【完結】ヒロイン、俺。

ユリーカ

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Ⅶ マオウ、俺。

092: 真の解放

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「アスカ」
「はい」
「ついでに私の懺悔も聞いてくれるかい?」
「なんですか?」

 ソフィアの声はどこまでも穏やかだった。それがとても懐かしい。

「私はこの世界がこうなることはわかっていた。世界が終末を迎えこの子がAIに酷使されるだろう未来が。だが私はそれを止めなかった。なんでだかわかるかい?」

 俺が首を振ればソフィアが疲れたように笑った。

「私は見てみたかったんだよ。私の死後この世界がどうなるか、私が作ったAIがどう行動するか。この子がどう世界を再生するのか。だから私の記憶を移植した。ここまでくると私の知りたがりも病気だね。せめての慰めにこの子の兄弟たちの記憶も移植した。久遠に生きるこの子の為にせめて私ができたことだ」

 記憶は人格だ。
 「ルキアス」の中にいた「アスカ」であり「魔王」がそうだったように。

 外で遊んでいたのはかつてソフィアが養子にした子供たち、世界中から集められた能力者で病で死んだとされるサクラの兄弟。あんなに幼かったのか。あの子たちは人工知能に残された記憶だ。

 サクラは五千年の間一人きりじゃなかった。
 ここで家族に心を守られていたんだ。ここはそのための場所だ。

 ソフィアが自分の記憶を人工知能に移植したその意図は『神の器』を元の人間に戻そうとした、サクラの未来を気にかけていたからもあるだろう。

「この子はずっと頑張っていたよ。きれいになった地上をお前に見せてやりたいってね」
「俺に?」
「緑に覆われた誰も死なない世界を作るんだって。自然が好きなお前に静かな田舎を、山奥に一軒家を作るんだって。夢みたいなことを言ってたよ」

 それは俺が昔言った他愛のない言葉。まさに俺の夢の話だ。そこに思考が至り衝撃で目を見開いた。俺の手が震えている。

「そんな‥‥まさか‥‥‥‥」
「この子なりの贖罪だろうよ。AIに指示されてはいたが地上の緑化は強制されたわけじゃないよ。この子の目が覚めたらたんと褒めておやり。喜ぶだろうさ」

 俺が「ルキアス」だった頃に語ってくれた言葉。

『だから頑張ったんだよ?』
『貴方の夢が叶うように』

 今地上は緑で溢れている。一軒家は山奥深く建てられたあの石の神殿だろう。そして俺は理解した。

 五千年もの間、むしろ俺の言葉がサクラを縛り付けていたんだ。

 俺の為のはずなのに、「魔王」が目覚めた日のサクラは他人行儀だった。俺が暗示にかかってると思っていたんだろうが、もし暗示が解けていなかったら俺はサクラの五千年の努力も知らずに緑の大地に降り立っていた。今ソフィアと話ができていなければその事実にさえ俺は気が付かなかっただろう。サクラはそれでよかったのか?俺が喜べばそれでいいと?そんなの寂しすぎるだろう?

 俺が無言になる一方で、目に笑い皺を作ったソフィアはサクラの頭を撫でていた。ソフィアは本当にサクラを慈しんでいた。

「お前が思うほどこの子の五千年は悲愴じゃなかったさ。お前も畑を耕していただろう?土をいじるのは初めてだと、お前の気持ちがわかったとガーデニングも楽しそうだった。眠るお前にも会いに行っていた。お前が目覚めるのを待っていたんだよ。許されないだろうけど叶うなら最初に謝りたいってね。なのにお前はあっさり許しちまって、私の方が笑っちまったよ」
「‥‥‥‥俺、そんなに甘いですか?」
「甘いね、まあそれもお前らしい。悪くないよ」

 くつくつとソフィアが笑う。今日のソフィアは本当によく笑う。これは珍しいことだ。だがなぜだかそれが俺を落ち着かなくさせていた。

「だがこの人工知能もちょっと大きくなりすぎたね。目に余る。お前も目を覚ました。この子も一人じゃなくなったしそろそろ潮時だろう。知りたがりも終わりだ」
「え?」
「地上はある程度回復した。あとは時間が解決するものだ。もう至高神はいらないよ。役目が終われば消えるまでだ」
「い、いりませんか?でもまた世界は」
「そうさね、いつかまた世界は終末を迎えることになるかもしれないがそれもまた誰かの選択だ、仕方ない。お前たちが心配することじゃない。もう十分さ。お前も使命なんて忘れて自由に生きるんだよ」

 え?仕方ない?十分?いいの?あの人工知能はブッ潰すつもりだったが魔王はクビになっても断罪者は俺の使命だと思っていた。「魔王」だった頃の俺はそう割り切っていたのに。俺はブラック企業から解放?でもそれでいいのか?

 動揺する俺をよそにソフィアがサクラの頭を撫でた。

「サクラか、いい名前だ。日本の花の名だね。この子に新しい意味の名前をつけてくれてありがとう。この子はあの名を嫌っていたからね」
「ソフィアは名付けなかったんですか?」
「私の信仰では名は精霊に一つだからね。この子が嫌がっている以上呼ぶつもりはなかったよ」

 その記録は俺も知っている。親もなく修道院で育ったサクラス。サクラスの意味は「愚かな」。サクラスの美しさを妬んで蔑んで名付けられた。ある宗教では、サクラスはこの世界を作り出した愚かな唯一神の名でもあった。この名前はサクラスの暗い記憶に直結していたのだろう。
 神により平等が約束されたはずの修道院で一人虐待されていたサクラスを救ったのがソフィアだった。

「アスカ、『神の器』はおそらく不死じゃない。いつか命は尽きるものだ。久遠の時間はかかるだろうがその時が来たらきちんと受け入れるんだよ。それが精霊の、真の解放だ」
「‥‥‥‥はい」

 ガンドが亡くなった時に自分の死を考えたことがあった。あの時に思ったこと。

 その時を俺は誰と迎えるんだろうか。

 それはサクラであって欲しい。サクラを看取る俺でありたい。

 ソフィアがふわりと微笑んだ。

「いい子だ、お前は優しい子だね。私のためにずっとすまなかった。この子がアスカに出会えて本当によかったよ。そろそろ時間だ。今度こそさよならだ。最期にお前に会えて楽しかった。サクラを頼んだよ」
「ソフィア‥‥?」

 ドクンと胸が高鳴る。
 最期とは?

 初めてであろう、ソフィアがサクラの名を呼んだ。そして俺の正面に座るソフィアが笑顔で俺の手を握って———


 そこで俺の目の前が暗くなった。まるで画面が切り替わったよう。

 ログハウスも暖炉もダイニングキッチンも消えている。俺の目に見えるもの、真っ黒い部屋の中、正面には懐かしい形のPC端末と巨大なモニター、黒い椅子に腰掛け眠るサクラの肉体のみが残っていた。微かな光があるということはここは独立電源を備えているんだろう。そして視界の端にはガンド。

「陛下?いかがなさいましたか?」
「‥‥‥‥え?ガンド?俺は?」
「ここに入られて一瞬立ち止まられましたが、どうなさいましたか?」
「え?一瞬?ソフィアが‥‥子供たちが‥」

 今のは?夢?白昼夢を見ていたのか?それにしてはあまりに生々しい夢だった。ソフィアに手だって握られて、その温もりがまだ俺の手に残っている。

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