恋愛サティスファクション

いちむら

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魔女の子のこった8

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心臓がバクバクしてきた。
悪ふざけしたつけボクロ消しちゃダメ?
悩んでいても時計の針は無慈悲にまわる。
僕の頭の中はどれだけぐるぐるしても何も答えは出てこない。

「サクちゃん、ういろう食べるか? お隣さんからじゃよ」

お義父さんが後ろから差し出してきたういろうの箱には小さくてカラフルなういろうが並ぶ。
隣の席のお客さんからのお裾分け。
今はお腹はすいてない。

「サクラはこれで」

鈴村さんが僕にって選んでくれたのは薄ピンク色した桜ういろう。
とにかく今日は僕のことを“サクラ”だと印象つけたいんですね。
もうそれでいいですよ。桜ういろうを食べますよ。

ピンク色のもちもち。ほんのりとひかえめな桜の香り。
優しい甘さが焦る心をほぐして。
美味しいものは気持ちを落ち着かせてくれる。ありがとう。桜ういろう。
覚悟を決めたはずなのに逃げようとしちゃってたよ。
男は度胸。僕は魔女の娘を演じきってみせる。
その結果起きる出来事は鈴村さんにお任せ。
子供の責任は親が取るものだからね。

今度はお茶のおかわりと一緒に柳八関のカレーサブレが届いた。
これも食べていい? サブレには『柳八』の焼印いり。
個包装になっていてお土産に配りやすいデザイン。
一口かじれば鼻に抜けるスパイスの香り。サクサク食感が美味しい。

『お母様もおひとつどうぞ。とっても美味しいですよ』
「ありがとう。気に入ったようだね」
『はいっ。きっと柳八関はカレーがお好きなんだと思います。香りがとってもインドでした』

カレーサブレは僕達だけで食べきれる量ではなかったので、ういろうのお返しに。
皆さんで美味しく食べましょう。
美味しいものは独り占めするよりシェアするのが好きだ。

幕内の取り組みがスムーズに進む。
今日は波乱はなさそうな感じ。
お義父さんに言われてパンフレットの星取表のページに取り組み結果を書き込んでいく。
相撲にもスコアシートがあるんだ。
今日の思い出に記録を残そう。

あっ。柳八関が西の通路から出てきた。
真剣な眼差しがかっこいい。
出番はまだ先だけど土俵の前に座って精神統一?
背中の筋肉が浮き出ていてセクシー。
横綱との対戦に向けて気持ちを高めているんだろう。
僕もドキドキしてきた。

『西方柳八、西前頭八枚目。愛知県名古屋市出身笠乃松部屋』

結びの一番。
地元力士の名前が呼ばれて場内が湧く。
観客の声援に応えるように柳八関が自身の胸を強く叩いた。
その音の大きさにびっくり。それだけ気合いが入っているんだね。
僕も気合いを入れて応援するよ。
横綱の胸を借りるつもりで頑張って。

立合いの息を飲む瞬間。見ている僕まで緊張する。
それまで名前を呼び応援していた観客も静かになり。静寂のなか両者が向き合う。
呼吸を合わせ、正面からぶつかりあった。

「はっけよい、のこったのこった」

行司の掛け声が響き。
柳八関と横綱、お互いの両手が回しを掴む。
しっかりと組み合って真正面からぶつかり合うの男らしくていいなあ。
やっぱり力と力のぶつかり合いが燃えるよね。

ああっ。柳八関が押されちゃってる。
横綱は強い。 このままじゃ外に出されちゃう。
だめだめ。咄嗟に両手を伸ばして空を押した。
目の前の背中に届くわけないのに。

おっ。土俵際、際の際で柳八関が踏みとどまった。
まだ足は出てない。柳八関、頑張って。
両手を握りしめて勝利を祈る。

柳八関が大きく腰を落とした。
横綱の巨体を押し返せるか?

柳八関の選択はまさかのバックドロップ。相撲ってプロレス技はいいの?
横綱の身体が浮き上がる。悲鳴のような歓声はどちらの応援だ?
柳八関が体をひねりながら横綱鷹大海の巨体を持ち上げて投げた。
その勢いで2人とも土俵の下に転げ落ちたけど。今のどっちが勝ち?

「危ないから私のそばに」

鈴村さんが僕の肩をつかんで素早く抱き寄せる。
何が危ないのって聞く暇もなく幾枚もの座布団が宙を舞う。
これが金星の座布団。
柳八関が勝ったんだ。

「只今の決まり手はうっちゃり。うっちゃりで柳八の勝ち」

場内アナウンスが何も聞こえない。
それぐらいの大歓声。
そして降り注ぐ座布団の雨。
これは確かに危ない。
鈴村さんの腕が守ってくれてるから僕に直接ぶつかることはないけど。
みんな高々と投げるから落ちてくる衝撃もなかなか。
そして落ちてきた座布団をまた投げるのはお義父さん。

「ほれ、サクちゃんの分も儂が投げておくぞ。今日はえぇもんが見れたなー」

「大変危険ですから座布団は投げないでください」

お義父さん、アナウンスで注意されてますよ。
ほどほどでやめないと怒られちゃう。

「座布団の舞は相撲の花だから怒られたりはしないよ。協会も止めないといけない立場だから注意するけど。今日は投げるなという方が無理だろう」

たしかに。名古屋市出身の柳八関が名古屋場所で無敗の横綱鷹大海を破ったんだ。
地鳴りのような歓声はすべて柳八関への賞賛。

賞金を受け取る柳八関に惜しみない拍手を。
花道を通って帰るまで手のひらが痛くなっても構わないくらいに叩き続けた。

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