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魔女の子のこった9
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初めての相撲観戦でこの体験は今後超えることが出来ないやつだ。
興奮しすぎて立ち上がれない。
「よし。行くぞ」
お義父さんが帰り支度をはじめる。
そんな。まだ胸がドキドキしてるんだ。
もう少しだけ余韻に浸りたい。帰るのが惜しい。
予定があるなら先に帰っていいから。
無慈悲な鈴村さんに脇の下を掴まれて持ち上げられてしまった。
わかったよ。もう帰るよ。自分で立ち上がるから離して。
出方さんが持ってきてくれたお土産の紙袋に売店で買った雑誌も入れさせて。
荷物を運ぶのを手伝ってくれる出方さんを引き連れて。お義父さんが人の溢れる通路を迷いなく突き進む。
僕は人混みに潰されないように鈴村さんに支えられながら何とか追いかける。
普段から着慣れてる力士の人たちと違って、着飾った僕の着物は人なみをかき分けて歩くのに向いてない。
出口に向かうというよりも、どんどんと奥に進んでいる気がするけど?
通路を歩いているのも観客ではなく浴衣に着替えた力士や協会の人達みたいな袴姿で。
着物を着ている人の率が高い。
こっちが帰りの近道なの? 迷子になってない?
お義父さんが入口に立つ人達に失礼するよと声をかけて部屋に入っていく。
どこに行くのかと部屋を覗けば、まさかの控え室。
広い部屋の中にはさっきまで土俵の上にいた関取の皆さん。
たくさんのカメラに囲まれて乱れた髪を直しているのは柳八関!
弾けんばかりの笑顔が今日の取り組みの結果を象徴してる。
お義父さん待って。インタビューの最中だよ。
平然と中に入っていくけど邪魔しちゃ駄目。
鈴村さんも普通に後ろをついていってるけど止めないの?
僕達に気づいた富士見坂親方が軽く手を挙げてくれた。
メディア対応でお忙しいときにおじゃましてます。ごめんなさい。
「柳八! 金星が来たぞ!」
金星を上げたのは柳八関だよ?
「ようやった。これで一皮剥けたんじゃないかー」
お義父さん、カメラの間をするりと抜けて柳八関の両肩を叩いて褒めたたえててる。
フラッシュめっちゃ焚かれてるのに気にしてない。
撮られ慣れてる人の対応だ。
僕は無理なので一歩後退。
しようとしたのに背中をがっつり鈴村さんに押さえられて。
「素晴らしい粘りでしたね。娘も興奮してしまって。ほら頬が真っ赤に」
僕のほっぺたのことはどうでもいいんです。
すぐに赤くなるのは自覚してるんで、わざわざいじらないで。
柳八関のさっきまでの闘志剥き出しな顔も良かったけど、勝ったあとの満面の笑顔が眩しすぎて直視できない。
「お疲れのところ悪いが、娘に是非ともアレをお願いしたいのだけれど」
アレってなに!? ちゃんと説明して!
柳八関もガッテンですって何が?
「これは預かっておくよ」
緊張で手が白くなるほどに握りしめていた日傘とバッグを鈴村さんに取り上げられた。
えー。取ったらやだー。それは僕の防具なんですー。
返してと頼んだのに鈴村さんに危ないからと無視された。
それは危ないとき用にと持たされた物なのに。
目の前に立たれた柳八関は背も高いけど肩幅とかも凄くて。
これが本当の肉の壁。固まって見上げるしかできない。
「それじゃいきますよ」
腰を落とした柳八関が僕の背中と膝の裏に腕を当てて。ふわりと持ち上げられた。
アレっていうのはお姫様抱っこことでした。
慣れた様子で軽々ひょいっと抱き上げられる。
これは何? 相撲ではよくあるサービスなの?
僕には過剰サービスだ。
「サクラ、こっちを向いて」
鈴村さんは勝手に僕の鞄の中のiPhoneを出してカメラを向けてくる。
これは写真撮影するファンサ?
「笑いなさい。せっかくのお祝いだよ」
戸惑いを隠せない僕に鈴村さんは笑えと言う。
これは柳八関の金星のお祝いでもあるのか。
それなのに僕が戸惑っているのもおかしな話だ。
郷に入っては郷に従え。
これが角界の様式美なら僕はお祝いの花束になりきりますよ。
今日1番のスマイルを。
おめでとうの気持ちを込めて贈ります。
鈴村さんのかまえるiPhoneだけじゃなくて、報道関係者のカメラや富士見坂親方のスマホなど。
たくさんのレンズが向けられているけど、それはみんな柳八関に向けられたものだろうから。
僕はただのトロフィー。可愛く撮ってくださいね。
さて。それなりに撮られたし。
そろそろ記念写真も終わりでいいよね。
降ろして欲しいな。
『本日はおめでとうございます。お疲れのところ神ファンサありがとうございました。そろそろ降ろしてください』
「俺、手話はわかんないっす」
柳八関にすいませんと謝られてしまった。こちらこそすみません。
鈴村さん、通訳をお願い。
無視してカメラを向けないで。いつまで撮ってるの?
手話が通じないんだからiPhone返して。文字で伝えるから。
「サクラさんは羽みたいに軽いっすから大丈夫です」
いや、そういう問題ではなくてですね。
ってか、軽いって言われて喜ぶのは女性で僕は軽く傷つく。
関係者の方々は僕が降ろして欲しがってるの分かってて初々しいと笑ってるし。
今おぼこいって言ったの誰? それって褒め言葉?
ようやく降ろしてもらえた頃には、さっきまでのドキドキとは違う意味で心臓が疲れた。
これが金星のお祝いなのか。
相撲のルールはわからない。
興奮しすぎて立ち上がれない。
「よし。行くぞ」
お義父さんが帰り支度をはじめる。
そんな。まだ胸がドキドキしてるんだ。
もう少しだけ余韻に浸りたい。帰るのが惜しい。
予定があるなら先に帰っていいから。
無慈悲な鈴村さんに脇の下を掴まれて持ち上げられてしまった。
わかったよ。もう帰るよ。自分で立ち上がるから離して。
出方さんが持ってきてくれたお土産の紙袋に売店で買った雑誌も入れさせて。
荷物を運ぶのを手伝ってくれる出方さんを引き連れて。お義父さんが人の溢れる通路を迷いなく突き進む。
僕は人混みに潰されないように鈴村さんに支えられながら何とか追いかける。
普段から着慣れてる力士の人たちと違って、着飾った僕の着物は人なみをかき分けて歩くのに向いてない。
出口に向かうというよりも、どんどんと奥に進んでいる気がするけど?
通路を歩いているのも観客ではなく浴衣に着替えた力士や協会の人達みたいな袴姿で。
着物を着ている人の率が高い。
こっちが帰りの近道なの? 迷子になってない?
お義父さんが入口に立つ人達に失礼するよと声をかけて部屋に入っていく。
どこに行くのかと部屋を覗けば、まさかの控え室。
広い部屋の中にはさっきまで土俵の上にいた関取の皆さん。
たくさんのカメラに囲まれて乱れた髪を直しているのは柳八関!
弾けんばかりの笑顔が今日の取り組みの結果を象徴してる。
お義父さん待って。インタビューの最中だよ。
平然と中に入っていくけど邪魔しちゃ駄目。
鈴村さんも普通に後ろをついていってるけど止めないの?
僕達に気づいた富士見坂親方が軽く手を挙げてくれた。
メディア対応でお忙しいときにおじゃましてます。ごめんなさい。
「柳八! 金星が来たぞ!」
金星を上げたのは柳八関だよ?
「ようやった。これで一皮剥けたんじゃないかー」
お義父さん、カメラの間をするりと抜けて柳八関の両肩を叩いて褒めたたえててる。
フラッシュめっちゃ焚かれてるのに気にしてない。
撮られ慣れてる人の対応だ。
僕は無理なので一歩後退。
しようとしたのに背中をがっつり鈴村さんに押さえられて。
「素晴らしい粘りでしたね。娘も興奮してしまって。ほら頬が真っ赤に」
僕のほっぺたのことはどうでもいいんです。
すぐに赤くなるのは自覚してるんで、わざわざいじらないで。
柳八関のさっきまでの闘志剥き出しな顔も良かったけど、勝ったあとの満面の笑顔が眩しすぎて直視できない。
「お疲れのところ悪いが、娘に是非ともアレをお願いしたいのだけれど」
アレってなに!? ちゃんと説明して!
柳八関もガッテンですって何が?
「これは預かっておくよ」
緊張で手が白くなるほどに握りしめていた日傘とバッグを鈴村さんに取り上げられた。
えー。取ったらやだー。それは僕の防具なんですー。
返してと頼んだのに鈴村さんに危ないからと無視された。
それは危ないとき用にと持たされた物なのに。
目の前に立たれた柳八関は背も高いけど肩幅とかも凄くて。
これが本当の肉の壁。固まって見上げるしかできない。
「それじゃいきますよ」
腰を落とした柳八関が僕の背中と膝の裏に腕を当てて。ふわりと持ち上げられた。
アレっていうのはお姫様抱っこことでした。
慣れた様子で軽々ひょいっと抱き上げられる。
これは何? 相撲ではよくあるサービスなの?
僕には過剰サービスだ。
「サクラ、こっちを向いて」
鈴村さんは勝手に僕の鞄の中のiPhoneを出してカメラを向けてくる。
これは写真撮影するファンサ?
「笑いなさい。せっかくのお祝いだよ」
戸惑いを隠せない僕に鈴村さんは笑えと言う。
これは柳八関の金星のお祝いでもあるのか。
それなのに僕が戸惑っているのもおかしな話だ。
郷に入っては郷に従え。
これが角界の様式美なら僕はお祝いの花束になりきりますよ。
今日1番のスマイルを。
おめでとうの気持ちを込めて贈ります。
鈴村さんのかまえるiPhoneだけじゃなくて、報道関係者のカメラや富士見坂親方のスマホなど。
たくさんのレンズが向けられているけど、それはみんな柳八関に向けられたものだろうから。
僕はただのトロフィー。可愛く撮ってくださいね。
さて。それなりに撮られたし。
そろそろ記念写真も終わりでいいよね。
降ろして欲しいな。
『本日はおめでとうございます。お疲れのところ神ファンサありがとうございました。そろそろ降ろしてください』
「俺、手話はわかんないっす」
柳八関にすいませんと謝られてしまった。こちらこそすみません。
鈴村さん、通訳をお願い。
無視してカメラを向けないで。いつまで撮ってるの?
手話が通じないんだからiPhone返して。文字で伝えるから。
「サクラさんは羽みたいに軽いっすから大丈夫です」
いや、そういう問題ではなくてですね。
ってか、軽いって言われて喜ぶのは女性で僕は軽く傷つく。
関係者の方々は僕が降ろして欲しがってるの分かってて初々しいと笑ってるし。
今おぼこいって言ったの誰? それって褒め言葉?
ようやく降ろしてもらえた頃には、さっきまでのドキドキとは違う意味で心臓が疲れた。
これが金星のお祝いなのか。
相撲のルールはわからない。
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