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Ⅶ マオウ、俺。
093: 神の消滅
しおりを挟む俺は椅子に腰掛けるサクラに近づいて恐る恐るその額に触れた。白昼夢ではサクラは眠っていたが、現実でも未だ安らかな寝息を立てている。サクラの肉体は無事、安堵の吐息が出た。一方ガンドはテキパキと内部探索している。ガンドが複数連結されたタワーPCに手を置くとぶぅんと起動音がした。カリカリとアクセス音がする。
「ここは旧制御室のようですね」
「ここが?」
「はい、ここがAI『ソフィア』が生まれた場所です」
ソフィアはここで人工知能の構築をしていた。だから馴染みのあるここに逃げ込んでソフィアたちは外部の接続を絶ったのか。
ガンドがサクラの肉体をしげしげと覗き込んだ。かつての「ルキアス」の姿だったが、本物のサクラの肉体は眩い美貌の女性、似て非なるものだ。
「これが母なる女神の肉体‥‥‥ご無事でしょうか」
「ああ、大丈夫そうだ。お前は一度会っているはずなんだが。お前が生まれてきた時だ」
「そうでしたでしょうか。あの時は慌ただしくて記憶もあやふやでした」
「そうだったか」
サクラの肉体を横抱きに抱き上げた。ぬくもりが懐かしい。ここは安全が確保されていない。どこか別の空間でサクラの精神を戻そう。
そう思ったその時———
『ルキ!!』
ヘラの絶叫が脳内に響いた。
「ヘラ?どうした?」
『凄いことになっておるぞ!例のアタッカーの総攻撃がいきなり始まったのじゃ!こいつらどこにいたんじゃ?ここの外部セキュリティは鉄壁だったのにそこをすり抜けて内部に侵入してきおった』
「はぁ?」
『ウィルスをばら撒いておる。敵の反応が早すぎて『ソフィア』の駆除が追いついていないのじゃ!なんじゃこいつらは!』
「どういうことだ?!」
ヘラはわあわあ実況しているのだがよくわからない。本人もわかっていないようだ。ガンドと二人で顔を見合わせてしまった。
そこで俺の脳にヘラからイメージが送り込まれた。それは要塞『ソフィア』のシステム制御図。だが要塞の外壁部分、末端から黒くなっている。そこは死んだという意味だろう。
『要塞内の機能が急激に低下しておる。ウィルス感染ですでに18%喪失じゃ。人工知能の回復でも追いついていない。こいつら、ウィルスを撒きながらシステムを制圧して電気系統をショートさせてすぐ消えてる、それを繰り返しているんじゃ」
「ん?なんだそれ?」
「それぞれ小さいが数がとんでもない。一人ではないな。随分多い‥‥7‥11、いや13?集団攻撃じゃ。これはわらわでも反撃は無理じゃ』
「じゅう‥さん?」
あの子供たち、あれはサクラの兄弟たちの記憶、全部で何人いた?優秀なエンジニアでもあった魔女ソフィアの養子で能力者、その魔女の能力をあの子たちも持っていたんじゃないか?あの時子供たちは皆で何をしに行くと?
見つかってすぐ隠れる。それはまるで———
『俺たち先に行ってるからばあちゃんもすぐ来てね』
『ああ、すぐ行くよ』
外部セキュリティなんて関係ない。『ソフィア』が出来た時からずっとソフィアたちは人工知能の内側にいたんだから。
『これ程の優秀なアタッカーが‥‥この要塞を人間に例えるなら‥‥末端から枯死しているようじゃ』
「———人工知能は?」
『逃げておるが追い込まれておる。時間の問題じゃろう、個のレベルも高いのにこれほどの数で攻撃されてはひとたまりもない』
「俺たちが手を下す必要は?」
『出番なしじゃ』
俺たちが破壊し続けても相当な時間がかかるところを、子供たちはあっという間に破壊していく。あれほどあったダミーコアが次々に消失、逃げ惑っていると思われる人工知能のコアシステムに誰かがアクセスしているようだ。
「なんだ?」
『送られているのは 自己消去プログラムじゃ。開発者しか持っていないアクセスコード‥‥いきなりオブジェクトコードでこんな高速な‥こんなこと可能なのか?こんな技———』
よほど衝撃的だったのかヘラがかすれた声を出した。
サブウィンドウでは滝のようにプログラムコードが流れている。逃げ惑うコアシステムから拒絶するようにエラーメッセージが出ている。恐らく攻撃はAI『ソフィア』の反撃よりも早い。AIを封じ込めている。まさしく魔女、もう人間業じゃない。
「ソフィア‥‥‥‥」
人工知能の停止、だが同じ人工知能に載っているあの記憶たちだって停止だ。それは自身を殺していると言っていい。
俺の脳内の制御図が黒くなっていく。画面を埋める大量のエラー、ワーニング、コードの書き換え。それらはAI『ソフィア』の断末魔のようだ。そして最後、必死に逃げ惑っていたであろう人工知能のエリアが黒くなった。ピーッという警告音。俺たちはそれをただ見ているだけだった。
「‥‥‥‥AIは?」
『コアのプログラムが消去された』
「自己修復は?」
『不可能じゃ。万一バックアップで逃れたとしても原子炉からの電力供給を切断、外部アクセスも遮断。肉体を生かしたまま脳だけ物理的に隔離して永眠させた状況じゃ。要塞の基幹システムは生きているがもはや意志がない。ここは生きる屍じゃ』
「物理的‥‥これは脳死か」
おそらく魔女ソフィアは最初からこの未来を予知して自分の記憶をAIに移植した。最後の切り札に自らがなるために。
システムは落ちた。だがデータは復元できるかもしれない。
「‥なんとかデータだけでも‥‥」
『ん?なんじゃ?』
「‥‥‥‥‥‥‥‥いや、何でもない」
彼女は五千年前に最期の選択をした。それが彼女の答えだ。
長い時間を経てもう一度ソフィアに会えた。最期の言葉を聞けた。これはただのソフィアの記憶なのに、ソフィアは五千年前にもう死んでいたのに、今更に胸が締め付けられた。
五千年以上世界を支配したAIの最期は呆気ないものだった。いや、襲撃者たちの手際が良すぎたのだろう。
ここを外部接続もない完全な独立環境にしたのは『ソフィア』自身だったのかもしれない。ここにサクラの肉体があるとわかっていても奪い返しに攻め込まなかった理由だ。だがそれでも襲撃者たちを防げなかった。
五千年経ったこの時代に『ソフィア』の天敵となるエンジニアはいない。唯一『ソフィア』を破壊できた魔女はサクラ、だが『ソフィア』の中には愛するソフィアと兄弟たちの記憶がいた。中に家族がいる『ソフィア』をサクラは破壊できない。サクラに家族を与えることで『ソフィア』の安全は担保されていた。
だが俺たちが脱獄を図ったあの日、五千年ずっと大人しかったソフィアたちが突然『ソフィア』を攻撃してきた。自身が自身を攻撃する、それは人工知能の想定を超えたのだろう。『ソフィア』は一度消滅させられそうになり、恐怖から旧市街エリアを切り離しソフィアたちごと厳重に封じた。次に襲われれば自分は消されると『ソフィア』はわかっていたのかもしれない。だから旧市街にいたサクラの肉体にも手が出せなかった。
五千年の間この星を導いてきた至高神が消滅した。
『ソフィア』が常に移動して心臓部を大量のダミーの中に隠していたわけ。自らを神とおごった人工知能が異常なまでに警戒し恐れていたのはサクラでも俺たちでもなく———
五千年もの間サクラの人質として扱ってきた創造主ソフィアと子供たちだった。
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