黒の瞳の覚醒者

一条光

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五章~壊れていくもの~

対峙

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「あれをやってる者を排除しないと……封印が破壊されたらこの大陸だけじゃなくヴァーンシア全体が魔物で溢れかえる事に…………」
 この世界全体が魔物で溢れかえる? そんな穏やかじゃない状態になったらリオが平穏に暮らせる場所を探すなんて出来なくなる。それをしようとしている相手の排除…………恐らく殺す、のだろう……優夜が殺される? それは、駄目だ! 一応仲間だし、もうどんな人間か知ってしまっている……止めないと、大して長く一緒に居たわけじゃないけどこんな事を仕出かすやつじゃない、何か異常があったんだ。殺される前に取り押さえないと――。
「すぐに排除しないと!」
 そう言った姫様が空間を斬り裂いて移動しようとしているのに気が付いて姫様の手を掴んだ。
「邪魔をしないで、時間がないんだから!」
 姫様は俺が手を掴んでいる事なんてお構いなしに空間の裂け目に入っていく。姫様に引っ張られて俺も空間の裂け目に入り込んでしまう。
 裂け目の中は妙な空間が広がっていた。暗いような、明るいような、天も地もない、変な浮遊感があって気持ち悪い。
「付いて来ちゃったの? なら手伝ってもらうから、しっかり掴まっててよ。しっかりと掴まってないと、ここに置き去りになったら出て来れなくなっちゃうわよ」
 そう言って姫様はまた自分の目の前を斬って裂け目を作って入っていく。今度は普通の場所に出た、って……変な浮遊感がまだある一体――っ!?
「ここ空中じゃないですかー! 落ちる、落ちて死ぬ」
「私の能力での移動って視界内に限られるのよ、だから遠くに移動しようと思ったら建物とかの障害物のない空へ一度出て上から行きたい場所を確認してから移動する、の! こんな風にね?」
 説明しながら自分の足元を斬り裂いて、その裂け目へ俺たちは落ちるようにして入り込む。そしてまたこの不思議な浮遊感のある空間へやって来て、すぐにまた元の空間へ。
「って! また空なんですけど!」
「だってしょうがないでしょ! 封印の地までは鬱蒼とした森がずっと続いてるんだから! 空に出た方が楽なのよ!」
「というか氷の槍の範囲内に入ってるんですけど! まだ降って来てないけどここに居たら串刺しですよ!」
「分かってるわよ、次の移動で空間跳躍は終わらせるから平気よ。男のくせに一々騒いで情けないわよ? ナハトの夫になるならもっと堂々としてないと駄目よ?」

 そしてもう一度移動をしたら巨大な水晶の様な物の前に出た。
「でっか……なんじゃこりゃ…………」
 縦にも横にも大きい、曇りのない水晶の様な大岩、二階建ての家屋なんかの大きさを軽く超えてる気がする。
「ここの封印石はまだ無事ね、他のも無事だといいんだけど…………今の内に空にある氷の槍あれをどうにかしないと、本当に大変な事に……ワタル! あなた強いのでしょう? 空のあれを片付けるのを手伝って! 魔物は絶対に封印から出しちゃ駄目なの」
 ここの、って事はこんな馬鹿デカい水晶がまだ他にもあるのかよ…………封印石って言ってたからこの水晶を護らないといけないんだよな。
「分かりました。俺もこの世界が無茶苦茶になったら困りますし」
 リオが平穏に暮らす為と世話になったあの村の人たちの為に出来る限りの事はしないと。
 電撃を空に放って氷の槍を破壊していくけど、量が多すぎる…………俺よりもナハトや紅月の方がこの役は適任だろ。広範囲に電撃を放って破壊していっても全然減ってる感じがしない、破壊したそばから次が生成されているような?
 姫様は俺が電撃を放っているのとは違う方向の空へ跳んで、浮いている氷の槍を蹴って器用に足場にしながら一つずつ破壊している。この大量の氷の槍に対処するのは姫様の能力じゃ不向きだな、戻ってナハトと紅月を連れて来てもらった方が処理が速く出来そう。

「姫様ぁー! 戻ってナハト達を連れて来てくだ――っ!?」
 姫様に呼び掛けていたら森の中から氷の槍が飛んできた。
「邪魔しないでよ航、僕たちは家に帰りたいんだ」
 槍の飛んで来た方から優夜と瑞原が現れた。二人の様子がおかしい、やっぱりこれは優夜がやってる事なのか? っ!? 二人の瞳が黒じゃなく薄い金色を帯びている? 二人に何かが起こっているのは間違いないみたいだ。
 さっきの呼び掛けは聞こえていなかったのか、姫様はこちらに気付いた様子はない、この事態を引き起こした相手を排除する、って言っていたんだからこの方が良いのかもしれない、さっさと優夜にこれを止めさせないと、本当に殺し合いになってしまう。

「帰るってどういう事だよ? 魔物の封印を壊す事がなんで帰る事に繋がるんだ! こんな事今すぐに止めろ! 魔物の封印を破壊したらこの世界に魔物が溢れるんだぞ!?」
「帰れるんだよ、僕たちに呼び掛けてきた魔物が約束してくれたんだ、自分を封印から出してくれたら僕たちを元の世界に帰してくれるって、だから僕たちはその封印石を壊すんだ。それが一番大きくて封印の要らしいからね、それを壊せば他のも壊しやすくなるって言ってたし、航だって帰りたいんでしょ? なら邪魔しないでよ、ディーを怒らせる様な事をして帰れなくなっちゃうと困るでしょ?」
 ディーってのが二人をおかしくしたのか? それにしてもこの後ろにある水晶が要なのかよ…………責任重大だな、これを護れなかったら魔物が溢れる……こんなデカい物を護りながら優夜と瑞原を捕まえて大人しくさせないといけないのか、瑞原は覚醒者じゃないし、優夜も制御が不安定な上に空にこれだけの氷の槍を作り出してるんだからこっちに向ける事の出来る力は大してないはずだからなんとかなるか?

「もし本当に帰れるとしても、俺はそんな胸糞悪い帰り方をするつもりはない! 魔物が溢れたら大勢の人が死ぬかもしれないんだぞ?」
「それがなんだって言うの? 私たちに酷い事をした連中だよ、そんな人間死んだって別に心なんて痛まない、寧ろ死んでくれた方が清々するよ!」
「そうだよ、この世界の人間の事なんてどうでもいいじゃないか、もしかしてリオさんが心配なの? それならリオさんだけ連れて行けばいいじゃない、だったら問題ないでしょ? だからそれを壊すのを邪魔しないでよ! 僕はもうこんな世界うんざりなんだ! まともな生活がしたい、学校に行きたい、勉強は楽しくないけど友達と一緒に居る時間は楽しかった、続きの気になる漫画だってあるし、発売を楽しみにして予約したゲームだってある、食べ慣れてどうでもよく感じてた母さんの料理が食べたい、日本に居た時にしていた当たり前の暮らしに帰りたいんだよ! その為なら違う世界の無関係の人間なんかどうなったっていい……いや、僕も綾乃と同じで死んでくれた方が良い、日本人を捕まえて奴隷にしたり道具にしたりする奴らなんだ、仕返しされたって当然なんだ!」

 死んでくれた方が良い、仕返しされて当然、か…………俺もそう思う、あんな国なんて無くなってしまえばって、でも他の国は? 他の国の人間なんて船長しか知らない、でも俺があの国から逃げ出せるようにって協力しようとしてくれた。他の国にはアドラと違って良い人が居る、それにアドラにはあの村だってある、俺たちが知らないだけでリオみたいに優しい人だって居るかもしれない、そしてこの世界に居る異界者は俺たちだけじゃない、他の国には俺たち以外にも日本人が居る、そういう人たち全てを危険に晒して自分たちだけ日本に帰るのか? そんな事許されるはずがない。大勢の人たちを犠牲にして自分たちの願いだけを叶えるなんて狂ってる。
「いくら自分たちが酷い目に遭わされたからって無関係の人間まで巻き込むやり方は俺は嫌だ、仕返ししたきゃ自分に何かした奴だけにしろよ。理不尽な目に遭ったからって関係ない人を傷付けていい理由になんかならない」
「そんな綺麗事言ってたらいつまで経っても帰れないじゃないか! …………ならいいよ、僕と綾乃だけで帰るから……航が悪いんだよ? 僕たちの言う事を聞いてくれないから、だからこれは仕方ない事なんだ」
 そう言った優夜は空にある氷の槍を降らせ始めた。
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