黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

またあの国へ

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「リオー?」
「……」
 叱られた翌日、ワタルはリオに無視され続けてる。
「リオ~」
 リオに纏わり付いて声を掛け続けてるけどリオはたまに視線を向けるだけで声には反応しない。
「なぁフィオ、昨日お前リオと話したんだろう? リオはまだ怒っているのか?」
「怒ってない」
「ならあれはなんなのだ? さっきからワタルが情けないナンパ男みたいになっているぞ」
 ナンパ男……どちらかというとおバカな小動物っぽいような。
 冷たくあしらわれてるのに果敢に纏わり付いて機嫌を取ろうとしてる。

「一国を救った英雄が……とても哀愁を誘う姿なのじゃ……」
「要はワタルだけど手綱を握ってるのはリオなのね……」
 ミシャとアリスは若干顔をひくつかせてワタルに憐れみの視線を向けてる。
「はぁ……ワタルが小動物みたいに纏わり付いてくるなんて羨ましいわね、私ももうちょっと怒ってればよかったわ――じょ、冗談よ、だからその目をやめてって」
 ナハトと私に睨まれたティナは俯いてしょぼくれた。
 ワタルもだけどティナもすぐ反省した事を忘れる。

「怪物を狩った男があのようにぺこぺこと……リオは何がそんなに気に食わぬのだ、主は凄いのだぞ、あのように扱わなくともよいでわないか」
 クーニャは頬を膨らませてぶーたれてる。
「ワタル様はすぐに無茶をされるのでお叱りの後しばらく長引かせるというのも良いのかもしれませんね」
「もうシロナまで……ワタル様だって好きで無茶をされているのではないのだからそんな事を言ってはダメですよ」
「だがこの短い期間に二度目だからな、多少懲りてくれないと困る」
 私もナハトに同意だけどリオのあれは――遊んでるだけのような気も……。

 巨人を倒した翌日だから殲滅戦には参加させずに訓練をさせる事にしたんだけど――。
「ワタル戦闘中に呆けるな! そんな状態で私たち三人を捌ききれると思うな!」
 黒剣と黒刀が交差した瞬間に炸裂してワタルを大きく吹き飛ばした。
「いってぇ……」
「魔神と戦っていた時はこんなものじゃなかっただろう、ふざけているのか?」
「そんなんじゃないけど……ほら、大物倒した後だし気が抜けたかも?」
「それで、いつまで座り込んでいるつもりだ? そんな状態で三人に囲まれてどう動くつもりだ?」
「こんな事してるより殲滅に出た方がよくない?」
「呆けた状態で何が出来る? お前は私たちから一本取るまで訓練だ」
「えぇ~」
 気が抜けたのも本当だとは思うけど、それ以上にリオの事で気が散ってる内は当面無理そう。

「ナハト、私たちはティナを見てる」
「そうか、まぁ腑抜けているワタルでは私一人ですら捌けていないからな」
「はいティナの番」
「えぇ~、アリスぅ~」
「え、えっと……ごめんなさい、私もフィオとナハトが言ってる事は間違ってないと思うの、危険に飛び込むワタルの傍に居ようとするならもっと強くないと」
 アリスが大鎌を構えた事で流石に逃げられないと悟ったみたいでティナも剣を構えた。
 最初の内は私とアリスどちらか一人ですら対処出来ないと思うけど、慣れさせるしかない。

「はぁ……はぁ……」
 数時間後、荒い息をしてるけどティナはまだ立っている。
 私もアリスも手は抜いてない、勿論何度も寸止めをしたけど、それでもティナは食らいつこうと必死に動き続けてる。
 やる気は本物、あとは慣れ。
「ねぇフィオ、少し休ませた方がよくないな? エルフって言ってもティナは姫なんでしょ? 体力も限界なんじゃ――」
「超兵のやり方忘れた?」
「忘れてないけど……」
 ふらつくティナを確認しながらアリスが上目遣いで見つめてくる。
 ティナ自身はまだやる気みたいだけど体が追いついてない。

「……分かった、少しだけ休憩、その間に腑抜けてるワタルを叩く」
「わ、分かったわ」
 ナハトの攻撃を黒雷の速度に飽かせて回避してるけど動きが単調、そんな動きだと軌道が読みやすい、ナハトもそれを分かってるからわざわざ追う事もしない。
 先読みをして炎で動ける範囲を狭めて逃げ場を失ったワタルは蹴り上げられた。

「そんなにリオの事が気になるのか?」
「だってあんだけガン無視されると……飯の時もだんまりだったし……」
「お前がした事の結果だ」
「うぅ……」
 普段の半分も動けてない……今日はこれ以上やっても意味が無いかもしれない、ティナも思ったより消耗してるみたいだし。

「あれ、ワタルを扱くんじゃないの?」
 修練場から出ようとする私をアリスが追ってきた。
「今やっても意味が無い」
「……まぁ確かに、巨人を倒したとは思えないほど腑抜けちゃってるものね」
「ん」
 リオと話す時間も必要だと思うし今日はここまでにしておく。

「リオー、ごめんて、次は気を付けるから――」
 夕食後、ワタルはまた小動物になっていた。
「ねぇリオはいつまであんな感じなの?」
「さぁな、しかし私はリオの気持ちはよく分かるぞ」
 食休みで庭園に出たリオ達を追って私たちは全員で陰から二人を覗き見てる。
「旦那様が憐れなのじゃ……」
「怪物を倒した男とは思えぬな……」
わたくしにはリオさんもうワタル様を許しているように見えるのですが」
「いえいえクロエ様、あれはリオさんかなり怒ってらっしゃいますよ」
 リオはもう怒ってない、でも納得はしてない気がする。

「シロナはまだまだねぇ、リオはもう怒ってないわ、あれは遊んでるだけよ」
「そうなのでしょうか……」
「もさも顔負けな感じに自分の周りをワタルがちょろちょろしてて可愛いから悪ノリしてるんでしょうね」
「そういうものでしょうか……」
「私なら三日は楽しむわね」
 三日も……私もリオは遊んでるだけだと思うけど、三日もあれが続くのは……。

「ティナは変な趣味なのじゃ」
「うむ、こやつは変な娘だ」
「ナハトは分かるわよねぇ?」
「う、む……」
「ワタル可愛いわよねぇ? あんな風に付き纏ってきたら嬉しいわよねぇ?」
 全員に視線を向けられてナハトは気まずそうに目を逸らした。
 羨ましいんだ……。

「ふぇ……」
「アリスさんどうかされたのですか? ――あぅ……」
 ワタル達の方を見てるアリスとクロエの顔が真っ赤に?
「ちょっ!? いつの間にあんな事になってるのよ!?」
「うにゃぁ……」
「ワタル様……そんな大胆な……」
「ほほぅ、主やるな」
「むぅ、私にはあのようにしてくれなかったのに」
 みんなの視線の先ではリオとワタルが身を寄せ合って唇を重ねてた。
 みんなに心配させておいて……。

「き、キスってこんなに長いのね……」
「な、長いのじゃ……」
「こらー、ワタルー! リオばっかりズルいわよー!」
「そうだぞワタルー!」
「ああっ!? ティナ様ナハト様今出て行っては――」
 ティナとナハトが乱入して、それを止めようとクロエとシロナが続き、ミシャとアリスは茹で上がってる。
「主の周りは騒がしいな」
「だから楽しい」
「クク、確かにな、流石儂の主だ」
 結局ワタルはティナとナハトにせがまれて真っ赤になりながらキスをしてた。

 訓練、殲滅、訓練、殲滅、それを繰り返してひと月、大防壁に集まっていた大方の魔物の掃討が終わった。
 聖樹の花粉の散布に加えて魔物が一箇所にかたまり過ぎてたのもあってかなり順調に進んだんだと思う。
 それでも生存本能から逃走を選んだものの討ち漏らしはあって東部の完全な安全を取り戻したとは言えないみたいだけど。
 それでもこの国の人たちにとっては大きな戦果で今は戦勝記念の式典が開かれている。
 王都は人が溢れ、前回の式典以上の大騒ぎになってる。
 戦いに参加した多くの者が讃えられ認められた。
 私たちも国王から報酬が貰える事になって王都に私たち家族が住む屋敷を貰う事にした。

 完成まではまだ城の部屋に住む事になるけど、それでも私たちの新しい生活の準備が進んでる。
 そんな楽しい時なのに――。

「ワタルはどこに行ったのだ!」
 前回の式典同様にワタルが姿を消した。
 前回と違って讃えて貰った後だけど、みんなでこれから食事しようって時に消えたからみんな拗ねて飲みまくってる……。

「もぅ~、ワタルと一緒に飲みたかったのにぃ~」
 ティナは飲まない約束もう全然守ってない……それに――。
「わたるのぶわぁかぁ~」
「わたるしゃまひどいでしゅ~」
 ティナと飲んでたリオとクロエが壊れた……。

「ほぉら、フィオちゃんも飲んでくだしゃい!」
「う、うん……」
 この酒ちょっとクセが強い……。
「ほらほらぁ、コップが空いてましゅよぉ」
 強いからあんまり飲みたくないんだけど……リオのこの笑顔……飲まないとダメみたい。
「ん……」
 やっぱり強い……頭ぼーっとするかも。
「旦那しゃま~、どこに行ってしまったのじゃ~……もっと妾の尻尾をもふもふしてほしいのじゃ~」
 ミシャは普段そんな事言わない……この酒駄目かも。
 みんながこれ以上壊れない為にもワタルを探して来ないと――。

「お~い、フィオ起きろ~」
「んぁ?」
 あれ……私いつ寝たの?
 昨日は、リオに勧められて酒を飲んで……壊れていくみんなを止める為にワタルを探しに行って……?
「大丈夫か? 俺とティナは日本帰還に行かないといけないけど怠かったら寝てても――」
「行く」
「お、おう、まだちょっと時間あるけど昼には出発だからみんなを起こすぞ」
「ん……」
 うわ……私はワタルのベッドで寝てたみたいだけど、部屋中散らかっててそれを避けるようにしてみんな床で寝てる。
 結局ワタルはみんなを止められなかったんだ……。

「リオ」
「ふぁ?」
 っ! 壊れたままとかないよね?
「ふぃおちゃん……おはようございましゅ」
「おは、よう……大丈夫? 日本に行くから起きてってワタルが」
「そういえば今日でしたね、んー」
 起き上がって体を伸ばすと何事もなかったようにリオもみんなを起こし始めた。
 記憶無いのかな、あの酒怖いかも……。

「こ、この馬車で異世界に行くの?」
 バスの座席に座ってからアリスは忙しなく外へ視線を向けている。
「馬車じゃなくて車」
「名前なんてどっちでもいいわよ! ほ、本当にこんなので異世界に行けるの?」
「怖いなら留守番してればいい」
「こ、怖くないし!」
「クーニャは落ち着いておるのじゃ」
「あの主のする事だ、一々驚いていてはキリがない」
 それでも日本に行ったら驚く事ばかりだと思うけど……。

「流石神龍殿ですな」
 今回の日本行きにはクロイツ王を含め各国の代表や使者が同行する。
 あの魔神が語った情報によれば魔物の首魁はディアの王都を根城として東の大陸全土を埋め尽くす程に勢力を拡大しているという。
 更には各地域に赤いディアボロスが使ったような結界が張り巡らされていて一度足を踏み入れたら簡単には帰還出来ない、しかも北部のディア王都周辺は特殊な結界があって空からは侵入出来ないみたいでクーニャを使って首魁だけ先に倒す事も難しいらしく、首魁を滅ぼすには大陸南端部から北部まで縦断しなくちゃいけない。
 首魁が異世界から色んなものを呼び出している以上放置は難しいからやる他ないけど現状のヴァーンシアの力だけだと分が悪い。
 だから日本の――あの世界の力を借りる為に各国代表は確固たる決意でここに居る。
 
「しかしこの車というのは凄いですな、馬車の乗り心地とまったく違うしクロイツの王都からここまであっという間に着いてしまった」
 初めて日本の技術を目にした他国の使者は自動車のスピードに目を丸くしている。
「みなさ~ん、これから異世界移動に入ります、多少揺れますが無事に日本に着くので落ち着いて座席から離れないようにお願いします」
 自衛隊の人間から注意を促された後すぐに空間の裂け目が開いた。
「ええ!? ちょ、ちょ! これ大丈夫なの!?」
 黒い空間に飲まれるという現象にアリスが声を上げてそれに釣られるように各国の代表も顔に不安と緊張を張り付かせた。
 流れに飲まれなすがままに進んで、そして光に飲まれた。
「ここが異世界……?」
 危険がないように毎回自衛隊の訓練地の敷地内に出るようにしてるからただ広い場所にアリスも各国代表も期待を裏切られたみたいだった。

「ふむ、これは凄い……聞きしに勝る高度な文明だ。異界者たちから異世界の様子を聞いてはいたがよもやこれ程の物とは、自動車や銃などを見てかなりの技術力を持った世界だとは思っていたが……我らの世界など比べ物のならぬほどに先進的な世界だ」
 移動して街中に入るとさっきまでとは打って変わってクロイツ王も各国の使者も窓の外の景色に目を向けて声を漏らしている。
「変なものがいっぱい……」
「流石主の世界だ」
 アリスもクーニャも過ぎ去る景色を目で追い、行き交う人々の様子に目を凝らしている。
「ねぇフィオ、みんなが持ってるあの板はなぁに? フィオも似たのをたまに見てるわよね?」
「これはすまほ、遠くに居ても話が出来て手紙も届く」
「ええ~? そんな板でどうやって遠くの人と話すのよ、それに紙も無いのに手紙なんておかしいわ!」
 ふっふっふ、私は異世界旅行の先輩としてアリスの言葉を否定する責任がある。
 だからワタルにめーるした。 

「来た」
「な、何が? これワタルの絵? どういう事?」
 私のすまほを覗き込んだアリスは状況が理解出来ないみたいだった。
「ワタルからの手紙なの? これ異世界の文字?」
「ん、ひらがな、次はミシャと話す」
 少し離れてるミシャに電話をかけてアリスに渡した。

「っ!? み、ミシャの声がするわ! この板凄い」
「わ、儂にも貸せ――ぬぉ、板からミシャの声が……」
 アリスからすまほを引ったくったクーニャは驚きに目を見開いた。
 なんか気分良い。
「日本って凄い……」
「日本は美味しい物もいっぱいある」
「美味しいってリオ達のご飯より?」
 リオと比べたら……。
「リオ達が作らない物もいっぱいある」
「リオ達の方が美味しいのね……」
 だってリオのご飯だもん。

「おいなんだあれは、変な馬に乗っておるぞ」
 クーニャが見てるのは前にワタルが買ってたバイクが細くなったもの。
 あれもバイク?
「あれはなんなの?」
「あれは……」
 バイクは勝手に動いてたけどあれは足を動かしてる……私も知らない――。
「っ!? おい大変だ! 壁の中に巨人がおるぞ!」
「鎌っ――は荷物入れだった――なら剣で!」
 二人が見て騒いでるのは建物に設置されてる大きなテレビ、まぁ最初は驚くよね。
「あれは巨人じゃない」
「違うのか……?」
「違う、すまほも同じ事出来る」
「あ、主が板の中に!?」
「ええ!? でもワタルはそこに居るわよ!?」
「だが喋っておるぞ!?」
 前に撮った動画を見せると二人ともすまほに釘付けになった。
 面白い。

「いーやーよー!」
「子供か! 王様の名代なんだろ? ナハトはちゃんとしてるじゃないか」
 日本の高官との会談があるティナとナハトはしばらく別行動する事になったんだけどティナがワタルも同行しろってぐずってる。
「どうせワタルは待機してるだけなんだから同行してくれたっていいじゃない!」
「こっちに不慣れなリオ達だけにするわけにはいかないだろ、この中じゃティナが一番日本に慣れてんだから頼むよ」
「むー」
「ほらティナいい加減にしろ、日本の協力を取り付けろとダグラス様に言われているだろうが、真面目にやれ」
「ええ~、ナハトだってワタルが一緒の方がいいでしょう?」
「これは私たちの仕事だ、ワタル達と観光したければさっさと済ませるべきだ」
「はぁ~、分かったわよ、だからみんなだけで出掛けずに待っててよね」
 どうにか納得させたティナとナハトと別れて私たちはホテルへと向かった。
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