4 / 34
2.1 蒼然
しおりを挟む
自己紹介代わりにはならないかもしれないけれど、ワンナイトした親友との話をしよう。
彼は医学生時代の同級生だった。
出会った時は私が18歳、彼は一浪の19歳。
初めて講義室で彼が視界に入ったときは、あまりの衝撃に振り返って二度見してしまい、すぐにそんな自分を恥じた。
椅子に座ってたくし上がったチノパンの足首から、鈍く光る金属の関節が覗いていた。
彼は左足に義足をつけていた。
生まれつきの病気で幼い頃に切断したらしく、いつか見せてもらった写真では、膝から下のない2歳くらいの彼があどけなく笑っていた。
入学当初は交流の機会もそうそうなく、彼のことはしばらく『義足の子』としてしか知らなかった。
彼の方では、当時から髪をブリーチしてピアスを両耳3つずつくらい開けていた私のことを、
『紛れ込んだヤンキー』くらいにでも思っていたのかもしれない。
彼は暖房が効いた図書館前の談話スペースを試験期間中の定位置にしていて、私もコーヒーを飲みながら勉強できる場所が好きだった。
気がついたらよく相席になって、2年生の冬くらいからぽつぽつと言葉を交わすようになっていった。
初見のインパクトは強くとも、
打ち解けてからの彼は、少し内向的で猫と邦ロックが好きな、どこにでもいそうな普通の男の子だった。
彼はVANSのスニーカーを愛用し、夏になったら短パンを履いて、週末は軽音楽サークルでドラムを叩いていた。
椅子に座るときはバランスが崩れぎこちなさが出るけれど、ほとんど私たちと変わらない自然な歩き方は何年にもわたる過酷なリハビリの賜物らしく、
他人に絶対気を遣わせまいとする覚悟は、同級生の誰よりもタフで格好よかった。
私たちは大学3年の頃くらいからなんとなく一緒に試験前の放課後を過ごして、いつの間にか2人で1つのiPadを覗き込む距離になった。
凍つく寒さの医師国家試験受験日当日まで、ずっと隣には彼がいた。
勉強が辛くて泣きそうなとき、コンビニにチョコとエナジードリンクを買い込みに行くのも彼とだった。
改修工事で談話スペースを追い出された日は、ふたりで文句を言いながら駅前のミスドに行って、
問題を解いていたはずがネットの無料心理テストに凝ってしまい、森の中の一軒家やら無人島やら黄色いハンカチやらに午後いっぱい翻弄されたこともあった。
どんなに駅のホームが混んでいても、彼の少し傾いた背中はすぐに見つけることができた。
障害は、個性にすぎない。
その言葉の本当の意味を、私は彼に会うまで知らなかった。
ある日彼は大学で、義足をつけ外しするところを見せてくれた。
「俺は膝上から無いから、ここからソケットつけて支点にして、全体を動かしてる。ここが膝パーツで、・・・まあ、見た方が早いな」
彼が履いていた幅広のズボンを膝上まであげると、普段は隠れている膝関節と太腿の部分が現れた。
「えー、すごい初めて見た、でもこれ一度外したらつけるの大変なんじゃない・・・?」
興味を剥き出しにして義足の接合部を凝視する私に、彼は満更でもないむしろ得意げな様子だった。
「いや別に大丈夫やで。ほら」
彼がソケットの部品を押して力をかけると、金属の脚は簡単に外れ、シリコンに巻かれた彼の本体の方が現れた。
シリコンも外す。知らない部分が顕になる。
「ここ、見ていい・・・?」
「どうぞ?」
全てを外した彼の足の端っこは、綺麗に皮膚と肉で覆われてつるんと滑らかで、不思議とグロテスクな感じはしなかった。
どこか神聖な気持ちで手を伸ばし、彼の顔を伺うとなんでもない表情で頷いたので、私は勇気を出して彼の足をそっと撫でた。
彼は薄く笑いながら、屈み込んだ私のことをじっと見下ろしていた。
妙に感動した私はお返しに、直近にあけた耳の軟骨ピアスを抜き差しするところを見せてあげようとした。
「・・・ねえ、意外と難しい、これ」
「どうなってんのそれ?ただはまってるだけじゃないの?」
「いや、ネジなんだけど、あけてから付けっぱなしだったし、なんか固い」
自分で見えない部分に刺さった金属片のネジを両手で回すのは想像以上に難易度が高く、助けを求める視線を送ると、彼は呆れたように溜息をついた。
「不器用かよ。貸してみ」
真剣な面持ちで、彼がゆっくりと私の耳に触れる。
耳元で聞こえる彼の息遣いに頬が熱くなったのと、大学でお互いの体の一部を探り合っている背徳感のマリアージュに、死にそうなくらいときめいたのを覚えている。
開いた窓から見えた深蒼い夕空の色も、覚えている。
卒業後、それぞれの病院で研修が始まったある夜、私は彼に一言LINEを送った。
「これから家、行っていい・・・?」
彼は医学生時代の同級生だった。
出会った時は私が18歳、彼は一浪の19歳。
初めて講義室で彼が視界に入ったときは、あまりの衝撃に振り返って二度見してしまい、すぐにそんな自分を恥じた。
椅子に座ってたくし上がったチノパンの足首から、鈍く光る金属の関節が覗いていた。
彼は左足に義足をつけていた。
生まれつきの病気で幼い頃に切断したらしく、いつか見せてもらった写真では、膝から下のない2歳くらいの彼があどけなく笑っていた。
入学当初は交流の機会もそうそうなく、彼のことはしばらく『義足の子』としてしか知らなかった。
彼の方では、当時から髪をブリーチしてピアスを両耳3つずつくらい開けていた私のことを、
『紛れ込んだヤンキー』くらいにでも思っていたのかもしれない。
彼は暖房が効いた図書館前の談話スペースを試験期間中の定位置にしていて、私もコーヒーを飲みながら勉強できる場所が好きだった。
気がついたらよく相席になって、2年生の冬くらいからぽつぽつと言葉を交わすようになっていった。
初見のインパクトは強くとも、
打ち解けてからの彼は、少し内向的で猫と邦ロックが好きな、どこにでもいそうな普通の男の子だった。
彼はVANSのスニーカーを愛用し、夏になったら短パンを履いて、週末は軽音楽サークルでドラムを叩いていた。
椅子に座るときはバランスが崩れぎこちなさが出るけれど、ほとんど私たちと変わらない自然な歩き方は何年にもわたる過酷なリハビリの賜物らしく、
他人に絶対気を遣わせまいとする覚悟は、同級生の誰よりもタフで格好よかった。
私たちは大学3年の頃くらいからなんとなく一緒に試験前の放課後を過ごして、いつの間にか2人で1つのiPadを覗き込む距離になった。
凍つく寒さの医師国家試験受験日当日まで、ずっと隣には彼がいた。
勉強が辛くて泣きそうなとき、コンビニにチョコとエナジードリンクを買い込みに行くのも彼とだった。
改修工事で談話スペースを追い出された日は、ふたりで文句を言いながら駅前のミスドに行って、
問題を解いていたはずがネットの無料心理テストに凝ってしまい、森の中の一軒家やら無人島やら黄色いハンカチやらに午後いっぱい翻弄されたこともあった。
どんなに駅のホームが混んでいても、彼の少し傾いた背中はすぐに見つけることができた。
障害は、個性にすぎない。
その言葉の本当の意味を、私は彼に会うまで知らなかった。
ある日彼は大学で、義足をつけ外しするところを見せてくれた。
「俺は膝上から無いから、ここからソケットつけて支点にして、全体を動かしてる。ここが膝パーツで、・・・まあ、見た方が早いな」
彼が履いていた幅広のズボンを膝上まであげると、普段は隠れている膝関節と太腿の部分が現れた。
「えー、すごい初めて見た、でもこれ一度外したらつけるの大変なんじゃない・・・?」
興味を剥き出しにして義足の接合部を凝視する私に、彼は満更でもないむしろ得意げな様子だった。
「いや別に大丈夫やで。ほら」
彼がソケットの部品を押して力をかけると、金属の脚は簡単に外れ、シリコンに巻かれた彼の本体の方が現れた。
シリコンも外す。知らない部分が顕になる。
「ここ、見ていい・・・?」
「どうぞ?」
全てを外した彼の足の端っこは、綺麗に皮膚と肉で覆われてつるんと滑らかで、不思議とグロテスクな感じはしなかった。
どこか神聖な気持ちで手を伸ばし、彼の顔を伺うとなんでもない表情で頷いたので、私は勇気を出して彼の足をそっと撫でた。
彼は薄く笑いながら、屈み込んだ私のことをじっと見下ろしていた。
妙に感動した私はお返しに、直近にあけた耳の軟骨ピアスを抜き差しするところを見せてあげようとした。
「・・・ねえ、意外と難しい、これ」
「どうなってんのそれ?ただはまってるだけじゃないの?」
「いや、ネジなんだけど、あけてから付けっぱなしだったし、なんか固い」
自分で見えない部分に刺さった金属片のネジを両手で回すのは想像以上に難易度が高く、助けを求める視線を送ると、彼は呆れたように溜息をついた。
「不器用かよ。貸してみ」
真剣な面持ちで、彼がゆっくりと私の耳に触れる。
耳元で聞こえる彼の息遣いに頬が熱くなったのと、大学でお互いの体の一部を探り合っている背徳感のマリアージュに、死にそうなくらいときめいたのを覚えている。
開いた窓から見えた深蒼い夕空の色も、覚えている。
卒業後、それぞれの病院で研修が始まったある夜、私は彼に一言LINEを送った。
「これから家、行っていい・・・?」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
恋愛麻酔 ーLove Anesthesiaー
ささゆき細雪
恋愛
恋の痛みを和らげてくれるお薬をください。
辛くて苦しいと訴える心を慰めてくれるお薬を。
恋に怯える乙女と、約束を忘れた彼女を一途に愛する男。
彼女にはじめての恋を教えた男は、無垢な心に罅を入れた。
そして、彼女を救おうとする男は代償に痛みと、それを上回る快楽を教え込む――……?
* * *
ハイスペック白衣たちがワケアリ少女を溺愛する変則的な恋の話(仮)。
エブリスタでも連載中。
精神的にタフなときしか執筆できない話なので一話一話のエピソードは短め&不定期更新ですが、よろしくお願いします。
父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました
四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。
だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!
恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~
泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の
元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳
×
敏腕だけど冷徹と噂されている
俺様部長 木沢彰吾34歳
ある朝、花梨が出社すると
異動の辞令が張り出されていた。
異動先は木沢部長率いる
〝ブランディング戦略部〟
なんでこんな時期に……
あまりの〝異例〟の辞令に
戸惑いを隠せない花梨。
しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!
花梨の前途多難な日々が、今始まる……
***
元気いっぱい、はりきりガール花梨と
ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。
異世界でワーホリ~旅行ガイドブックを作りたい~
小西あまね
恋愛
世界史オタクで旅行好きの羽南(ハナ)は、会社帰りに雨に濡れた子供を保護した。そのご縁で4泊5日の異世界の旅へご招待!紳士的なイケメン青年アレクの案内で、19世紀ヨーロッパ風の世界をオタク心全開で観光するが、予想外のことが起こって…?
題に「ワーホリ(ワーキングホリデー)」とありますがお仕事展開は第2章からです。異文化交流多め。
本オタク×歴史オタクの誠実真面目カプの恋愛展開はゆっくりで全年齢。ヒロインが歴史・旅行への愛を糧に(?)人生切り開いていきます。ヒーローは地道で堅実な職業ですが、実は王子や魔王というオチはありません。家事万能年下男子。魔法やチートはないけどエセ科学はある。女子が仲良し。メインでありませんがざまぁ(因果応報)あり。ハッピーエンド。
ストックが切れるまで毎日AM 6:00更新予定です。一話3千字前後目安ですが、一部大きく異なります。
∕ヒーロー君の職業出てきました。貸本屋です。私はヨーロッパ風小説でこの職業のキャラを見たことないのですが、当時庶民の文化を支えた大きな産業でした。
∕第2章21話から不定期更新です。3月中に完結予定です。
∕本作は小説家になろうにも掲載しています。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ズボラ上司の甘い罠
松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。
仕事はできる人なのに、あまりにももったいない!
かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。
やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか?
上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる