIO研究機関とともに整備された新興都市)付近を震源とした、当時、最大級の『フォッサマグナ帯大震災』。その影響は、この街にも波及し、甚大な被害をもたらした。温暖化による海面上昇の危機は、大規模な堤防と干拓により克服してきたが、地震の際は、恐れられていた堤防の決壊による都市水没より、この土地特有の「液状化」の方が深刻だったことは、皮肉としか言いようがない。
だが、その後間も無く、この街は、空前の震災復興景気に沸くことになる。『オモトワ』によって急成長を遂げた、このヴァーチャルネットサービス運営会社も、その復興景気の恩恵に預かり、この街を拠点に、一ベンチャー企業としてスタートした会社である。
上杉と葛城は、IN-PSIDを発つと、その足でこの会社へとやって来ていた。日本海側の交通の便も発達し、この時代のPSI時空間テクノロジーの主要産物の一つ、「エア・ハイウェイ」(高度千~三千メートルの空域に時空間コントロールによって張り巡らされた、車両用道路)経由で、IN-PSIDからは一時間足らずの移動であった。
「早速ですが……」葛城が、切り出す。
「お宅の会社が運営する『想いは永遠に』。通称『オモトワ』ですが、ここ最近、ヴァーチャルネット上で、『オモトワ』利用者が、突然失踪するという……いわゆる『神隠し』の噂があるのは、ご存知ですよね?」葛城は、臆面無く、この会社の総務部長と名乗った、その小男に迫る。
建屋の規模の割に、従業員はほとんど目に付かない。オートメーション化、AI化が行き届いているのが、見た目にもよくわかる。この男も部長とはいえ、部下は、片手で数える程度だろう。
「ええ、ですが、ただの噂ですよ。まぁ、あの噂が出始めてから、逆に、利用者が増えてますんでね、こちらとしては……ははは」
「増えている?」「怖いものみたさ、というヤツでしょう」怪訝そうな葛城に、上杉は、平然と言い放った。
「おっと、けっしてステマの類では、ありませんよ。そんな事をしなくても、『オモトワ』人気は、不動の地位を築いてますからね。……で、刑事さん」小男は、腰掛けたソファーから身を乗り出すと、目を細めて二人を見据えた。
「その噂が何か? 言っておきますが、我が社のシステムは、きちんと国の認可を受け、毎年、PSI利用推進委員会の監査も受けております。過去に、色々ありましたからね。今はなんの落ち度も無いと、自負しておりますが?」男の蛇のような目付きに、葛城は、嫌悪感を覚えずにはいられない。
「存じております。……ここ最近、警察に寄せられる捜索願いが、急激に増加しました。我々も失踪者の行方に関して、なかなか手掛かりを得られない中、ネットの噂を見つけ、噂の出始めた時期と、届けの急増した時期がちょうど重なっていたものですから……。何か、お心当たりが無いかと思いまして」
上杉は、静かな笑みを浮かべる。小男は、踏ん反り返り、ソファーへ体を沈み込ませた。
「全くありませんな。何か異常があれば、二十四時間態勢で監視しているAIから、報告が上がるはずですが、何もありません。それとも……」
「その『連続失踪事件』に、我々の『オモトワ』が絡んでいるとでも?」「……」上杉は、僅かの間、沈黙を湛え、小男を見据えた。
「……これは失礼しました。我々はただ失踪者の行方に関して、少しでも手掛かりが欲しいだけでして。……念のため、利用者の履歴を、確認させてもらえますか?」
「構いませんが……膨大なデータ量ですよ。管理の方に連絡しておきますので、帰り際にでも、お立ち寄りください」臆する事もなく、小男は答えた。
「わかりました。助かります」
小男は、掌に、通信端末を起動させると、手短に管理部門へ要求を伝え、通信を切る。
「ですが、お役に立つかは、わかりませんよ。それに、その失踪者の利用履歴があったとしても、『オモトワ』が、失踪に関与した証拠には、ならないでしょ?」
「おっしゃるとおりです」
「……他には、何か?」
「いえ。お忙しいところ、お時間をとらせてしまいました」
そう言うと、上杉は、素早く立ち上がる。葛城も、それに倣った。
「おや? こちらは?」応接室に置かれた、写真立てがいくつか、上杉の目に留まる。
「ご祈祷ですか?」「え……ええ、まあ」
「今、震災二十周年キャンペーンというのをやってまして……」
「ええ、存じてます」
「それに先立って、被災して亡くなられた皆様の御供養をという事で、株主の皆様や、支援者の皆様にも、集まって頂きましてね」
「なるほど」
「プリントした写真とは、今時、珍しいですね。そういえば、廊下にもちらほら」葛城は何気無く口にする。「いいえ、葛城くん。これは本物のフィルム写真です。古美術業界では、幾分需要がありましてね、僅かですが、カメラやフィルムも、美術商なんかで扱っているようですよ」写真立てを手に取りながら、上杉が解説する。
「社長の趣味です。最近凝っているみたいで」小男は、自慢げに口を開く。「なんでも、現像した写真には、撮影して切り取った一瞬の想いが宿るのだとか。『オモトワ』では、それこそ、想えばその瞬間を、ヴァーチャルに体験出来てしまいます。社長のようなヴァーチャルビジネスの申し子のような人には、こういったものには、特別な思い入れがあるのでしょうね」
そんなものかと、上杉を伺い見る葛城。上杉の口元は、ただ、静かな微笑を浮かべていた。
****
「と……父さんの……って……」
<アマテラス>ブリッジのモニターには、父が見聞きした光景が、目まぐるしく移り変わり、その心情の断片が、呻くような声音となって、ブリッジ内で次々と再生されている。
「隊長……隊長も知ってて……?」
カミラは閉口したまま、震える直人の背から逃げるように、視線を落とす。
********************
今回のお話に登場する舞台は、元々、実在の地名を当てていましたが、公開にあたり伏せるか、架空の地名に置き換えています。
バレバレかもしれませんがご容赦ください。この作品はフィクションであり実在の地名、地域とは一切、関係ありません。
「どういう……事……ですか?」
モニターの発光が、直人の顔を青白く浮かび上がらせる。
「……これは……このダミーは……」
モニターを仰ぎ見、釘付けになったまま、身体を強張らせる直人。
「センパイ……」「ナオ……」仲間達は、ただ見守るしかできない。
「アラン……もう、いいかしら?」
アランは、自身のコンソールを確認すると、カミラの方へ、軽く頷いた。
「ナオ……」カミラが口を開く。
「私から話そう」カミラの言葉を制したのは、重く搾り出した、藤川の声音だった。
「そう、これは……直人、お前の父……風間直哉の残した、生体記憶だ」
「‼︎」藤川の言葉は、落雷となって、直人の脳裏を貫いた。
****
「この辺り一帯も、あの震災の折、液状化で酷くやられました」樽のように丸く盛り上がった腹を、大義そうに抱えたその男は、肉の厚みで、低身長の割には巨体に見えた。
「液状化……ですか。二百年近く前の震災を、彷彿とさせますねぇ」上杉は、勧められたコーヒーに軽く口を付ける。
「ええ……。大昔の震災の経験から、その備えこそありましたが……二百年も前の話でしょ」「すっかり、過去の話になっていた……という事ですか」「まぁ……そのおかげで、この会社もあるわけですが……はははは」小男は、顎の肉を振るわせる。
日本海側最大規模を誇り、副首都の一つとされたこの都市も、二十年前の世界同時多発地震被災地の一つである。
この都市の南西に位置する、かつてJPSIO最大規模の研究機関が置かれた『水織川(みおりがわ)市』(JPSIO研究機関とともに整備された新興都市)付近を震源とした、当時、最大級の『フォッサマグナ帯大震災』。その影響は、この街にも波及し、甚大な被害をもたらした。温暖化による海面上昇の危機は、大規模な堤防と干拓により克服してきたが、地震の際は、恐れられていた堤防の決壊による都市水没より、この土地特有の「液状化」の方が深刻だったことは、皮肉としか言いようがない。
だが、その後間も無く、この街は、空前の震災復興景気に沸くことになる。『オモトワ』によって急成長を遂げた、このヴァーチャルネットサービス運営会社も、その復興景気の恩恵に預かり、この街を拠点に、一ベンチャー企業としてスタートした会社である。
上杉と葛城は、IN-PSIDを発つと、その足でこの会社へとやって来ていた。日本海側の交通の便も発達し、この時代のPSI時空間テクノロジーの主要産物の一つ、「エア・ハイウェイ」(高度千~三千メートルの空域に時空間コントロールによって張り巡らされた、車両用道路)経由で、IN-PSIDからは一時間足らずの移動であった。
「早速ですが……」葛城が、切り出す。
「お宅の会社が運営する『想いは永遠に』。通称『オモトワ』ですが、ここ最近、ヴァーチャルネット上で、『オモトワ』利用者が、突然失踪するという……いわゆる『神隠し』の噂があるのは、ご存知ですよね?」葛城は、臆面無く、この会社の総務部長と名乗った、その小男に迫る。
建屋の規模の割に、従業員はほとんど目に付かない。オートメーション化、AI化が行き届いているのが、見た目にもよくわかる。この男も部長とはいえ、部下は、片手で数える程度だろう。
「ええ、ですが、ただの噂ですよ。まぁ、あの噂が出始めてから、逆に、利用者が増えてますんでね、こちらとしては……ははは」
「増えている?」「怖いものみたさ、というヤツでしょう」怪訝そうな葛城に、上杉は、平然と言い放った。
「おっと、けっしてステマの類では、ありませんよ。そんな事をしなくても、『オモトワ』人気は、不動の地位を築いてますからね。……で、刑事さん」小男は、腰掛けたソファーから身を乗り出すと、目を細めて二人を見据えた。
「その噂が何か? 言っておきますが、我が社のシステムは、きちんと国の認可を受け、毎年、PSI利用推進委員会の監査も受けております。過去に、色々ありましたからね。今はなんの落ち度も無いと、自負しておりますが?」男の蛇のような目付きに、葛城は、嫌悪感を覚えずにはいられない。
「存じております。……ここ最近、警察に寄せられる捜索願いが、急激に増加しました。我々も失踪者の行方に関して、なかなか手掛かりを得られない中、ネットの噂を見つけ、噂の出始めた時期と、届けの急増した時期がちょうど重なっていたものですから……。何か、お心当たりが無いかと思いまして」
上杉は、静かな笑みを浮かべる。小男は、踏ん反り返り、ソファーへ体を沈み込ませた。
「全くありませんな。何か異常があれば、二十四時間態勢で監視しているAIから、報告が上がるはずですが、何もありません。それとも……」
「その『連続失踪事件』に、我々の『オモトワ』が絡んでいるとでも?」「……」上杉は、僅かの間、沈黙を湛え、小男を見据えた。
「……これは失礼しました。我々はただ失踪者の行方に関して、少しでも手掛かりが欲しいだけでして。……念のため、利用者の履歴を、確認させてもらえますか?」
「構いませんが……膨大なデータ量ですよ。管理の方に連絡しておきますので、帰り際にでも、お立ち寄りください」臆する事もなく、小男は答えた。
「わかりました。助かります」
小男は、掌に、通信端末を起動させると、手短に管理部門へ要求を伝え、通信を切る。
「ですが、お役に立つかは、わかりませんよ。それに、その失踪者の利用履歴があったとしても、『オモトワ』が、失踪に関与した証拠には、ならないでしょ?」
「おっしゃるとおりです」
「……他には、何か?」
「いえ。お忙しいところ、お時間をとらせてしまいました」
そう言うと、上杉は、素早く立ち上がる。葛城も、それに倣った。
「おや? こちらは?」応接室に置かれた、写真立てがいくつか、上杉の目に留まる。
「ご祈祷ですか?」「え……ええ、まあ」
「今、震災二十周年キャンペーンというのをやってまして……」
「ええ、存じてます」
「それに先立って、被災して亡くなられた皆様の御供養をという事で、株主の皆様や、支援者の皆様にも、集まって頂きましてね」
「なるほど」
「プリントした写真とは、今時、珍しいですね。そういえば、廊下にもちらほら」葛城は何気無く口にする。「いいえ、葛城くん。これは本物のフィルム写真です。古美術業界では、幾分需要がありましてね、僅かですが、カメラやフィルムも、美術商なんかで扱っているようですよ」写真立てを手に取りながら、上杉が解説する。
「社長の趣味です。最近凝っているみたいで」小男は、自慢げに口を開く。「なんでも、現像した写真には、撮影して切り取った一瞬の想いが宿るのだとか。『オモトワ』では、それこそ、想えばその瞬間を、ヴァーチャルに体験出来てしまいます。社長のようなヴァーチャルビジネスの申し子のような人には、こういったものには、特別な思い入れがあるのでしょうね」
そんなものかと、上杉を伺い見る葛城。上杉の口元は、ただ、静かな微笑を浮かべていた。
****
「と……父さんの……って……」
<アマテラス>ブリッジのモニターには、父が見聞きした光景が、目まぐるしく移り変わり、その心情の断片が、呻くような声音となって、ブリッジ内で次々と再生されている。
「隊長……隊長も知ってて……?」
カミラは閉口したまま、震える直人の背から逃げるように、視線を落とす。
********************
今回のお話に登場する舞台は、元々、実在の地名を当てていましたが、公開にあたり伏せるか、架空の地名に置き換えています。
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