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2.1 蒼然
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自己紹介代わりにはならないかもしれないけれど、ワンナイトした親友との話をしよう。
彼は医学生時代の同級生だった。
出会った時は私が18歳、彼は一浪の19歳。
初めて講義室で彼が視界に入ったときは、あまりの衝撃に振り返って二度見してしまい、すぐにそんな自分を恥じた。
椅子に座ってたくし上がったチノパンの足首から、鈍く光る金属の関節が覗いていた。
彼は左足に義足をつけていた。
生まれつきの病気で幼い頃に切断したらしく、いつか見せてもらった写真では、膝から下のない2歳くらいの彼があどけなく笑っていた。
入学当初は交流の機会もそうそうなく、彼のことはしばらく『義足の子』としてしか知らなかった。
彼の方では、当時から髪をブリーチしてピアスを両耳3つずつくらい開けていた私のことを、
『紛れ込んだヤンキー』くらいにでも思っていたのかもしれない。
彼は暖房が効いた図書館前の談話スペースを試験期間中の定位置にしていて、私もコーヒーを飲みながら勉強できる場所が好きだった。
気がついたらよく相席になって、2年生の冬くらいからぽつぽつと言葉を交わすようになっていった。
初見のインパクトは強くとも、
打ち解けてからの彼は、少し内向的で猫と邦ロックが好きな、どこにでもいそうな普通の男の子だった。
彼はVANSのスニーカーを愛用し、夏になったら短パンを履いて、週末は軽音楽サークルでドラムを叩いていた。
椅子に座るときはバランスが崩れぎこちなさが出るけれど、ほとんど私たちと変わらない自然な歩き方は何年にもわたる過酷なリハビリの賜物らしく、
他人に絶対気を遣わせまいとする覚悟は、同級生の誰よりもタフで格好よかった。
私たちは大学3年の頃くらいからなんとなく一緒に試験前の放課後を過ごして、いつの間にか2人で1つのiPadを覗き込む距離になった。
凍つく寒さの医師国家試験受験日当日まで、ずっと隣には彼がいた。
勉強が辛くて泣きそうなとき、コンビニにチョコとエナジードリンクを買い込みに行くのも彼とだった。
改修工事で談話スペースを追い出された日は、ふたりで文句を言いながら駅前のミスドに行って、
問題を解いていたはずがネットの無料心理テストに凝ってしまい、森の中の一軒家やら無人島やら黄色いハンカチやらに午後いっぱい翻弄されたこともあった。
どんなに駅のホームが混んでいても、彼の少し傾いた背中はすぐに見つけることができた。
障害は、個性にすぎない。
その言葉の本当の意味を、私は彼に会うまで知らなかった。
ある日彼は大学で、義足をつけ外しするところを見せてくれた。
「俺は膝上から無いから、ここからソケットつけて支点にして、全体を動かしてる。ここが膝パーツで、・・・まあ、見た方が早いな」
彼が履いていた幅広のズボンを膝上まであげると、普段は隠れている膝関節と太腿の部分が現れた。
「えー、すごい初めて見た、でもこれ一度外したらつけるの大変なんじゃない・・・?」
興味を剥き出しにして義足の接合部を凝視する私に、彼は満更でもないむしろ得意げな様子だった。
「いや別に大丈夫やで。ほら」
彼がソケットの部品を押して力をかけると、金属の脚は簡単に外れ、シリコンに巻かれた彼の本体の方が現れた。
シリコンも外す。知らない部分が顕になる。
「ここ、見ていい・・・?」
「どうぞ?」
全てを外した彼の足の端っこは、綺麗に皮膚と肉で覆われてつるんと滑らかで、不思議とグロテスクな感じはしなかった。
どこか神聖な気持ちで手を伸ばし、彼の顔を伺うとなんでもない表情で頷いたので、私は勇気を出して彼の足をそっと撫でた。
彼は薄く笑いながら、屈み込んだ私のことをじっと見下ろしていた。
妙に感動した私はお返しに、直近にあけた耳の軟骨ピアスを抜き差しするところを見せてあげようとした。
「・・・ねえ、意外と難しい、これ」
「どうなってんのそれ?ただはまってるだけじゃないの?」
「いや、ネジなんだけど、あけてから付けっぱなしだったし、なんか固い」
自分で見えない部分に刺さった金属片のネジを両手で回すのは想像以上に難易度が高く、助けを求める視線を送ると、彼は呆れたように溜息をついた。
「不器用かよ。貸してみ」
真剣な面持ちで、彼がゆっくりと私の耳に触れる。
耳元で聞こえる彼の息遣いに頬が熱くなったのと、大学でお互いの体の一部を探り合っている背徳感のマリアージュに、死にそうなくらいときめいたのを覚えている。
開いた窓から見えた深蒼い夕空の色も、覚えている。
卒業後、それぞれの病院で研修が始まったある夜、私は彼に一言LINEを送った。
「これから家、行っていい・・・?」
彼は医学生時代の同級生だった。
出会った時は私が18歳、彼は一浪の19歳。
初めて講義室で彼が視界に入ったときは、あまりの衝撃に振り返って二度見してしまい、すぐにそんな自分を恥じた。
椅子に座ってたくし上がったチノパンの足首から、鈍く光る金属の関節が覗いていた。
彼は左足に義足をつけていた。
生まれつきの病気で幼い頃に切断したらしく、いつか見せてもらった写真では、膝から下のない2歳くらいの彼があどけなく笑っていた。
入学当初は交流の機会もそうそうなく、彼のことはしばらく『義足の子』としてしか知らなかった。
彼の方では、当時から髪をブリーチしてピアスを両耳3つずつくらい開けていた私のことを、
『紛れ込んだヤンキー』くらいにでも思っていたのかもしれない。
彼は暖房が効いた図書館前の談話スペースを試験期間中の定位置にしていて、私もコーヒーを飲みながら勉強できる場所が好きだった。
気がついたらよく相席になって、2年生の冬くらいからぽつぽつと言葉を交わすようになっていった。
初見のインパクトは強くとも、
打ち解けてからの彼は、少し内向的で猫と邦ロックが好きな、どこにでもいそうな普通の男の子だった。
彼はVANSのスニーカーを愛用し、夏になったら短パンを履いて、週末は軽音楽サークルでドラムを叩いていた。
椅子に座るときはバランスが崩れぎこちなさが出るけれど、ほとんど私たちと変わらない自然な歩き方は何年にもわたる過酷なリハビリの賜物らしく、
他人に絶対気を遣わせまいとする覚悟は、同級生の誰よりもタフで格好よかった。
私たちは大学3年の頃くらいからなんとなく一緒に試験前の放課後を過ごして、いつの間にか2人で1つのiPadを覗き込む距離になった。
凍つく寒さの医師国家試験受験日当日まで、ずっと隣には彼がいた。
勉強が辛くて泣きそうなとき、コンビニにチョコとエナジードリンクを買い込みに行くのも彼とだった。
改修工事で談話スペースを追い出された日は、ふたりで文句を言いながら駅前のミスドに行って、
問題を解いていたはずがネットの無料心理テストに凝ってしまい、森の中の一軒家やら無人島やら黄色いハンカチやらに午後いっぱい翻弄されたこともあった。
どんなに駅のホームが混んでいても、彼の少し傾いた背中はすぐに見つけることができた。
障害は、個性にすぎない。
その言葉の本当の意味を、私は彼に会うまで知らなかった。
ある日彼は大学で、義足をつけ外しするところを見せてくれた。
「俺は膝上から無いから、ここからソケットつけて支点にして、全体を動かしてる。ここが膝パーツで、・・・まあ、見た方が早いな」
彼が履いていた幅広のズボンを膝上まであげると、普段は隠れている膝関節と太腿の部分が現れた。
「えー、すごい初めて見た、でもこれ一度外したらつけるの大変なんじゃない・・・?」
興味を剥き出しにして義足の接合部を凝視する私に、彼は満更でもないむしろ得意げな様子だった。
「いや別に大丈夫やで。ほら」
彼がソケットの部品を押して力をかけると、金属の脚は簡単に外れ、シリコンに巻かれた彼の本体の方が現れた。
シリコンも外す。知らない部分が顕になる。
「ここ、見ていい・・・?」
「どうぞ?」
全てを外した彼の足の端っこは、綺麗に皮膚と肉で覆われてつるんと滑らかで、不思議とグロテスクな感じはしなかった。
どこか神聖な気持ちで手を伸ばし、彼の顔を伺うとなんでもない表情で頷いたので、私は勇気を出して彼の足をそっと撫でた。
彼は薄く笑いながら、屈み込んだ私のことをじっと見下ろしていた。
妙に感動した私はお返しに、直近にあけた耳の軟骨ピアスを抜き差しするところを見せてあげようとした。
「・・・ねえ、意外と難しい、これ」
「どうなってんのそれ?ただはまってるだけじゃないの?」
「いや、ネジなんだけど、あけてから付けっぱなしだったし、なんか固い」
自分で見えない部分に刺さった金属片のネジを両手で回すのは想像以上に難易度が高く、助けを求める視線を送ると、彼は呆れたように溜息をついた。
「不器用かよ。貸してみ」
真剣な面持ちで、彼がゆっくりと私の耳に触れる。
耳元で聞こえる彼の息遣いに頬が熱くなったのと、大学でお互いの体の一部を探り合っている背徳感のマリアージュに、死にそうなくらいときめいたのを覚えている。
開いた窓から見えた深蒼い夕空の色も、覚えている。
卒業後、それぞれの病院で研修が始まったある夜、私は彼に一言LINEを送った。
「これから家、行っていい・・・?」
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