孤島に浮かぶ真実

戸笠耕一

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第二部

22

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 放課後、私は彩月、メイ、堀田君、佐津間君ともに勉君の見舞いに行くことにした。

 『面影総合病院』と正面玄関に書かれた看板があった。白く塗られたその建物は、よくある病院という感じだった。

 院内に入ると、入院患者を見舞う窓口があって、係りの人に勉君が入院している部屋を聞き出した。

 建物は5階建て。患者は3階から5階に入院している。古びたエラベータに乗り、5階へ向かう。512号室。そこに勉君はいた。全身至る箇所に包帯を巻かれた彼は、ぼんやりと天井見つめていて、つかの間私たちの存在に気付いていなかった。

「おい、寝坊スケ」

 彩月が冷めた視線をしながら、呼びかけた。彼女らしい気遣いだった。

「お、おおう……あ、イテテ!」

 彼が私たちの方へ体を向けたとき、痛みが走ったのか辛そうな顔をした。

「元気か?」堀田君が思いやりの言葉をかける。

「一応骨とか折れてないし、内臓も無事らしい」

「ふーん、なら帰ろかー」

「あれ、来たばかりじゃ?」

「だって元気そうじゃない? 来て損したー」彩月は涼しい言葉を言いながら、部屋を出た。実際に帰るわけではないだろう。

「あ、おーい……」勉君は能天気な口調で呼びかけるが、彩月はもういない。

「大丈夫よ、きっと何かジュースでも買いに行ったんだわ」

「あ、そう」

 素っ気ない彼の返事を聞いて、私は少し安心する。いつもの勉君だ。

「勉」

 とても言いにくそうな声が、私の背後から聞こえた。佐津間君だ。みんなが、本人の声の低さに違和感を抱いた。 

「本当にごめん! 俺の責任だわ!」

 突然、頭を下げた。真っ直ぐな姿勢のままで。彼の顔は真剣で潔白だった。

「え?」勉君はポカンとした顔をする。

「俺だよ、あのバイクで死んだ航ってやつが死んだのは、事故死じゃねえんじゃないかって、あの連中に言っちまったんだ」

「……」

 私は黙って聞いていた。

「……」

 堀田君も同様だ。

「ああ」

 ただ、勉君だけが気の抜けた返事をした。

「先週、帰り道であいつらに脅かされたんだよ。お前、警察官の息子だから航が死んだのは具体的に知っているよな?』って……」

 佐津間君は言葉に途中で切る。

「それで?」

 勉君に問われると、佐津間君はまた話を再開した。

「最初は無視しようと思ったけど……そしたら、あいつらナイフちらつかせてきて、親父が話していたこと、事故死じゃないって言っちまった。俺、怖くて……」

 彼はグスッと鼻水をすする。後には、静寂に包まれた白く塗りつぶされた部屋に、3名の見舞いと横になっていた患者がいただけだった。

「お前のせいじゃない」

 勉君が長い沈黙を破った。

「気にするな。航がバカだけど、バイクの運転も上手かったし管理も怠ってなかったから、事故で死ぬのはおかしいって思ってた」勉君は続けて言う。

「多分、あいつらも、思っていた。だから佐津間に八つ当たりまがいなことをして……」

「でも、それならどうしてヨリを殴るの?」メイが勉の話を遮って、疑問を投げかける。

「さあな」

 勉君はメイの質問を流そうとする。私は、話を聞いて何となくわかったことがある。

「多分それは、勉君が殺したと彼らは思ったのよ」

「へ?」

「バイクの運転がうまい人が、単なるスピードの出し過ぎで死ぬのは少しヘンよ。だから警察官の息子の佐津間君を脅して、お父さんの話を聞き出したの。それで彼らは死んだ航って人は殺されたんだって思ったんだわ。で、勉君に暴行を加えて真実を白状させようとした、ってところかしら?」

 私は自分の見解を言ってみた。

「うーん、なるほどー」

 メイは深く考え込むような振りをする。

「……」

 佐津間君は黙っている。

「すげえ……」

 堀田君は感心する。

「さすが女探偵」

 勉君はピューと口笛を吹いて、にやけている。

「お待たせー飲み物とお菓子買ってきた――って何かみんな考えて込んじゃってどうしたの?」

 彩月が病室に戻ってきた、両手にペットボトルとポテチといった菓子類が入った袋を持って。彼女は全員の空気が静まり返っているのに、首をかしげている。

「サッチー、明ちゃんすごいんだよ」

「え、なんで―?」

 メイが彩月の顔を見るなり、先ほどの私の推理まがいを説明した。

「なーんだ、明美なら分かるわよ、そんなの」

「え、何で?」

「だって明美は始めて会ったときに、私が何部なのかを当てたのよ」

「うそ?」メイは口に手をやって驚いた顔を隠す。

「そ、手のマメの付き具合を見ただけでね」

 彩月は無表情に手をかざす。

「なんでー?」

「そんなのいいじゃん。ってか、さっき下の売店で飲み物とか買っていたときに、置いてあった新聞見たんだけど」

「ああ」

「昨日あんたを殴って逃げたあいつ? 名前は何ていうの」

「実典?」

「死んだってさ」彩月は冷ややかに言った。死をただの事象としてしか捉えていない口ぶりだった。

「は? なんで?」

「背後から頭を石で殴られて殺されたのよ、そう書いてあった」

 全員が、互いの顔を見て疑う。彩月は嘘をついているんじゃないかと。

「マジかよ?」

「ええ面影日報の夕刊の二ページ目にちゃんとね」

 彼女は勝ち誇ったように笑って言う。

「三人の迷惑者が死んだ、それだけよ」

 みんなが冷たい凍り付いた台詞を聞いていた。

「さあ、飲み物とお菓子買ってきたから食べよ!」

 彩月の声は一転して、すぐに明るくなった。朗らかな、人を元気にさせる声。しらけ切ったムードを断ち切らすノリ。それは彼女にしかできない。

 私は『綾鷹』を選んで飲んだ。緑茶、緑が淹れたお茶とは、何の個性もないただのお茶だった。彼女の淹れかたは、確かだった。このお茶は、本当に本当の意味で色合いを持っていなかった。

 彩月は買ってきたポテチを片手に持ちながら、むしゃむしゃと口に入れる。ただ深い味わいを感じることなく、機械的にポテチを頬張っている。

「なーに? 食べたいの?」

 目の前で食べる彼女を、病体の勉君がねだる様な顔をして見ている。

 にやりと彩月の顔が歪む。何か企んでいる証拠だ。

 まず手にしたポテチを口に運んでやる。それから……

「ほら飲め」

 無慈悲にコーラが口にドバドバ注がれる。

「うはっ!」

 勉君は無理やり大量のコーラを飲まされ、吹き出した。水色の病人服が茶色に濡れた。

「きたなっ!」

 全員が笑う。みんなが友達の無事を祝い、幸せな顔を浮かべる。何事もなかったように。

 それは、ある1日の夕暮れ時のことだった。

「なんか元気そうだったねー」

「やっぱバカは一回死んだ方がいいのよ」

 女子のダメンズトーク。

「ほんと、人をなめ腐っているからさ」

「いいじゃないの、お互い相思相愛でっせ」

 珍しくメイが彩月をいじったので、私は思わず笑った。

「あ、明美にも笑われたー」

「ふふ」

「ねえ明美には好きな人いないの?」

「え?」不意の質問に私は返事に窮した。

「ああ、この島の男じゃ明美と釣り合わないっか」

 彩月は、ときに突拍子もないことを聞く。今回は恋愛観、的なことについてだった。私は笑ってごまかす。

 一旦この他愛もない会話から外れ、売店に向かう。一階の正面玄関付近にあって、ごく小さな売店。中にはお年を召した方がいて、彼にお金を渡し『面影日報―夕刊―』を購入する。

 夕刊の2ページ目――そこに事件の詳細が載っていた。

「本日未明、川名実典さん(22)が倒れているのを、近くを車で通りかかった人に発見された。川名さんは、後頭部を固いもので殴られたような痕があることから面影警察署は殺人事件として捜査を進める方針だ」

 ありふれた記事。そこには、人を単に殺されたと事後報告に近い文章が記されているだけだ。

 殺人! そうだ、記事を見る限り、これは殺人だ! 犯人はこの島にいる。私の脳裏に

 ふっと島で出会った人や風景が映し出さられる。

 すでに3人もこの小さな島で死んだ。わけもなく人が死ぬのだろうか?

 何もつかめていない現状で、推論をするのは難しい。

 ただ、数多の無地の糸の中に、深紅に染まり切った1本の糸が隠されている。
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