(完結)泡沫の恋を人魚は夢見る

彩華(あやはな)

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9.名前

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 喋りたいのに喋ることができず、口をぱくぱくさせる彼女。
 困り顔で私を見てきた。
 そんな彼女にゆっくりと問いかける。

「字は書けますか?」
 
 彼女はコクコクと頷く。
 震えていた手が紙を求めるように彷徨う。

「待っていてください。用意しますから」

 私は紙とペンを用意するため背を向けながら話をする。

「独り言を言います。・・・あなたは何かしらの理由で人間になったと理解してもよろしいでしょうか?」

 息を呑む気配がした。構わず続ける。

「私はあなたが望まない正体を限り言うつもりはありません。ですが、きっと私はあなたの力になれると思いますので、私を信用してください」

 振り返り彼女を見た。
 透き通るような青い目が真っ直ぐ私に向けられていた。

 私は紙とペンを彼女の前に置いた。

「私はフィーです。あなたの名前を伺ってもいいですか?」

 彼女はペンを手に取り文字を書く。

『わたしの名前はセイネです』

 美しい文字の羅列に見惚れとしまいそうになる。だが、気を取り直しセイネ様に言った。

「セイネ様。その文字は今では廃れ誰も使うことのない古代語になります。ですので現在使われている文字でかけるようにしましょう」

 私の言葉にセイネ様は驚いた顔を見せた。

『そうなの?』
「はい。それにその文字はこの世界に置いて不思議な力を持ってしまいますので、なるべく使わない方がいいと思います」

 セイネ様はペンを握りしめ真面目な顔で頷いて見せたので、私は笑ってしまった。

「そもそも、彼らには読めませんけどね。私の前だけなら大丈夫です。それも交えて今の文字を少しずつ覚えますか?」
『お願い』

 顔を明るくして見てくるセイネ様が可愛らしかった。

 字を教えながら、不安なことやしてほしいことを聞いてみる。

 彼女は初めて地面を歩くため足が痛いことを訴えてきた。そして服が慣ず、特にスカートが違和感があること。食事もなんの食べ物かわからなくて困っているとも言ってきた。

 「わかりました。と、その前にセイネ様のお世話をするためにも部屋から自分の荷物をとってきますので、少し待っていてください」

 少し不安そうになるセイネ様に私は笑った。

「すぐに帰ってきます」

 そう言うと、部屋を出た。

 出たのはいいが、マネリア様はどこにいるのだろうか?少し離れるので声をかけたいのに分からない。
 アルフ様の後をついてきただけなので、どちらからきたかも覚えていなかった。

「お困りかな?」

 明るい声が聞こえ、振り向くとそこにはアルフ様が壁に寄りかかって立っていた。

「・・・お暇なんですね」
「冷たいくない?待っていたんだよ。もっと喜べばいいのに」

 この方自信過剰ではないのだろうか?

「知らない方に警戒しない方がおかしいとは思いますが?」
「身分が上なのに?」
「はっきり言って身分があっても信用できないと思っています」
「ふふっ。君は面白いね。さぁ、案内してあげるよ。ついておいで」

 遊ばれているのか?
 ここで澄まして去ることができればどんなにいいか。今は間違いなく迷子になるので、素直にアルフ様の後をついて歩くことにした。

 途中マネリア様に出会い、セイネ様の名前を伝え後のことをお願いした。
 そして、またアルフ様の跡を追って足を進める。

「彼女の名前はセイネか」
「はい」
「やはり彼女は人魚かい?」
「・・・それはなんともいえません」
「彼女が使っていた字はいにしえの文字だよね?」

 どきりとして立ち止まりアルフ様を見た。

「いつ見たのですか?あれがだとわかったのです?」

 私の声は震えていたと思う。
 アルフ様は私を振り返った。

「筆談ができるみたいだったから紙を渡した。だが、その文字は誰も理解できなかった」

 真剣な眼差しは嘘は言っていないようだった。でも、それは私にとってはあまり好ましくなかった。

「だからこそ、人魚に詳しい君なら理解できるのではと思った。
 そんな顔をしないでくれ。別に大事おおごとにしようとは思っていない。君は・・・
 彼女に字を教えてやってくれ。彼女の願いを聞いてあげてほしい」

 彼は寂しそうに笑った。

 私にはこの方がどんな人なのかわからなかった。

 でも、ほんの少しだけ信じてもよいのかもとも思ったのだった。
 

 
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