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本当の気持ち
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摘んだクローバーを籠に放り込みながら、二人は無言で空を眺めていた。ホルンはそんな彼らを気にした風もなく、呑気に草を食んでいる。
ぶるり、とカトリシアは震え上がり、己を抱きしめた。寝間着にカーディガンを羽織っただけなので当然だろう。コールもそうなのだが。
「……くっついていい?」
「ん」
こちらを窺ってくる様子の彼女を拒絶できるわけがない。触れ合った手や体は冷たかったが、内心冷静ではいられなかった。
「あったかい……昼間は暑いのに、夜になると冷えるのよね。コールに会う前もそうだった」
彼女が言っているのは、王子に突き放されて森を彷徨った時の事だろう。コールは黙って聞いている。
「冷え込むのもそうだけど。暗闇の中、誰もいなくて……虫や狼の鳴き声も聞こえてきて……ああ私、一人ぼっちになってしまったんだと思うと、怖くて、寂しくて……」
「……」
「ねぇ私、何かコールを怒らせる事した? コールは私の事、嫌いになった? 私、バカだから物の値打ちが分からなくて……うっ、気付かない内にっ、またやってしまったんじゃないかってぇ」
「違うんだ!」
ポロポロと涙を零しながら訴えるカトリシアに、もう隠せなくなったコールは彼女を抱き寄せる。夜風に冷えた彼女の体は冷たい。逆にどれだけ自分が熱くなっていたのか、バレてしまっただろう。
「ごめん、不安にさせて。お前を嫌いになんてなるはずがない……好きなんだ、初めて会った時から」
「グス……じゃあ、どうして」
「オーガスティンがただのバカじゃないのは、分かってた。物の見方が独特なだけで、そのおかげで何度も助けられたし。皇帝や王子がガラクタとしてお前を捨てるなら、宝物として俺がもらう……そこまで考えた」
短い金髪を撫でながら、コールは自分の本心を告げる。彼の言う「好き」が、友人や家族に対するものじゃない事は、もう察しているだろう。異性との経験だけなら、コールよりも積んでいるのだ。
「だけど、お前の中にはロジエル王子がいて……初めての男だ、初めて好きになったんだ。そう簡単に忘れられなくて当然だよな。だから何としても、あいつに勝ちたかった。優秀な魔道具作りのスキルがあると聞かされて、嫉妬して……俺にしかできない何かを生み出したかったんだよ」
カトリシアは、ここまで必死にコールが挑戦してきた理由を知る。彼女に振り向いてもらうためだった……そして王子の事は、過去として忘れてもらうため。
「そんな中、皇帝がお前を探してると知って、焦った。一度は追放したけど、可愛がっていた実の娘だ。連れ戻されるかもしれないって……それにお前だって、贅沢な城の暮らしが恋しくなるかもしれない。その答えはもう聞いたけど、うかうかしてらんねえって思った。
最初から言葉にすればよかったって? でも俺の中で、どうしても譲れない一線はあった。俺たちパガトリー家への恩義のために嫁がせるんじゃなくて、お前が心から一緒にいたい男になる。他の誰でもない俺になるために、手作りのプレゼントを用意しようって」
カトリシアは、手の中の石を見つめる。キラキラ輝く蒼い結晶が、元は魔界の邪悪な気だなんて信じられない。きっとコールの手だからこそ、生まれ変わる事ができたのだ。
「冷たくなったのは、私を見限ったんじゃなかったの?」
「お前は悪くない! 俺が……情けない嫉妬で空回ってただけだ。お前はいつでも独自の発想で俺にアドバイスをくれたよな。その上、この首輪だって……正直、ハードル上げないでくれって恨みたくもなったよ。新メニューのボタンチャーシューは開発したけど、まだいまいちだし……
そんな時、お前が言ったんだ」
『私たちに指輪は似合わない』
「そんな事言った?」
「言ったよ!! その一言で、火が点いたんだ。お前がどんなつもりだったのかなんて分からないし、家族って意味で好きなのかもしれない。
だけど……俺は男として見て欲しい。今の自分が用意できる最大のプレゼントを完成させて、その足でプロポーズする」
それまでは、カトリシアと距離を置くつもりだった。何故ならコールは、ロジエル王子や彼女を襲った山賊と同じ男なのだ。カトリシアへの仕打ちに憤りはしても、欲はあるので同じ過ちをして傷付けないとも限らない。だからせめて、きちんとけじめはつけたかった。
「瘴気の結晶を磨くと安全になるって発見したのは、ガキの頃だ。お袋が里帰りして、暇を持て余しててな。俺にとって玩具だったから、飽きたら捨ててたけど……街で宝石じゃなくても石を指輪にしてくれるって店を見つけてさ」
指輪を作るつもりだった、と聞いてカトリシアの胸の奥が熱くなる。ぐらぐらと煮立って、『かわいいオーガスティン』の鈴の音が頭で鳴り響く。この小さな蒼い石に、コールの愛が込められているともう、居ても立っても――
「柄じゃないかも知れないけど、完成したら受け取……っうぶ!?」
コールの言葉は最後まで言わせてもらえなかった。カトリシアに頬を挟み込まれ、唇が重なる。脈略のない行動に頭の中が真っ白になり、直後、心臓が爆発するように激しく鳴った。
(な、ななな……俺、初めてなのにそんな、いきなり!?)
気の済んだカトリシアに解放されたコールは茹でダコのようになっている。このキスが王子に教え込まれたのだと思うと心底複雑だが、それよりも。
「す、好きな男としろって言っただろ!?」
「コールは私が好きって話をしてたじゃない。それに私、この石が気に入ったの。どうしても欲しかったから」
「取引にキスはやめろ! 完成したら渡すから、その時に……」
抗議は再び唇に飲み込まれる。今度は触れ合うだけだが、何度もチュッチュッと啄まれ、コールは立場が逆転して乙女のように固まってしまう。視界いっぱいの睫毛から、悪戯っぽい瞳が覗く。
「取引じゃないのは分かってる。でもプロポーズまで待てなかったんだもの。私はコールとキスしたいと思った。あなたはどう?」
「……」
「嫌なら取引のままでもいいけど。キス何回したら、あなたを私にくれる?」
とんだ小悪魔だと思った。これでカトリシアが何とも思ってなかったら恐ろしいが、さすがにコールも彼女の本心に気付いていた。男たちの裏切りに何度も傷付き、それでもコールを信頼した理由。
価値がある――コール本人が何と言おうとカトリシアにとってはそうなのだから、ここで応えなければ男が廃る。
「百回じゃ足りねぇよ……」
先ほどよりも火照った体に手を伸ばし、コールは彼女を抱きしめた。
ぶるり、とカトリシアは震え上がり、己を抱きしめた。寝間着にカーディガンを羽織っただけなので当然だろう。コールもそうなのだが。
「……くっついていい?」
「ん」
こちらを窺ってくる様子の彼女を拒絶できるわけがない。触れ合った手や体は冷たかったが、内心冷静ではいられなかった。
「あったかい……昼間は暑いのに、夜になると冷えるのよね。コールに会う前もそうだった」
彼女が言っているのは、王子に突き放されて森を彷徨った時の事だろう。コールは黙って聞いている。
「冷え込むのもそうだけど。暗闇の中、誰もいなくて……虫や狼の鳴き声も聞こえてきて……ああ私、一人ぼっちになってしまったんだと思うと、怖くて、寂しくて……」
「……」
「ねぇ私、何かコールを怒らせる事した? コールは私の事、嫌いになった? 私、バカだから物の値打ちが分からなくて……うっ、気付かない内にっ、またやってしまったんじゃないかってぇ」
「違うんだ!」
ポロポロと涙を零しながら訴えるカトリシアに、もう隠せなくなったコールは彼女を抱き寄せる。夜風に冷えた彼女の体は冷たい。逆にどれだけ自分が熱くなっていたのか、バレてしまっただろう。
「ごめん、不安にさせて。お前を嫌いになんてなるはずがない……好きなんだ、初めて会った時から」
「グス……じゃあ、どうして」
「オーガスティンがただのバカじゃないのは、分かってた。物の見方が独特なだけで、そのおかげで何度も助けられたし。皇帝や王子がガラクタとしてお前を捨てるなら、宝物として俺がもらう……そこまで考えた」
短い金髪を撫でながら、コールは自分の本心を告げる。彼の言う「好き」が、友人や家族に対するものじゃない事は、もう察しているだろう。異性との経験だけなら、コールよりも積んでいるのだ。
「だけど、お前の中にはロジエル王子がいて……初めての男だ、初めて好きになったんだ。そう簡単に忘れられなくて当然だよな。だから何としても、あいつに勝ちたかった。優秀な魔道具作りのスキルがあると聞かされて、嫉妬して……俺にしかできない何かを生み出したかったんだよ」
カトリシアは、ここまで必死にコールが挑戦してきた理由を知る。彼女に振り向いてもらうためだった……そして王子の事は、過去として忘れてもらうため。
「そんな中、皇帝がお前を探してると知って、焦った。一度は追放したけど、可愛がっていた実の娘だ。連れ戻されるかもしれないって……それにお前だって、贅沢な城の暮らしが恋しくなるかもしれない。その答えはもう聞いたけど、うかうかしてらんねえって思った。
最初から言葉にすればよかったって? でも俺の中で、どうしても譲れない一線はあった。俺たちパガトリー家への恩義のために嫁がせるんじゃなくて、お前が心から一緒にいたい男になる。他の誰でもない俺になるために、手作りのプレゼントを用意しようって」
カトリシアは、手の中の石を見つめる。キラキラ輝く蒼い結晶が、元は魔界の邪悪な気だなんて信じられない。きっとコールの手だからこそ、生まれ変わる事ができたのだ。
「冷たくなったのは、私を見限ったんじゃなかったの?」
「お前は悪くない! 俺が……情けない嫉妬で空回ってただけだ。お前はいつでも独自の発想で俺にアドバイスをくれたよな。その上、この首輪だって……正直、ハードル上げないでくれって恨みたくもなったよ。新メニューのボタンチャーシューは開発したけど、まだいまいちだし……
そんな時、お前が言ったんだ」
『私たちに指輪は似合わない』
「そんな事言った?」
「言ったよ!! その一言で、火が点いたんだ。お前がどんなつもりだったのかなんて分からないし、家族って意味で好きなのかもしれない。
だけど……俺は男として見て欲しい。今の自分が用意できる最大のプレゼントを完成させて、その足でプロポーズする」
それまでは、カトリシアと距離を置くつもりだった。何故ならコールは、ロジエル王子や彼女を襲った山賊と同じ男なのだ。カトリシアへの仕打ちに憤りはしても、欲はあるので同じ過ちをして傷付けないとも限らない。だからせめて、きちんとけじめはつけたかった。
「瘴気の結晶を磨くと安全になるって発見したのは、ガキの頃だ。お袋が里帰りして、暇を持て余しててな。俺にとって玩具だったから、飽きたら捨ててたけど……街で宝石じゃなくても石を指輪にしてくれるって店を見つけてさ」
指輪を作るつもりだった、と聞いてカトリシアの胸の奥が熱くなる。ぐらぐらと煮立って、『かわいいオーガスティン』の鈴の音が頭で鳴り響く。この小さな蒼い石に、コールの愛が込められているともう、居ても立っても――
「柄じゃないかも知れないけど、完成したら受け取……っうぶ!?」
コールの言葉は最後まで言わせてもらえなかった。カトリシアに頬を挟み込まれ、唇が重なる。脈略のない行動に頭の中が真っ白になり、直後、心臓が爆発するように激しく鳴った。
(な、ななな……俺、初めてなのにそんな、いきなり!?)
気の済んだカトリシアに解放されたコールは茹でダコのようになっている。このキスが王子に教え込まれたのだと思うと心底複雑だが、それよりも。
「す、好きな男としろって言っただろ!?」
「コールは私が好きって話をしてたじゃない。それに私、この石が気に入ったの。どうしても欲しかったから」
「取引にキスはやめろ! 完成したら渡すから、その時に……」
抗議は再び唇に飲み込まれる。今度は触れ合うだけだが、何度もチュッチュッと啄まれ、コールは立場が逆転して乙女のように固まってしまう。視界いっぱいの睫毛から、悪戯っぽい瞳が覗く。
「取引じゃないのは分かってる。でもプロポーズまで待てなかったんだもの。私はコールとキスしたいと思った。あなたはどう?」
「……」
「嫌なら取引のままでもいいけど。キス何回したら、あなたを私にくれる?」
とんだ小悪魔だと思った。これでカトリシアが何とも思ってなかったら恐ろしいが、さすがにコールも彼女の本心に気付いていた。男たちの裏切りに何度も傷付き、それでもコールを信頼した理由。
価値がある――コール本人が何と言おうとカトリシアにとってはそうなのだから、ここで応えなければ男が廃る。
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