孤島に浮かぶ真実

戸笠耕一

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第三部

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 勉が学校を休むのはよくあることだ。あいつが週に六回ある学校をまじめに通うのがおかしい。

 今日はあと大事なペンダントを届けてやる目的があって、勉の家に向かう。

 ただ届けるだけならば、家と家の距離が遠すぎでいかないし、向こうのご両親にいい印象を持たれていないので、行かない。今日は役所に、野暮用で訪れていたので、あいつの家まで行く気になれた。

 役所からだと徒歩10分だろう。

 普段は、さびれた廃村に近いような世界があわただしい。多数の船が打ちあがった海岸と車1台も通らない大通りを隔てて、山肌にこびり付くようにある村。家々がどれも木造の瓦で作られ、時の経過のせいで黒ずんでいた。外には漁で使う網が置かれている。

 通称・漁村。自宅から徒歩30分もかかるなんて、やだやだ。遠い。

 中心街から離れて暮らして、役所や病院に行くには時間もかかるし、よく住めるわね。

 サイレンの音がする。私は妙な胸騒ぎを感じていた。人混みができている。集まっているのは、多くが漁師だろう。

 勉の家は、もうわずかなところで着くが、そこは人だかりができている場所なのだ。今にも傾きそうな一軒家。一度しか行ったことがないその家は、別に何の変哲もない空間だ。

 彼の部屋にも入ったが、若者らしいものは置いていないし、これといって特徴のある部屋ではなかった。ただ寝起きするためだけの部屋だった。

 救急車に運ばれるその人物の来ている服が、ちょっとだけ見える。体にかけられたシーツからはみ出ていたのは、ダボダボの半ズボンだ。

 濃いすね毛と、日差しに照らされたことで焦がされた浅黒い肌。

 え、と私は、思った。見覚えのある体だ、下半身だけじゃわからないけど。

 今まさに乗せられているのは、身に覚えがある人かもしれない。違うかも、いや違わない。

 思ったときに、私はすぐ渦中に飛び込んでいった。

 弾丸のように、大人たちの集団にぶつかっていく。人垣をかき分けそこへ向かう。

「こら、君」

 救急隊員が私を注意した。

 誰かに呼びかけるのも気にせず、私はシートをがばっとめくる。

「勉!」

 私は恋人の名を呼ぶ。大きな声を出し、何度も何度も返事があるまで。だが、寝ぼけていんのか知らないけど、返事をしない。頭に手が触れて、赤くにじんだ。それは血だと気づくのは一瞬だった。

「ほら下がりなさい!」

 背後から大人たちにつかまれて私は現場から無理やり遠ざけられる。ふざけんな、まだ……

 必死に周囲の大人の手をはがそうとしたが、結局力負けした。私は集団の中から追い出される。

 そのあと私は男たちから、にらまれる。一歩引いて私は、島に引っ越してきた時のことを思い出す。

 人をよそ者として扱う目つきだ。見たことのない顔だ、知らないやつ。そういう存在を認めようとしない顔だ。

 激しい苛立ちが心に荒波のようにわき起こった。でも私が怒りをぶつけても、日ごろから波にもまれている彼らには、何一つ通用しないだろう。

 落ち着かないと。勉は、呼んでも返事をしなかった。だけど、いつも反応が悪いから仕方ない。頭から血を出していた、それはどこかに頭をぶつけただけで平気……

 無理に状況をいいものにして、私は自分の精神を保とうとした。あいつは頭を打ったぐらいじゃ死なない。また少しすれば、あのあほう面で学校に来る、休み休みだろうけど。

 ここにいても仕方がないので、家に帰る。その途中、疎外感に包まれた。私だって勉の彼女だ。彼氏に何かあったら飛びついてもいいじゃないか……

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