5%の冷やした砂糖水

煙 うみ

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1.2 蒼白

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「松永先生!患者来たよ!ODオーバードーズ!意識大丈夫!早く診察して!」


空想にふける時間は一瞬で終わりを告げる。

舞台のセットが回転するように、場面が慌ただしく移り変わる。

私は聴診器を取り上げ、背後に運ばれてきたストレッチャーに急いで向き直る。


もうこんな仕事やめたいんだ。

いつもいつも同じことの繰り返し、早く自由に夢を見たいんだ。


「ここどこかわかりますかー?・・・」

いつも通りの前口上を口にしながら、患者の目を覗き込む。

救急隊のストレッチャーにベルトで縛りつけられた若い眼鏡の男性が、青白い顔で横たわっていた。

黒いスキニーパンツに革靴。

白くて光沢のあるTシャツの前がワインの濃い紫色に染まっていたが、羽織っているカーディガンは上品なニット素材で、彼の華奢な体に脱げかけた状態でまとわりついていた。


急性期病院の救急外来では、患者は商品のように扱われる。


次々運ばれてきて、服を剥かれ、検査に送られ、結果がでたら病棟なり自宅なり然るべき場所に出荷されていく。


同情なんてとっくに捨てた。

患者の叫びに感情を動かしたりはしない。


私は瞬きする。
仕事は辛い。心を殺して、決して優しくはない医療の歯車になるのが辛い。


「大丈夫ですか・・・?」


彼は泣いていた。

濡れた黒い瞳が、眼鏡の奥からこっちを見つめ返していた。


「28歳男性、睡眠薬の過量服薬オーバードーズです。勤務先の店長による救急要請。

バイタル安定、精神科疾患の既往は特になし、

同様のエピソードは初めてで、

親友の死をきっかけに最近鬱傾向を認めており、今回このような行動に至ったと・・・」


彼は、自分について話す救急隊員の話を他人事のように聞きながら、全てを諦めたように静かに肩で息をしていた。

涙で汚れた白い頬に、新しい滴が一筋、伝わっていった。
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