孤島に浮かぶ真実

戸笠耕一

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第二部

21

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 朝の登校時間。いつもより自身の足取りが重い。昨日は夕食後、すぐに寝た。だが体は鈍く重い鉛が乗っかっているようだ。

 私は母から聞いた緑の死について、従容として受け入れていた。彼女は人工呼吸を施していたときには、もはや助かるまいと思っていた。

 緑がお茶を飲んで倒れるまで、1日と経っていないはずだ。人が1人死ぬことは、こうもあっけないと悟った。

 彼女とは、クラスメートとして、図書委員として話せることはあったはずだ。もう話すことはできない。私には、美作緑という子が死んだと捉えることが難しい。

 学校に着いて向かうのは、いつもと変わらない風景の教室だ。

 そこには、みんなが待っていた。ただ1人を除いて。いや、2人だ。緑と……

 私は席について朝のホームルームが始まるのを待つ。

 やがてその時が来る。

 谷矢先生は少し憔悴していたが、いつもと変わらないよう振る舞っていた。彼が入ってくると、全員が自然と席に座った。普段より従順でつつましかった。

「昨日、電話連絡でみんなの元には伝わっていると思うが……美作が死んだ」

 沈痛な言葉がクラスに伝わっていく。全員が、彼を見ていた。

「えー決まったわけではないが、近々美作の通夜がある。後は……」

 先生は言葉を詰まらせて、うつむく。とても言いにくい表情で、出来たら言いたくないという気持ちがありありと伝わった。

「これも後日だが……後日警察の方がいらっしゃって事情聴取をするそうだ」

 動揺がクラスに走り、クラスがささやき始める。先生は、このなるだろうと予見していたのか、視線を目の前から逸らしていた。

 突然ガタンと椅子が倒れる音がした。ささやきは中断した。

「じゃあ先生、この中に人殺しがいるってこと!?」

 緑の友達・竹井美香が立ち上がって、周囲を見渡している――血走った、狂ったまなざしで。

「いや、待て……」

「そうでしょ? あの死に方が事故死? そんなわけがない! 緑はね、殺されたのよ!」

 美香は高らかに言って確信していた。それは全員の心の中にあった一つの気持ちだったかもしれない。

「竹井、頼むから落ち着いてくれ。そうじゃないんだ……」

「じゃあどうなんですか? ただの事故なら警察なんて来るわけないじゃない」

 その通りだ。美香の言っていることは大筋通っている。

 ただ、いたたまれないのは先生だった。もう嘘や誤魔化しが効かない中で、彼は完全に言葉を失っていた。

 大事な生徒を亡くした悲しみ。先生が思い描いていたであろう全員が無事に卒業すること、がわずか一日で崩れ去ってしまったのだ。

 先生は必死にその場を取り仕切り、教卓から扉まで幽霊のようにフラフラと歩いていく。やがて教室から姿を消す。

「まじタニヤン大丈夫かなー?」

 彩月が心配そうな顔をしている。昨日自分のカレが散々な目に遭ったというのに、立ち直りが早い。

「今はそっとしておくべきよ」

「なんか昨日と今日で、あんなに人って変わるんだね」

「そうね」

 やりきれない空気の中で、私は決して動かしてはいけない何かが、ゴロゴロと移動を開始したのを感じる。ドス黒い、何か得体の知れないものが、坂道を加速しながら転げ落ちていく。
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