黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

奪還作戦

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 霧が晴れて全てが落ち着く頃には日を跨いで朝になってた。
 ソフィアは敵の毒に倒れた天明の傍を離れず自分の立場と責任を放棄して数日が経つ。
 辛い思いをしながらもこの国の為にワタルが頑張ってるのにって思わないわけじゃないけど……私もワタルが倒れたらああなるし、今のソフィアにこの前みたいな言い方は出来そうになかった。

わたくしのせいで、天明……」
 天明に縋って泣くばかりのソフィアを私はただ見つめてる。
「ねぇソフィア、こんな時だけど――いいえ、こんな時だからこそ貴方は選択をしないといけないわ。敵は大胆にも王都に攻め入り王の証と貴方の命を狙った。今後同じ事が無いとは言い切れないわ、むしろ失敗した分次はもっと過激な行動に出る可能性だって――」
「どうでも……もうどうでもいいですわ、天明もわたくしのせいでこんな……もしこのまま天明が居なくなったら私もあとを追います」
「ふざけた事を言わないで! こんな事をして王位を奪いに来るような者に一国を担う資格なんて無いわ、貴方は望む望まないに関わらず王族として生まれた。立場故の不自由もあったでしょうけどそれ以上に立場故の恩恵も享受してきたはず、貴方にはそれに対する責任があるのよ?」
 いつもゆるいのに今のティナは真剣で……王族には生まれついての責任があるって説く姿はなんだか……かっこよく見えた。
 
「わた、くしは……」
「今の不安定な状態でも迷えるくらいの教養はあるみたいね、貴方のお父様がしっかり学ばせていたのでしょうね。そんな貴方を知っているからこそ貴方を支え、王にしたいと願う者たちがこの王都に残っているのよ? 恋にしか興味の無いただの小娘だったら大臣や他の臣下だってとうに別の方法を考えていたでしょうし……そこで臥せってる人はなんの為にそうなっているのかもう一度よく考えてみる事ね――フィオ、ここは任せるから」
「へ……?」
 この状況で出ていくの……?
 言いたいだけ言ってティナはさっさと出ていった……残されたのは打ちのめされたように俯くソフィアと魘される天明、そして珍しく狼狽えた私。

 こういう状況を上手く進められるのはティナとかリオだと思うんだけど……なんで出て行ったの?
わたくしはどうしたら……」
 ソフィアが殺される間際の標的みたいな顔をしてる……天明が魘される度にビクついて彷徨った視線が私とぶつかる。
 こっちを見られても……。

 縋るように視線を向けてくるソフィアに私は仕方なく口を開いた。
「大切な人を傷付けられた気持ちは分かる……でも、傷付けた相手を放置する気持ちは分からない」
「っ」
「自分のせいって思うならなんでなんとかしようって思わないの? なんで一緒に死ぬとか大切な人の命を諦めてるの? そんなの……そんなの本当の大切じゃないって思う」
「わ、わたくしは……」
「私はワタルを傷付けられたら敵を絶対許さないし、助ける方法を探す、絶対治す。なんで諦めるの? 私はワタルを何よりも優先する、ソフィアは違うの?」
 ソフィアみたいに諦める気持ちが分からない。
 自分に力がなくてもなりふり構わず出来る事は何でもする、絶対に足掻く、足掻き続け……なんかそれ、ワタルみたい……私って、ワタルに染まってるんだ。

わたくしには立場があります。あなたとは違うんです、私が王になろうとすれば天明だけじゃなくもっと多くの人が犠牲になります」
「だから諦めるの?」
「天明だってそんな事望むはずありません、天明の友人だって同じじゃありませんか?」
 私が口を閉じると言い負かしたとでも思ったのかソフィアは自嘲気味に笑って天明の隣に腰掛けた。

「どうして……こんなに違ってしまうのかしら、同じように異世界の殿方を慕う変わり者だというのに」
「ワタルは……欲張りだから」
「え?」
「知らない人間でも不幸になって苦しむのが分かってたら抗う」
「その為に周りを巻き込んでも?」
「抗う、抗って巻き込んだ分も取り戻す、それが私の大切な、特別な人……天明は、民を殺したギルスが王になるのを許す人? この先ギルスが民を虐げるのを許す人? ソフィアがそんな顔して自分のあとを追ってくるのを許す人?」
「それは……」
 今度はソフィアが口を閉じた。

「少しだけ時間を、少しの間一人にしてください」
 天明に視線を向けたあとそう言ったソフィアの顔にはここに来た時の絶望の色が消えていた。
「ん、部屋の外に居るから」
 それからしばらくしてソフィアは出てきた。
 そして、戴冠式を行う場所蒼昊宮を取り戻すと宣言した。

「ねぇフィオ、わたくし前から訊ねたかった事があるのですけど」
「ん? なに?」
 奪還作戦前夜、今日は私がソフィアの身辺警護をしてる。
 あの襲撃以降ソフィアの周りにはソフィアの選んだ人間以外近寄らせないようにしてある。
「あのっ……その、あなたは天明の友人と恋仲でしょう? どうやったらその、それほど親しくなれるのですか?」
「天明と親しくないの?」
「い、いえっ! そういう事ではなく……フィオは自然に触れたり甘えたりしているように見えるのでどうすればそんな風に出来るのかと……」
「? 普通にすればいい」
「ですから、その普通が分からないのです!」
「ふ~ん? ……こんな感じ」
 いつもワタルにするみたいにベッドに腰掛けてるソフィアの膝に座って腕を抱き込む――背中に感じる心臓の音が早い……明日への不安?

「大丈夫」
「え?」
「上手くいく」
「そ、そうですわね! わたくし頑張りますわ、天明に全力で飛び込みます」
 奪還作戦で天明に飛び込んでどうするの……? 


「この町から北上して湖を目指す。毒に倒れたタカアキ団長の為にも我らが必ず姫様を守り抜くのだっ!」
『おぉおおおおおーっ!』
 翌日、蒼昊宮のある湖の南にある町で騎士団長代理が叫ぶと集まった兵たちが鬨の声を上げ、その叫びは空気を震わせて町中に広がっていく。
 そして少なくない町人が影響されて兵たちに激励の言葉投げかける。

「フィオ、わたくし……」
「王様は堂々としてないとダメじゃないの?」
「ぁ……っ」
「違うの?」
「いいえ、その通りですわ、わたくしは女王に……民を導き、国を繁栄させる……その為にもギルスになんかに王位を譲ってはいけない」
 小声で呟いた後ぎゅっと目を閉じて意を決したように開いた瞳には決意が宿ってた。
 あの時絶望に飲まれて死を望んだ姿はもう無い。

 町の声援に見送られるように出発して三日目の朝、風が変わった。
 向かい風が運んでくるその臭いは大きな戦闘が起こる事を意識させる。
 先行して偵察に出ていた隊から湖前の平原に敵の大群が布陣してるって報告が入ってこっちの兵士にも浮き足立つのが出てくる。

「フィオ、俺たちはアルアたちが敵を引き付けてる間に石橋を渡って蒼昊宮を取り戻す」
「ん」
「あ~……俺はナハトと馬車の外で警戒してるから姫さんとか大臣たちの事頼むな」
 何か言いたそうに口をもごもごさせてたけどそれだけ言ってワタルは馬車の屋根に上った。

 戦場の音が響き始めてソフィアたちの顔は険しいものになっていく。
 大臣たちも口では大丈夫と言いつつもその表情には戦場への恐怖が見て取れる。
 騎士団がギルス派の兵士とぶつかり戦場が徐々に左へと動き始めたのを見計らって馬車は走り出す。

 戦場の脇を目立たないように走り抜けてるはずだけど違和感に気付くのは居るみたいで矢が飛来する。
「はあっ!」
 ナハトがそれを切り捨てた音にソフィアも大臣たちもびくりと身を竦める。
「大丈夫、ナハトもワタルも付いてる、普通の兵士程度問題ない」
「そうそう、問題は石橋に辿り着いてからの方になるわ、この程度でびくついてたら身体がもたないわよ」
「は、はい――」
「縦に裂くくらい妾だって出来るのじゃ。どうじゃ、綺麗に裂けたのじゃ――ふにゃん!? ななななな、何故いきなり抱き寄せておるのじゃ」
「切った矢を見せるのに夢中になってて今当たりそうだったんだ。凄いのは分かったからこっちに集中してくれ! 怪我したりしたら嫌だぞ」
「ふにゅぅ、気を付けるのじゃ…………」
「なんで私が褒められたのにミシャがそんなご褒美みたいな事になってるんだ! 抱くなら私を抱け」
 上が騒がしい…………大臣たちの顔が不安一色になってる。

「あの…………大丈夫ですよね」
「平気平気、おふざけする程度に余裕があるって事よ~?」
 言いながらティナの顔は笑ってない、私もちょっと怒ってるけど、もしまた傍に居ながらワタルを危険に晒したら――。

「橋が見えてきました! 橋の前に敵兵が数名!」
 御者の叫びで馬車の中にも緊張が走った。
「任せろ」
 外が黒く光って雷の音が響き渡り遅れて破壊音が届くと馬車が加速した。
「進路が開けた! このまま一気に蒼昊宮へ飛ばします、振り落とされないように注意してください」
 石橋に辿り着いて蹄の蹴る音が変わり馬車の揺れ方も安定すると更に速度も上がり戦場の音が遠くなり始める。

「ティナ、そろそろ頼む。先行して敵を掃除しておきたい」
 屋根からこっちを覗き込んだワタルがそう言うとティナは素早く立ち上がってその手を取った。
「分かったわ、行きましょう」
「フィオ達は姫さんたちの事頼むな」
「ん」
「ワタル、よろしくお願いします」
「了解しました」
 そう返事をしたあとワタル達は空間の裂け目に消えた。
 離れる事に若干の不安はあるけど、ティナはナハトより冷静だし周りをよく見てる、能力も回避に向いてるし大丈夫、私はワタルに頼まれた仕事をする、そう自分に言い聞かせる。
 国ひとつの運命を左右する大事な局面に差し掛かってる、失敗は許されない。
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