Heavens Gate

酸性元素

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地獄編

秩序、回天②

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「あー…ちょっと離れた方がいいか?」
「いや…君みたいな人がいると助かるよ、精神的にね。」
メリッサは糸を一度引くと、ジハイドと横並びに並んだ。
「申し訳ないですが…2対1とさせていただきましょう!」
「受けて立つとも!」
少しの睨み合いののち、3人は動き始めた。
ジハイドは一直線にグレゴリオに向かい、メリッサは後方にて糸を展開する。
グレゴリオは戦車6台を生成し、ジハイドに向けて砲撃を開始。
「一直せえええん!」
ジハイドにとって、殺戮兵器などは無に等しい。
彼は爆撃を受けながら戦車を破壊し、グレゴリオに蹴りを浴びせる。
「本当に面白いな君は。」
グレゴリオはその蹴りをガードすると、スティンガーでジハイドの顔面を貫いた。彼の頭部は丸ごと欠損する。グレゴリオはその隙を見逃さない。
「再生し続けるのなら…無限に攻撃を浴びせればいい。」
100台以上のガトリング銃を持った兵が、彼の後方に構えられる。
「…マジ?」
ジハイドの後退ももはや意味を成さない。
引き金が引かれ、毎秒1000を超える弾丸が発射された。
だが、その弾丸は、すべて空中で撃ち落とされる。
「兄様、私を忘れないで頂きたい。」
「忘れていたよ、兄とあろうものが。」
グレゴリオは頭を抱えた。
「全く……厄介な妹を持ったものだ!」
「優秀な兄を持つのも苦しいですよ!」
グレゴリオは魔力を解放する。
1000を超える兵、そして兵器が彼から放出されていく。
「Mr.ジハイド!わたしが援護する!君は兄様を!」
「りょーかいしましたよ妹様!」
弾丸、砲撃、戦場兵器が闊歩する空間を、メリッサは糸で捌いていく。
ジハイドはその糸を伝い、グレゴリオへと再び接近する。「っらあ!」
血液の刀を幾度となく振り上げる。グレゴリオはその度それを回避し、彼を殺す。
「…ようやく追いついた。」
メリッサの糸が、グレゴリオの体を捉える。
ジハイドは血の刀を振りかざした。
「よっしゃあ!頂きました!」
しかし、彼の刃は届かなかった。
兵数人が彼の盾になっていたのだ。
「…?!マジかよ。」
「追いついた?突き放されただけさ。」
数十本の銃剣が、ジハイドの体を突き刺し、彼の体をビルに固定した。
「がっ…!う…やべぇ…動けねえ…」
「Mr.ジハイド!」
「よそ見は戦場では禁物だ、メリッサ。」
無数の弾丸が容赦なくメリッサを襲う。
彼女は糸で対応するが、受け止め切ることはできず、数発の弾丸が彼女の腹部を掠めた。
「っ…!」
「これは遊戯ではない。殺し合いだ。近親者と言えど私は容赦はしない。」
「容赦をしているのは貴方の方でしょう?」
「何?」
空中で受け止めていた弾丸は、急速に回転を始める。
そうか、糸を操作して再始動させるのか。
「しまっ…」
無数の弾丸、砲撃がグレゴリオを襲った。
「ふぅ…しまったな…君の魔能力がまさかそこまでの精度になっていたとは…」
「努力は惜しまない主義ですので。」
「そうか…成長したな、メリッサ。」
グレゴリオは、彼女に優しく微笑みかける。
「情に訴えるつもりですか?」
メリッサは険しい表情で返す。
「いいや、そうじゃない。ただ単純に、そう思っただけだ。」
「おらぁ!よーやく復活だぜ…」
ジハイドはビルから着地すると、グレゴリオを睨みつけた。
「ああ…そうか。君を忘れていたよ。」
「……なーんだ?この雰囲気。臭くてたまらねえな。兄弟愛とやらか?しょーもねえ。」
「君に私達の何がわかると言うのだ!」
グレゴリオは魔力を解放する。
彼の右目に灯りが灯る。
「魔殲…!まずい!おい!メリッサとか言う奴!離れろ! 
本来、メリッサの糸で彼を絡め取ることも可能である。だが、あの顔をされてしまっては…
「くそ…早くしろってんだよ!」
兵器を再現する魔能力の魔殲…
兵器の文明の段階を引き上げる魔能力。
「まさか…レールガン?!それを魔装兵器で再現したのか?!」
これほど高密度な魔力でそれが放たれると言うことは、国の地形を変化させるも同然。
シャーロットの一撃をも超えるだろう。
「チィ…!」
ジハイドはグレゴリオへ飛びついた。
「甘ったれんじゃねえ!こいつは兄弟か知らんがテロリストだ!殺すと決めたなら殺せ!それはこいつにとっての最大の不幸になる!」
地上に向けて発射するはずだった砲撃は、ジハイドを巻き込み、上空へと発射された。
「がぁぁぁぁ…!」
声にもならない叫びをジハイドは上げる。
成層圏を超え、宇宙空間にまで到達した砲撃は、周囲の雲を全て吹き飛ばした。
「はあ…はあ……死ぬかと思った~…」
灰の状態から復活したジハイドは、メリッサの胸ぐらを掴む。
「お前らのしょーもない家族問題なんざどーでもいいんだよ。俺の死に場所に勝手な情なんざ巻き込むな。
…だからよ、お前らの死に場所くらいすっきり殺し合って終われ。兄弟愛なんざ死んでから語れ!」
「………」
なんだこの男は、めちゃくちゃだ。
「…そうか。はははは!そうかそうか、君は本当に…」
メリッサは笑いだした。
「そうだな、野郎。たまに奴を倒そうじゃないか。」
「へへ…分かってんじゃねえの。じゃ、やろうぜ。」
メリッサの瞳に灯りが灯った。
「何故だ…?なぜ君は笑っていられる…?」
メリッサとグレゴリオ、2人にかつての記憶が傾れ込む。

私の家系は代々軍人だった。
父は魔人戦争においては鬼の指揮官として恐れられ、魔族からは恨まれた。だからこそ、息子の私はその息子としてのプレッシャーがあった。
これで才能でもなければ、それはそれで落ちこぼれることができただろう。だがそうはいかなかった。残念なことに、私は完璧なほどに父親から才能を受け継いでしまったのだ。
さらに追い討ちをかけたのは妹の存在。仮に私が軍人にならなければ、その代わりとして彼女にその役割が押し付けられる。それだけは避けたかった。
いつしか妹だけが、私の救いになっていた。
「兄様、お元気ですか?この前筆記テストで満点を取りました。」
こんな手紙が来れば、心からの言葉で返した。
薄々勘づいていた。妹もまた、父の才能を受け継いでいる、と。だからこそ、私の決意は一層強固なものになった言える。
「まるでダメだったな、今朝の作戦は。」
「はい…」
父が私を褒めた事など一度たりともなかった。体罰こそなかったが、否定から入る父親が嫌でたまらなかったし、何よりその父親になりかわろうとしている自分にも嫌気が刺した。
「兄様、もうすぐ誕生日でしょう?だから…」
「ああ、ありがとうメリッサ。でも良いんだよ、その気遣いだけで。」
もう彼女は既に12歳。にも関わらず、ここまで人を想うことができる。きっとどれだけ行っても、彼女の本質は優しい少女のままだろう。
そうして私は経験を積み、父の後釜として機能することとなった。
「グレゴリオ…お前に降りかかるものはお前にとって辛いやもしれん…だがそれでも…耐え抜けば…」
父の最後の言葉はそれだった。元々高齢での結婚だったが故、わたしが成人する頃には70を迎えていた。
だが、聞く耳など私は持たなかった。父への愛想など等に尽きていたのだから。


ある日の号外だった。
そこには、私の兄の名前が載っていた。
『魔兵軍少将、魔族の大規模侵攻にて無茶な作戦を実行。その後殉職』
兄の死は覚悟できていた。だがそんな訳がない、兄様がそんな無能を晒すわけが無いと知っていた。
それからは早かった。周囲の後押しもあり、主席で魔道士になった。
そして組織の内部資料を密かに確認した。
そこに記されていたのは、全くの別人の名だった。
その名は、紛れもなく上層部の息子の名前。
兄が実行したとされるその作戦は、実際には上層部の保身の為に隠蔽されたものだった。
「………!」
歯を食いしばる。こんなクズどもがここにはのさばっているというのか。
私が変えてやる。正義の為にのみ行動する軍を作り上げる。
情も保身も要らない。あるのは敵のみだ。
私の怒りは確実なものになった。
兄はきっとどこかで生きている。その時に、彼が安心できる場所を作るんだ。

「メリッサ…」
上層部に消され、死んだことになっていた私は、デウス.エクス.マキナに拾われた。
最早軍人に染まった彼女の元には戻れない。
私は私のやり方で社会を変革させる。
それまでの犠牲はやむなしだ。

「ああああああ!」
メリッサは糸を紡ぐ。
いや、最早それは糸ではない。
糸が触れたもの同士を強制的に補剛させ、その機能を自由にコントロールできる。
グレゴリオの生み出した兵器は、それによって次々と破壊されていく。
ジハイドはその中を前進した。
破壊されては、再生。
破壊されては、再生。
その繰り返し。
だが、変化が訪れた。
彼の体が黒く変貌したのだ。
「…?!」
「昔々、ある所に最強の竜とそれを封印する巫女がいたんだと。そいつらがおっぱじめて竜と人のハーフを産んだんだと。それが俺だよばあああか!」
ジハイドの一撃が、グレゴリオの右手を切り落とした。
「っ…!」
先ほどと比べ物にならないほど早い。
「アジ.ダ.ハーカの力と人の力が交われば再生力が手に入ると聞いたが…本当なのか。」
「そーだぜ?!正解だ!」
無数の糸、不死身の男。そして大量の兵器。それが一斉にぶつかり合い、霧散した。
「おおおおおおおおお!」
上半身のみのまま、ジハイドはなおも前進する。
「ぐぅぅぅぅぅぅ…!」
糸に対応しながら、グレゴリオはジハイドの身体を欠損させていく。
そして頭のみが残ったジハイドは、グレゴリオの首を噛みちぎった。
「あああああ!」
グレゴリオは力を振り絞り、兵器を展開する。
レールガン5台。それが発射されれば、当然ひとたまりもない。
勝った。そう確信した瞬間だった。
彼の肩から、糸が飛び出したのだ。
「がっ…!」
激しく血煙が上がり彼はその場に倒れ込んだ。
「そうか…噛んだ時…体に糸を…」
「そこの少将サンが考えたんだぜ。」
「兄様…」
メリッサは彼に銃口を向ける。
「メリッサ…君は私とは違うのだな…。君は私や父と違って孤独ではない。仲間に慕われている。ああ…それが幸いだ。」
「私は…私の血筋が嫌いです。何より…私の手で上層部を潰せなかったことが悔しくてたまりません。」
「はは…そう言う点じゃ私の勝ちかな。メリッサ…血筋は恨んでも、父は恨まないでくれ。堕ち切ってようやくわかったんだ。……父もまたバルハランテの血に呪われていたんだ。
冷酷にあらねばならない、と言う数100年の血筋に。」
「それでも…私は恨み続けます。貴方のために、そして私のために。」
「そうか。それが聞けてよかったよ。」
グレゴリオは笑いかけた。まるでいつかの笑顔のように。
「それでは…さようなら。」
メリッサは銃の引き金を引いた。
「メリッサ…ありがとう。」
グレゴリオは息を引き取った。
「わたしは…どうしたら良かったんだ?あああ!無力だ!無力だ……何も為せてなどいない…!」
メリッサは両手の平で顔を覆い、膝をつく。
「不幸な人生だっただろうがよ…よく見な。」
「……?」
「幸せそうに死んでんじゃねえの。知らねえ誰かに殺されるよりよっぽど良かったんじゃねえの?こいつに取っちゃ。」
ジハイドは座り込み、そう言った。
「そうだな…うん。そう思っておこう。」
2人はグレゴリオの死体を抱き抱えると、その場を後にした。
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