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終章~人魔大戦~
思いは集い希望になる
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「さあワタル、ここから一気に片付けるわよ。帰った後だってやらないといけない事が山積みなんだから」
「えっちな事よねえっちな事」
「違うわよ魔神!」
「バカやってる場合かっ」
ザハルが駆け、阻む為に広がった聖火の壁を突き抜けその手をティナ達に伸ばす。
『通常のエルフカ……随分ト脆ソウダ。壊シテシマウ前ニ植エ付ケルカ、ドレ程使エルカナ?』
それは不吉を濃縮して作り出したかのような下卑た嗤い。
燃え盛る聖火を纏い黒刀が巨腕を裂き悍ましい顔を叩き割る。それでも笑みは消えない。より一層の醜気を放ち得物を掴む――その刹那にティナがナハトを空間の裂け目へと引き摺り込んだ。
『面白イ能力ダ。移動ガ自由トナレバ色々ト容易カロウナ』
傷を受けた事など気にした風もなくザハルは嗤い続ける。傷を受ける事すらも楽しむように生きる事を謳歌する。
『来ヌノカ? 儚キ生キ物共ヨ。諦メガツイタノデアレバ男ハ自害セヨ。雌ハ我ガ使イ尽クシテヤロウ』
「誰一人渡す気はねぇよ」
懐に飛び込み両腕を落とし黒雷を纏った蹴りを顔面にくれてやる。強化していても人間の脚力、蹴り自体は効きはしないだろう。だが黒雷は別で表面を焦がし中身を壊す。
僅かな時間動きは鈍る。フィオにはそれで十分である。背後から飛び掛かり脇腹にタナトスを通して勢いのままに身体を回してアル・マヒクを片手で振るい魔王を上下に斬り分ける。
分断された上半身を棍が高く打ち上げ大鎌が細断して聖火が空を覆い尽くす。
下半身を方天戟が引き倒し滅多打ちにしていき残骸が光へと分解された瞬間緋玉が現れた。それに合わせてティナが空間を裂く。
緋玉をあそこに押し込めれば――刹那にアスモデウスと視線を交わし鎗の砲撃とレールガンが目標を撃ち砕き、破片諸共空間の裂け目へ――。
『成程、肉と雌デシカナイト思ッテイタガ、思イノ外ヤルモノダ。コノ状態ハ久シブリダ……コノ再生速度、最早貴様等ガ追イ付ク事叶ワヌト知レ』
緋玉は砕けた。砕けたが狭間へ飲み込まれなかったものを元に完璧な球体の状態に戻り今までとは比べ物にならない速さで破損した体を構築した。
緋玉が不死の原因じゃないのか!? これで駄目だとするなら…………。
「まだです! 破壊が駄目でも分解し尽くしてしまえば!」
駆け出すレヴィに合わせて全員が動き出す。緋玉を露出させるには奴の体全てを消し飛ばす必要がある。
大鎌と方天戟が左右から斬り上げ斬り下ろすが体が分断されるどころか傷がすぐに塞がってしまう。
「ナハト合わせろ!」
「っ! 任せておけ!」
猛り狂う黒雷と吹き荒ぶ炎熱がザハルを包み込んで渦を巻く。
「本物の化け物ね、魔神の私でもドン引きよ。それでも勝つのはこちらだけど――」
肉を抉り骨を穿つ鎗の砲撃の連続が大地を削った。猛攻による緋玉の僅かな露出、それに触れるという針に糸を通すような行為、レヴィは攻撃の止まった一瞬でそれを為した。
緋玉が光となり散り始めた瞬間苦悶の絶叫が響いた。
『ウグッ、グゥウウウウラアアアッ!?』
散った緋玉は元の形を成して触れているレヴィをそのままにザハルの肉体が再生される。分解も通じないのか!? ――それよりも彼女を引き離さないと魔王の体に飲み込まれる。
「背中削れぇ!」
腕を抜こうとするレヴィを振り回し暴れる魔王は言葉ではない叫びを上げる。
彼女まで巻き添えになる、黒雷は使えない。フィオ達が取り付こうとするがザハルの暴れ方は異常なものであり近付く事すらままならない。焼き切ろうとしている聖火と分解よりも再生が上回っている。
「どんどん飲み込まれてる――レヴィを、妹を助けてください!」
やってるけど、動きを止めようと手足を斬り落とした瞬間にはもう次が生えている。対処のしようが――。
俺たちが攻めあぐねていると悲鳴が響き渡った。ザハルの背中に飲み込まれている部分をアスモデウスが斬り離した。
「無茶するなッ!」
「助けてあげたのに……あのままだときっと飲み込まれていたわよ。どうせこの雨で回復するのだからこれが最善よ」
「ちっ……分かってるよ! もう一度だ。分解で狂い出したなら緋玉へダメージは通るんだ」
ティナがレヴィを連れて離れ、聖火が渦巻く中フィオ達が連係して間断なく傷を負わせ続ける。
ザハルに異常が現れた。体が消え去っていないにも関わらずアリスが抉った胸に緋色が見えた。
その瞬間を全員が察知した。聖火が弾け、黒弾と魔鎗が撃ち抜いた。
(倒したんですか?)
だといいが、こういうパターンだと多分――。
リオの安堵を裏切るように倒れたザハルとは別に飛び散った緋玉の破片から魔王が現れた。
それは一番近くに居たナハトに襲い掛かる。
「なめるなッ!」
敵を屠るべく噴き出した炎を纏った黒刀が首を撥ね飛ばした。
しかし頭部は瞬時に再生してしまう。だがそれどころではない! 撥ね飛ばした首を元に更にザハルが増えた。倒れているものと合わせると三体だ。
知性のない獣の唸り声を上げ二体のザハルがナハトに向かい、一体が捕らえた。
魔王は女として食うのではなく肉として喰らおうとその口を開けた。
「させるものかッ!」
光の軌跡を辿り両手を落としナハトを抱えてザハルを蹴り距離を取る。
『策がある、一旦離れるぞ!』
餓えた獣の如く追ってくるザハルをフィオ達の連係で一箇所にまとめて黒雷と聖火を浴びせる。
ダメージはすぐに回復する、その再生力を利用して互いを癒着させて引き合わせる事で足止めした。
『奴を永遠の牢獄に閉じ込める』
「それは不可能です! もう封印を行える者は残っていません。残念ですが……」
『封印ではない、放逐だ』
「っ! この世界の問題を他世界に押し付けるのですか!? そんな事許されません!」
『フン、逃げ続けたハイエルフらしい考えだな。餌が在っては意味があるまい。俺は奴を殺す事をずっと考えてきた。だが殺せない場合も想定していた。だから奴は何も存在しない世界に閉じ込める』
「そんな都合良く何も存在していない世界なんてあるはずがありません!」
『そんな事は分かりきっている。貴様等が浮遊島を隠していた応用だ。ティナは在る、ワタルも在る、あとは世界だけだ……怨念を力に変える力ならば奴一人だけを入れるどこにも隣接しない世界くらいどうにかなるはずだ。好都合なことにこの土地は戦場でドゥルジも張り切っている。怨念を増幅させるのも容易い』
死界が開いた時の状況を思い出す。あの渦巻く闇い力……あんなものに頼らないといけないのか?
「ディーいけません! これ以上の悲劇を、他者の死を望むなどあってはいけません!」
声を荒げるリディアにディーは酷薄な瞳を向ける。母の復活を為したあいつにとって今や憎しみの対象であるザハルの消滅が最重要目的なんだろう。
『このままであればいずれ奴に喰われる命です。有効に利用するべきです』
「……方法はあります。だからそのような考え方をしないで……あなたの能力は本来思いを束ねるもの、負の感情に限ったものではないはずです」
『ですが母様……俺には正の感情を扱う事など出来ません。それにこの状況でそんなもの集まるはずもありません』
母の示す可能性に対してディーは消極的であり、無理なのだと母に縋る。
「思い出して、あなたは本来優しい子、あなたならきっと出来る。思いを集める方法にも当てがあります。あなた、先程誰かと交信されてましたよね? 私にもその方と話をさせてください」
リディアが語った方法は他者との五感のリンクとでも呼ぶべき能力に目覚めた美緒の力を使い世界中を繋ぐものだった。
あの時都合よくリオの声が聞こえたのもアリスの視覚とリンクしてみんなと共有していたおかげだったらしい。
(でもこの能力私の知ってる人にしか使えませんよ)
「知り合いにしか使えないらしいんだが」
「恐らく大丈夫です。あなたの能力は他者との繋がりを辿り、その者の繋がりも辿れるはず、全てを辿れば世界中を繋ぐ事も可能です。心を澄まして、彼と私にも既に少しの縁があります。彼の縁を辿って私に繋がってみてください」
(…………出来た! 出来ました! エルフのお姉さんの視点で航さんが見えます)
「大丈夫なようですね、私にもあなたの声が聞こえます」
「でも美緒は目覚めたばっかりなんだろ、世界中を繋ぐなんて事をしたら相当の負担が――」
(私、やりたいです。航さん達の助けになるならやりたいんです!)
(先輩どっちみちやるしかないよ、こっちも魔物が攻めてきてしっちゃかめっちゃかなんだよ)
っ! そうか、死界から溢れた奴らの一部はクロイツに向かったのか。
(そんな顔しなくてもまだ大丈夫だよ。先輩直伝のレールガンもあるし、残ってる兵士の人と美空っち達も頑張ってくれてる。だから早くそっちを片付けて助けに来てね)
急ぐべき理由が増えた。迷っている場合じゃない!
美緒は避難民の中に居た能力強化の覚醒者の協力を得て世界を繋いでいく。
「時間稼ぐぞ――って、何か増えてんぞ!?」
追い付いたザハルは計五体に増殖して口元を血で濡らしている。死体を漁ってきたな。
「ボウヤがあんなくっ付け方したから千切れた時に増えたんじゃない?」
「今あの速さに対応出来るのは私たち五人だけ、出来るだけここから引き離す。ナハトは援護お願い」
『了解!』
「ちょっとちょっと! ちんちくりんのおチビさん誰か忘れてないかしら!?」
『あなたと連係出来る気がしない』
「酷い! 声を揃えなくてもいいじゃない! さっきまでしっかり合わせていたでしょう! ほらボウヤ行くわよ」
集中しているディーには目もくれず魔王は鼻をヒクつかせて雌を求める。食欲の次は性欲ということだろう。
男に食いつかないんだから誘導する為にアスモデウスと組むのはありだったかもしれないが――。
「なんで全部引き寄せてんだ!?」
美人揃いのエルフすら無視してアスモデウスに向かってくる。いや向かわれても困るけども!
「魅力ゆえ」
うっさいわ! ドヤ顔やめろ! 知性も連係もなくただただ個々が本能のままに手を伸ばす。
アスモデウスと背中を合わせ繰り出される巨腕をいなし駆ける。
(皆さん見えますか? この凄惨で凄絶な戦場が、大切な誰かを守る為に傷付く大切な誰かが――私は今覚醒者の協力を得て皆さんにこの声を届けています)
始まったか、美緒は世界を繋いだんだな。
(なんだよこれ……色んな戦場が見える。こんな化け物が大地を覆ってるってのか!?)
(嫌、もう世界はおわりよ!)
不要な声が聞こえる。流石に目覚めたばかりで世界を繋ぐなんて大仕事をすると不要なもののカットみたいな細かい調整は出来ないか。
(恐れないでください、彼らは必ず勝ちます。でもその為には皆さんの協力が必要なんです――)
(ふざけるなっ! あんな化け物と戦えるか! 俺たちは普通の人間なんだぞ、あんな覚醒者や混血者と同じにするな!)
(そうよ、私たちに戦う力なんて無いわ。戦いなんて出来る化け物が勝手にやればいいのよ)
(っ! 無力を何もしない言い訳にしないでっ! 今世界を飲み込もうとしている悪意と必死に戦ってくれている人達を悪し様に言わないでください! ……弱くて、何も出来なくて、悔しくて、本当は一番近くで支えたいのに傍に寄り添う事も出来なくて、見送るしか出来ない。そんな私たちに彼らが助けてほしいと手を伸ばしているんです。今までずっと助けて守られてきたのにその手を振り払うんですか!?)
笑顔の裏でリオはいつもそんな思いをしていたのか。
(皆様、どうかお力をお貸しください。私を助け出して幸せをくださった方が今とても危険な戦いをされています。それを終わらせる為にはどうしても皆様のご協力が必要なのです。皆様も大切な方を想う気持ちはお分かりになるでしょう? どうか、どうかっ!)
(戦えもしない俺たちに何が出来るって言うんだ。俺には特別な力なんてないんだぞ!)
(皆様! 私の姿が見えていますでしょうか? ご覧の通り私はしがないメイドです。こんな私でも出来る事です。想う人の居る私だからこそ出来る事です! 皆様にだって出来るんです。誰かを想うなんて人としてありふれた気持ちでしょう、でもそれは貴方だけの特別な気持ちなはずです)
(僕は……僕たちだって本当はすぐにでも駆け寄りたい、駆け寄って助け起こしたいさ! 本当に無力な僕でも出来るのか?)
(俺も、俺もやるぜ! あんな小さな娘だって戦ってるんだ。大人が何もしないなんてカッコ悪過ぎる、俺はそこまで落ちぶれちゃいねぇ!)
(私でも出来るの!? 出来る事があるなら教えて!)
(こんな老いぼれでも役に立てるなら使うてくれ)
リオ達の声は波紋が広がっていくように世界に浸透していく。
良い沸き上がりだ。連なる思いは共鳴を起こして拡大していく――これは……来る!
(思いを束ねる方が居ます。強く思ってください、彼らの無事を、彼らの勝利を、その祈りが彼らを助ける。この願いはきっと叶う、この思いは無力じゃない!)
これは……ははっ、この大陸に渦巻いていた闇い力なんて比じゃない、心を燃やす思いが集い始めている。
「やれるかディー!」
『俺を誰だと思っている?』
「お母様に弱音吐いて縋るマザコン様だろ?」
『八つ裂きにされたいのか貴様、奴を葬る為ならなんだろうと為してやる。貴様はきっちり足止めしておけ』
OK、今は最高に気分が乗ってる。魔王五体くらいきっちり凌いでやらぁ!
「えっちな事よねえっちな事」
「違うわよ魔神!」
「バカやってる場合かっ」
ザハルが駆け、阻む為に広がった聖火の壁を突き抜けその手をティナ達に伸ばす。
『通常のエルフカ……随分ト脆ソウダ。壊シテシマウ前ニ植エ付ケルカ、ドレ程使エルカナ?』
それは不吉を濃縮して作り出したかのような下卑た嗤い。
燃え盛る聖火を纏い黒刀が巨腕を裂き悍ましい顔を叩き割る。それでも笑みは消えない。より一層の醜気を放ち得物を掴む――その刹那にティナがナハトを空間の裂け目へと引き摺り込んだ。
『面白イ能力ダ。移動ガ自由トナレバ色々ト容易カロウナ』
傷を受けた事など気にした風もなくザハルは嗤い続ける。傷を受ける事すらも楽しむように生きる事を謳歌する。
『来ヌノカ? 儚キ生キ物共ヨ。諦メガツイタノデアレバ男ハ自害セヨ。雌ハ我ガ使イ尽クシテヤロウ』
「誰一人渡す気はねぇよ」
懐に飛び込み両腕を落とし黒雷を纏った蹴りを顔面にくれてやる。強化していても人間の脚力、蹴り自体は効きはしないだろう。だが黒雷は別で表面を焦がし中身を壊す。
僅かな時間動きは鈍る。フィオにはそれで十分である。背後から飛び掛かり脇腹にタナトスを通して勢いのままに身体を回してアル・マヒクを片手で振るい魔王を上下に斬り分ける。
分断された上半身を棍が高く打ち上げ大鎌が細断して聖火が空を覆い尽くす。
下半身を方天戟が引き倒し滅多打ちにしていき残骸が光へと分解された瞬間緋玉が現れた。それに合わせてティナが空間を裂く。
緋玉をあそこに押し込めれば――刹那にアスモデウスと視線を交わし鎗の砲撃とレールガンが目標を撃ち砕き、破片諸共空間の裂け目へ――。
『成程、肉と雌デシカナイト思ッテイタガ、思イノ外ヤルモノダ。コノ状態ハ久シブリダ……コノ再生速度、最早貴様等ガ追イ付ク事叶ワヌト知レ』
緋玉は砕けた。砕けたが狭間へ飲み込まれなかったものを元に完璧な球体の状態に戻り今までとは比べ物にならない速さで破損した体を構築した。
緋玉が不死の原因じゃないのか!? これで駄目だとするなら…………。
「まだです! 破壊が駄目でも分解し尽くしてしまえば!」
駆け出すレヴィに合わせて全員が動き出す。緋玉を露出させるには奴の体全てを消し飛ばす必要がある。
大鎌と方天戟が左右から斬り上げ斬り下ろすが体が分断されるどころか傷がすぐに塞がってしまう。
「ナハト合わせろ!」
「っ! 任せておけ!」
猛り狂う黒雷と吹き荒ぶ炎熱がザハルを包み込んで渦を巻く。
「本物の化け物ね、魔神の私でもドン引きよ。それでも勝つのはこちらだけど――」
肉を抉り骨を穿つ鎗の砲撃の連続が大地を削った。猛攻による緋玉の僅かな露出、それに触れるという針に糸を通すような行為、レヴィは攻撃の止まった一瞬でそれを為した。
緋玉が光となり散り始めた瞬間苦悶の絶叫が響いた。
『ウグッ、グゥウウウウラアアアッ!?』
散った緋玉は元の形を成して触れているレヴィをそのままにザハルの肉体が再生される。分解も通じないのか!? ――それよりも彼女を引き離さないと魔王の体に飲み込まれる。
「背中削れぇ!」
腕を抜こうとするレヴィを振り回し暴れる魔王は言葉ではない叫びを上げる。
彼女まで巻き添えになる、黒雷は使えない。フィオ達が取り付こうとするがザハルの暴れ方は異常なものであり近付く事すらままならない。焼き切ろうとしている聖火と分解よりも再生が上回っている。
「どんどん飲み込まれてる――レヴィを、妹を助けてください!」
やってるけど、動きを止めようと手足を斬り落とした瞬間にはもう次が生えている。対処のしようが――。
俺たちが攻めあぐねていると悲鳴が響き渡った。ザハルの背中に飲み込まれている部分をアスモデウスが斬り離した。
「無茶するなッ!」
「助けてあげたのに……あのままだときっと飲み込まれていたわよ。どうせこの雨で回復するのだからこれが最善よ」
「ちっ……分かってるよ! もう一度だ。分解で狂い出したなら緋玉へダメージは通るんだ」
ティナがレヴィを連れて離れ、聖火が渦巻く中フィオ達が連係して間断なく傷を負わせ続ける。
ザハルに異常が現れた。体が消え去っていないにも関わらずアリスが抉った胸に緋色が見えた。
その瞬間を全員が察知した。聖火が弾け、黒弾と魔鎗が撃ち抜いた。
(倒したんですか?)
だといいが、こういうパターンだと多分――。
リオの安堵を裏切るように倒れたザハルとは別に飛び散った緋玉の破片から魔王が現れた。
それは一番近くに居たナハトに襲い掛かる。
「なめるなッ!」
敵を屠るべく噴き出した炎を纏った黒刀が首を撥ね飛ばした。
しかし頭部は瞬時に再生してしまう。だがそれどころではない! 撥ね飛ばした首を元に更にザハルが増えた。倒れているものと合わせると三体だ。
知性のない獣の唸り声を上げ二体のザハルがナハトに向かい、一体が捕らえた。
魔王は女として食うのではなく肉として喰らおうとその口を開けた。
「させるものかッ!」
光の軌跡を辿り両手を落としナハトを抱えてザハルを蹴り距離を取る。
『策がある、一旦離れるぞ!』
餓えた獣の如く追ってくるザハルをフィオ達の連係で一箇所にまとめて黒雷と聖火を浴びせる。
ダメージはすぐに回復する、その再生力を利用して互いを癒着させて引き合わせる事で足止めした。
『奴を永遠の牢獄に閉じ込める』
「それは不可能です! もう封印を行える者は残っていません。残念ですが……」
『封印ではない、放逐だ』
「っ! この世界の問題を他世界に押し付けるのですか!? そんな事許されません!」
『フン、逃げ続けたハイエルフらしい考えだな。餌が在っては意味があるまい。俺は奴を殺す事をずっと考えてきた。だが殺せない場合も想定していた。だから奴は何も存在しない世界に閉じ込める』
「そんな都合良く何も存在していない世界なんてあるはずがありません!」
『そんな事は分かりきっている。貴様等が浮遊島を隠していた応用だ。ティナは在る、ワタルも在る、あとは世界だけだ……怨念を力に変える力ならば奴一人だけを入れるどこにも隣接しない世界くらいどうにかなるはずだ。好都合なことにこの土地は戦場でドゥルジも張り切っている。怨念を増幅させるのも容易い』
死界が開いた時の状況を思い出す。あの渦巻く闇い力……あんなものに頼らないといけないのか?
「ディーいけません! これ以上の悲劇を、他者の死を望むなどあってはいけません!」
声を荒げるリディアにディーは酷薄な瞳を向ける。母の復活を為したあいつにとって今や憎しみの対象であるザハルの消滅が最重要目的なんだろう。
『このままであればいずれ奴に喰われる命です。有効に利用するべきです』
「……方法はあります。だからそのような考え方をしないで……あなたの能力は本来思いを束ねるもの、負の感情に限ったものではないはずです」
『ですが母様……俺には正の感情を扱う事など出来ません。それにこの状況でそんなもの集まるはずもありません』
母の示す可能性に対してディーは消極的であり、無理なのだと母に縋る。
「思い出して、あなたは本来優しい子、あなたならきっと出来る。思いを集める方法にも当てがあります。あなた、先程誰かと交信されてましたよね? 私にもその方と話をさせてください」
リディアが語った方法は他者との五感のリンクとでも呼ぶべき能力に目覚めた美緒の力を使い世界中を繋ぐものだった。
あの時都合よくリオの声が聞こえたのもアリスの視覚とリンクしてみんなと共有していたおかげだったらしい。
(でもこの能力私の知ってる人にしか使えませんよ)
「知り合いにしか使えないらしいんだが」
「恐らく大丈夫です。あなたの能力は他者との繋がりを辿り、その者の繋がりも辿れるはず、全てを辿れば世界中を繋ぐ事も可能です。心を澄まして、彼と私にも既に少しの縁があります。彼の縁を辿って私に繋がってみてください」
(…………出来た! 出来ました! エルフのお姉さんの視点で航さんが見えます)
「大丈夫なようですね、私にもあなたの声が聞こえます」
「でも美緒は目覚めたばっかりなんだろ、世界中を繋ぐなんて事をしたら相当の負担が――」
(私、やりたいです。航さん達の助けになるならやりたいんです!)
(先輩どっちみちやるしかないよ、こっちも魔物が攻めてきてしっちゃかめっちゃかなんだよ)
っ! そうか、死界から溢れた奴らの一部はクロイツに向かったのか。
(そんな顔しなくてもまだ大丈夫だよ。先輩直伝のレールガンもあるし、残ってる兵士の人と美空っち達も頑張ってくれてる。だから早くそっちを片付けて助けに来てね)
急ぐべき理由が増えた。迷っている場合じゃない!
美緒は避難民の中に居た能力強化の覚醒者の協力を得て世界を繋いでいく。
「時間稼ぐぞ――って、何か増えてんぞ!?」
追い付いたザハルは計五体に増殖して口元を血で濡らしている。死体を漁ってきたな。
「ボウヤがあんなくっ付け方したから千切れた時に増えたんじゃない?」
「今あの速さに対応出来るのは私たち五人だけ、出来るだけここから引き離す。ナハトは援護お願い」
『了解!』
「ちょっとちょっと! ちんちくりんのおチビさん誰か忘れてないかしら!?」
『あなたと連係出来る気がしない』
「酷い! 声を揃えなくてもいいじゃない! さっきまでしっかり合わせていたでしょう! ほらボウヤ行くわよ」
集中しているディーには目もくれず魔王は鼻をヒクつかせて雌を求める。食欲の次は性欲ということだろう。
男に食いつかないんだから誘導する為にアスモデウスと組むのはありだったかもしれないが――。
「なんで全部引き寄せてんだ!?」
美人揃いのエルフすら無視してアスモデウスに向かってくる。いや向かわれても困るけども!
「魅力ゆえ」
うっさいわ! ドヤ顔やめろ! 知性も連係もなくただただ個々が本能のままに手を伸ばす。
アスモデウスと背中を合わせ繰り出される巨腕をいなし駆ける。
(皆さん見えますか? この凄惨で凄絶な戦場が、大切な誰かを守る為に傷付く大切な誰かが――私は今覚醒者の協力を得て皆さんにこの声を届けています)
始まったか、美緒は世界を繋いだんだな。
(なんだよこれ……色んな戦場が見える。こんな化け物が大地を覆ってるってのか!?)
(嫌、もう世界はおわりよ!)
不要な声が聞こえる。流石に目覚めたばかりで世界を繋ぐなんて大仕事をすると不要なもののカットみたいな細かい調整は出来ないか。
(恐れないでください、彼らは必ず勝ちます。でもその為には皆さんの協力が必要なんです――)
(ふざけるなっ! あんな化け物と戦えるか! 俺たちは普通の人間なんだぞ、あんな覚醒者や混血者と同じにするな!)
(そうよ、私たちに戦う力なんて無いわ。戦いなんて出来る化け物が勝手にやればいいのよ)
(っ! 無力を何もしない言い訳にしないでっ! 今世界を飲み込もうとしている悪意と必死に戦ってくれている人達を悪し様に言わないでください! ……弱くて、何も出来なくて、悔しくて、本当は一番近くで支えたいのに傍に寄り添う事も出来なくて、見送るしか出来ない。そんな私たちに彼らが助けてほしいと手を伸ばしているんです。今までずっと助けて守られてきたのにその手を振り払うんですか!?)
笑顔の裏でリオはいつもそんな思いをしていたのか。
(皆様、どうかお力をお貸しください。私を助け出して幸せをくださった方が今とても危険な戦いをされています。それを終わらせる為にはどうしても皆様のご協力が必要なのです。皆様も大切な方を想う気持ちはお分かりになるでしょう? どうか、どうかっ!)
(戦えもしない俺たちに何が出来るって言うんだ。俺には特別な力なんてないんだぞ!)
(皆様! 私の姿が見えていますでしょうか? ご覧の通り私はしがないメイドです。こんな私でも出来る事です。想う人の居る私だからこそ出来る事です! 皆様にだって出来るんです。誰かを想うなんて人としてありふれた気持ちでしょう、でもそれは貴方だけの特別な気持ちなはずです)
(僕は……僕たちだって本当はすぐにでも駆け寄りたい、駆け寄って助け起こしたいさ! 本当に無力な僕でも出来るのか?)
(俺も、俺もやるぜ! あんな小さな娘だって戦ってるんだ。大人が何もしないなんてカッコ悪過ぎる、俺はそこまで落ちぶれちゃいねぇ!)
(私でも出来るの!? 出来る事があるなら教えて!)
(こんな老いぼれでも役に立てるなら使うてくれ)
リオ達の声は波紋が広がっていくように世界に浸透していく。
良い沸き上がりだ。連なる思いは共鳴を起こして拡大していく――これは……来る!
(思いを束ねる方が居ます。強く思ってください、彼らの無事を、彼らの勝利を、その祈りが彼らを助ける。この願いはきっと叶う、この思いは無力じゃない!)
これは……ははっ、この大陸に渦巻いていた闇い力なんて比じゃない、心を燃やす思いが集い始めている。
「やれるかディー!」
『俺を誰だと思っている?』
「お母様に弱音吐いて縋るマザコン様だろ?」
『八つ裂きにされたいのか貴様、奴を葬る為ならなんだろうと為してやる。貴様はきっちり足止めしておけ』
OK、今は最高に気分が乗ってる。魔王五体くらいきっちり凌いでやらぁ!
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