Heavens Gate

酸性元素

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シャーロット編

守るべきもの、壊されるもの②

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魔道具の密輸を阻止したあの日のことを、俺は所長に話した。
その時の彼女は、沈黙するでもなく、何か言うでもらなかった。
「そっか……ごめんな…ごめんなあ…何もできなくて……また何も守れなかった……」
この世でもっとも弱い生き物だと言わんばかりに、涙を流して俺を抱きしめたのだ。
その抱擁は優しさでも謝罪でもなく、失いたくない、と縋り付く子供のようだった。
「……なんで泣いてんだろ、俺。」
そして彼女は何事も無かったかのように、元の表情に戻った。
それ以来、俺は彼女に不安の種を打ち明けることは無くなった。触れてはいけない境界があるような気がしたから。


「……あー最悪。」
ケインは目を覚ました。と言うかとっくに目は冴えていたが、もう一度寝しようと目を瞑っていたところからそれを諦めた、と言う方が正しい。
「なあ……所長は?」
「え?なんか散歩に行くとか言って何処かに。1時間くらい前ですかね。」
レドは淡々と答える。
「………」
時計は12時を指していた。その1時間前と言ったら11時だ。
「腹減った。」
ケインはレドに言う。
「水でも飲んでください。」
レドはそう淡々と一蹴した。
「飢え死にしても良いんだ?へー?」
ケインは愚痴をこぼす。
「断食ですよ断食。」
「おい怒られるぞいろんなとこに。」
ケインは今更ながらにコンプライアンスを脳裏に浮かべた。

シャーロットはタバコの煙を吐いた。
イライラする。
煙の匂いが脳に響く。
むしゃくしゃする。
何が楽しいんだこんなこと。
貧乏ゆすりが止まらない。
こんな自分にイライラする。
「ギャハハハハ!」
「やめろって!」
誰かの悲鳴が公園に鳴り響いている。
シャーロットは声のする方向へ向かった。
フードを被った男、そしてピアスを耳に複数個た男の二人組が、浮浪者を蹴り飛ばし、彼の住居を破壊していた。
「…………」
シャーロットは何も言わず、彼らの前に立ちはだかった。
「あ?何お前。」
ピアスをつけた男は、シャーロットの肩に腕を回す。
「何か用?」
口調は丁寧だが、とにかくまあ下心満載という他ない。
「まあアレだ…親とか国公とかに連絡するから…そこんとこを教えろ。」
「あのさぁ…どんな状況か分かってる?」
「取り敢えずこっちこよっか。」
男は後ろに手をかけたまま、シャーロットを連れて行こうとする。
シャーロットは、男の肩を外した。
その場に倒れ込んだその男の顔面を掴むと、徐々に力を加えていく。ミリミリミリ…と鈍い音がする。
「ああああああああ!」
「あー……またやっちまった……言葉で解決するのってむずいよなあ…」
後ろからもう1人の男が襲い掛かる。
何もないように、シャーロットは男の首を掴むと、地面にそのまま叩きつけ、右足で踏みつけた。
「で、やるのか?やらないのか?どっちだ?」
「やりません…ごめんなさい…ごめんなさい……」
「そうかい…で、住所教えろ。」
シャーロットが手を離した瞬間、2人は一目散に逃げ出した。
「あー…めんどくさ。おっさん、大丈夫……」
浮浪者はいなくなっていた。
「はー……感謝の一言くらい……まあ良いか。慣れっこだし。」
シャーロットは公園から立ち去った。
………魔族の気配がする。
シャーロットは飛行魔法でビルの間を潜り抜け、魔力のする方へと向かう。
「ひ、ひぃぃぃぃ…!」
「誰か…誰かあ!」
見たところstage1だろう。魔族は2人組の男を睨んでいた。
2人が「誰か」と読んだものは答えない。その癖逃げることもしない。目撃者になろうと、遠くから怯えて動けない2人を見守るだけの「野次馬」だった。
「よりによってあいつらかよ…」
先ほどホームレス狩りをした2人組。野次馬と同じように、他者の事情など知ろうともしない人間。
助かる義理などない。助けた所で損をする。やめよう、やめてしまおう。
だが、気がつくと彼女は、魔族の前に立っていた。
「はぁー…病気だなあこりゃ。」
「ひぃぃぃぃぃぃ!」
更に恐怖が重なった男2人組は腰が抜けたのか、へたり込んでいた。
魔族がしシャーロットを襲う。野次馬は悲鳴を上げる。
シャーロットは、魔族の右手を受け止めた。そして魔族の血液に魔能力を発動させる。
コンクリートで作った即席の壁。水蒸気爆発で飛び散った魔族の体は、それら全てに受け止められた。
筈だった。コンクリートをそれは貫通し、周囲の野次馬にまで届いた。魔族の血液が野次馬の体に付着する。
悲鳴が次々と伝播する。
「キャー!」
「やばいやばいやばい!」
「はあ……待て、もう安全だから…」
そう言って一歩踏み出したシャーロットに恐怖し、野次馬は一歩後ずさる。
「あのなあ…助けてやったのにその態度は………」
誰もが震えていた。恐怖の対象はシャーロットに移動したのだ、後ろを見ると、男2人組も同様だった。
「ひとまず安全だから!とにかくお前らはここから避難しろ!」
「あ、アンタは誰なんだよ!」
「そうだ!偉そうに!」
ヤジが彼女に突き刺さる。またこれだ。助けたのになんの見返りもない。ただ流れに沿って、集団心理とやらで身勝手に文句を言う。
「シャーロット.ギルティ.ホワイト。フリーランスの魔導士だ。」
「シャーロットって…ドラゴンクロウの?」
「この前爆破事件起こしたのもこいつだよ!」
「え?!ちょっと誰か逮捕してよ!」
何を言ってもこうなる。何なんだ本当に。俺が何をしたって言うんだ。だったらせめて言ってやる。
「あのなぁ、助けてやったのに感謝の一言も無いってのはどうなんだ?!てめぇらは好き勝手言うけどよお!」
「………」
野次馬に沈黙が走る。
だが、それも一瞬だった。
「そもそも俺たちを守るのが魔導士の仕事じゃないの?いちいち求めるなんて恩着せがましいよ。」
16、7歳程だろうか。深夜に未成年がいる時点で色々察するが、そんな違和感さえ集団の前では意味をなさない。
「そうだ!何様なんだ!」
「何なのかしらホント!」
徐々に恐怖から嫌悪に変わって行っている。大した理由のない嫌悪感に。
「………わかった。じゃあ守るのやーめた。」
「………?!」
再び沈黙が走る。
シャーロットは両手を重ねると、魔能力を使い、巨大な魔力の弾を生成した。
「俺は守るのやめたからさあ、今からお前らの身はお前らで守れよ?」
「え?!ちょ、待って?!」
「逃げろ逃げら逃げろ!」
野次馬は一目散に逃げ出していく。
1人もいなくなった道路で、シャーロットはもの寂しそうにため息をついた。
「………ケインか。」
「所長…」
恐らく先ほどの脅しの部分から聞いていたのだろう。
「帰りましょう。」
優しくケインは彼女に言う。
「………タバコ切れちまったなあ。」
力なくシャーロットは笑う。
俺には分からない。この人が何を抱えているのか。何を背負って、何に壊されたのか。到底踏み入ることなどできない。
ケインは拭いきれない恐怖を抱いていた。
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