黒の瞳の覚醒者

一条光

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二章~異世界の日本~

そして出発前日

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 俺は今かなりのピンチだ。
 今日は午前中は桜家の庭で美緒たち三人とチャンバラ、といっても美緒たちが打ち込んでくるのが速くて俺は大して打ち込めず受けるだけだったけど、途中からは打ち込むのを諦めて捌いて躱すのに専念したが、中々楽しい時間だった。そうチャンバラは楽しかったんだ。だから午後からの鬼ごっこも楽しめると思ってた。
 人が多い方が楽しめるだろうと平太と直七、それから俺にウンコ爆撃をしてきた時に居た二人を加えて八人での鬼ごっことなった。通常のものと違って鬼が増えていくルールになったんだが、男子共はわざと捕まり即座に鬼が四人となって俺を追い回す。これだけなら別にいい、あの時のちょっとした復讐って程度に思える。でも復讐が俺を鬼にする程度で終わるはずもなく、あいつらはまた肥溜めの瓶を持ち出し、おまけに巨大ゴキブリまで採って来た。前門のゴキブリ、後門の汚物……。
 電撃で脅かしてなんとか撒いて今は茂みの中だ。

「くっそー、あいつどこ行った?」
「雷使うなんてズルいよなぁー」
「絶対にウンコ塗れにして気絶させて恥かかせてやる!」
「美緒たちと合流しない内に早く捕まえようぜ」
 ウンコ塗れでゴキブリ塗れなんて最悪だ…………恥とか以前に精神的ダメージで死にたくなる。にしても恨まれてるなぁ、ウンコ塗れカルテットの気合が凄い。平太と直七は好きな娘の前でああなったからあれだけ恨むのも分かるけど、なんで残り二人もあんなにやる気なんだよ。今なら飛ばしてきた物は電撃で撃ち落とすっていう対応が出来るけど、足はあいつらの方が速い。どうにか美緒たち三人の誰かに合流しないと捕まってウンコとゴキブリ塗れにされてしまう。とりあえずこの茂みから離れて行ってくれ! 移動が出来ない。
「俺あっちを探してくる」
「じゃあ、俺たちはあっちを見てくる」
 そうだ! さっさとここを離れろ! クソガキ共がいなくなったのを確認して茂みを出た。この村に来てからはまともな寝床だったから茂みに入って身を隠すのも結構苦痛だった。小さい変な虫とか居たし…………野宿の時は気にしてる余裕なんてなかったけど、生活がまともになるとやっぱり気になるし嫌だな。

 さて、情けないが美緒たちを探して助けを求めよう。ウンコもゴキブリも絶対嫌だから年下の娘に助けを求める事に恥も外聞もな――。
「いたぞぉー! こっちに居たー! これでも食らえ!」
 見つかった! 直七が巨大ゴキブリ数匹投げてくる。お前そんなにデカいやつ何匹もどこに隠し持ってたんだよ!?
「あぁ、気色悪い裏側が見える…………そんなもん投げんな!」
 電撃でゴキブリを撃ち落として逃げ出す。囲まれたら終わりだ。
「ハァ、ハァ、ハァ、なんでこんな事に」
 俺は軽い運動がしたかっただけなのに、こんなに全力ダッシュさせ続けられるなんて思ってなかった。田んぼの間の畦道を走る。
「っ!」
 近くで何かが水に落ちた音が聞こえた。一体なにが? 確認をしようとしたら平太の声が響いた。
「待てこのやろぉー! 絶対同じ目に遭わせてやる!」
 瓶を抱えた二人と平太が後ろに来ていた。って事はさっき田んぼに落ちたのは汚物か、本当に勘弁してほしい。こんなの鬼ごっこじゃないだろ…………。
「ヒッ!」
 直ぐ近くに汚物が降って来た。
「お前らいい加減にしろー! これじゃ鬼ごっこじゃなくて俺を苛めてるだけだろうがぁー!」
 文句を言いながら走ってる最中も汚物が降り注ぐ。直撃しそうなやつだけを電撃で落として逃げてるが畦道が走り辛い。なんでこっちに逃げたんだよ俺!
「うっせぇえー! お前が居なくなる前に絶対に仕返しするんだよ!」
 最悪だ、猪鹿狩りの時はそれなりに大人しくしてたから、もう蟠りもないんだと勝手に思ってたけど全くそんなことなかったらしい。
 一先ず畦道を抜けて隠れられる場所に行かないと! 走りっぱなしだとすぐにバテる、急げ、急げ、ウンコとゴキブリのコンボなんて食らいたくない!

「え? なに?」
 走っていると背中に軽い衝撃を受けた。トンっと軽く押されたような感覚、汚物が当たったならベチョッっと嫌な感じがするだろうし、一体何――。
「がぁぁぁあああ、嫌だぁぁぁあああ、キモイキモイキモイキモイィ! せ、背中にGがぁぁぁあああああ、這いまわるなぁああ! ぞわぞわする! ぞわぞわするぅ! っ!? ぎぃゃぁぁぁあああああああああ、顔、顔に! 失せろぉぉおおおおおお」
 顔を這われてようやく電気を纏えばいい事を思い出して、ゴキブリを振り落とした。あぁああああ、気持ちが悪い、顔を洗いたい、なんでもっと早く電気を纏わなかったんだよ。ゴキブリが身体に付いた事に混乱して全く思いつかなった。後ろで平太たちが大爆笑している、クソガキ共め。電撃を当ててやろうかと思ったけど、まだ人で試したことがない、それを考えると子供に向けるのは躊躇われた。

 とにかく逃げないと、これ以上の不快感は感じたくない。畦道を抜け民家の脇を通り抜ける、勝手に入るのは気が引けるが緊急事態だししょうがない。
「航さん危ない!」
「っ! っと、あっぶねぇ~」
 前方に何かあるなと思ってたら、穴があって嫌な臭いを放っていた。あれが肥溜めなんだろう、危うく自分から足を突っ込むところだった。美緒が声を掛けてくれて助かった。
「うわぁっ!」
「え!?」
「え? まっ」
 後ろで平太たちの声と瓶が割れた音がした。振り返ると平太は肥溜めにはまり、ウンコ瓶を運んでいたクソガキAとBはその平太に躓いて瓶の中身をぶちまけて、被ってしまっている。あーあ、やりやがった。俺は知らないよ? 俺への嫌がらせに夢中になってたのが悪い。
「ぷっ、あっははははっはははは、また平太たち糞ガキになってるじゃん、あははははははは」
 いつの間に来たのか、美空と愛衣も居てお腹を抱えて転げ回っている。今回の事は俺は全く悪くない、電撃を直接向けたわけじゃないし、あいつらが勝手にはまって転けたんだから。
「はぁぁぁ~、やっと終わった。なぁ次からは平太たち入れないか、ウンコや虫を禁止にしてくれ、そしたら俺も能力使わなくていいし」
「次って事はまた遊んでくれるんですか? お兄さん」
 一応能力は自分の思うように操れる様になったし、やっておかないといけない事も思いつかないから、運動がてら美緒たちと一緒に遊ぶのもアリだろう。少しハードなのが気になるけど。
「ああ、動いて体力付けないといけないしな」
「やったぁあ! じゃあ村に居る間は毎日朝から日暮れまで遊んでよ!」
「いや、毎日はちょっと…………」
 それも朝から日暮れまでとか無理だろ、引きこもりの運動不足だぞ? そんなハードな遊びはこなせない。
「駄目ダメ、遊んでくれるって言ったんだからしっかり遊んでもらうから!」


 毎日遊ぶという話をしてから、俺が村を出る前日までの十二日間毎日ハードなチャンバラと鬼ごっこ漬けだった。本当に疲れた、二度もウンコ塗れになったせいか平太たちが肥溜めや虫を持ち出す事はなかった。なかったんだけど、チャンバラでは俺を集中的に狙って来た。流石に左腕は狙わなかったけど、脚や右腕、頭には痛いのを何発かもらって、青あざが出来ている。当てた後に矢鱈と自慢してたから、自分たちは強い! と美空たちへのアピールだったのかもしれない。まぁ、複数人が滅茶苦茶に打ち込んで来るから、見切りや捌く訓練になったと思えば結構有意義だったかもしれない。
「それにしても、明日には出て行くのかぁ~、ここを出たら温泉にも入れなくなるなぁ」
 風呂に入れないというのは結構辛い、交通手段は馬か徒歩、俺は徒歩だから長時間歩けば汗も掻く、それを洗い流せない不快感といったらもう! あぁ、考えると鬱になる。

「明日かぁ~」
 また異界者を蔑み、疎むところへ出て行くのか…………。
 とりあえずの目的としては、麓の町へ行って、ダンと呼ばれていた少女を檻に入れていた男を探して報復である。それが終わったら次は日本へ帰る方法を探す事になる。といってもこの国で動き回って何かを調べるのは難しいだろうから港町から船で別の国に行って探すという感じだ。異界者を積極的に受け入れてる国なら覚醒者も多いはず、その中に日本に帰れる様な能力を持った奴が居るかもしれない、居なくても後々そういう能力を得る奴が居るかもしれないから無駄にはならないはずだ。
「漠然としてるなぁ…………」
 どれだけの期間、と決まってない事やすぐに結果が出ない事をやるということにかなりの不安とストレスを感じる、これは引きこもってた理由の一つでもある。仕事を決めて勤めるという事を一体いつまで続ければいい? 定年まで? そんなに長い期間好きでもない事を続けるなんて耐えられない。もし何かを始められたとしても、今まで何もしてこなかった自分がすぐに何か出来る様になるはずもない、だから何かをしてみてもやっぱり自分は役立たずのクズだと投げ出してしまう。
 完全にダメ人間である、でもこれはやらないといけない事だ。途中で投げ出す事は許されない、これが俺に出来る贖いのはずだから。

「考えるのやめよ」
 俺は元々そんなに考えて動くタイプの人間じゃなかった。それが不安によって立ち止まって悩みだしたせいでどんどんドツボにはまって、今のうつ病引きこもり状態である。
「はぁぁ~、上がりたくない、このままお湯に溶けたい」
 誰も居ないのをいいことにプカプカ浮かんで軽く泳ぐ、左腕に特に違和感は感じない、フィオがズレを治したって言ってたけど上手い具合に治せてたんだな。
「にしても」
 使ってなかったせいで左腕が右腕と比べて細くなっている。これ大丈夫なんだろうか? 徐々に戻るといいんだけど…………。

「一人はいいなぁ~」
 広い露天風呂を独占状態だ。この村に来てから一人になる事が少なかったから入浴の一人という状況は結構落ち着く。
「わったる~背中流しに来たよー」
「っ!? な、なんで入ってくるんだよ! 俺は男だぞ! 上がるまで少し待ってろよ!」
 美空たち三人が入って来た。初めて入りに来た時以外は鉢合わせる事なんて無かったのに。
「それじゃあ背中流しに来た意味ないじゃん!」
「流さなくていい! ほら! 左腕も使える様になったから必要ない!」
 岩陰に隠れて左腕だけ出して見せる。今日で最後なんだからのんびり入らせてくれよ。
「お兄さんはそんなに私たちが嫌いですか?」
「い、いやそういう事じゃなく――」
「いっぱい遊んでもらったし今日で最後だから、お礼に航さんの背中を流そうって事になったんです」
 うん、お礼しようって気持ちはありがたい、でも別の形にしていただきたい! 男だろうと誰かと一緒に入るのは落ち着かないのに、一回り年下とはいえ異性と入るのは無理です!
「気持ちはありがたいけど――」
「ありがたいなら素直に受けなよ~」
 美空に岩陰から引っ張り出されたので目を瞑る。落ち着かない、落ち着かない、のんびりプカプカしていたかった!
「航なんで目瞑ってるの?」
「見ない為だ」
「別に見てもいいのに」
 紳士は見ない。てか見ていいって、見ちゃダメだろ…………お前らに羞恥心はないのか!?
「んふふ~、お兄さん女の子と温泉入るのが恥ずかしいんですか~?」
 恥ずかしい、それもあるだろう。でも一番は落ち着かない! 入浴ってゆっくりリラックス出来る時間じゃないとダメだと思う。
「お前たちは恥ずかしくないわけ?」
「平気だよ、小さい頃から一緒に入る事あったし、父さんとも入ってるから」
「私も家族と美空ちゃんたちとなら平気ですよ? あとお兄さんも」
「私も平気です」
 こいつらが平気って言ってるのに俺だけ文句言ってたら、こいつらを意識してるみたいでなんか複雑だ…………。
「うぅ~」
「うーうー言ってないで出てよ、背中流すから」
 ごねて長引くより目的をさっさと済まさせた方がいいか? 目的が済めば帰るだろうし、その後のんびり長湯すればいいか。
「分かった。ちゃちゃっと済ませてくれ」
『は~い』

「なぜまだ居る…………?」
「航だってまだ居るじゃん、あたし達より先に入ってたくせ、に!」
「ぷっあぁ、なにし――」
 顔にお湯が掛けられてびっくりして目を開けたところに更にバシャバシャと三人にお湯を掛けられる。
「あはははははは、航またお化けみたいになってるー」
 濡れた髪が垂れてきて鬱陶しい。
「お~ま~え~ら~、左腕が復活した俺を嘗めるなよ!」
 髪をかき上げたあと反撃を開始した。三人はキャアキャア言いながらお湯を掛けてくる。
 負けじと応戦してしばらく経った頃、俺たち四人とものぼせた。なんで最後の温泉がこんな疲れる事に…………。
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