恋愛サティスファクション

いちむら

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おねがいピックミー2

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走り出す車の中。
気心知れた人だけの空間。
もうゆるめていい? いろいろと。

おっきく伸びをして、深く息を吐いて、強ばった顔の筋肉の力を抜いて。
魔女の娘モード終了。つかれたー。

「圭介さん、玲司君、迎えに来てくれてありがとう。ずっと会いたかった」

帰れるってことは鈴村さんの作戦は終了で。
これからの僕の日々は安全なんだよね。
鈴村さん風メイクの効果は絶大だ。きっと。

「ちゃんと鈴村さんの娘って思ってもらえたかなぁ」
「キモチワリィぐらい娘以外のなにもんでもねぇだろ」

玲司君ひどいな。気持ち悪くないよ。可愛いでしょ。
可愛くない? もしそうだとしたら今日褒めてくれた人達みんなお世辞?
それはショックだ。社交辞令に喜んじゃった。

「今日言われたカワイイもキレイも全部ホンモノだろうよ。でもオレはキライ。鈴村そっくりすぎて萎える」
「私の顔が嫌いとは贅沢だねえ」
「テメェの腐った腹ん中知っててスキになるかよ。ほくろまで描かせて。性格ワリィ」
「メイクの監修は楓さんだよ。私じゃない」
「止めない時点で同罪だろ」

玲司君が僕の今日のメイクをお気に召さないのは分かったけど。
そんなに怒ること? ジョークでしょ。
だって鈴村さんと柏崎さんはどちらも男の人で。本当の子供なんてありえない。
そっくりな子がいたとしても他人の空似だ。

「鈴村マニアの中で根強いのが魔女はふたなり説なんだよ」

ふたなり? 二形? 両性具有?
一緒にお風呂にも入ったけど間違いなく鈴村さんは男の人だ。
女の人の要素なんて欠片もなかった。

「そんなヤツらが今日の佐倉を見たら夢にまで見た我らの姫の子供だって信じるんだろうな」
「盲目的に信じて盲信。真実かどうかなど二の次だろうね」

鈴村さんがクスクスと笑う。
全然笑い事じゃない。
神格化されすぎじゃん。こわー。
そういう狂信的なファンがいるなら先に教えてよ。
二度とこの顔にはならないと誓おう。
なんかヤバいのが釣れそうだ。

「次は秋場所だ。名古屋も良いが両国も楽しいところだよ」

笑顔で誘われたって、そんな怖いところは行かないよっ!
今回ので噂が広がって現地にくるファンも増えそうだし。

「柳八の活躍も楽しみだねえ」

うっ。柳八関は見たい。
けど、危ない場所には近づいたらいけないって死んだ爺ちゃんに言われてるんです。
いまさらかもだけど。

「次に行ったときも柳八関が勝つかなんて分かんないですし」

もちろん勝って欲しいけど。勝負は水物。結果は蓋を開けなきゃ分からない。
僕はまったりテレビ観戦ぐらいでいい。

「唯が見に行くなら絶対勝つだろうねー」 

勝負事に絶対なんてないよ。
そんな決めつけは圭介さんらしくない。

「どうせ今日だって星を買ったんだろー」

まさか八百長したって思ってるの!? 聞き捨てならない。
あれは演技じゃない本気の戦いだった。
僕は生観戦したから分かる。
圭介さんは結果だけネットニュースで読んだんじゃない? 配信されてる動画を見たら?

「昔はどうあれ今は厳しくなっているから、土俵際でのうっちゃりなんて派手すぎる台本。私なら書かないけどね」

今はなくても昔は八百長があったの?
事情通の告発はだめ。にわかファンには刺激が強すぎる。

「昔は良かったよねー。金で横綱にもなれる時代でさー」

鈴村さんが無言で圭介さんの座る助手席のシートを蹴り上げた。
すごい音がして肩がビクってなる。
狭い車内でガチギレはやめて。
僕が怒られた訳じゃないけど息を潜めてしまう。

「買った星だけで横綱になれると本気で言っているのかい?」

実際に八百長があったのか。それは誰にも分からない。
けれどなかったという証明もまた、誰にも出来ない。
ましてや、鈴村さんがずっと昔から応援していた力士なら。
勝手に忖度されたり、裏から支援されていたりもしそう。

「ごめんなさい。口が滑りました」
「口は災いの元だよ。気をつけたまえ」

圭介さんが素直に謝る。
それだけ鈴村さんが怒ってるってこと。
きっとこれまでも八百長を疑われて、そのたびに怒ってきたんだ。
憶測による中傷には断固とした態度を。

自分が好きになったものが、自分の手を離れて人々の思惑に利用されたら。
怖くて好きだって伝えるも躊躇ってしまう。
心のうちを無邪気にあかせなくなる。

今更だけど、甘いマスクのマッチョイケメンというだけで柳八関を応援してしまった自分の軽薄さが恨めしい。
悪い影響がないといいけど。
巻き込んでしまった感じがして申し訳ない。

立場が人を形作るという。
だけど僕は自分の立場を、ヤクザというものを分かっていなかった。
書類上でヤクザを抜けたとしても、それでキレイさっぱり足が洗えるわけじゃない。
そういう付き合いや考え方は残るんだ。

過去を切り捨てて。清廉潔白に生きるのではなく。
八百長だって必要ならする。そういう考え方。
僕は今日の金星は実力だと信じてる。
けれども、それを証明することは不可能。
僕が出来ることはただ信じることだけ。

帰り際、柳八関がパンフレットに書いてくれたサイン。
日付と名前に添えられた金星の文字とひまわりの絵。
彼の方がずっと僕の立場を理解してくれていたのかもしれない。

お祝いだと抱き上げた、ひまわりのブーケの意味を。
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