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第四夜 隠密に舞う床戦(下)

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初めからそこに誰もいなかった。
そう思わせるには十分で、掴まれていた手首の温もりと背中に残るわずかな感触だけが、彼のいた証拠を伝えるように痺れている。


「さて、兼景が来るのが先か、貴様が果てるのが先か、ひとつ俺と技芸比べといくか」

「ッ!?」


いなくなった人影よりも、雪乃は今、目の前にいる男の方が不気味だと体をひねる。だが、足首を結ぶ紐に体重が支えきれず、雪乃はそのまま床へと膝をついた。


「そう怖がるな」

「怖がっていません」

「そうか」


見上げたその瞳を雪乃は知っている。直江も兼景も情事が始まる前に見せる一瞬の色。それはすなわち、男が鎧を脱ぐことを意味していた。その予感の通り、膝をついて腰をおる雪乃の目の前で、元史の鎧が床に落ちていく。一枚、また一枚と音をたてて落ちるそれは、時を刻む秒針よりも遅く、雪乃の視界をとらえていた。


「勝負は簡単だ」


薄衣一枚になった元史に雪乃の意識は集中していく。


「兼景が来る前に、先に果てた方の負け。貴様が勝てば俺は志路家と条約を結ぶ。だが、俺が勝てばその場で兼景もろとも貴様の命はない」

「本当に、よろしいのですか?」

「ああ、史上最後の合戦が床戦も面白いだろう」

「では、私からもひとつよろしいでしょうか」

「いいだろう」

「八香は簡単に男を受け入れたりはしません。兼景様が来る前に、必ずやあなたを迎え入れることなく、戦に勝利を収めてみせましょう」


膝をついたまま元史を見据える雪乃の視線に迷いはない。縛られた体で、華奢な曲線美に布をまとわせた姿で、雪乃は元史に言い放つ。その瞬間「ふっ、ははははは」と、室内に嘲笑の声が響いていた。


「やってみるがいい、女」


それが、戦の合図だった。
近づいてきた元史が仁王立ちなのを良いことに、雪乃は小さな口を大きく広げてその中央に顔を寄せる。両手を封じられたまま、舌だけで貪るその動きは、まるでヘビのようだと元史は雪乃の髪をすいた。


「んっ」


のどの奥まで迎える雪乃の眉が苦しそうに歪む。息苦しさを無視したその行為は、最短で男の負けを認めさせようと音を荒げて湿らせていた。


「これでは不公平だな」

「ッ!?」


後頭部を左手で押さえつけてきたばかりでなく、喉の最奥まで自身を差し込んだ元史に驚くと同時に、雪乃の手首と足首は解放される。反動で体勢を崩した雪乃が口元を押さえて、再度元史と向き合う頃には、嫌な光を放つ刀剣はその鞘に収まっていた。


「不自由を負けの言い訳にされてはかなわんからな」

「私は負けません」

「あの程度の技量で俺が果てると思ったなら八香の名が泣くぞ」


売り言葉に買い言葉。
雪乃にも八香としての意地と誇りがある。睨むように元史を見つめた後で、雪乃は両手を添えて再び元史のもとへ口を寄せる。口を使い、手を使い、慣れた指先を駆使して、雪乃は元史の降伏を促していた。
広い部屋の一角で、鎧を脱いだ男の股に薄着の女が顔を埋めているなど、誰も予想していないに違いない。戦前で殺気立った城内は、何もない高級仕様が取り柄だけの部屋に用事はないらしく、どこか遠くの方でバタバタとせわしない足音が響いている。


「んっ」


雪乃の声が卑猥な音に混じるように吐息をつぶやく。直江とも兼景とも違うその大きさに、知らずと夢中に貪っているなど、当の本人も気づいていないだろう。「ふっ」どこか柔らかな息を吐いて、元史が雪乃の頭を撫でる。甘えるように瞳を閉じた雪乃の顔を自身から遠ざけるように離して、立っていた腰を床におろした。


「きゃっ」


突然引き寄せられた腕に逆らえないまま、雪乃は仰向けに寝転ぶ元史の胸元に抱きしめられる。興奮した心臓の音が雌の本能を疼かせるが、雪乃は使命を果たすようにその体をゆっくりと持ち上げた。


「ほぉ」


体の形状が浮き出る薄衣では、雪乃のすべてを隠し切れない。当然のように元史の上にまたがった雪乃は、それさえも武器だと見せつけるようにして、その長い黒髪を左右に揺らしていた。


「なるほど」


くすりと元史が笑う。


「兼景からの挑戦状はここにあったか」

「何が…ぁ…んっ」

「執着の強い男に惚れこまれると始末が悪い」

「ンッ…やっ、ぁ」


すべてを脱がせるわけではなく、合わせ目から露出した雪乃の肌に元史は嘲笑の息をこぼす。


「入れずに勝負するとは本音か」

「女に二言はありません」


元史の下腹部に両手を添え、内股の表面で男を擦る雪乃の仕草に空気が揺れる。ぬるぬると愛蜜の濡れが増すほど、円滑に滑る肌は雪乃の体温が溶けるたびに心地いい音を増していく。


「八香は男を見下ろすほうが好きらしい」


下から伸びてきた手に雪乃の乳房が形を変える。薄布越しに触れる男の指は、独特な感触を与えて雪乃の快感を溢れさせてくる。手のひらに簡単に収まるほどの小さな胸の先端も情事の波にもまれて固く変わり、元史の気分を掻き立てていた。


「あっ、や…ッ…ぁ」


ふいに腰を動かした元史に、雪乃の身体が困惑の声をあげはじめる。


「ダメッ…っ…はいっちゃ…やっ」

「これは戦だと言っただろう」

「あ、待って…だめ…ダメ」

「物欲しそうな顔をして誘う声は一級品だな」

「ンッ」


上半身を起こして唇を寄せる元史の舌に酸素が奪われていく。繋がりはしていなくとも、熱く尖らせた下半身を密着させ、互いの快楽を伝え合う行為はなんとも言えない情欲を雪乃に与えてくる。もっと欲しい。もっと感じたい。八香として鍛えられた肉体は、快楽を貪るように仕込まれているのだから仕方がない。けれど、これは勝負。溺れたいという本能のまま快楽に負けてしまっては、八香の名が泣いてしまうだろう。


「貴様、名は何という?」


撫でられる頬や背中の手に甘える雪乃の首元に唇のあとを刻みながら元史が尋ねる。


「ん…っ…ぁ…雪乃」

「雪乃、か」

「ッあ」


耳元に直接入ってくる声の熱さに全身が震えそうになる。これは戦だとわかっていても、まるで壊れモノのように包み込んでくれる目の前の男に抱かれてしまいそうになる。


「ぁ…っ…元史さま…ぁ」


雪乃の腕が元史の肩に伸び、首筋に絡まるように腰が応える。
対面に座り、上を雪乃、下に元史の状態で絡まり合ったまま、果てに導こうと腰を振る女に抱かれ、抱きしめ返した男の腰が再び動いた。


「アッだめ…ッ…やっ入っちゃ…ぁ」


腕力で勝てる力などどこにもない。


「元史さまッ…待っ…だめ…ヤッ」


必死で腰を逃がしたところで、上半身をすっぽりと抱きしめられた雪乃には時間の問題。願うように元史の顔を覗き込んだ雪乃は次の瞬間、狩りを楽しむ男の瞳に笑みが差すのを見た。


「アアァッ」


入口にあてがわれた尖端が、重力に逆らって抜け出ようとするが、元史の手のひらに押し返された細腰が従順にそれを内部まで押し込んでいく。ゆっくりと最深部まで侵入してくる異物に、雪乃は小さくのけぞることで元史に訴えるが、歴然とした力の差に成すすべはない。


「ダメっ…ぁ…抜いてっァア」

「どうした、声に気力がないぞ」

「アッ…元史さま…っ…ヤメッぁ、あ」


欲しかった刺激が内部からせりあがってくる。
重力に突き上げられるように跳ねる体が、真下から抱きしめるように唇を寄せる男の腕の中で高く啼く。逆らうことのできない行為に溺れていく。互いに貪りあうように床になだれ込んだときには、雪乃の腰はねだるように元史を求めて揺れていた。


「雪乃」


折り曲げた足の最深まで埋め込みながら元史は覆いかぶさってくる。声にならない息を飲み込み、雪乃はその肌に爪をたてるが、こすれ合った肌の熱は痛みさえ快楽に変えてしまうのか、加速をあげて鈍痛が床を駆ける。


「ィッ…元史さまぁ…はぁ…ッ」


戦など、もはやただの口実に成り代わっていた。打ち付けられる欲望の刺激は、逃げることも叶わず、捉えられたまま雪乃の内部をえぐっていく。八香でなかったとしても、元史に溺れる女の存在を容易に想像できる技巧に、雪乃はたまらず涙を携えた瞳で視線を送る。
ふるふるとこれ以上はやめて欲しいと、哀願し、歯を噛み締める仕草に止まる男がどこにいるのか。


「アァ…待ってイクッ…っだめっイヤァ…ダメっ元史さま…抜いてっアッぁ」

「観念しろ」

「ぁっ…やッ…ッアアぁアァアァア」


伸びた足をつま先まで震わせて、雪乃は元史に抱かれていた。打ち上げられた魚のように敏感に跳ねる体は、息を切らしたまま抱きしめられ、ドクドクと激しく痙攣する内部を染めていく血潮が、相打ちを物語っていた。
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