悠久の Madrugada〈マドゥルガダ〉 -蒼い闇- 《本編完結》「後日譚」連載開始しました

桜楽-sakura-

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La Madrugada 3 〔睦言〕# (ほんのり)

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 弟の泣き声は次第しだいすすり泣きに変わり、やがて上下する胸も穏やかになっていった。

 気配もなく現れた獄吏ごくりが、ハーブ水でしぼられた手巾タオルを乗せたトレーを、すっと差し出す。

 兄は、平然とそれを受け取ると、弟のあごを持ち上げ、己れの精と涙にまみれた顔を拭こうとしたが、弟はそれを頑是無がんぜない子供の様に、避けようとしてもがいた。

「どうした、リシェ? そんなじゃ兄さま、顔を拭いてあげられないよ」

 兄が困った様に云っても、弟は無言でうつむき、首を振る。

 どこか甘えを含んでいるそれを見て取った兄は、くすりと笑った。

 再開してから、初めて見せた弟の甘えだった。

 だから兄は、弟の耳元に唇を寄せ、吐息を絡ませながら密やかにささやいた。



『……リーシェ。そんなに“兄さまの精”を拭われてしまうのが、イヤ?』



 かぁああと弟の満面まんめんしゅそそがれた。

 兄の言葉に身の置き所がなく、弟はまっすぐに兄を見ることができなかった。

 兄が好きだった。大好で、強くて美しい兄に憧れ。その兄と引き離され、焦がれて、焦がれて、焦がれて。どうしようもなく兄に焦がれて。

 兄に殺されよう。それだけを望んで生き長らえた日々があった。

 やっと会うことができた兄は今、揶揄からかう様に弟を見ている。再開してから今まで、弟を責めることも、なじることもなく、そして……さげすむことも無く、ただ優しい。

 例えことわりから外れていても構わない。どの様なかたちであれ、兄から与えられるものが嬉しい。鎖を引きずる奴隷の枷も全てが、弟の乾き切った心に染み込む慈雨。そして。

 今、兄がかけてくれた“兄の精”に救われて。
 心の底から“兄の精”が、ーー愛しかった。



 弟は素直にうなずいた。



 兄は弟の頭に手を乗せると、視線を合わせて言った。



『ーーまた、兄さまがかけてあげるから』



 コク、と弟は頷き「嬉しい……」と兄に告げる。

 そして「良い子だ」と言って、兄は弟の額に口づけた。



 弟は、兄からの口づけを自分に赦した。



 §
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