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第2章 魔界幻想
幻夢は囁く 1
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小綺麗に片付いている1DKの部屋の中で、洗濯物を詰め込んだ籠がその存在をやけに主張した。
薄暗く締め切り、蒸した部屋には、生乾きで放置された洗濯物からであろう、不快な雑菌臭が、その男の鼻腔をくすぐった。洗濯籠の脇には、アイロン台と、電源の切れたアイロンが、放置されたままとなっている。
男はさらに部屋の奥へと進むと、戸棚のディスプレイグラス(ガラス面に映像が投影される)に、数枚の写真がスライドショーで繰り返し、映し出されているのに気付く。
彼は四十代前半であるが、細身の引き締まった身体付きから、実年齢より若く見える。暑そうに第二ボタンまで開けた白い半袖のワイシャツの胸元を、空気を送り込むようにパタパタとさせながら、そのディスプレイグラスを訝しげに覗きこんだ。
「……この方が、お姉さん?」
「え……えぇ……」男の作ったような、神妙な面持ちの問いかけに、後ろに続いて部屋に入って来た小柄な女性が、力無く返事を返した。
写真の中のその女性は、静かな微笑みを湛えて男を見つめ返してくる。どこか淋しげな微笑みだと、男は感じた。
家族だろうか? 三十代後半くらいの夫婦らしい男女が、彼女を包み込むように囲んで、微笑んでいる。どことなく、彼女と似た雰囲気だ。
「こちらは……ご親戚?」
「さ……さぁ……お話ししましたが、私達は二十年前の、あの震災の後、児童施設で育ったので……姉以外身寄りもありません……」
小柄な女性は、写真を呆然と見つめながら答えた。
「宮原さん。もう一度確認しますが……」
宮原と呼ばれた、その小柄な女性に続き、部屋に入ってきたのは中肉中背の五十代中ほどの男性。着用したグレーのサマースーツと、紺にストライプのネクタイは、猛暑の中にも関わらず、少しも乱れたところがない。
「お姉さんと、最後に連絡を取り合ったのが一昨日。十八時に会う約束をしていた。ところが、待ち合わせの場所で待つも、お姉さんは現れず、連絡もつかなくなった……」
スーツ姿の男は、部屋を観察するように見渡しながら、言葉を続けた。
「心配になった貴女は、その足でこの部屋を訪ね、合鍵で部屋に入るが、このとおり、もぬけの殻……。それですぐに捜索願を出した……と?」
部屋は昨日のままにしていると、前もって聞いている。争った形跡もない。果たして、失踪を届け出るような事態なのか? と確認するような目で、その男は宮原に回答を求めた。
「はい。姉は几帳面な性格で、ちょっと外出するにも片付けを済ませる人です。それが……」
出しっ放しの洗濯物、その片付けが済んだら一息いれるつもりだったのか、カウンターの上に置かれた湯沸かしポットが、冷めきった水で満たされていることに長身の男が気づき、スーツ姿の男に、ポットの蓋を開けて中身を確認させる。
「なるほど……」
スーツ姿の男は、部屋の奥へと進み、戸棚に映し出される写真を眺めた。
「愛奈さん、最近のお姉さん……香奈さんに何か変わった事はなかったですか?」
長身の男が捜索願の依頼主、宮原愛奈に尋ねる。
「……これといって……」愛奈は、俯き気味で答える。
「そうですか……」長身の男は、スーツ姿の男が、観察している戸棚の写真の方へと向き直る。愛奈もそれに釣られるように、写真へと目をやった。
見慣れない男女に囲まれ微笑む香奈。底知れない違和感と共に、妙な懐かしさも感じるその写真に、愛奈の記憶が呼び起こされる。
「……そういえば……」二人の男達は、愛奈の方へと振り返る。
「待ち合わせの電話で、変な事を聞かれました」
「変な事?」スーツ姿の男が、続けるように促す。
「はい。……パパとママに逢いたいか……と……」
「亡くなったご両親に?」長身の男は顔をしかめ、その答えを求めるかのように、スーツ姿の男の方へと向き直った。
「えぇ……一体、どういう意味なのか……」愛奈も、スーツ姿の男が、答えを解き明かしてくれる事を期待するかのように、彼の方へ問いかける。
「確かに、妙ですねぇ……」スーツ姿の男は、戸棚の前にしゃがみこみ、愛奈の方へ振り返りもせず、黙々と写真を観察し続けていた。
「上杉さん?」
上杉と呼ばれたそのスーツ姿の男は、写真の中の何かにふと目を留める。
「葛城くん! これを」
上杉は、写真の下方、ディスプレイの縁に、半分ほど隠れた薄い文字を指差す。葛城は屈みこむと、その文字を声に出して読み上げていく。
「O、MO、T……」
葛城の肩越しに、不安げな表情で、愛奈もその文字を覗き込んだ。
「『オモトワ』!」その文字が何を意味するのか、すぐに読み取った葛城は、声を張り上げる。
「上杉さん……」当たりと言わんばかりの表情を浮かべる葛城。
上杉は、写真をもう一度、一瞥するとスッと立ち上がった。
「えぇ。……やはり、無関係では無さそうですねぇ」
薄暗く締め切り、蒸した部屋には、生乾きで放置された洗濯物からであろう、不快な雑菌臭が、その男の鼻腔をくすぐった。洗濯籠の脇には、アイロン台と、電源の切れたアイロンが、放置されたままとなっている。
男はさらに部屋の奥へと進むと、戸棚のディスプレイグラス(ガラス面に映像が投影される)に、数枚の写真がスライドショーで繰り返し、映し出されているのに気付く。
彼は四十代前半であるが、細身の引き締まった身体付きから、実年齢より若く見える。暑そうに第二ボタンまで開けた白い半袖のワイシャツの胸元を、空気を送り込むようにパタパタとさせながら、そのディスプレイグラスを訝しげに覗きこんだ。
「……この方が、お姉さん?」
「え……えぇ……」男の作ったような、神妙な面持ちの問いかけに、後ろに続いて部屋に入って来た小柄な女性が、力無く返事を返した。
写真の中のその女性は、静かな微笑みを湛えて男を見つめ返してくる。どこか淋しげな微笑みだと、男は感じた。
家族だろうか? 三十代後半くらいの夫婦らしい男女が、彼女を包み込むように囲んで、微笑んでいる。どことなく、彼女と似た雰囲気だ。
「こちらは……ご親戚?」
「さ……さぁ……お話ししましたが、私達は二十年前の、あの震災の後、児童施設で育ったので……姉以外身寄りもありません……」
小柄な女性は、写真を呆然と見つめながら答えた。
「宮原さん。もう一度確認しますが……」
宮原と呼ばれた、その小柄な女性に続き、部屋に入ってきたのは中肉中背の五十代中ほどの男性。着用したグレーのサマースーツと、紺にストライプのネクタイは、猛暑の中にも関わらず、少しも乱れたところがない。
「お姉さんと、最後に連絡を取り合ったのが一昨日。十八時に会う約束をしていた。ところが、待ち合わせの場所で待つも、お姉さんは現れず、連絡もつかなくなった……」
スーツ姿の男は、部屋を観察するように見渡しながら、言葉を続けた。
「心配になった貴女は、その足でこの部屋を訪ね、合鍵で部屋に入るが、このとおり、もぬけの殻……。それですぐに捜索願を出した……と?」
部屋は昨日のままにしていると、前もって聞いている。争った形跡もない。果たして、失踪を届け出るような事態なのか? と確認するような目で、その男は宮原に回答を求めた。
「はい。姉は几帳面な性格で、ちょっと外出するにも片付けを済ませる人です。それが……」
出しっ放しの洗濯物、その片付けが済んだら一息いれるつもりだったのか、カウンターの上に置かれた湯沸かしポットが、冷めきった水で満たされていることに長身の男が気づき、スーツ姿の男に、ポットの蓋を開けて中身を確認させる。
「なるほど……」
スーツ姿の男は、部屋の奥へと進み、戸棚に映し出される写真を眺めた。
「愛奈さん、最近のお姉さん……香奈さんに何か変わった事はなかったですか?」
長身の男が捜索願の依頼主、宮原愛奈に尋ねる。
「……これといって……」愛奈は、俯き気味で答える。
「そうですか……」長身の男は、スーツ姿の男が、観察している戸棚の写真の方へと向き直る。愛奈もそれに釣られるように、写真へと目をやった。
見慣れない男女に囲まれ微笑む香奈。底知れない違和感と共に、妙な懐かしさも感じるその写真に、愛奈の記憶が呼び起こされる。
「……そういえば……」二人の男達は、愛奈の方へと振り返る。
「待ち合わせの電話で、変な事を聞かれました」
「変な事?」スーツ姿の男が、続けるように促す。
「はい。……パパとママに逢いたいか……と……」
「亡くなったご両親に?」長身の男は顔をしかめ、その答えを求めるかのように、スーツ姿の男の方へと向き直った。
「えぇ……一体、どういう意味なのか……」愛奈も、スーツ姿の男が、答えを解き明かしてくれる事を期待するかのように、彼の方へ問いかける。
「確かに、妙ですねぇ……」スーツ姿の男は、戸棚の前にしゃがみこみ、愛奈の方へ振り返りもせず、黙々と写真を観察し続けていた。
「上杉さん?」
上杉と呼ばれたそのスーツ姿の男は、写真の中の何かにふと目を留める。
「葛城くん! これを」
上杉は、写真の下方、ディスプレイの縁に、半分ほど隠れた薄い文字を指差す。葛城は屈みこむと、その文字を声に出して読み上げていく。
「O、MO、T……」
葛城の肩越しに、不安げな表情で、愛奈もその文字を覗き込んだ。
「『オモトワ』!」その文字が何を意味するのか、すぐに読み取った葛城は、声を張り上げる。
「上杉さん……」当たりと言わんばかりの表情を浮かべる葛城。
上杉は、写真をもう一度、一瞥するとスッと立ち上がった。
「えぇ。……やはり、無関係では無さそうですねぇ」
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