黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~世界を見よう! 家族旅行編~

太古から目覚めしもの

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「うわぁ……なんかイメージ崩れる」
 火口湖手前の町は観光客で賑わいエルフや獣人が忙しそうに接客している。のだが……エルフがエプロンしてお土産コーナーによくあるようなキーホルダーとかを売っているのはちょっと――いやかなりイメージが崩れる。
「どこが?」
「だってほら、エルフって森に住む神秘の種族ってイメージが……くぅ、下世話でやきもち焼きで可愛いところもある……既にイメージは崩れてた」
 我が嫁たちを見て俺は膝から崩れ落ちた。
「航君の気持ち分かります。私も最初はレヴィリアさんみたいな方が大半だと思ってましたから」
 そのレヴィも今や俺が当初抱いていたイメージから外れつつある。ファンタジーへの勝手なイメージのある俺と綾さんはうんうん唸ることに。
「ワタルはこういう私は嫌い? もっとお姫様してた方がいいの?」
「うっ……私はそういうのは苦手なんだが……ワタルが望むならやってもいいぞ」
「いや、別に今の二人が嫌なわけじゃないから、あとお姫様成分はクロから補給するから大丈夫だ」
「わ、わたくしに何かあげられるものがあるのでしょうか?」
 急に話を振られたクロはおろおろと身体を弄ぐり始める。

「何か求めてる訳じゃなく、あ~お姫様だ、気品があるなぁって実感したいだけだから」
「そうなのですか、でもわたくし最近お姫様はしてないです」
「大丈夫ですクロエ様、クロエ様は一際気品があるとご近所でも有名です」
「実際気品がないと駄目な立場なのだからあって当然でしょ。そんな事よりボウヤ、エロ成分は誰から補給するの? 私立候補したいのだけど」
「またマイナスされるぞ」
「ふっふっふ、子供達はお土産屋に夢中で聞いていないのよ! どう? 遺跡に火口湖に行く前にそこの宿屋で休憩しない?」
 胸をはだけさせて周囲の観光客の視線を集めながら迫って来るアスモデウスに無情にもから声が掛かる。ぎりぎりと軋む音をさせそうなぎこちない動きで振り返る魔神に無慈悲な通告がなされる。

「もうマイナスは嫌ぁぁぁあああ! 貯めても貯めてもボウヤの美味しい棒が遠ざかる!」
「自業自得でしょう。リル達も懐いてて普通にしてる分にはいい人なのに、どうしても悪い癖が抜けきりませんね」
「仕方ないでしょう? 私は色欲の魔神なの、私から色欲取ったら何も残らないわよ!」
 果たしてそれは威張るところなんでしょうか? 欲求不満を抑え続けて更に遠退いたという事で、感じ取れるアスモデウスの空気は暴発しそうだ。
 いっそ他の男の所に行こうとは思わないのか、どうにも強い拘りを見せる。
「やれやれ、みんなはしゃぎ過ぎだな、ぬいぐるみまで放り出して――」
『きゅぅ~』
「っ!? な、鳴いたぞこのぬいぐるみ!」
「何言ってるの? カーバンクルなんだから動いて当然」
「何っ!? いつの間にもさふさ以外が……」
「これもさとふさの子供よ」
 フィオとアリスがもさもさの物体をかき集めて抱えあげると腕の中で六匹ずつもぞもぞと蠢いている。

「待てマテまて、どっちか雌だったのか? というか多過ぎだし大人し過ぎだろ。俺全く気付かなかったぞ」
「ふさが雌だったのよ。それに、子沢山をワタルに言われたくないと思う。大人しいのは小さい頃から人に慣れて躾てるせいだと思うわ」
 確かに……アリスに言われて口ごもる。にしても、もさも頑張ったのね。うちの娘と数同じって…………。
 もぞもぞ動くカーバンクル達は二人の肩や頭に乗ってふさふさもさもさの帽子と襟巻きのようになっている。

「パぁパ見て見て湖の白い水から獲れる白いお魚だって、すっごく美味しいんだよ」
 アリアが串に刺さったししゃも位の焼き魚を美味しそうにパクついている。さっきから何かの焼ける良い匂いがしてたが焼き魚だったか。
「それどうしたんだ? アリアお金持ってないだろ」
「おじさんがね、くれたの」
 なるほど、うちの娘が可愛い過ぎてつい買い与えたってところか――だがしかし!
「アリア、知らない人から物を貰ったらいけません。怖いおじさんかもしれないだろ?」
「父しゃま! このお饅頭美味しいのじゃ!」
 だから知らない人から物を貰うなと! というか早く出発しませんか!? 通過点であるこの町は行きには通り過ぎるはずが物珍しさからか娘たちが馬車を降りて物色し始めてそれなりに経つ。

「ルーシャも、知らない人から貰わない。みんなそろそろ出発しないか? 遺跡見学したらまたここを通るんだ。その時でいいだろう?」
「お父さんこれ買って」
「だからエリス――ってなんだこれ!? レーヴァテイン? ……じゃないよな? レプリカ?」
 エリスが持ってきたのは俺のレーヴァテインにそっくりな剣、だが刃が偽物で切れはしない。
「むぅ……形としてはなかなかの出来なのじゃ。じゃがまぁ妾たちには到底及ばぬのじゃ。エリスもそんなの欲しがらずとも妾とリュン子でもっと良い物を打ってやるぞ」
「お父さんと同じのが欲しいの! ミシャママ達ちゃんとしたのはもう少し大きくなってからって作ってくれないもん」
「はいはい、買ってあげるからそんなにむくれないの」
 アリスが我が子の膨れた頬を指先で潰してお金を払っている。それ買うのか……特産品や食べ物ならともかく、まだまだ始まったばかりの旅行にかさ張る物を……一人買って貰えば一人、また一人と欲しがり、結局十二本買う事となりようやく町を出た。

 観光地化されている事もあってか火口湖までの道はしっかりしていて山頂まで馬車で向かう事が出来た。
 辿り着いた山頂の窪みにある湖面は真っ白であり最初は氷が張っているのかと思った程だ。
 その白い水面の中心に異様な物が佇んでいる。遺跡と言えば古代の文明の名残のようなものを想像するが……目の前にあるのは黒い巨大な立方体、そこに赤い線が複雑に走っていてどこか機械的な建築物だ。
「遺跡と言うより巨大なオーパーツみたいですね。この世界の文明レベルにそぐわない物に見えます」
「確かに、宇宙人の宇宙船とか言われた方がしっくりくる」
 みんな物珍しさに瞳を輝かせているが俺と綾さんだけはその異質さに不安を抱いた。この世界に超高度な文明があった可能性よりもヴァーンシアの外側からの異物と考える方が容易いからだ。他の日本人観光客もこの世界にそぐわない異質さに息を呑んでいる。

「それほど不思議がるものでしょうか、たしかこのようなものは他にも各地に点在していたと思いますが」
「こんなものが他にもあるのか!?」
 レヴィの言葉で胸騒ぎが酷くなる。こんな何かも分からない物がこの世界に点在している? 異世界の脅威というものは確かにあった。偶々化け物寄りの存在が居る世界に繋がっただけでもしかしたら機械的な世界や想像も付かない超文明な世界だって存在しているかもしれない。それがヴァーンシアに接触しているとしたら? 古くから潜み干渉しているとしたら?
「はい、形は違いますがあのような赤い線が走った巨大な物体をいくつか見た事があります」
「どういう謂われのものなのか知っているか?」
「いいえ、わたくしたちハイエルフよりも古いものだという事以外は何も」
 ハイエルフの存在よりも古い……?
「ちなみにエルフやハイエルフの歴史はどのくらいなんだ?」
「詳しく記憶している者や原初の存在などは疾うに失われていますから何とも言えませんが数万年は超えているかと」
 桁が大き過ぎてもうよく分からないが、そんなエルフ達よりも古いものなのに苔などの汚れが一切付着していないってのはどうなんだ……?

「ワタル、レヴィさん、ボートで近くまで行けるみたいですよ。行ってみませんか?」
 なんか俺の思ってた遺跡見学と違う……あれがもし仮に異世界の物だとしたら危険じゃないのか? 家族を引き連れての接近は避けるべきじゃないのか? ――そんな自問をしている間にリオ達はボートを借りて乗り込んでしまう。
 娘たちの無邪気な笑顔に引かれて警戒しながらも俺もボートに乗り込んだ。

「現在研究チームが調査を行っていますがこの立方体はヴァーンシアに存在しているどんな物質とも違うもので作られていると思われます。硬くも柔らかくもないのですが傷一つ付かない極めて異常な物体です」
 ガイド役をしている日本人がボートを立方体に寄せてアダマンタイト製だというナイフを突き立てようとしたが逆にナイフの方が折れてしまった。
「おいそれ本当にアダマンタイトなのか? 誰の作だ? こんなものに傷一つ付けられないなんていい加減過ぎるぞ」
 リュン子は同族の仕事に憤慨してガイドからナイフを奪い取って固まった。
「知り合いの銘でも入ってたのか?」
「……姉さんの銘だぞ。この刃の出来も一級品、なのに砕けた……うちの技法で鍛え上げられたアダマンタイトが砕けるなんて……凄いぞこの物体! 少し削り取って調べたいぞ」
「残念ですがドワーフのお嬢さん、この遺跡からサンプル採取は不可能です。なにせ傷一つ付きませんからね」
 興奮したリュン子はガイドの言葉も聞かずに自身が作った刃物で表面を削ろうとしたが、刃の方が削れて無くなってしまった。
「そ、そんなぁ~……新作だったのに……酷いぞ……このこのっ!」
 八つ当たりで殴り付けるがドワーフの怪力でも凹む気配すらない立方体に触れてみる。冷たくも温かくもなく、それどころか触れているのかすら曖昧な感覚に気持ち悪くなる。
 何の為にこんなものが太古から存在しているのか……太古から存在しているというがヴァーンシアに悪い影響を及ぼすものじゃないといいが。
「不思議な感覚ですね。ワタル様の世界の機械とも違いますよね? 遥か昔にこんなものを建造する技術があったのでしょうか?」
 シロは妙な感覚を確かめるように黒い壁を擦り見上げている。娘たちも感触が面白いのか何度も触って確かめている。

 そんな中クーニャだけがぼんやりと立方体を見つめている。そういえばクーニャは眠っている期間が多く自分がいつ生まれ何歳なのか分からないと言っていたが、これを知っているのだろうか?
「クーニャ――」
「主、儂はこれを知っている……ような気がする」
「知ってるって……これエルフの歴史よりも古いんだぞ?」
「……妙に懐かしいのだ。主は……儂が万を疾うに超えていると嫌いになるか?」
「そりゃないな、何歳だろうとクーニャはクーニャだろう」
「主のそういうところは気に入っている。しかし何故懐かしいのか分からぬというのは気持ち悪いな。儂の記憶は朧気なものが多い上に主と出会ってからの記憶が鮮烈過ぎて昔の事はとんと思い出せぬ。のは主と出会ってからなのだな……」
 それ普通に記憶喪失じゃないのか? ……いや、本当に数万年生きているのだとしたら全てを覚えているなんて不可能か? 人間ではあり得ない寿命だけに判断しかねる。

「神龍に関わりのあるものなのだろうか――」
 寂寥感を漂わせたクーニャが立方体に触れた瞬間異変は起こった。
『試験体ズィーヴァ種ヲ検知……検索ヲ開始…………一致スル個体ヲ検出……特異体、スぺリオル……認証シマス。入場ヲ許可』
 立方体から機械的とも違う頭に直接響くような声が聞こえた瞬間、クーニャが触れた箇所が空洞化して中への侵入が可能になった。
 突然の事態に観光客が騒ぎ始めているが、それよりも騒ぎ慌てているのはを研究しているというガイド達だ。今まで色んなアプローチをして何の成果も得られていないと語っていた人間にこの異常事態はまたとない好機と映ったようで我先にと中へと入っていった。
 娘たちもこの現象に好奇心を掻き立てられたようで止める間もなくアウラとミュウが入り込んでしまった。
 試験体という言葉に嫌なものを感じていた俺は慌てて二人を追った。

 立方体の内部は暗く、異様な空間だった。広く、いくら走っても壁や行き止まりが無い。何も無いから方向感覚さえ狂わせる、二人の居場所が掴めない。
 暗い内部を照らそうとレーヴァテインを帯電させて息を飲んだ。不思議な感触をしていた床は透明で底が見えない――だがそれどころではない! 透明な床の下に居る怪物の山……魔物ともまた違う、動物寄りのものや恐竜寄りのようなもの、そして悪魔と形容するのが相応しいようなものまで居る。中には猿のようなエルフ? 猿人や原人、進化途中らしきものも居たりして統一性が皆無な生き物の山……それらは体の一部が切り取られて別のものに接合しているような個体も見られる。これを見た後だと試験体という言葉が余計に嫌なものを感じさせる。
「早く二人を連れ戻さないと」

「主! 二人は?」
「いや、まだ――というか何で全員来ちゃうんだよ……」
 こんな得体の知れないものの中に戦えないリオ達や娘たちまで……早く二人を見つけて脱出しないといけない焦りが強くなる。
 未知のものに興味はあっても大切なものが危険に晒される恐怖の方が強い。を見てしまっては余計にだ。
『入場シタ生命体ヲ検索……該当アリ九件、該当無シ二十三件……該当無シノ詳細ヲ解析、部分的二一致スル個体ガ十六件……残ル七体ハ箱庭ミウル外ノ存在ト断定』
 該当あり九件ってのは純粋なヴァーンシア人のリオ達三人とエルフの三人、それから最初に入り込んだヴァーンシア人三人だろう。該当無しが混血者のフィオ達、それから娘たちで十六、残りが俺たちと入り込んだ日本人って事か……それを解析出来る機能がある、そんなものが太古から存在していた。その事実に言い様のない恐れを感じた。

『異種交配種ノ試料採取ヲ開始シマス。異種交配種ノ試料採取ヲ開始シマス』
 それは唐突に、そして暴力的に開始された。
 アウラとミュウの悲鳴が響き弾かれたように走り出す。
「みんな外に出ろ! 二人は俺が連れ戻す」
『雑種ノ反逆ヲ確認、能力検知……無効化ヲ開始』
 二人が襲われている! 急げッ、なんとしても助け出せ!
「父様ーっ!」
「うおっ!?」
 アウラの悲鳴が届き自分の意思ではなく強制的に何かに引き寄せられる感覚を感じた瞬間二人がのっぺりとした顔の異形の人形に襲われている現場が目の前に広がった。
「うちの娘に何すんだッ!」
 伸ばされたピンセットのような腕を蹴りつけるが手応えが全くなく衝撃を受けた様子も一切ない。感触は立方体の壁と同じか……こりゃ剣も駄目だな。
 ミュウは怯えきった様子で部分顕現させた爪を振り回している。さっきの音声からして能力を封じられているんだろう、アウラはギリギリのところで俺を引き寄せたのかもしれない。

 俺の能力はまだ封じられていない、普段の感覚がそのままだからおそらく使える。黒雷で焼くかレールガンを使うか……外の壁と同じなら物理的にどうにかするのは難しいだろう。
「なら、全力で焼いてやる」
 衝撃などものともしなかった人形が黒雷を受けた瞬間停止し、軋みながら娘たちに手を伸ばす。効果はある、このまま破壊する!
『外来種ノ介入ヲ確認……端末損傷。空間ノ固定化二異常発生、再度固定化ヲ開始後雑種ノ試料採取ヲ再開シマス』
「誰が雑種だ! うちの娘を馬鹿にして無事でいられると思うなよッ」
『再度損傷……原因ヲ検索……外来種ノ能力デ確定。警告、警告、コレ以上ノ反抗ハ処分対象トナリマス。繰リ返シマス、コレ以上ノ反抗ハ処分対象トナリマス』
「俺たちは実験動物じゃねぇ!」
 黒雷を纏った蹴りで人形が揺らいだ。これ以上何かされる前に押しきって逃げる。
 黒雷が効果あるなら纏えばレーヴァテインも使えるだろう、鞘から引き抜き回転をつけて一気に振り抜いた。
『端末の損壊ヲ確認……能力ノ無効化後端末ヲ再起動シマス』
「そんなの待ってられるか、逃げるぞ二人とも」
「ち、父上~、怖かったぁ」
「父様私も~」
「分かったわかった。もう勝手にどっか行っちゃ駄目だぞ?」
『うん!』
 泣きべそ状態の二人を抱えて雷迅で駆け抜けるが一向に出口が見えない。そもそも元々入り口がなかったんだ塞がれている可能性も――。

「父様急いで! あの光に当たったら能力を使えなくなったの」
「マジかよ」
 横に細長い緑の光が俺たちの後を追ってくる。天井なんて見当たらないのにどこから照射してるんだ。
「変なのが居る!?」
「気にすんな、動きゃしねぇ」
 照らされた床下を見てミュウの震えが増した。楽しい旅行のはずがとんでもない事になってしまった……リオ達は無事に脱出出来ただろうか? そして俺たちは出られるのか!?
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