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ダンジョンは常連客②
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ドオン、ドオン……
何かがぶつかるような地響きに、カトリシアは足場の悪い地面で何度かよろけそうになる。空いた手で彼女を引っ張り上げながら、コールは音のする方へと進んだ。
「あ、あれは何なの?」
「たぶん、戦闘が行われているんだろうな」
慎重に近付いて様子を窺うと、冒険者たちが二体の魔物相手に苦戦していた。一匹は巨大な猪、もう一匹は平たい甲殻類のような乗り物を駆る、銀色の鎧騎士だった。
「グレートボアと甲殻騎士だ。本来ならもっと地下深くにいるはず」
「え、あの人たちじゃ勝てないって事?」
「実力は分からないが、このダンジョンに挑戦してからは日が浅いと見えるな。ほら」
コールが指差す先には、無残に踏み付けられたトドキ草があった。恐らく通信直後に魔物に見つかってしまい、襲われたのだろう。
「まったく……ダンジョンに種を植えるなら、周辺の安全確認くらいしろよな」
「そ、それよりコール。あの猪、こっち見てない?」
グレートボアは攻撃時、真っ直ぐ突撃するしかできないので、基本は避ければ問題ないが、警戒すべきはその力とスピードだ。半端に攻撃され、いきり立った敵は鼻息荒くこちらに狙いを定めていた。
「ヤバいな、あいつ鼻が利くから出前の匂いにつられたみたいだ」
「ど、どうす……きゃっ!」
おろおろするカトリシアの手を即座に引っ張り、コールがその場を離れると同時に、グレートボアが突っ込んできた。あと一歩遅れていたら、巨体に吹っ飛ばされて命はなかったかもしれないと、恐怖で竦み上がる。
冒険者たちは、突然の乱入者を同業者の助っ人だと思ったようだが、次の瞬間に落胆する。
「ちわっ、ラーメン屋【煉獄】です。ご注文の品をお届けに上がりました」
「な、何やってんだ、戦闘中だぞ!? 素人はすっこんでろ!!」
全くもってその通りなのだが、注文しておいて消息不明になったのはそちらだ。受けた側としては、放置しておくわけにもいかない。
「よろしければ、加勢しましょうか? ラーメンが伸びて味が落ちてから文句言われても困りますから」
「この状況で、本気か? グレートボアは体力とスピードが段違いでちまちま削るしかない。甲殻騎士に至っては、あの鎧は剣だけじゃなく魔法も効かないんだぞ。ラーメン屋のバイト程度が倒せる相手じゃ……」
剣士が抗議しようとするのを、コールは背中から抜いたおたまで制する。冒険者一行は剣士が二人に魔法使いと神官……それにずんぐりむっくりの男が荷物持ちをしていた。どうやら前方では身軽にして戦闘に集中し、後方では彼が戦況に応じて彼らをサポートするスタイルらしい。
「オーガスティン、悪いがおかもちを両方持って、あの商人と一緒に下がっててくれるか? 猪はニンニクの匂いが嫌いだから、追加用のチューブを上手く使ってくれ」
「うっ、わ……分かったわ」
コールが持っていたおかもちを片手で持ち上げると、自分が運んでいた分よりもずっしりとしている。ふうふう言いながらも傾けないよう荷物持ちの下へ向かうカトリシアを確認すると、コールは腰からハンマーを抜いた。
「倒すのは、あんたらの仕事だろ? 俺はただ、ゆっくり食べる時間を確保してやるだけだ。おら来い、デカブツ!!」
グレートボアに向かっておたまを振り回し挑発するコール。たった一人で戦うつもりかと思いきや、直後にターゲットを甲殻騎士に切り替えた。繰り出されるレイピアをおたまでいなし、鍋で盾のように防ぐ。だが防戦一方でこちらからは攻撃ができない。
「おい、何やってんだ。グレートボアがこっち突っ込んで来るぞ」
「お客様は上手く避けてください」
「な……っ!?」
ぎりぎりまで引き付けていたコールは、グレートボアに突撃される直前で身を躱す。逃げるタイミングを逃した甲殻騎士は吹っ飛ばされ、乗り物も踏み潰されてしまった。それでも死んでいないのだから、恐るべき防御力だ。
まだダメージから立ち直れていない騎士を押さえ付け、あっという間に拘束する……が、それに使われているのは縄ではなかった。
「い、糸だとぉっ!?」
(あれ、チャーシューを縛るのに使った凧糸だわ……)
なんとコールは、人間と同じ体格の敵に凧糸を何重にも巻き付けて動きを封じてしまった。じたばた暴れ出す甲殻騎士だが、特殊な巻き方のせいか解く事も引き千切る事も出来ない。
そうしているうちに壁に激突して向きを変えたグレートボアが、再び襲って来ようと地面を蹴る。身構える冒険者たちだが。
「魔法使いのお嬢さん、悪いんですが今から俺があいつに隙を作るんで、協力してくれませんか?」
「はあ!? 何を勝手に……」
「俺は一刻も早く、あんたたちにラーメンを片付けてもらいたいだけなんで」
文句を言いかける剣士を制し、魔法使いがコールの提案に乗る。
「何をすればいいの?」
「あいつの背に乗っかって一撃加えた後、足止め出来たら雷魔法を」
「やめとけ、死ぬぞ」
一行は止めようとするが、今にもこちらに突っ込んで来そうなグレートボアを前に、迷っている時間はない。
「本当に大丈夫なのよね?」
「まあ、上手くやりますよ」
「くそっ、知らねえからな!」
ドン、敵が踏み込むと同時に四散する一同。
「【飛翔】!」
魔法使いにかけられた魔法で、グレートボアのこめかみ付近まで飛ばされたコールは、勢いのまま振りかぶってハンマーを叩き付ける。
「グオオッ!!」
だがまだ浅いのか、うっとおしそうに振り払おうとするグレートボア。そこへ毛を掴み、二度三度と攻撃を加えていく。そして――
「見ろ、ふらついてるぞ。今だ!」
「避けて、出前君!!」
冒険者たちの合図に、コールは即座にグレートボアから飛び降りた。
「【雷撃】!!」
動きを止めたグレートボアに、凄まじい威力の雷が落ちた。
ズズン……と特大の落雷を食らって倒れたグレートボアを、念のため心臓を一突きしてとどめを刺した後、剣士たちは荷物持ちのところへ戻ってくる。遅れてコールも来たが、何故か血塗れでカトリシアは悲鳴を上げた。
「コール!? やっぱりどこか大怪我したの?」
「心配ねえって、ただの返り血だから」
「それでも酷い匂いだ。おい、頼む」
剣士が神官に合図を送ると、頷いた彼女は杖をコールに向け、【浄化】を唱える。すると、パアッと光に包まれたコールの体から、血や生臭い匂いが綺麗さっぱり拭い去られていた。代わりに彼らの荷物周辺がニンニク臭いが、これは猪除けにチューブから絞り出したニンニクを布に塗り付け、グレートボアの鼻の位置で振っていたかららしい。
「どうも……」
「気にすんな、おかげで助かったよ。いや、ラーメンを早く片付けたいんだっけ? さっそく食おうぜ」
促されてカトリシアにおかもちから出すように声をかけると、ハッとした彼女はわたわたと中身を取り出す。彼女に預けた方は少し零れてしまっているが、それも想定して汁気がない物を分けて入れていたので問題ない。一方、コールが持っていた方はスープであるにもかかわらず、一滴も零れていなかった……と言うより、麺がスープを吸ってしまっている。
「あー、すみません。少し伸びてしまってますね」
「まあ仕方ないよ。お代はちゃんと払うから心配すんな」
笑いながらラーメンを受け取る冒険者たちに謝罪すると、コールはぐるぐる巻きにして転がしている甲殻騎士の方へ歩いていく。それを何となしに見送るカトリシアに、女剣士の方が話しかけてきた。
「あの……不躾ですが、もしやあなた様はカトリシア皇女殿下なのでは?」
「へっ??」
いきなり言い当てられ、ギクッとして振り返ると、女剣士はカトリシアの顔を探るようにじっと見つめていた。
「ひ、人違いでは……? 私はオーガスティン。ただのラーメン屋のバイトです」
「おいおい、こんな危険なダンジョンに、親バカで有名な皇帝陛下が娘を来させるわけないだろ? 皇女殿下は今、ご病気で療養中って話だぜ」
男の方の剣士が揶揄い混じりで指摘すると、カトリシアは「え?」とその言葉に反応する。彼女の態度を気にする事なく、女剣士は頷いた。
「そうだったわね、変な事聞いてごめんなさい。私、皇女殿下の誕生式典で要人の護衛についていった事があるから、そっくりだなって思っていたの。気を悪くしないでね」
「い、いえ……」
「それにしてもあいつ、さっきから何やってんだ?」
彼らの視線は、こちらに背を向け甲殻騎士のそばで座り込んでいるコールに注がれていた。
何かがぶつかるような地響きに、カトリシアは足場の悪い地面で何度かよろけそうになる。空いた手で彼女を引っ張り上げながら、コールは音のする方へと進んだ。
「あ、あれは何なの?」
「たぶん、戦闘が行われているんだろうな」
慎重に近付いて様子を窺うと、冒険者たちが二体の魔物相手に苦戦していた。一匹は巨大な猪、もう一匹は平たい甲殻類のような乗り物を駆る、銀色の鎧騎士だった。
「グレートボアと甲殻騎士だ。本来ならもっと地下深くにいるはず」
「え、あの人たちじゃ勝てないって事?」
「実力は分からないが、このダンジョンに挑戦してからは日が浅いと見えるな。ほら」
コールが指差す先には、無残に踏み付けられたトドキ草があった。恐らく通信直後に魔物に見つかってしまい、襲われたのだろう。
「まったく……ダンジョンに種を植えるなら、周辺の安全確認くらいしろよな」
「そ、それよりコール。あの猪、こっち見てない?」
グレートボアは攻撃時、真っ直ぐ突撃するしかできないので、基本は避ければ問題ないが、警戒すべきはその力とスピードだ。半端に攻撃され、いきり立った敵は鼻息荒くこちらに狙いを定めていた。
「ヤバいな、あいつ鼻が利くから出前の匂いにつられたみたいだ」
「ど、どうす……きゃっ!」
おろおろするカトリシアの手を即座に引っ張り、コールがその場を離れると同時に、グレートボアが突っ込んできた。あと一歩遅れていたら、巨体に吹っ飛ばされて命はなかったかもしれないと、恐怖で竦み上がる。
冒険者たちは、突然の乱入者を同業者の助っ人だと思ったようだが、次の瞬間に落胆する。
「ちわっ、ラーメン屋【煉獄】です。ご注文の品をお届けに上がりました」
「な、何やってんだ、戦闘中だぞ!? 素人はすっこんでろ!!」
全くもってその通りなのだが、注文しておいて消息不明になったのはそちらだ。受けた側としては、放置しておくわけにもいかない。
「よろしければ、加勢しましょうか? ラーメンが伸びて味が落ちてから文句言われても困りますから」
「この状況で、本気か? グレートボアは体力とスピードが段違いでちまちま削るしかない。甲殻騎士に至っては、あの鎧は剣だけじゃなく魔法も効かないんだぞ。ラーメン屋のバイト程度が倒せる相手じゃ……」
剣士が抗議しようとするのを、コールは背中から抜いたおたまで制する。冒険者一行は剣士が二人に魔法使いと神官……それにずんぐりむっくりの男が荷物持ちをしていた。どうやら前方では身軽にして戦闘に集中し、後方では彼が戦況に応じて彼らをサポートするスタイルらしい。
「オーガスティン、悪いがおかもちを両方持って、あの商人と一緒に下がっててくれるか? 猪はニンニクの匂いが嫌いだから、追加用のチューブを上手く使ってくれ」
「うっ、わ……分かったわ」
コールが持っていたおかもちを片手で持ち上げると、自分が運んでいた分よりもずっしりとしている。ふうふう言いながらも傾けないよう荷物持ちの下へ向かうカトリシアを確認すると、コールは腰からハンマーを抜いた。
「倒すのは、あんたらの仕事だろ? 俺はただ、ゆっくり食べる時間を確保してやるだけだ。おら来い、デカブツ!!」
グレートボアに向かっておたまを振り回し挑発するコール。たった一人で戦うつもりかと思いきや、直後にターゲットを甲殻騎士に切り替えた。繰り出されるレイピアをおたまでいなし、鍋で盾のように防ぐ。だが防戦一方でこちらからは攻撃ができない。
「おい、何やってんだ。グレートボアがこっち突っ込んで来るぞ」
「お客様は上手く避けてください」
「な……っ!?」
ぎりぎりまで引き付けていたコールは、グレートボアに突撃される直前で身を躱す。逃げるタイミングを逃した甲殻騎士は吹っ飛ばされ、乗り物も踏み潰されてしまった。それでも死んでいないのだから、恐るべき防御力だ。
まだダメージから立ち直れていない騎士を押さえ付け、あっという間に拘束する……が、それに使われているのは縄ではなかった。
「い、糸だとぉっ!?」
(あれ、チャーシューを縛るのに使った凧糸だわ……)
なんとコールは、人間と同じ体格の敵に凧糸を何重にも巻き付けて動きを封じてしまった。じたばた暴れ出す甲殻騎士だが、特殊な巻き方のせいか解く事も引き千切る事も出来ない。
そうしているうちに壁に激突して向きを変えたグレートボアが、再び襲って来ようと地面を蹴る。身構える冒険者たちだが。
「魔法使いのお嬢さん、悪いんですが今から俺があいつに隙を作るんで、協力してくれませんか?」
「はあ!? 何を勝手に……」
「俺は一刻も早く、あんたたちにラーメンを片付けてもらいたいだけなんで」
文句を言いかける剣士を制し、魔法使いがコールの提案に乗る。
「何をすればいいの?」
「あいつの背に乗っかって一撃加えた後、足止め出来たら雷魔法を」
「やめとけ、死ぬぞ」
一行は止めようとするが、今にもこちらに突っ込んで来そうなグレートボアを前に、迷っている時間はない。
「本当に大丈夫なのよね?」
「まあ、上手くやりますよ」
「くそっ、知らねえからな!」
ドン、敵が踏み込むと同時に四散する一同。
「【飛翔】!」
魔法使いにかけられた魔法で、グレートボアのこめかみ付近まで飛ばされたコールは、勢いのまま振りかぶってハンマーを叩き付ける。
「グオオッ!!」
だがまだ浅いのか、うっとおしそうに振り払おうとするグレートボア。そこへ毛を掴み、二度三度と攻撃を加えていく。そして――
「見ろ、ふらついてるぞ。今だ!」
「避けて、出前君!!」
冒険者たちの合図に、コールは即座にグレートボアから飛び降りた。
「【雷撃】!!」
動きを止めたグレートボアに、凄まじい威力の雷が落ちた。
ズズン……と特大の落雷を食らって倒れたグレートボアを、念のため心臓を一突きしてとどめを刺した後、剣士たちは荷物持ちのところへ戻ってくる。遅れてコールも来たが、何故か血塗れでカトリシアは悲鳴を上げた。
「コール!? やっぱりどこか大怪我したの?」
「心配ねえって、ただの返り血だから」
「それでも酷い匂いだ。おい、頼む」
剣士が神官に合図を送ると、頷いた彼女は杖をコールに向け、【浄化】を唱える。すると、パアッと光に包まれたコールの体から、血や生臭い匂いが綺麗さっぱり拭い去られていた。代わりに彼らの荷物周辺がニンニク臭いが、これは猪除けにチューブから絞り出したニンニクを布に塗り付け、グレートボアの鼻の位置で振っていたかららしい。
「どうも……」
「気にすんな、おかげで助かったよ。いや、ラーメンを早く片付けたいんだっけ? さっそく食おうぜ」
促されてカトリシアにおかもちから出すように声をかけると、ハッとした彼女はわたわたと中身を取り出す。彼女に預けた方は少し零れてしまっているが、それも想定して汁気がない物を分けて入れていたので問題ない。一方、コールが持っていた方はスープであるにもかかわらず、一滴も零れていなかった……と言うより、麺がスープを吸ってしまっている。
「あー、すみません。少し伸びてしまってますね」
「まあ仕方ないよ。お代はちゃんと払うから心配すんな」
笑いながらラーメンを受け取る冒険者たちに謝罪すると、コールはぐるぐる巻きにして転がしている甲殻騎士の方へ歩いていく。それを何となしに見送るカトリシアに、女剣士の方が話しかけてきた。
「あの……不躾ですが、もしやあなた様はカトリシア皇女殿下なのでは?」
「へっ??」
いきなり言い当てられ、ギクッとして振り返ると、女剣士はカトリシアの顔を探るようにじっと見つめていた。
「ひ、人違いでは……? 私はオーガスティン。ただのラーメン屋のバイトです」
「おいおい、こんな危険なダンジョンに、親バカで有名な皇帝陛下が娘を来させるわけないだろ? 皇女殿下は今、ご病気で療養中って話だぜ」
男の方の剣士が揶揄い混じりで指摘すると、カトリシアは「え?」とその言葉に反応する。彼女の態度を気にする事なく、女剣士は頷いた。
「そうだったわね、変な事聞いてごめんなさい。私、皇女殿下の誕生式典で要人の護衛についていった事があるから、そっくりだなって思っていたの。気を悪くしないでね」
「い、いえ……」
「それにしてもあいつ、さっきから何やってんだ?」
彼らの視線は、こちらに背を向け甲殻騎士のそばで座り込んでいるコールに注がれていた。
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