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「いらっしゃいませー」
「おっ、期間限定メニューか。またコールのやつが試作品を作ったのか?」
「うん、少し癖があって今までのラーメンっぽさはないけど、これはこれで旨いな」
「ハーブラーメン一丁、ボタンチャーシュー大盛りで!」
「ありがとうございます!」
ラーメン屋【煉獄】が期間限定で提供する新商品は、大好評だった。前世の味にこだわった父のラーメンは元々の旨さと物珍しさが売りだったが、コールはそこからさらに一歩踏み出し、この世界に合わせた新しい味を生み出した。無論、まだ粗削りではあるが、今までどこか無気力で流されがちであった二代目が、ようやく腰を据えたかというのが常連の見立てである。
そしてその原因となったのが――
「しかし、オーガスティンちゃんもすっかり仕事に慣れてきたじゃねえの」
「だな。最初はどこの箱入り娘かってくらいの不器用さだったが」
「コールも隅に置けねえな、もう立派に家族の一員って感じだぜ」
「あはは……」
客の野次に、オーダーを取りながら苦笑いを返すカトリシア。嫌な気分ではないのだが、タイミング的にどう返せばいいのか分からない。
魔界に赤いドラゴンを見に行った日以来、コールの様子が何だかおかしかった。どことなくぎくしゃくしていて、壁を感じてしまうのだ。理由は分からないが、自分は何か気に障るような事を言ってしまったのだろうか。
(ぶっきらぼうだけど、何だかんだ言って優しかったのに……傷付けてしまったのなら、ちゃんと謝りたい)
カトリシアは就寝時、引き戸が開かないと嘘を吐いた。コールの部屋に泊まる時、並んで手を繋いでいると、彼の誠意が伝わってきて安心できる。顔が見えない中でも感じる彼の熱から、彼女は真意を読み取りたかった。
「コール、その……今日も城の誰かが部屋を使っているみたいで。ここで寝ていい?」
「ふーん、好きにしろよ」
おずおずと確認すれば素っ気なく返され、小さな鞄と共に部屋を出て行こうとする。いつもの慌てふためく様子とは全く違う反応に驚き、思わず引き留めればコールに睨まれて固まった。
「ま、待って。コールが出て行く事ないじゃない? どこで寝るのよ」
「どこでも。ホルンをちゃんと躾けとけって言われてるし、山羊小屋でもいいよ」
「そんな!」
カトリシアの手を振り切り、本当に外に出て行ったらしいコール。呆然としつつも無理やり同衾するわけにもいかず、仕方なくベッドに横になる。が、突然冷たくなってしまったコールの態度が気になって眠れそうになかった。
(どうしてなの? コール、私の事嫌いになった? あなたにまで嫌われたら、もう……)
心が張り裂けそうなほどの痛みに、零れ落ちた涙が枕を濡らした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「酷い事しちまったかな……」
山羊小屋で寝泊まりするようになってから三日目、コールはカトリシアの泣きそうな顔を思い出し溜息を吐いた。彼の部屋で寝たいという申し出に、引き戸が開かない時は好きに使えと言い置き、一晩中ここで籠城している。本当は傷付けるような事なんてしたくない。ただもう少しだけ、コールは一人になる時間が欲しかった。
「謝って許してもらえるか分かんねえけど」
「何が?」
「わあっ!」
いきなり声をかけられて、作業に没頭していたコールは心臓が止まりかける。てっきりそばにはホルンしかいないと思っていたのだ。慌てていたので、手の中の物がコロコロと小屋の外へ転がっていき、立っていた人物の足にぶつかって止まった。それを拾い上げたのは――
「オーガスティン……」
「コール、話があるの。入ってもいい?」
カトリシアの瞳が、暗闇の中で濡れて光っている。今日こそは彼の真意を問い質すまで引き下がらないつもりなのだろう。もう少しだっただけに、観念するには躊躇があった。
「夜中に家畜小屋で男と二人きりになるもんじゃない」
「生憎だけど、初めてじゃないから」
「威張る事かよ……いいさ、俺が出て行くから」
餌用のバケツとカンテラを手にし、ホルンを引き連れたコールが小屋から顔を出す。
「コール!」
「近くの空き地で、ホルンの餌にするクローバーを補充したいんだ。ついてきたいなら勝手にすれば?」
素っ気なく言い放ち、振り向きもしないで歩いていくコール。涙ぐみそうになるものの、戻れともついてくるなとも言わなかった事に希望を持ち、カトリシアも後に続いた。
「綺麗な石ね……まるで天体を凝縮したみたい」
歩きながら、さっき拾った石を掲げて眺めるカトリシア。手の平の半分にも満たない大きさで、吸い込まれるような深い蒼に小さな星々が散りばめられている。ロマンティックな表現に、コールは思わず笑みを零した。
「上手い事言うよな」
「なぁに、これ?」
「魔界に行った時、ダンジョン近くに瘴気の結晶があったろ。あれだよ」
「えっ!?」
あの妖しく禍々しい赤の水晶が、こんなに澄み切った蒼石に……驚きのあまり放り投げそうになるのを堪え、まじまじと凝視してしまう。
「触っちゃったんだけど、大丈夫なの?」
「ああ、その状態なら。紙やすりで磨き続けてたらそうなるんだよな」
紙やすりで瘴気の結晶がどうにかできるものなのか。微妙に納得行かなかったが、カトリシアが手にしても問題ないのならそういうものだと思うしかない。
「……で、ここのところ冷たかったのは、これを作ってたからなの?」
「それもあるけど……続きは空き地に出てからでいいか?」
辿り着いた場所には一面のクローバーと、蒼石の何十倍にもなる星空が広がっていた。
「おっ、期間限定メニューか。またコールのやつが試作品を作ったのか?」
「うん、少し癖があって今までのラーメンっぽさはないけど、これはこれで旨いな」
「ハーブラーメン一丁、ボタンチャーシュー大盛りで!」
「ありがとうございます!」
ラーメン屋【煉獄】が期間限定で提供する新商品は、大好評だった。前世の味にこだわった父のラーメンは元々の旨さと物珍しさが売りだったが、コールはそこからさらに一歩踏み出し、この世界に合わせた新しい味を生み出した。無論、まだ粗削りではあるが、今までどこか無気力で流されがちであった二代目が、ようやく腰を据えたかというのが常連の見立てである。
そしてその原因となったのが――
「しかし、オーガスティンちゃんもすっかり仕事に慣れてきたじゃねえの」
「だな。最初はどこの箱入り娘かってくらいの不器用さだったが」
「コールも隅に置けねえな、もう立派に家族の一員って感じだぜ」
「あはは……」
客の野次に、オーダーを取りながら苦笑いを返すカトリシア。嫌な気分ではないのだが、タイミング的にどう返せばいいのか分からない。
魔界に赤いドラゴンを見に行った日以来、コールの様子が何だかおかしかった。どことなくぎくしゃくしていて、壁を感じてしまうのだ。理由は分からないが、自分は何か気に障るような事を言ってしまったのだろうか。
(ぶっきらぼうだけど、何だかんだ言って優しかったのに……傷付けてしまったのなら、ちゃんと謝りたい)
カトリシアは就寝時、引き戸が開かないと嘘を吐いた。コールの部屋に泊まる時、並んで手を繋いでいると、彼の誠意が伝わってきて安心できる。顔が見えない中でも感じる彼の熱から、彼女は真意を読み取りたかった。
「コール、その……今日も城の誰かが部屋を使っているみたいで。ここで寝ていい?」
「ふーん、好きにしろよ」
おずおずと確認すれば素っ気なく返され、小さな鞄と共に部屋を出て行こうとする。いつもの慌てふためく様子とは全く違う反応に驚き、思わず引き留めればコールに睨まれて固まった。
「ま、待って。コールが出て行く事ないじゃない? どこで寝るのよ」
「どこでも。ホルンをちゃんと躾けとけって言われてるし、山羊小屋でもいいよ」
「そんな!」
カトリシアの手を振り切り、本当に外に出て行ったらしいコール。呆然としつつも無理やり同衾するわけにもいかず、仕方なくベッドに横になる。が、突然冷たくなってしまったコールの態度が気になって眠れそうになかった。
(どうしてなの? コール、私の事嫌いになった? あなたにまで嫌われたら、もう……)
心が張り裂けそうなほどの痛みに、零れ落ちた涙が枕を濡らした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「酷い事しちまったかな……」
山羊小屋で寝泊まりするようになってから三日目、コールはカトリシアの泣きそうな顔を思い出し溜息を吐いた。彼の部屋で寝たいという申し出に、引き戸が開かない時は好きに使えと言い置き、一晩中ここで籠城している。本当は傷付けるような事なんてしたくない。ただもう少しだけ、コールは一人になる時間が欲しかった。
「謝って許してもらえるか分かんねえけど」
「何が?」
「わあっ!」
いきなり声をかけられて、作業に没頭していたコールは心臓が止まりかける。てっきりそばにはホルンしかいないと思っていたのだ。慌てていたので、手の中の物がコロコロと小屋の外へ転がっていき、立っていた人物の足にぶつかって止まった。それを拾い上げたのは――
「オーガスティン……」
「コール、話があるの。入ってもいい?」
カトリシアの瞳が、暗闇の中で濡れて光っている。今日こそは彼の真意を問い質すまで引き下がらないつもりなのだろう。もう少しだっただけに、観念するには躊躇があった。
「夜中に家畜小屋で男と二人きりになるもんじゃない」
「生憎だけど、初めてじゃないから」
「威張る事かよ……いいさ、俺が出て行くから」
餌用のバケツとカンテラを手にし、ホルンを引き連れたコールが小屋から顔を出す。
「コール!」
「近くの空き地で、ホルンの餌にするクローバーを補充したいんだ。ついてきたいなら勝手にすれば?」
素っ気なく言い放ち、振り向きもしないで歩いていくコール。涙ぐみそうになるものの、戻れともついてくるなとも言わなかった事に希望を持ち、カトリシアも後に続いた。
「綺麗な石ね……まるで天体を凝縮したみたい」
歩きながら、さっき拾った石を掲げて眺めるカトリシア。手の平の半分にも満たない大きさで、吸い込まれるような深い蒼に小さな星々が散りばめられている。ロマンティックな表現に、コールは思わず笑みを零した。
「上手い事言うよな」
「なぁに、これ?」
「魔界に行った時、ダンジョン近くに瘴気の結晶があったろ。あれだよ」
「えっ!?」
あの妖しく禍々しい赤の水晶が、こんなに澄み切った蒼石に……驚きのあまり放り投げそうになるのを堪え、まじまじと凝視してしまう。
「触っちゃったんだけど、大丈夫なの?」
「ああ、その状態なら。紙やすりで磨き続けてたらそうなるんだよな」
紙やすりで瘴気の結晶がどうにかできるものなのか。微妙に納得行かなかったが、カトリシアが手にしても問題ないのならそういうものだと思うしかない。
「……で、ここのところ冷たかったのは、これを作ってたからなの?」
「それもあるけど……続きは空き地に出てからでいいか?」
辿り着いた場所には一面のクローバーと、蒼石の何十倍にもなる星空が広がっていた。
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