黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

新種族

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 連山が見える所まで辿り着くと麓付近に陣地を築く事になった。
 前にペルフィディから逃げてた時にはこんな場所にこんな巨大な山はなかった。
 明らかに怪しい、ここに次の敵が居る可能性は高い。
 そしてこんな巨大な山を作り出してしまうような異常な力を持っている。
 きっと前回の敵とは比べ物にならない。

 陣地を築く間に少数で付近の偵察を行う事になって当然のようにワタルは参加を希望した。
 偵察くらい任せればいいのに……。
「如月さんも物好きっすね。まぁ同行してもらえるのは心強いっすけど」
 運転をしている西野は鏡でこちらを確認して呆れ顔をしている。
「こいつは無茶して嫁さん泣かすのが趣味なんだよ」
 ……あながち間違いじゃない気もする。
 わざとじゃないとは分かってるけど、それでも無茶をするのは直ってない。

「にしても不思議っすね。元々山なんて存在してなかったなんて信じられない程の規模っすよ。本当にこれを作った奴なんて居るんすかね?」
「上が居ると判断したから航君たちに同行を打診されたんだと思いますよ」
「やっぱそういう事になるっすよねぇ。とんでもない化けもんが出るんじゃないかって気が気じゃないっすよ。まぁフィオちゃんとアリスちゃんを乗せてのドライブって考えれば少しは幸せっすけど」
 ワタルのろりこんと西野のろりこんは種類が違う気がする……西野の視線が嫌で背を向ける。
 アリスも居心地が悪かったみたいでワタルに身を寄せた。

「え? え゛!? ああ゛っ!?」
「おいどうした西野! って――え?」
 二人が声を上げたのと同時に車体が音を立てて真横に滑り始めた。
 ワタルを連れ出そうと掴んだ時にはもう遅かった。
 車体はひっくり返り崩れた山道の亀裂へと吸い込まれて何度も岩にぶつかりながら落下していく。
 尚も崩れ続けているようで上からも岩が降ってきて入り口は閉ざされた。

「うっ……どうなった……? 全員生きてるか?」
「こっちはどうにかだ。綾ちゃん大丈夫?」
 遠藤が指先を光らせて辺りを照らした。
 幸いみんな酷い怪我はしてないみたい、壁面の岩に何度も衝突しながら落ちた事で落下速度が殺されて最後は出っ張りに引っ掛かった事で底への激突も回避出来た。
 問題は――。
「こっちもどうにかです。洗濯機に入れられたみたいでしたね」
「遠藤俺の心配もしろよ~、フィオちゃん達は大丈夫?」
「ワタルが庇ってくれたから怪我もしてない」
 落下が始まってすぐワタルは私とアリスを守るように抱き締めてくれた。
 必要はなかったし自分の安全を優先してほしかったけど――やっぱり嬉しかった。
 ワタルの腕から抜け出してドアを蹴破って確認の為に外に出た。

 上は……光が見えない、完全に塞がったのかもしれない。
「結構長い間落ちたよな? ……落ちてる途中上からガンガン岩が落ちて来てたし……こりゃ駄目だな上からは出られそうにねぇぜ。少し上が既に岩だ、亀裂がうねってて助かったな。狭い場所に上手い具合に大きい岩が挟まって他の岩や土を塞き止めてくれてる。あれがなきゃ俺たち生き埋めだったぜ」
 車外に出た遠藤が光度を増した指先を掲げた事で上が塞がったのは確定した。
 出られない……穴掘りが出来る覚醒者もエルフも居たけどこの深さとなると……それにまた崩れだしそうな上の状態を見るにかなり迂回して掘る必要があるかもしれない。

「連絡入りました。能力で掘り進めようとしているそうですが――っ!? 待ってください! 待ってください! 下手に手を加えると崩れそうです!」
 能力者と交信していた惧瀞が声を荒げたのと同時に上から土砂が降ってきた。
「どうするんすかこれ……俺たち酸素切れるまでの命っすか?」
「上が駄目なら横に行けばいいんじゃない? 狭いけど人ひとりずつならここ通れそうよ」
 アリスが示した亀裂の先は狭い横穴になっていた。
 生き埋めは回避出来そうだけど……考えてても仕方ない、このままここに居たら確実に埋まる。

「惧瀞はダメそう」
「えっ!? どうしてですかフィオさん」
 大きな出っ張りがあるから……。
「アリスの鎌も結構厳しくないか?」
「平気よ、こうして刃を地面に突き立てて! あとは進むだけ」
 なんでも切り裂く特性を利用して刃を地面に仕舞ったアリスは少し得意げ。
「本格的にヤバいな、崩れる前に行こう。先頭は俺が行くから遠藤は真ん中で前後を照らしてくれ」
「勝手に仕切んな――つってもどっちも照らすなら真ん中が一番か」
「航君先頭は私が――」
「こんだけ狭いと惧瀞さんの能力活かせないでしょう? 何かあっても電撃で対処するんで大丈夫ですよ――っと、急ぎましょう」
 救助の為に上を動かしたせいで微妙な均衡を保っていた空間が崩れ始めた。
 もうこの横穴を進む以外選択肢はない。

 ガリガリと岩を削る音が狭い空間に反響する。
 思った通り横穴に入り込んですぐに惧瀞の胸がつっかえた。
 結果先頭を行くワタルが短剣で引っ掛かりそうな部分を削ってる。
「おいどうした? 後ろが支えてるぞ」
 しばらく進んで横穴が大きく曲がったところでワタルは足を止めた。
「行き止まりだ。デカい岩で塞がってる。っ! マジか……黒剣の刃が通らない。オリハルコンでも含んでるのか?」
「嘘だろ? ……お姫の鎌でどうにかなんねぇのか?」
 なんでアリスが姫……?

「アリス、やってくれるか?」
「任せて、こんな岩簡単に――っ!? んん!? なんでぇ!? この鎌の紋様は特に特殊で何でも切れるはずなのに! ……ワタル、どうしよう? 切れないわ」
 ワタルを位置を入れ替えてアリスはアダマスを振り上げたけど刃は地面から出てくる事はなかった。
 アダマスで破壊出来ないならこれ以上進みようがない。
「一か八かレールガンをぶち込むか? でもアダマスで切れない硬度だと跳弾の可能性があって危ない……か?」
 苛立たしそうにワタルが短剣で岩を叩くとほんの僅か岩が振動した。


「今の……っ! アリス手伝って、このまま岩を押す」
 アリスと身を寄せて大岩を押し込む。
 触ってみて確信した。
 この先に空間がある。
 ワタルも加わって私たちの上から押していく。
「おいお嬢、大丈夫なのか? いくらお嬢たちでも岩の先が行き止まりだったら――」
「大丈夫、多分この先に道はある」
「如月もっと詰めろ、俺も押す」
 遠藤も加わってワタルと一緒に不安定な体勢で押し込みいくらかしたところで再び岩が振動した。

「行けるぞ! もっと押せ、男なら根性見せろ。お嬢たちに負けんな!」
「分かってる、タイミングを合わせろ。行くぞ! …………声? 岩の向こうから声が聞こえないか?」
「は? そんなの――」
「聞こえる」
 この感触、私たちが押してるだけじゃない、向こう側から引っ張ってるのかもしれない。
「私も聞こえた!」
 確実に向こう側に空間がある、その希望が力になって最初の位置から人ふたり分くらい押し込んだ。

「如月さん代わります。休んでてください」
 うっ……ワタルと交代して西野が後ろに……我慢、今は脱出優先。
 かなりの時間推し続けて遂に岩の隙間から遠藤の能力とは違う光が漏れてきた。
「あと少しだ頑張れ!」
 向こう側からも声がかかって全力で押していく――救助隊なのになんで掘削出来る覚醒者を連れてないんだろう?
 励ましの声を聞きながら押し続け遂に人ひとり分の隙間が開いた――。

『な、なんじゃこりゃー!?』
 空間内に男三人の声が反響した。
 私も声には出さなかったけど同じ驚きがある、岩の向こう側に居たのは大勢の――子供? 大人は居ない。
 みんなクーニャと同じかそれよりも小さい……子供があの大岩を引っ張ってたの?
 なんの道具も無しに……?
「どうなってんだ? この大陸には人間は残ってないはずだろ? それなのに、おい如月! お前こんなガキ共残して脱出しやがったのか!」
 そんなはずはない。
 ペルフィディから逃げてる時は南下しながら道中の村落はちゃんと確認してた。

「い、いや、道中の町や村は確認しながら移動したはずだし最終確認だって……なぁフィオ」
「ん、間違いなく陣を消す前に確認は何度も済ませた。人間が居るはずない」
「そんな事どうでもいい。君たち、お兄さん達が助けてあげるからね」
 ろりこんが暴走してる……。
 この大陸に人間は居ない。
 なら目の前に居るのは――。
「待てよ西野、ここにはガキ共しか居ないんだぜ? ならあの大岩を動かす手伝いをしたのは誰だ? お嬢が言うとおり人間がいないならこいつらは魔物じゃないのか? それなら異常な力にも納得がいく」
「はぁ!? こんなに可愛い子たちが魔物とか本気で言ってんのか? 第一魔物なら俺たちを助けてくれる訳ないだろ! この子たちに謝れ」
 特異な力を持ってるのは確実だけど、私たちを助けてくれたのも事実……。

「なぁ、君たちをまとめている子は居るか?」
「え、ええ、それならソレイユ様です」
 ワタルが一番近くに居た女児に声を掛けると彼女は奥に居る女の子を指差した。
 背丈はクーニャくらい、蒼眼で紅く長い髪をしてドレスを着ている。
 たしかに身なりが彼女だけ違うから立場が違うんだと見える。

「ソレイユ、少し話がしたいんだが――ぐはっ!?」
 ッ! ソレイユにワタルが近付いたところで傍に居た女児がワタルを殴り飛ばした。
「無礼者、ソレイユ様になんて口を」
 殴り飛ばされたワタルは壁までぶっ飛んで呼吸が一瞬止まったのか咳き込んでる。
 人間とも混血者とも違う、もしここに居る全員が同じ力を持ってたら厄介――。

「待て!」
「お待ちなさい!」
 タナトスを抜いて私とアリスが臨戦態勢を取り、相手も同じように今にも飛び掛からん状況をソレイユとふらついたワタルが制止した。
「先程の非礼をお詫びします。お怪我はございませんか?」
「あんなに思いっきり吹き飛ばしておいて何がお詫びよ! 怪我だって無いはずないでしょ! ほら、打ち身になってる!」
 怒ったアリスがワタルの服を捲って打ち身部分をソレイユに見せようとした。
 早く戻って治療を受けさせないと……。

「やめい…………」
「なんて口の利き方、ドワーフのくせにあなた達ソレイユ様を知らないの?」
 どわーふってなに……?
『は?』
 ワタルを殴った女児が発した言葉に異界者組は固まった。
「ドワーフって何?」
「フィオは知らないのか? アリスは?」
「私も知らない」
 私たちは首を傾げるけど異界者組は何か知ってるみたいだった。

「説明してもらえないか? 君たちはこの世界の存在なのか? 違うならなんでこんな場所に?」
「説明? そちらの二人から聞いていないのですか?」
 なんで私とアリスを見るの……私たちはあなた達の仲間じゃない。
「いやこの二人は人間だから、小さいけど人間だからな?」
「まぁ! そうなのですか、私はてっきり同族だとばかり……そういえば私たちの最大身長より少しばかり大きいですね。同胞が立ち上がり遂に助けが来たのかと思っていたのですが糠喜びだったようですね。皆さんすいません、私の勘違いに付き合わせてしまいました」
 なんか……なんとも言えないこの気持ちなんだろう……子供って馬鹿にされた時以上に貶されてるような。

「話が脱線してしまいましたね。改めまして、私はソレイユ・ルフレ・アダマントです。他の氏族をまとめるアダマントという氏族の長の娘です」
 ソレイユの自己紹介に合わせてワタル達も自己紹介をした。
 私とアリスは黙ってたから代わりにワタルがした。
「まぁ! では貴方方は私たちと同じく別の世界からいらしたのですね……見たところ私たちの世界の人間と大きな違いは無さそうですが、特殊な能力を得ているというのは私たちには起きていない現象ですので気になりますね」
「理屈もよく分かってないし覚醒者になってない人の方が多いですけどね」
「そーそー、ここじゃ俺だけだけど殆どは普通の人間だよ」
「そうなのですか……ですが戦う力を持ってこの地へと乗り込んでこられたのですよね? …………あの! どうか私たちをお救い願えませんか? 私たちは魔物たちが強力な武器を得る為にと国としているアダマンタイトの鉱山ごとこの世界へ呼び出されたのです。最初は抗ったのですがズィアヴァロの特殊な能力に次第に押され、鉱山から一定の範囲の先には逃げる事も叶わず捕らえられ今はこうして女子供が人質とされ、他の者達は魔物に隷属するしかない状況になっていると聞かされています」
 また面倒になる予感……。
 でも先に戦ったドワーフから敵の情報を得られるのは利点かもしれない。

「ズィアヴァロって奴の話を聞かせてもらえますか?」
「ズィアヴァロは魔物たちを統率している存在です。土から人形を作り操る事で無限の兵力を持ちます。ただの人形なら大した苦戦もしないのですが人形を形成していた土に触れると身体が腐り始めるのです。生きたまま身体が腐食し崩れていくという死に様はとても見ていられるようなものではありません。それを嗤いながら眺めるズィアヴァロは本当に恐ろしいものでした。そうやって私たちを少しずつ追い詰め、この地を管理する自分に従わねば殺すと……悍ましい死に方を前に私たちはどうすることも出来ず膝を屈しました。囚われた以外の者は休む間もなく魔物の為の武器を作る日々、動けなくなれば生きたまま腐る死が待っている、皆怯えながら生きているのです。貴方方は魔物を征伐する為にこの地へいらしたのでしょう? どうか私たちをお救いください!」
 触れれば腐る無限の兵力……遠距離からの攻撃が必要になる。
 籠手や武器での対処だと効率が悪そう……人形はワタルに能力で対処してもらって今回も私が敵の首魁を仕留めるのがいいかも。

「大丈夫だよソレイユちゃん、俺たちは魔物を倒す為に来たんだ。必ずズィアヴァロって奴を倒して解放してあげるからね。だから泣かないで」
 涙を流して訴えるソレイユに駆け寄った西野が涙を拭った。
 ろりこん……。
 それにしてもワタルの時は殴ったくせに西野は殴らないんだ。
「おい西野なに勝手に約束してるんだ!?」
 余計な救出作戦が増えるようなら軍としては問題になるのは分かる。
 分かるけど……西野が言わなくてもワタルも同じ選択をしただろうから今更ではある。
「女の子が泣いてるんだぞ、助けたいと思うのが人情! 男ならやるしかないだろ! それに結界の管理者ならどうせ倒すんだ。そのついでに助かるよって伝えるぐらいいいだろ」
「本当に、助けてくださるのですか? でしたら先ず他の同胞にも接触してください。ズィアヴァロはこの連なる鉱山のどこかに潜んでいるはずなので案内が必要です。それに、私たちももう一度立ち上がるべきなのです」
「あーあ、どんな被害が出るかも分かんねぇってのに……こいつのロリコンにも困ったもんだな。綾ちゃん連絡は?」
「大丈夫です、全部伝えてます。上もまだ魔物とは接触していないので隠密行動で他のドワーフに接触を図るとの事です。鉱山内だと大火力の兵装は使えないですし、慎重に行動して一先ず合流を急ぐようにとの厳命です。特に航君、いいですか?」
「はい気を付けます…………」
 名指し……ワタルの無茶は世界規模で周知されつつあるのかもしれない。

「なら先ずここを出ないとな、こいつらどうする? これだけ多くちゃ簡単に見つかりそうだし守るのは簡単じゃねぇぞ。力が強くても素手だと土人形はやべぇんだろ?」
「私たちは足手纏いにならないようにここで待ちます。ですがソレイユ様だけはお連れください」
 ワタルを殴ったドワーフの女児が進み出て頭を下げた。
 その前にワタルへの謝罪が先でしょ、謝りもしないのに頼み事とか図々しい。

「メリダ?」
「ずっとリュンヌ様の事を案じていらっしゃるのでしょう? 彼らと共に行けば何か分かるかもしれません。それに彼らには案内が必要です。こちらは私たちで何とかしますのでどうかお心のままに」
「ですがっ……いえ、分かりました。皆をまとめて必ず戻ります、それまでお願いしますね」
「お任せください」
「ソレイユ様私たちは大丈夫です。皆の為にどうか異世界人との協力を取り付けて来てください!」
「ソレイユ様」
「ソレイユ様どうか」
 連れて行く事が確定してる……案内は要るかもしれないけどあっち主導なのがムカつく。
 ソレイユを励ますドワーフ達の声に背中を押されて牢屋代わりだという空間をあとにした。
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