黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

優しくもあたたかくもない

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「フィオ、全力でジャンプしてくれ」
「なんで?」
 自分の話を真面目に聞きもせず呆れたようにため息を吐いている憲兵の視線から逃れるようにしてワタルが頼み込んできた。
「お前が凄いってのを見せて異世界人だってのを信じてもらう為だ」
「別に信じなくても放っておいてワタルの家に帰ればいい」
 もさを見ても信じようとしなかったし最初から信じる気が無い相手に何をしたって意味がない――。
「頼むよ、後でなんでも言う事を聞くから」
「! なんでも?」
 なんでもならリオと私とずっと一緒に居てって言ったら聞いてくれるの? それならこのもやもやも我慢してどんな事もしてあげる。

「あっ! ズルいわ、それなら私がやるから、私の言う事を聞きなさい」
 そんなのダメ、これは私が貰った機会だから姫にはあげない。
「いや、姫様は駄目です」
「なっ、なんでよ!?」
「姫様が跳んだらスカートなんだから下着が見えるでしょう? それともこんな所で下着を晒す痴女ですか?」
「っ!? や、やめるわ…………」
 姫は顔を真っ赤にして簡単に引き下がった。
「…………それで? 何時までその話は続くの? 僕も暇じゃないんだよ?」
 憲兵は何をしても無駄だとでも言いたげに感情の無い視線を向けてくる。
「フィオ頼む、俺に出来る事ならするから、見てる奴全員が驚くくらいのやつを頼む」
「ん」
 必死に頼んでくるワタルの顔を見てると力が湧いてくる。頼りにされてる、それだけで私は――。

 私は高く高く跳んだ。
 下で野次馬が騒いでる、誰も私を追えてない――追えてない……? 上を見上げてるのはワタルと姫だけ、速く跳び過ぎた…………。

 ワタルと姫の視線を追ってようやく他の人間も私の位置に気付き始めたみたい。
 そうして着地した時にはみんながみんな信じられないって顔をしてる。
「おかえり」
「これでいい? もっと跳ばないとダメ?」
 もう少しくらいなら上に行けそうだけど――。
「いや、今のでいい。あれだけ跳んでればこの世界の人間じゃないのは伝わるだろうし、ありがとな」
 ワタルは凄く満足してくれたみたいで優しく目を細めて撫でてくれた。
 子供扱いっぽいけど不思議と嫌じゃない。むしろ落ち着くから好き。
 リオとワタルの手はすごくあたたかい、体温の事じゃなくて……上手く言葉にはならないけど……安心できる。
「ん」
「んでお前はこっちに乗ってろ」
 ワタルが自分の頭から私の頭にもさを移すともさもワタルの真似をしてよくやったって言うみたいに撫でてくる。
『きゅぅ~、きゅぅ~』
「なにあれ! すっごい可愛い! マジヤバい! 欲しい!」
「いいなぁ~、あれって異世界の動物かな? 私も飼ってみたいなぁ」
「普通に考えたら、鳴くぬいぐるみなんじゃないの?」
「でも動いてるよ? 絶対異世界のペットだって!」
 もさの良さが分かる人間も居るみたい……ちょっと、嬉しい。

「さて、どうですか? 今のを見ても信じてもらえませんか? 駄目なら他にもお見せできるものがありますけど」
 周囲の反応のおかげでワタルがちょっと強気になってる……危険が無いから今はいいけど、調子に乗るのはあんまりいくない。
「おぉぉぉおおおおおおっ! すっげぇぇぇえええ! 他にもあるなら見せてくれよ! 異世界って本当にあるんだな! もしかしてそっちのお姉さんはコスプレじゃなくて本物のエルフなのか!? 長耳だし、そうだよな!?」
 こすぷれ……ってなに? エルフに偽物なんてあるの?

「エルフだって…………」
「マジかよ…………」
「確かにあの耳作り物っぽくないんだよなぁ」
「ワタル、コスプレってなんなの? なんでこの人間たちはエルフの事を知ってるの? この世界にはエルフが居るの?」
「えーっと、コスプレってのは……架空の存在の恰好をする事? あとこの世界にはエルフは存在しないですよ。空想上の、物語とかに出てくる存在です」
「ふ~ん…………つまりこの人間たちに私は偽物のエルフだ、って思われてたって事ね?」
 姫が怒ってる。
 ひくひく動く眉の端と震える拳がその怒りを表してる。

「あ、いや、でもこの世界じゃ空想上の存在なんで居るって思う人の方が稀だと」
「そこの人間に私とフィオがこの世界の存在じゃない、って証明しないといけないのよね?」
「え、ええ、まぁ」
 目元を引き攣らせながら笑う姫は少し不気味……能力を使うつもりだろうけど、そんな事知りもしない人間たちはエルフの存在に興奮して騒ぎ立ててる。
「異界者は最初は能力を持ってないんだから、この世界には特殊な能力を扱う存在なんていないわよね? ならこうするのが一番の証明、ね!」
『うおぉぉぉおおおおおお!』
 裂け目を作り出して姫が姿を消すと更に大騒ぎ。
 こういうのは苦手…………憲兵あれ本当に見てるの?
 ワタルもなんだか遠い目をしてため息を吐いてる。

「? なに?」
 私に視線を移して一瞬固い表情になったけど次の瞬間にはリオによく向けるとても柔らかい顔になった。
 この眼差しは好き、あたたかくて安心出来て……落ち着く。
「いや、フィオは凄いなぁ、って」
「そう…………」
 褒めてくれるの……嬉しいけど、あんまり言われるの顔が変になるから困る。
 変な顔するの見られたくない。

「ふ~ん、そうやって誑し込んだんだぁ?」
「うひゃっ!? 人前で何やってんですか姫様!」
 背後に現れた姫に顔を寄せられてワタルの顔が真っ赤になってる。
 随分後ろを気にしてるけど……胸が当たってる。
 むかむかする、なんでそんなに大きいのがいいの?
「分からないの? 抱き付いてるのよ。ナハトが抱き締めてる時に嬉しそうにしてたけど、中々抱き心地がいいわね。筋肉質じゃないのがいいのかしら?」
 ワタルは抱き心地がいい? …………今度、今度試す。

「おい、姫様だってよ」
「マジかよ、エルフの姫?」
「なんであんな冴えない長髪が姫や美少女と仲良さそうなんだよ!? 不条理だ、世の中不公平だ」
 あのハゲは許さない。
 ワタルが冴えない? そんな事あり得ない。ワタルの事何も知りもしないくせに勝手な評価をするなんて納得いかない。
 そのあとワタルも能力を見せると呆然としてた憲兵も野次馬の騒ぎ様からついに現実と認めるしかなくなったみたいで話を聞くって言ってきた。
 ワタルの能力が戻ってるみたいだし帰れないなんて事にはならなさそう。
 交番に入る前にワタルが小さな声でって言ってくれたのがとても嬉しくて緩む顔を直すのにちょっと苦労した。

 ワタルは憲兵――警察に全部話した。
 私と離れている間の事も全て――。
 初めて知ったけど結局ワタルは自分以外の誰かの為に頑張ってた。
 そういうところすごいって、いいなって思うけど……心配になる。
 腕も折れて能力も無い時の出来事、自分の身すら守れない時の事まで背負ってる。
 出来るはずのない事なのに…………。
 だから私は思う。
 ワタルをずっと見ている、目を離したらどんな危ない事にも突っ込んで行く――自分の命すら顧みずに――。
 だから、ずっと傍に居る。
 居るから――。

 下っ端じゃ判断出来なかったみたいで大きな本部? みたいな所でワタルは同じ話をする。
 助けられなかった子供の事を話す時は苦しそうで悔しさが滲み出てる。
 そうしてようやく話を信じる気になった警察が調べたいからってワタルの持ち物を持っていったり私と姫の口から細胞を採取してもさからは血を持っていった。
 怖がって暴れて今も震えてて可哀想…………。

 これだけ大人しく真面目に対応してるのに、してるのに……警察はワタルが殺したんじゃないかって言い始めた。
 ワタルがどんな思いで、どんなに苦労してここに至ったかなんて同じ世界の人間の方が理解出来るんじゃないの? 
 どうしてそんなに責めるの?
 警察の一人が乱暴にワタルの肩を掴んで引っ張った拍子にワタルがバランスを崩して倒されたのを見た瞬間頭が沸騰した。

 気付いた時には男が舞っていて、そのあとワタルが何度も謝ってた。
 こんなことさせたかったんじゃないのに……私のせいでワタルの立場が余計に悪くなった。

 私たちとワタルは別々の部屋で話を聞かれる事になったけどワタルを疑って敵視する人間しか居ないところで離れるのは嫌だった。
 それでもワタルが危ない事はないって必死に言うから我慢して別室で警察の質問に答える。

 ワタルの言った事が事実かって何度も問われた。
ヴァーンシアの事も聞かれてアドラの詳細とか歴史とか地理も聞かれて簡単な地図を書かされたりもした。
 遺骨の存在を知っていたかとも、なんでそんなに疑うの? 周りが全て敵の状況で腕の折れた無力な異界者に誰かを守る力なんてない。
 生き延びて遺骨を持って帰っただけで奇跡――何度もそう説明してるのに目の前の男から疑心は消えない。
 異世界の存在をすぐに理解出来ない、認められない、それは……少し分かる。
 でも……私は、ワタルの世界はもっと優しくてあたたかい場所だと思ってた。
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