INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh

文字の大きさ
52 / 293
第2章 魔界幻想

無明の夜 1

しおりを挟む
 ——IN-PSIDに赴き、神子の所在を確かめよ——
 
 御所へ神子の気配を捉えたと奏上して間も無く、神取に勅命が下ったあの日も、西日の眩しい日であった。
 
 紀伊半島の山間に、その集落はあった。
 
 そこへ至る道筋は巧妙に隠されており、集落の存在を知るもの以外、寄り付くものは無い。古来、ここを守り続けてきた、数少ない里人の伝承では、八咫烏が神武天皇を導いたとされる道程とも、南北朝時代の南朝の隠れ里とも伝わっているが、真相は定かではない。
 
 数軒の古い様式の日本家屋が建ち並び、その中でも、一際大きな御殿風の屋敷がある。二十年前の世界震災以降に建設されたのであろう、佇まいの見た目とは裏腹に、築年数は然程経ってはいない。風情のある作りではあるが、不意にこの里に足を踏み入れた者があったとしても、どこぞの企業主の邸宅のようにしか見えないだろう。
 
 ここに住まう『権威者』の正体を知るものは、誰もいない。陰陽師である神取の一族も、代々この権威者に仕えてきたが、『御所様』と呼ばれるこの人物には、神取も対面した事はなかった。
 
 その日の夕刻、御所に呼び出された神取は、直属の上司であり、また、彼の師匠に当たる人物に面会する。
 
「其方に、勅命が下った」
 
 山の端から燃え上がる西陽が、仄暗い部屋を障子越しに照らす。
 
 神取は姿勢を正すと、平伏して言葉を待つ。
 
「其方が感知した神子の霊気……探り当てた彼の地へ赴き、その存在を確かめよ」
 
「御意……」
 
 和装のその老翁は、神取に面|《おもて》をあげるよう促すと、言葉を続ける。
 
「其方の潜入工作は、既に進めている。二、三日のうちに、先方から接触があるだろう。なに、其方の医師としての実績なら、何も問題なく受け入れられるはず……」
 
 神取を始め、御所に仕える者達の中には、表向きの顔となる職に就いている者も多くいる。神取も普段は、関西のある病院に、心療内科医として勤務している。
 
「……二十年か……あの時、神子を手中にし損ねて以来、我らの計画は、変更を余儀なくされた……」
 
 冷静を保つ神取の眉間に、いく筋かの皺が走る。
 
「だが、神子を取り戻せたなら、我らの計画は、ほぼ成し遂げられたに等しい。……其方も、一族の汚名を注ぐ好機ぞ、心して使命を果たせ」
 
「はっ……」老翁が片腕に持つ扇子で、肩を軽く叩かれながら、神取は短く返答した。
 
「お師匠様……一つ、よろしいでしょうか?」
 
 神取の眼差しは、元の冷徹さを取り戻している。
 
「んん……?」訊かれた老翁は、怪訝そうに神取を見下ろす。
 
「……神子とは一体、何者なのですか? 御所様は、神子をもって何を為されようと……」
 
 老翁は、鋭い眼差しで神取を睨め付ける。
 
「控えい」神取の口を塞ぐには、その言葉のみで十分であった。
 
「……申し訳ありません……出過ぎたことを……」神取は、再び平伏する。
 
「……いずれわかる事よ」
 
 老翁は神取に背を向けると、障子を開け放ち、西陽に陰を落とす山の端を見やる。
 
「……よいか神取。其方は、神子を見つけ次第、直ちに報告せよ。そして彼の地にそのまま留まり、早期に神子と接触を図れ」
 
「は……」
 
「神子がどのような状況にあるか、我らにも測りかねるが、首尾よく発見せし折は、神子の信頼を得る事を第一と心得よ」
 
「信頼?」妙な事を口にするものだ。神取は、再び眉間に細やかな皺を刻む。
 
 権謀術数が渦巻き、仲間ですら時として敵対する事すらある、この御所に仕える者達にとって"信頼"とは、最も忌諱すべき道理の一つである。
 
「そう、信頼だよ……」
 
 老翁は、山の端に消えゆく西陽を背負い、神取に向き直る。影に包まれた彼の口元が、僅かに微笑んでいるように見えた。
 
「我らの計画を滞りなく進めるには、『神子』と我々の信頼が、一つの鍵となる。……それと、もう一つ……」
 
「御所様は、先方との争いは望んではおらぬ……いや、可能であれば、こちらの手の内に引き込みたいとお考えだ……」老翁は、幾分顔をしかめながら、彼の主人の意向を伝える。
 
「なるほど……神子だけではなく、そちらの信頼・・も得る必要があると?」
 
「左様……」
 
「其方は、隠密に事を進め、我らが『神子』を引き取る手筈を整えよ」
 
「心得ました」
 
 
 ————
 
 ……我らの力をもってすれば、娘一人、力業でここから連れ出す事は容易い……だが、それでは、御所様のご意向には沿えぬ。私も、当面は、ここに溶け込んで機会を伺う他ない……
 
 神取は、式神らを諭すよう、抑圧した思念で、御所の意向を伝えた。
 
 ……回りくどいことを……御所様は、一体何をお考えか……
 
 肝心な事は伝えず、難題を押し付ける御所のやり方を、兼ねてより苦々しく感じている彩女は、遠慮なく悪態を吐く。
 
 ……控えよ、彩女。『御所様』の御心を推し量るものではない……
 
 ……はっ……
 
 彩女が恐縮したようなフリをしつつ、口を噤んだその時。
 
「神取先生~!」展望台に登る小道の方から、神取を呼ぶ声がする。神取が振り返ると、真世が小走りで、こちらへ向かって来た。
 
 ……ちっ、宿主のお出ましか……それでは、旦那様……
 
 ……うむ……
 
 長く伸びた神取の影に溶け込むように、彩女は姿を消すと、その影を伝って真世の中へと戻っていく。
 
 ……拙者も引き続き……玄蕃もそう言い残すと、同じように影に姿を消し、施設の調査に戻る。
 
「……あれ?」真世は、不意に妙な気配を感じた気がした。
 
「これは真世さん。どうなさいました?」
 
「いぇ……誰か居たような……」真世は辺りを伺うが、神取以外、人の気配はない。
 
「私だけのようですが? ……何かご用でしたか?」
 
「……あっ、すみません……用ってほどじゃないのですが、そろそろ戸締まりの時間になるので……」
 
 神取は、真世の瞳をじっと見据えている。
 
 何故だろう……心の内を全て見透かされているような恐れを感じ、その動揺を隠すように、顔を俯けた。
 
「あぁ、そうでしたか! これは迂闊でした」神取は、唐突に柔和な表情を浮かべ、小笑しだす。
 
「いやぁ、ここから見える夕陽が、あまりにも美しかったもので、つい長居してしまいました……すっかり沈んでしまいましたがね、はは」
 
 神取は、自分の額を軽く打つような仕草で、おどけてみせた。神取からは、先ほどの空気が、嘘のように消えていた。気のせいだったのだろうか? 少々、間の抜けた風の優男が、そこに居るだけだ。神取の笑顔に、真世の緊張もほだされていく。
 
「ここは昔から、夕陽の美しい景勝地ですから。……先生の故郷も、夕陽は綺麗ですか?」
 
「それなりですよ。海に沈む夕陽は、なかなか見れないところでね……。ここは良いところです」屈託の無い笑みを浮かべているように、真世には見えた。
 
「ええ……私もこの景色、大好きです」
 
 二人はしばし、水平線彼方の火が、刻一刻と消えゆくのを言葉なく見送った。
 
 夕闇の中、わずかなその残り火に照らされ、浮かび上がる神取の横顔。切れ長にやや吊り上がった目尻、細い鼻筋は、緩やかなカーブを描き、その先端は真っ直ぐに、その残り火へと向かう。思わず、真世は息を飲む。
 
「おっと、長居はできないのでしたね。戻りましょう」
 
「え……ええ!」不意に振り向いた神取に、真世は慌てて顔を俯けた。
 
 神取と真世は、連れ立って、施設へと戻っていった。二人の去ったガーデンに、夜の帳が下りていく。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...