群青の三日月

雨水林檎

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***

「おい、りつか、りつか起きろ!」
「ん……なに?」

 窓の外は朝焼けの頃、まだ朝は訪れたばかりだった。今日の美大の授業はお昼からで、まだ寝ていられるはずだった。

「いない、母さんが」
「は?」

 今年、僕は二十歳になった。青月は十三歳の中学一年生。背ばっかりが高くって背中から見たらどちらが兄かなんてわからない。

「仕事じゃないの?」
「玄関に通帳が放ってある」
「え……」

 通帳には暗証番号のメモがあった。しかし、残高は数万円。母の貴重品類は部屋からなくなっている、散らかっているわけではないから荷物をまとめて出て行ったのか……。

 捨てられた。
 僕ら兄弟はかつての父親だけでなく、今日母親にすら捨てられたのだ。

***

「りつか」
「青くん、ご飯食べてて……大丈夫だから」
「気持ち悪いのか?」
「ちょっと、眩暈がひどくて、起き上がれないなあ……」

 休日になると、動けない。
 あれから三年、僕は美術大学を中退して近所の工場で働いている。

「なあ、病院行ったほうがいいんじゃないの」
「疲れが溜まってるだけだよ、月曜日になればまた働けるし」
「だって」
「それより青くん、課題やってしまいなよ」

 青月は僕の後を追うように絵を描くようになっていた。今は家からは少し遠い、美術科のある高校に通っている。

「課題とかどうでもいいんだよ!」
「もう、そんなこと言って……賞とったんでしょ? ポスターを描いてって仕事の話も来てるじゃないの」

 十六歳にして青月は僕の憧れた道へと歩んでいた。その絵の才能は稀有なもの、僕が欲しくても手の届かなかったところにいる。羨ましい、その言葉すら届かない。嫉妬をしていないといえば嘘になる。だけど、それは青月がもって生まれたものだったから。
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