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第一章 新しい身体と新しい人生

8話 国王夫妻の末路

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 グリュン城の庭園は、一面真っ白い雪で覆われていました。
 そんな中、国王夫妻の首が無造作に晒されています。
 雪の上に広がった第二王妃の赤い髪が、一瞬血の海のように見えました。
 さしもの私もこれには言葉を失い、ヒヨコも一歩後退ります。
 ところが……

「……蘇ったのかい、アヴィス」
「まあ、生首がしゃべった」

 ふいに、国王陛下が光のない目で私を見上げて口を開いたのです。
 どうやら国王陛下は生首ではなく、首から下が雪に埋まっているだけのようです。
 ちなみに、門番の大腿骨でツンツン突き回してみたところ、第二王妃の方は正真正銘生首でした。
 それにしても、両目をかっぴらいて凄まじい形相。夢に見そうです。
 よほどスパッと容赦なく首を落とされたようで、断面はとても綺麗でした。
 私は第二王妃の生首を元通りに置き直すと、今度は国王陛下の頭をツンツンしながら尋ねます。

「国王陛下、こんなところで何をなさっているんです? 砂風呂ならぬ雪風呂でしょうか? 随分と酔狂なご趣味ですね」
「そんなわけないだろう。埋められたんだ、無理矢理ここに」

 首まで埋まっていなかったら、きっと国王陛下は肩を竦めていたでしょう。
 当然私は尋ねます。一体誰に、と。
 すると国王陛下は、第二王妃の生首よりもなお青い顔をして、思ってもみないことを告げたのです。


「――エミールにだよ。この国は今、あの子の支配下にある」
「……はい?」


 私は一瞬、国王陛下の言葉が理解できませんでした。
 しかし、彼は構わず続けます。

「王宮は、エミールを主と崇める騎士団が制圧してしまった。逆らう貴族は殺され、あるいは着の身着のまま逃げ出した者もいるだろう。現在王都に残っているのは、エミールに忠誠を誓った者ばかりだ」
「なにを、言っているんですか……?」

 私はわけの分からないことを言う国王陛下の頭を大腿骨でもって叩きます。
 壊れたカラクリを叩いて直すみたいに。
 意外にも、ポクポクといい音がします。
 不敬罪?
 一度死んだ私にとっては、知ったことではありません。

「分かりました、首謀者は兄ですね? あの兄ならば不思議ではありませんもの。エミールは兄に担ぎ上げられたんですね? ねえ、国王陛下。そうでございましょう?」

 現在王宮を制圧しているという騎士団の長は、私の兄であるローゼオ侯爵。
 血の気が多く、かつ私を溺愛していた兄が、私を謀殺した国王夫妻に牙を剥くのは考えられなくもありません。
 エミールが城の外れの塔に幽閉されるのを阻止してくれたことには感謝しますが、彼を物騒なことに巻き込まないでほしいものです。
 だって、エミールは……

「大人しくて引っ込み思案で泣き虫で、けれども優しくて純粋で虫一匹殺すこともできない、まさしく天使のような男の子ですもの」
「あの子を天使だなんて思っているのは、もう君だけだよ。私が今かろうじて生かされているのだって、親殺しが神に反く行為だからという理由だけだ。死んだ後に天界でアヴィスと再会したいから、とね」
「あいにく、私は魔界に行ってしまったんですけれど」
「だったら、私は心置きなく殺されることになるかな」

 ポクポク頭を叩く私を咎めることもなく、国王陛下は自嘲の笑みを浮かべて続けました。

「経緯はどうであれ、エミールはグリュンの王となる。あの子しかもう、この国を継げる者はいないのだから……」
「エミールしか……?」

 ここでふと、私は気付きます。
 王宮を制圧したのが兄かどうかはともかくとして、国王陛下と第二王妃がこうして無惨な状態になっているのだとしたら、彼らの息子――第二王妃がそもそもエミールを差し置いて王位を継がせたがっていたジョーヌ王子も無事ではないかもしれません。

「ジョーヌ王子は? 国王陛下、ジョーヌ王子はどうなさっているんですか?」

 ザクッ、と背後で雪を踏みしめる音がしました。
 ヒヨコが後退った音のようです。
 一方、国王陛下は雪に視線を落とし、震える声でこう告げました。


「ジョーヌは、死んだ」


 ザクッザクッ、と背後でさらに雪を踏みしめる音が響きます。
 私は、ゴクリと喉を鳴らしてから問いました。

「……死んだ? 殺された、ではなく?」
「ああ、城の裏の池に身を投げたのだ。アヴィスが謀殺されるきっかけを作ったと思しき公爵令嬢とその一家……そして、母を斬り殺してからな」

 第二王妃の生首の素晴らしい断面は、なんとその息子の仕業だったのです。
 当然のことながら、私は重ねて尋ねました。

「なぜ……なぜ、ジョーヌ王子はそんなことを……?」

 すると、国王陛下はのろのろと顔を上げたかと思うと、私をさも憎々しげに見据えて言うのです。

「ジョーヌはね――アヴィス、君を愛していたんだよ。君はエミールしか見ていなかったから、ちっとも気づいていなかっただろうがね」


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