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第2章 魔界幻想

面影 4

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「原因は?」「わかりません!」
 
「くっ!」東は、眉をしかめ、卓状モニターを覗き込む。
 
「待て、片山、何かわかるか?」藤川は、卓状モニターに食ってかかりそうな、東の肩を押さえると、片山の通信ウィンドウを呼び出す。「システム側からの、無意識へのスキャミングが始まったようです。……大丈夫、これは検証済みです。そのまま進んでください」
 
「えっ……」表情一つ変えない片山の返答に、キョトンとしている東。「チーフ!」その東に、カミラは指示を求めて来る。
 
「大丈夫なようだ。そのまま、船を時空間変動に預けてみてくれ」東に変わって、藤川が指示を下す。
 
「わ……わかりました……」不安は残るが、今は藤川の判断を信じ、進むしかない。
 
「アラン、時空間変動に、PSIバリアパラメーターを同期させて頂戴」「よし」
 
「直人、何に出くわすかわからない。各装備、準備!」「了解! ……PSI-Linkシステム、コンタクト開始!」直人は、PSI-Linkモジュールにそっと手を重ねると、意識集中に入っていく。
 
「田中、<アマテラス>の航跡をトレース。見失うな」「は……はい!」東が、指示を飛ばす声が、<アマテラス>ブリッジにも届く。
 
「PSI バリア偏向、同期開始した! 間も無く時空間転移に入るぞ」「よし、総員第一種警戒態勢のまま、時空間転移に備え! 錨、揚げ!」
 
 カミラの指示に呼応して、量子アンカーが引き揚げられると、<アマテラス>は、海面に漂う木の葉のように、時空間震動の波に飲み込まれていく。
 
「時空間転移に突入!」アランの声と重なるように、モニターに映し出される映像が、歪曲の中へと吸い込まれていった。
 
 激しい振動に揉まれる<アマテラス>。インナーノーツ各席のホールドアームが肩に降り、乗員を固定する。
 
「両舷スラスター同期制御! 量子スタビライザー起動!」カミラの発令で、全翼付け根後部からスラスターが解放され、更に全翼の量子スタビライザーが起動すると、両舷に緩衝力場が形成され、次第に、船体の揺れは制御されていく。
 
「!」「……この感じ……」直人とサニは、昨日、『オモトワ』で感じた感触を空間から感じ取って、同時に顔を上げる。直人の記憶を遡り、直人の無意識に眠る記憶を、走馬燈のように蘇らせた、あの時の感触だ。
 
 サニの視線を後ろに感じながら、直人は、手を乗せているPSI-Linkシステムモジュールから、次第に伝わってくる熱を感じとっていた。
 
 モニターには、昨日、オモトワで体験したような、確かな心象風景は現れてこない。データ化された無意識の"記憶"の合成……いわゆる"残留思念"のようなものなのだろう……それが色採りどりに発光したり、なにかの像を結びそうになれば、また別のものへと変化していく。
 
 だが、直人に伝わってくる、得体の知れないその"残留思念"は、確かな情動を持って息づいていた。
 
 ……なんだ……これ…………
 
 思わず、両目の奥から、熱いものが込み上げてくる……昨日の、あの走馬燈のように……
 
 ……似ている……
 
 ……! ……いや、違う?
 
 ……同じ…………同じなんだ……なぜ? ……
 
 ……まさか……
 
 直人が、その予感に目を見開いた時。
 
「時空間再収束! 転移明け座標特定! 出るぞ!」アランの声と同時に、視界が開けた。
 
「あっ⁉︎」「こ……ここは!」
 
 サニと直人の口から、驚愕の声が漏れる。
 
 大量の水で溢れかえる、広々とした空間。まるで巨大なプールだ。
 
 非常灯らしき赤々とした照明が、息絶え絶えに、その空間を暗闇の中に、仄かに照らし出す。
 
 赤黒く照り返る水面は、地底から溢れ出す、大量の血液のようにも見える。打ち破られ、瓦礫と化した水槽が、その水面にいくつも浮かんでおり、中央にはあの、ひしゃげた『浄水タンク』が見えた。
 
 そう……ここは『オモトワ』で見た、直人の記憶の世界、そのものだった。
 
 不気味な唸り声とともに、空間の振動が、<アマテラス>のブリッジにも伝わってくる。その度に水面は、踊るように波を立てる。
 
「なんだ……ここは?」ティムは呆然として、その不気味な光景に見入る他なかった。直人は、口を戦慄かせている。
 
 その光景は、IMCの壁面大型モニターと卓状モニターにも、<アマテラス>から届けられていた。固唾を飲み、その光景を見守るIMCの一同。
 
 身動ぎ一つなく、モニターを見つめる藤川。
 
「おじいちゃん……」その強張る横顔を覗き見た真世は、全身に鳥肌が立っていく感覚を覚える。それ以上、祖父に声をかけてはいけない……そんな思いに駆られていた。
 
「! サニ、一〇時方向、拡大投影!」何かに気付いたカミラが突然、指示を下す。
 
「えっ、あ、はい! 拡大します!」
 
 サニがカミラに言われるまま、映像を拡大すると、壁面に設置されたキャットウォークの上を動く影が見える。
 
「人だ!」ティムは思わず声をあげた。
 
 武骨な防護服を着用している、人影が三つ。一人は負傷したのか、血まみれの左脚を引きずり、長身の一人に肩を借りている。もう一人は、何かを背負っているように見える。
 
 キャットウォークの高さまで、水面が押し寄せ、空間が揺れるたびにその波飛沫が、彼らの足元を洗う。空間震動は、次第に勢いを増していた。キャットウォークは打ち震え、天井らしき上方から、パイプ状の部材や、留め具などが落下し、水面に飲まれていく。
 
 彼らは、その震動に抗いながら、ゆっくりとこちらへ向かっている。
 
 その時、<アマテラス>の自動航法システムに、進路が突然設定されると、その進路に沿って、操縦系統が意思を持ったかのように、突然、動き出す。
 
「な……何だ⁉︎」自分の意に反して動き始めた、船の制御を取り戻そうと、ティムはとっさに、操縦桿を押さえ込む。
 
「PSI-Link 同調率七十二パーセント、運行システムに、PSI パルス干渉反応!」
 
「無意識を従わせる強い意志……いいわ、ティム、船を預けて。様子を見る」「りょ……了解……」
 
 ティムが操縦桿を手放すと、船は勢い良く滑り出す。まるで、矢も盾もたまらず、駆け出すかのように……
 
 みるみるうちに、3つの人影が、モニターへと接近してくる。十分に接近すると、船は停止した。
 
 3つの防護服の、スモークがかったヘルメットバイザーの中に、朧げに顔が覗いた瞬間、インナーノーツらは、息を飲みこんだ。
 
「しょ……所長⁉︎」サニは、目を見開いてその人影に食い入る。
 
「こっちは……おやっさん⁉︎それに……まさか、チーフ⁉︎」ティムも声をあげていた。
 
 不鮮明な映像と、バイザーが、その顔を曖昧にさせていたが、三人ともよく見知った顔だった。
 
 PSIモジュールに乗せた、直人の手が震えている。
 
 ……間違いない……この場所で……所長達が居て……
 
 ……それなら……この記憶は……
 
 アルベルトらしき人影が背負っていたものを、こちらへと見せてくる。
 
 物ではない……人、子どもだ!
 
「‼︎」直人とサニには、その子どもが誰なのか、直ぐにわかった。
 
「オ……オレ……なのか……」
 
 激しい動揺と、熱い血流のようなエネルギーの塊が、PSI-Linkモジュールをとおして、直人の身体へと流れ込んでくる。直人がそれを自覚した瞬間、激しい震動と共に、空間が、再び歪曲しだす。
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