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間章2―すべてのはじまり
二人だけの幸せ#3
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――その後はあまり無茶はしないように、でもなるべく早く美陽を連れ出せるようにとバイトに勤しんだ。
その甲斐あって、俺は大学卒業を目前にして、ようやく美陽をあの家から連れ出す準備を整えることが出来た。
俺は美陽と伯父一家の縁を切って彼を連れ出すために、美陽の伯父の家へ美陽と共に訪問した。
何事かと俺を訝し気に見てくる伯父夫婦に、俺は懐に入れていた封筒を机に叩きつけた。
「これは美陽があなた方に引き取られてから今日までに掛かったであろう養育費です。これを差し上げますから、代わりに美陽は俺が貰います」
「……は!?何を言っているんだお前は……そもそもお前はなんなんだ!?」
「俺は美陽の恋人です」
突然やってきた俺に戸惑いながらも、俺が叩きつけた封筒の中身を見た美陽の伯父は、目の色を変えた。
「……そんな出来損ないでも欲しいと言うのなら別に俺は……」
「駄目よ!!」
伯父の言葉を遮ったのは美陽の伯母だった。
「あいつが家を出て行ったら誰がこの家の家事をするのよ!!」
「そんなもの、家政婦でも雇えばいいだろう」
「家事の為にお金なんか使えないわ!!絶対にあいつは家から出さないわよ!!」
そうヒステリックに叫びながら俺を睨み付けてきた伯母に対し、俺は冷たい視線を送った。
この伯母は美陽に家事を押し付けておきながら、自分は夫の金を使って遊び惚けているクソ女だった。
「い、伊月……」
しかし美陽はそんな伯母の剣幕を前に微かに震えていた。――幼い頃から植え付けられてきた伯父伯母らへの恐怖はそうそう拭えるものではないのだろう。
俺はそんな美陽を安心させるように微笑むと、美陽に家の外に出ているように言った。
「で、でも」
「大丈夫だ、危ないことはしないから」
「……」
「頼む」
「……わかった」
じっと美陽を見つめれば、彼は渋りつつも、最終的には頷き部屋を出て行った。
美陽が出ていき俺と美陽の伯父伯母だけになった部屋で、俺は懐からもう一つ封筒を取り出した。
「あなた方はそう簡単に美陽を手放さないと思っていました。なので先程の養育費とは別でこちらも差し上げます」
「な……何よこれ」
「これは俺が美陽を貰い受けるにあたっての報償金だと思ってくださって結構です。先程の養育費に加えてこれもあれば家政婦だっていくらでも雇えるでしょう」
この報償金は、俺一人で稼いで用意したものだった。先程叩きつけた養育費は美陽も一緒に稼いだものだったが、報償金は美陽を俺が貰うにあたってのものだから俺一人で出すべきだと思い、一人コツコツ貯めていたのだ。当然、美陽はこの報償金のことは知らない。だから美陽のいる前では出せなかったのだ。
伯父夫婦は報償金の中身を見ると態度を一変させた。
「……そこまであの出来損ないが欲しいとはな。そんなに欲しければくれてやるさ」
「では美陽は貰っていきますよ。これで金輪際美陽とは関わらないでください。貴女もそれでいいですね」
「好きにしなさい。これだけ貰えればあいつなんて要らないわ」
俺は叩きつけた封筒の中身に釘付けになっている二人を遮るように扉を音を立てて閉めると、その場を後にした。
美陽の伯父の家を出ると、心配そうな顔をした美陽と再会した。
「伊月……!大丈夫か!?」
「問題ない。――これで、もう自由だ。美陽」
「……!それじゃあ、俺達……」
「ああ。これからは二人ずっと一緒だ」
そう言ったとき、美陽が俺に勢いよく抱き付いてきた。
「伊月……ありがとう。――愛してる」
「俺も、愛してる――美陽」
こうしてようやくすべてのしがらみから解放された俺達は、ずっと望んでいた二人暮らしを始めたのだった。
俺達の悲願だった二人だけで過ごす家は、古いアパートの小さなワンルームだった。このときの俺達の収入で住める部屋はそれが精一杯だった。
俺が過労で倒れた時期がなければもっと良い部屋に出来たのだが、美陽は「ここでいいよ」と言った。
「だって、この部屋に居ると、この世界で俺達二人だけになれたような気がするから」
「……俺もそう思う」
「ふふっ、俺達やっぱり考えること同じだな!」
小さい部屋で二人寄り添うように過ごしていると、美陽が言うようにこの世界で二人だけになれたような気がした。
俺達がずっと望んでいた二人だけの幸せが、この時ようやく手に入ったのだ。
この、小さくても幸せな日々が、ずっと続くと思っていた。
――あの日、運命が変わるまでは。
***
――その日は、俺は仕事が立て込んでしまい帰りが遅くなってしまった日だった。
(早く帰らないと……今日が終わってしまう)
今日は、俺達が共に暮らし始めた記念日――だからどうしてもその日のうちに家に帰って二人で祝いたかった。
数日前から準備していた祝いのためのケーキを持って急いで帰宅していた。
急いではいたが、目の前の横断歩道が赤信号になったから俺はいつもどおり横断歩道の手前で止まった。そのときだった。
「おい――何か落ちてきてるぞ!?」
「危ない!!」
誰かのそんな声がして俺は空を見上げた。
すると空から何かの物体が、俺に目掛けて降ってきていた。
目前に迫ったそれは避ける間もなく――俺は頭に強い衝撃を感じてその場に倒れこんだ。
じわりと頭から生温いものが滲み出ていくのを感じた。意識が朦朧として、視界は霞み何も見えない。誰かが叫ぶ声がするが、それも遠く靄がかかったようだった。
――俺は死ぬのか。そう思ったとき、頭に浮かんだのは美陽の顔だった。
絶対に彼を一人にしないと誓ったのに。二人最期までずっと一緒に居るって約束したのに。
(美陽……、――約束、守れなくて、ごめん……)
その思考を最期に、俺の意識は途切れた。
その甲斐あって、俺は大学卒業を目前にして、ようやく美陽をあの家から連れ出す準備を整えることが出来た。
俺は美陽と伯父一家の縁を切って彼を連れ出すために、美陽の伯父の家へ美陽と共に訪問した。
何事かと俺を訝し気に見てくる伯父夫婦に、俺は懐に入れていた封筒を机に叩きつけた。
「これは美陽があなた方に引き取られてから今日までに掛かったであろう養育費です。これを差し上げますから、代わりに美陽は俺が貰います」
「……は!?何を言っているんだお前は……そもそもお前はなんなんだ!?」
「俺は美陽の恋人です」
突然やってきた俺に戸惑いながらも、俺が叩きつけた封筒の中身を見た美陽の伯父は、目の色を変えた。
「……そんな出来損ないでも欲しいと言うのなら別に俺は……」
「駄目よ!!」
伯父の言葉を遮ったのは美陽の伯母だった。
「あいつが家を出て行ったら誰がこの家の家事をするのよ!!」
「そんなもの、家政婦でも雇えばいいだろう」
「家事の為にお金なんか使えないわ!!絶対にあいつは家から出さないわよ!!」
そうヒステリックに叫びながら俺を睨み付けてきた伯母に対し、俺は冷たい視線を送った。
この伯母は美陽に家事を押し付けておきながら、自分は夫の金を使って遊び惚けているクソ女だった。
「い、伊月……」
しかし美陽はそんな伯母の剣幕を前に微かに震えていた。――幼い頃から植え付けられてきた伯父伯母らへの恐怖はそうそう拭えるものではないのだろう。
俺はそんな美陽を安心させるように微笑むと、美陽に家の外に出ているように言った。
「で、でも」
「大丈夫だ、危ないことはしないから」
「……」
「頼む」
「……わかった」
じっと美陽を見つめれば、彼は渋りつつも、最終的には頷き部屋を出て行った。
美陽が出ていき俺と美陽の伯父伯母だけになった部屋で、俺は懐からもう一つ封筒を取り出した。
「あなた方はそう簡単に美陽を手放さないと思っていました。なので先程の養育費とは別でこちらも差し上げます」
「な……何よこれ」
「これは俺が美陽を貰い受けるにあたっての報償金だと思ってくださって結構です。先程の養育費に加えてこれもあれば家政婦だっていくらでも雇えるでしょう」
この報償金は、俺一人で稼いで用意したものだった。先程叩きつけた養育費は美陽も一緒に稼いだものだったが、報償金は美陽を俺が貰うにあたってのものだから俺一人で出すべきだと思い、一人コツコツ貯めていたのだ。当然、美陽はこの報償金のことは知らない。だから美陽のいる前では出せなかったのだ。
伯父夫婦は報償金の中身を見ると態度を一変させた。
「……そこまであの出来損ないが欲しいとはな。そんなに欲しければくれてやるさ」
「では美陽は貰っていきますよ。これで金輪際美陽とは関わらないでください。貴女もそれでいいですね」
「好きにしなさい。これだけ貰えればあいつなんて要らないわ」
俺は叩きつけた封筒の中身に釘付けになっている二人を遮るように扉を音を立てて閉めると、その場を後にした。
美陽の伯父の家を出ると、心配そうな顔をした美陽と再会した。
「伊月……!大丈夫か!?」
「問題ない。――これで、もう自由だ。美陽」
「……!それじゃあ、俺達……」
「ああ。これからは二人ずっと一緒だ」
そう言ったとき、美陽が俺に勢いよく抱き付いてきた。
「伊月……ありがとう。――愛してる」
「俺も、愛してる――美陽」
こうしてようやくすべてのしがらみから解放された俺達は、ずっと望んでいた二人暮らしを始めたのだった。
俺達の悲願だった二人だけで過ごす家は、古いアパートの小さなワンルームだった。このときの俺達の収入で住める部屋はそれが精一杯だった。
俺が過労で倒れた時期がなければもっと良い部屋に出来たのだが、美陽は「ここでいいよ」と言った。
「だって、この部屋に居ると、この世界で俺達二人だけになれたような気がするから」
「……俺もそう思う」
「ふふっ、俺達やっぱり考えること同じだな!」
小さい部屋で二人寄り添うように過ごしていると、美陽が言うようにこの世界で二人だけになれたような気がした。
俺達がずっと望んでいた二人だけの幸せが、この時ようやく手に入ったのだ。
この、小さくても幸せな日々が、ずっと続くと思っていた。
――あの日、運命が変わるまでは。
***
――その日は、俺は仕事が立て込んでしまい帰りが遅くなってしまった日だった。
(早く帰らないと……今日が終わってしまう)
今日は、俺達が共に暮らし始めた記念日――だからどうしてもその日のうちに家に帰って二人で祝いたかった。
数日前から準備していた祝いのためのケーキを持って急いで帰宅していた。
急いではいたが、目の前の横断歩道が赤信号になったから俺はいつもどおり横断歩道の手前で止まった。そのときだった。
「おい――何か落ちてきてるぞ!?」
「危ない!!」
誰かのそんな声がして俺は空を見上げた。
すると空から何かの物体が、俺に目掛けて降ってきていた。
目前に迫ったそれは避ける間もなく――俺は頭に強い衝撃を感じてその場に倒れこんだ。
じわりと頭から生温いものが滲み出ていくのを感じた。意識が朦朧として、視界は霞み何も見えない。誰かが叫ぶ声がするが、それも遠く靄がかかったようだった。
――俺は死ぬのか。そう思ったとき、頭に浮かんだのは美陽の顔だった。
絶対に彼を一人にしないと誓ったのに。二人最期までずっと一緒に居るって約束したのに。
(美陽……、――約束、守れなくて、ごめん……)
その思考を最期に、俺の意識は途切れた。
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