恋愛サティスファクション

可視化ライブラリ

魔女の子のこった6

お弁当を食べながらまったり相撲観戦。
まばらだった席も埋まりはじめて人も増えてきた。
化粧も直したいし、トイレが混むのも嫌だから今のうちに行っとこ。

『お母様、お花をつみに行ってきます』
「迷子にならないように気をつけて」
『失礼な。迷子になんてなりませんよ』

さすがにもう迷わないって。
ちゃんと館内マップも持ってるし。
トイレは通路を右だね。
迷うことなんて何もないじゃん。

……。迷うことありました。
男子トイレに入ろうとして気付く。
僕はいま、鈴村さんの娘なんだと。
じゃあ女子トイレに入るべき？
いやいや。女性の皆さん的に中身が男の僕が女子トイレを使うのは駄目だろ。
中が区切られた個室って言っても隙間はある。

帰るまでトイレは我慢する？
できるかな。出来なくてもするしかない？
これは一旦席に戻って鈴村さんに相談するか。
鼻で笑われそうだけど。

「素敵な小紋ね」

人の流れの邪魔にならないように通路の端に立って考えていたら、ご婦人に声をかけられた。
話しかけてきたのは僕と同じように着物を着た奥様。
藍色の着物の貫禄がすごい。着慣れてて堂々としてる。
そんな人が褒めてくれたんだ。お礼はきちんと伝えよう。

『ありがとうございます』

両手を合わせて感謝を伝えたら僕が話せないことを驚かせてしまった。
でも耳は聞こえてるから。
耳は大丈夫ですよってジェスチャーで伝える。
奥様は納得してくれた様子で理解が早くて助かるよ。

「お手洗いならここじゃなくて少し遠いけど多目的トイレがあるわよ。お着物慣れないうちは狭いトイレは使いにくいでしょ」

奥様の指が通路のさらに向こうをさす。
もしかして。女装男子のトイレ事情について悩んでたのを、着物女子のトイレの悩みと勘違いされたのか？
でもその情報はとても有益です。
多目的トイレなら男女どっちでも使えるし。
不慣れな着物だから貸してくださいって頼めば借りられるのは不正利用にもあたらない。

ありがとう。親切な奥様。あなたの着物も素敵です。
手話が通じないからスマホのメモ帳を使って文字でお礼を伝えるよ。

問題だったトイレも無事に行けて。軽く化粧も直した。
せっかくだから館内を散策しながら、さっきと違うルートで戻ろう。
マップを見ていたら売店を見つけたんだよね。

何が売ってるのかな。お相撲グッズ？
売店のところには結構な人がいた。お弁当や軽食、各種グッズなど取り扱い品目は多数。
電子決済もできるし便利じゃん。
お義父さんのくれたiPhoneに電子Suicaが入ってたから、それで買い物しても許されるかな？
売店の商品をあれこれ見ていたらパンフレットや相撲雑誌を発見。
ただ座って見てるだけってつまんないんだよね。
読み物を買って帰ろう。

「楽しんでいるようでなによりだよ」
『はい。とっても楽しいです』

両手に抱きしめるように持ち帰ったパンフレットや雑誌の束を見て鈴村さんに笑われた。
すいませんね。ミーハーで。

「公式パンフレットならお土産セットの中にもあったのに。読みたいのなら先に1つ持ってこさせたぞ」

お義父さんは買わなくても公式のパンフレットは座席のおまけについてきていたと言う。
そうなの？ そういうことは先に教えてよ。
お弁当の他にお土産まで付いてくるなんて聞いてない。
お義父さんの常識を僕が全て知っているとは思わないで。
もう買っちゃったし今はこれを読んでいいでしょ？

フルカラーのパンフレットは見ていて楽しい。
イケメンを探すのにもいい。とりあえず推すならカッコイイ方がいいに決まってる。
雑誌には東海地区出身力士の特集記事。
カラーグラビアまであるんだ。地元推しが強いな。
地元勢で一番扱いが大きいのが名古屋市出身の柳八 やなぎや関。前頭八枚目。
名前にも番付にも八がついてて縁起が良い。

なによりもイケメン。
彫りが深く端正な顔立ち。他の力士とは違う筋肉質な身体。
インタビュー中の気さくな笑顔と取り組みの真剣な表情とのギャップ。
決めた！ 僕、この人を推します！

「柳八が気にいったのかい？ 今日の取り組みは結びの一番、横綱鷹大海 たかおうみとだね。勝てば金星。座布団が舞うかな」

座布団を投げるやつ。見たい！

「なら応援してあげるといい」
『全力で応援します』
「サクラの応援があれば百人力だな」

それは言い過ぎでしょ。
応援が力になるって言っても最後にものを言うのは本人の実力だ。