黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

治したい

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「死ぬぅ~、もう死ぬ~、社会的に抹殺されるぅ~」
 宿屋の部屋を借りるなりベッドに倒れ込んでじたばたしてる。何が気に入らないの……?
 私間違えた? それとも何かまた嫌な事言われた? それとも知らない内に致命的なこの世界特有の攻撃でも受けた?
「? なんで死ぬの? 怪我した?」
 拗ねたようにして答えない、ただ少し不機嫌そうに私を横目で見てる。私が悪い……?
「大袈裟ね、一緒の部屋にするのが恥ずかしかったくらいで」
 一緒が恥ずかしい? どうして……? なんでそれで死ぬの? 前にリオと同じ部屋で寝た。私もリオと寝るの嬉しいし、大切な人は一緒に居るんじゃないの?

「それにしてもワタルの世界は変わった物が多いわね。町も色んな物で溢れているし、建物も巨大な物が多くて…………豊かな国なのねぇ。変わった物が多くて見てるのは楽しかったけど、少し疲れちゃった」
 姫は宿に辿り着くまでずっと子供がするみたいにはしゃいでた。でも、よく思い返してみるとずっとワタルに話し掛けててワタルの意識が周りの人間に向かないようにしてたかも……結果は別としても、姫もワタルを守ろうと――治そうとしてる。
 でも――ワタルの隣に寝られるとやっぱり気分がよくない。
「なんで俺のベッドに寝るんですか、三人部屋にして三つあるんだから他のに寝ればいいでしょう」
「ここがいいのよ」
 諦めきった様子で起き上がって別のベッドに倒れ込んだけどすぐさま姫も移動して隣へ――。

「なんで居るんですか……さっきの所がいいんでしょう?」
「察しが悪いわね、ワタルの隣がいいのよ」
 エルフってみんなこんな感じなの? ナハトも姫もすぐにワタルを取ろうとする。
 突っ掛かって来ない分姫の方がいいけど――。

「はぁ」
 疲れた表情でよろよろと立ち上がって別の部屋に行こうとしてる。
 姫のやり方で大丈夫……?
「どこに行くの?」
「風呂です」
「風呂……お湯を使った水浴びよね?」
「まぁそんなところです」
 この世界の物にまだ不慣れな私と姫にワタルは室内の設備の説明をしてくれた。
 疲れてたのに説明してくれる時は柔らかい優しい表情だった。
 心配してるのは私たちなのにワタルの方が気を遣ってる気がして……でも私はどうしてあげるのがいいのか分からなくて――。

「以上がトイレと風呂の使い方、質問は?」
「ない」
 警察署のと違ってたけど説明は分かりやすかったから問題ない。
「ないわ。それにしても便利というか、不思議というか……変な世界ね」
 私もそう思う。

「本当に私たちが先でいいの? ワタルの方が疲れているでしょう? こんな時に気を遣わなくていいのよ?」
「ん……いや、ちょっと考え事したいし二人で先に済ませちゃってくれ」
「そう……なら三人で――」
「却下でお願いします」
 ワタルはその場に伏せて頭を床に擦り付けてる。
「もう、大袈裟ね。あとそういう扱いやめてって言ったでしょ。ほら行くわよフィオ」
 不機嫌に唇を尖らせながら私の手を掴んで脱衣室に引っ張り込んだ。

「んふ~、やっぱり小さいわねぇ」
 そう言った姫は腕を組んでそこに胸を乗せて大きさを強調してる。
 その顔むかつく……もげたらいいのに――。
「でもま、フィオにはフィオの魅力があるのよね。だからそんな恨めしそうに睨まなくても大丈夫よ? ワタルはちゃんとフィオの事を見てるわ」
「でも、姫の胸揺れたらすぐ見る」
「そこはしょうがないわよ、男というのはおっぱいが大好きなんだから。大きかったら誰のだろうと見てしまう悲しい性を背負っているって侍女たちも言ってたわ」
 悲しい性……ワタルでもその例からは逃れられないんだ……かわいそう……。

「んーっ、これはなかなか良いわねぇ。この世界の生活の水準はとても高いわよね、捕まってる時は随分な扱いだったけれど……それでも食事の味は悪いものではなかったし――」
「それでも警察もあの父親も許さない。ワタル苦しめた、姫があの時釣られずにワタルを連れ出す事にしてれば――」
「あのねフィオ、それはたぶんワタルが望まなかったわ。あの子は自分が傷付いても他人を気遣う子、あの目は意地でも目的を達成しようってものだったわ。そういうのあなたの方がよく分かるんじゃない?」
 それは……そう、でも――。

「それはそうとフィオ、姫呼びやめてくれないかしら? 私とあなたはここではたった二人きりのヴァーンシアの存在よ。それにお互いワタルを大切にしたい、ならもっと打ち解けて協力した方がいいでしょう?」
「……」
「人付き合いが得意じゃないのは分かるけれど、そんな感じだとワタルに嫌われちゃうわよ?」
 それは嫌っ……姫にはナハトみたいな刺々しさは無い。
 私一人だとたぶんワタルを治せない、それに――どちらにしても帰るには姫の能力が必要――なら、姫の提案は間違ってない。

「ティ、ナ……」
「ええ、よろしくねフィオ。じゃあ少し打ち解けたって事で髪を洗ってあげるわ」
 自分も長い髪だから慣れてるのかティナの手つきは凄く優しかった。身分が高いのは世話係りが居そうだけどティナは違う?
 でも……ついでに体もって言い出して…………色んなところまさぐられた。
 やっぱりリオかワタルの方がいい…………。

「それでねフィオ、あの子は色々考え込んじゃって思い悩む性格なんだと思うの。でなきゃ精神的問題で能力喪失なんてありえないと思うし、だからね――そういうの考える暇が無いくらいずーっと一緒に居て構ったり甘えたりしてあげるのが良いと思うの」
 湯船に一緒に浸かってティナに捕まってる。頭の後ろのやたら柔らかいクッションが少しむかつく。
「それで治るの?」
「すぐは無理かもしれないわ、そこはあの子の心の強さと傷の程度によるから。でもね、これ以上傷付かないようには守ってあげることは出来るし他人に怯えてるなら私たちがそれは怖くないのよって分からせてあげれば癒えるのも早くなると思わない?」
「……どうすればいいの?」
「それはねぇ~」
 私たち二人しか居ないのにティナはにまにましながら顔を寄せてきて小声で話し始めた。笑顔がちょっと……。
 基本的には自分の好きなようにしろって言われた。でもティナがした事でワタルが嬉しそうならどんどん真似しなさいって……ティナの真似したら難しそうな顔をするけど大丈夫? ……少し心配。

「はぁー! お風呂って良いモノね。ヴァーンシアに戻ったら作れないか父様たちに相談してみようかしら」
「フィオは風呂苦手だったか?」
「熱かった」
 お風呂はお湯に浸かるものってワタルが言ってたからティナと一緒に実践してみたのがダメだった。
「? 水の出し方も教えただろ、足さなかったのか?」
「ティナが駄目って言った」
「あら、あの位がちょうどいいと思うのだけど」
 熱いのが気持ちいいとか言って水入れさせてくれないし、出ようとしたらもう少し楽しもうとか言い出して抱っこで捕まるし……熱いお湯のせいでふやふやになって逃げられなかった。
 そんな私を見てワタルが風の出てる箱に何かして――気持ちいぃ、ひんやりした風が吹き付けてきて体の熱を飛ばしてくれる。
「まぁ部屋は涼しいからいいだろ? というかちゃんと髪乾かせよ」
「暑い、面倒、やって」
 今の私はふやふや……たぶんワタルにも負ける。
 だからワタルにやってほしい。
「あの時、もうやらんって言っただろうが」
 寝転がったまま視線だけをこっちに向けて拒絶を示してるけど、あんまり拒絶じゃない?
「だってリオが居ない」
 彷徨った視線は私の所に帰って来て――ため息と共に立ち上がって何かを取りに行った。

「熱い」
 この世界の乾かし方熱い……手に持った道具から熱い風が吹き付けて、せっかく涼しかったのにまたふやふやになる。
「我慢しろ、これでやった方が早く終わるんだから、それにエアコンついてるんだから部屋自体は涼しいじゃないか」
「…………」
 早く終わる……手抜きみたい、リオみたいにタオルで優しくとんとんがよかった。
「ほい、終わり。もういいぞ」
「ん」
 最後に一撫でしてくれたから手抜きでも許す。
「なら今度は私の髪をお願いするわ」
「えっと、自分で――」
「フィオにはしたのに、私にはしてくれないの? 文句言ってるくせにフィオがとても気持ちよさそうにしてたから、私もしてもらいたかったのに」
「どうしてもダメぇ?」
「…………」
「ねぇ?」
 ティナに触れられてワタルが狼狽えて視線が忙しく動き始めた。
「ダメ?」
 瞳を覗き込んで少し凭れながら聞くとワタルの顔が赤くなった。
「…………やります」
 なるほど、こういうのを真似したらいいの?
「ありがとっ!」
 ティナの笑顔に釣られてワタルも笑ってる――少し硬いけど――それでも、笑った。

「死ぬ」
 乾かし終わったらベッドに伏せてじたばたしてる……さっきので本当によかったの?
「その言い方だと私たちがイジメたみたいじゃない。ご褒美あげるから元気出しなさい」
 たち? 勝手に私を含まないでほしい。
「ご褒美? ――っ!?」
 っ!? ティナが……ワタルの頬に口づけした……なんだかもやもやする。
「どう? 頬が気に入らないなら唇でも構わないけど」
「い、いえ! じゅ、充分です」
 顔赤い……でも表情は柔らかくなった。こういうのを真似したらいいんだ。
「…………」
「睨むなよ、俺が何かしたんじゃないだろ?」
 でも、あれをするのはちょっと……顔が凄く近くなる。考えたら少し心臓がうるさくなった。
 でも、元気になるなら、やる――。

 少しだけ――ほんの一瞬唇をワタルの頬に押し付けた。たったそれだけの行為、なのに――。
「お礼」
 心臓がうるさい、こんなの今まで越えてきた戦いの中でもならなかった。やっぱりワタルは私を変えちゃう……そこに不安はあるけどそれ以上に好奇心を刺激されて何かを期待してしまう。
 でも今日はちょっと……もう顔見るの恥ずかしい。
 だから私は早々にベッドに潜り込む事にした。

 明かりを消して静寂が支配する部屋に何度も寝返りをする音が聞こえる――。
 ワタルだ。
 少しだけ目を開けて横目で見てみると苦しそうにしながら繰り返し体の向きを変えてる。
「うっ……くっ…………」
 苦しいのが堪えきれなくなったみたいで腕で顔を隠すと嗚咽をもらし始めた。
 ワタルが泣くの、リオの事だけだと思ってた。
 ヴァイスに殺されそうになってる時でも馬鹿みたいに笑ってたのに……私はどうしたら――。
「泣いているの?」
 眠ってると思ってたティナが自分のベッドを抜け出してワタルに覆い被さってる。
「なんで? 寝てたんじゃ?」
「ワタルのベッドに忍び込む為にワタルが眠るのを待ってたんだけどね。急に泣き出すんだもの、びっくりしたわ」
 嘘寝……気配は完全に寝静まってるものだったのに、流石エルフ……侮れない。

「ワタルは変な子ね。おかしくなってて剥き出しになってたとはいえ、あれだけ激しい殺意と憎しみを抱えていたら普通はもっと荒んでいて、他人の死なんて一々気にしたり、況してやそれを気にして苦しんだりもしないと思うのだけれど……ナハトはこういうところを気に入ったのかしらね?」
 激しい殺意? 憎しみ? ワタルに似合わない言葉がティナの口から零れて私は落ち着かなくなる。
 誰かを助ける為に人を殺す。
 それは私の知ってるワタルならあり得るかもしれないし守る為とかだととても自然なことに思う。
 でも憎しみによる殺意――それは私の知ってるワタルからは想像出来なくて……まだまだワタルに知らないところがある。
 でもティナはそれを知ってる……すごく、悔しい気がする。
「それは…………」
「……泣いてる顔もいいわね、本気で欲しくなってきちゃった。共有じゃなくて独り占めの方がいいかも」
 顔を隠そうとするワタルの頬をティナはゆっくりと撫でて惚けてる。
 泣いてるワタルの顔がなんか良いのは分かるけど、泣いたの見たの私だけだったのに。

「私が慰めてあげるわ」
「うぷっ、あの?」
 ワタルの隣に転がって私に見せつけるみたいにワタルを抱き寄せてその大きな胸で顔を包んでる。
「誰かの体温を感じていると落ち着くでしょう? それが私みたいな美人だと効果絶大よ! こうしててあげるからこのまま眠りなさい」
 誰かの体温……そうか、そうなんだ。
 私もリオと一緒の時はリオの熱が心地いい。強いわけじゃない、代わりに警戒してくれるでもない。でも、あんなに安心して眠れる。あんなに安らかに眠れるのはリオとワタルの傍だけ。
 ワタルにしてあげること、そんな簡単な事でいいんだ。
「ありがとう、ございます」
 そう言うと強張っていたワタルの体から力が抜けた。そうなんだ……あんな事で助けてあげられる。
 流石長寿のエルフ、ティナはもっとたくさんの事を知ってそう。
 もっとティナから学んでワタルを治す。

 二人の寝息が聞こえ始めてから私はベッドを抜け出す。
 私もワタル治す。
 起こさないようにそっと潜り込む。
 汗の滲むような外の気温なんか関係なくひんやりした室温の中で寄り添ったワタルの熱はとても心地よくて……それがすごく嬉しい。
 ワタルのお腹に腕を回して目を閉じる。
「リオも居たらよかったのに」
 こんな事になるなら一緒に行動してればよかった。リオの安全を考えたのに裏目になった。
「ぜったい、ワタルとかえるから……」
 あたたかいけど、胸が少し苦しい……帰ってからの二人と一緒の時間を想像してるとその疼きも和らいで穏やかな眠りに就いた。
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