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39話

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「これは一体どういう事か説明して欲しい」

 えー。
 説明するのが…ひじょーに面倒なんだけど…。
 何処から何処までどう説明すればいいのやら。俺だって説明して欲しいぐらいなのに…。

「なんて姿だ…その様子からある程度は察するが…大丈夫か?怪我はないか?」

 床から立ち上がろうとしたら、大きな手が目の前に差し出された。
 けどそれを無視して立ち上がり、乱れたに乱れまくった服を整えて、ぐしゃぐしゃになった髪を手で撫でつけた。
 ふわりと肩にアルベルトさんが着ていたカーディガンがかけられる。

 別にいいのに…こういう気遣いは出来るんだよな、この人。

「ありがとうございます。大丈夫です。怪我もありません。先ずはこちらの方からの説明を、私も目的と理由を知りたいので」

「レーヴ卿、ご説明願いたいのだが?」

 レーヴ…レーヴ…レーヴねぇ…。
 やっぱ知らない。
 聞いたことなない。

「レーヴ卿、聞こえてないのか?それとも聞く気がないのか?返事ぐらいしたらどうだ」
 

 無視して惚けた感じで俺を見たまま何も応えないのが気に入らないのか、イライラ感ありありで言い方が微妙にキツイ。
 上着の襟首を右手で掴んで、荒く揺さぶるけど反応は変わらず無い。
 
 
「とりあえず…スルジュは着替えてくるといい。あぁ、もうそのまま休んでくれて構わない。君からの説明は明日改めて聞かせて貰う」

「はい。申し訳ありませんが、お言葉に甘えてそうさせて頂きます」

 一礼してさっさと小屋に戻ろうと一歩足を踏み出した処で、レーヴと呼ばれたダークエルフがやっと正気に戻ったのか声を上げた。

「駄目だ…。駄目です。貴方は私と居るべきです。居なくはならない」

 はぁ?いや、だから意味わかんねーし。


 よろよろと立ち上がると俺に歩み寄ろうとしたのをアルベルトさんが間に入って、俺をレーヴから遮ってその背に隠した。
 
「それはどういう意味だ?」

「そこをどいて頂けますか?グティエレス卿。貴方には関係ない。これは私と彼との事です。彼は私の宿舎に連れて帰ります」

「彼はうちの使用人であって主人である私の庇護下にいる。勝手な事を言わないで頂きたい」

「では、彼を解雇して頂けますか?彼が使用人などであってはならない。庇護するなら私がします。新たな使用人の手配はこちらでさせて頂きます。これでしたら問題はないのでは?」

「お断りだ。スルジュはただの使用人とは違う。それに卿からはまだ何の説明もされていない。はいそうですかと易々と承諾出来る筈がなかろう」

「ならば説明して納得すれば承諾出来るという意に取りますが、よろしいですか?」

「納得?到底無理だろうが、もし私が納得出来るのであれば考えてもいいだろう」

 おいこら待てや。
 お前ら2人で勝手に話を進めてるけどな、そこに俺の意思があるのか?
 何もねぇじゃねーか。
 俺は物じゃねぇんだぞっ。

「ちょっと待って下さいっ」

 堪り兼ねてアルベルトさんを押し除け前に出て声を上げると、睨み合いをしている2人の目が俺に向かう。


「君は黙っているんだ」「貴方は黙っていて下さい」


 同時に言われてしまった…。
 
 あぁ、そうですか。
 もういいや、勝手にやってろっ。


 口を噤んで、両者の間から数歩下がって溜息を吐く。

 
「さぁ、彼を手離せるだけの納得いく説明をして貰うじゃないか」

「ええ、勿論です。彼は…私の婚約者です」

「「婚約者っ?!」」

 同時に声を上げた俺とアルベルトさんは思わず顔を見合わせてしまう。
 いきなりの爆弾発言にアルベルトさんの黒い目が「本当なのか?」と言わんばかりに俺を見る。当然俺は「違う」と首を横に振る。


「…とは言えまだ正式ではありませんが。少々意思の疎通がありまして、痴話喧嘩になっただけです。婚約者であるなら他人の貴方ではなく、私が庇護するのはごく当たり前です」


 表情は相変わらず無いに等しいけど、ドヤ顔的な言い方をされるとやっぱり黙ってはいられない。
 前世を含めて生まれてこの方、婚約した覚えなどないっ。
 更に言ってしまえば、恋すらしたことがないっ。
 俺って寂しいヤツだよな…。


「あの、すみません。レーヴ様とお会いするのは今夜が初めてです。つい先程レーヴ様のお名前を知ったばかりですよ。それをいきなり婚約者と言われましても迷惑しかありません」

「初めてって…それは私が誰かわからない…と?久し振りの再会に照れてわざと知らない振りをしていたのでは?再会が嬉しくて誰も居ない厨房まで誘ったのでは?私が早く貴方を探して迎えに来なくて拗ねていたのでは?」

 どこをどうすればそんな脳内変換が出来るんだ…。
 こいつの頭の中では……。


 やっほー!久しぶりっ!!スルジェだよねっ?
 えー?人違い?またまたぁ~照れちゃってっ!嬉しい癖にツンツンしちゃって、可愛いんだからっ。
 2人きりになりたいの~?いいよーっ、2人きりでイチャイチャしようね!
 あれあれ~?イチャイチャするのが恥ずかしいの?早く会いに来なかったから、拗ねちゃったの~?仕方ないなぁ~まてまて~。

 
 てな感じにお花畑でキャッキャアハハみたいになってたんだろうか…。
 だとしたら…どんだけ思い込みが激しいんだよ、おい!


「嘘だ。貴方が私を忘れるなどありえない…まさか私の伴侶になる約束までも忘れた…と?」


 ……はい?
 約束とか言われても、そんな記憶ないんだけどさ…てか、ホントお前誰よ…。


「嘘も何も…好きでもないのに…ましてやお会いしたことがないのにそんな約束出来る訳がありません」
 
「好きじゃ…ない…って…」

「レーヴ卿、これでは納得するしない以前の話ではないか。当人がはっきりと否定している。卿に彼は渡せない」


 どういう訳か勝ち誇っているように見えるドヤ顔のアルベルトさんの腕が腰に回され引き寄せられた。
 どさくさに紛れて触るんじゃないと、その腕をペシッと叩いて腕から逃げて一歩離れる。


「そんな…ひどい…」


 へなへなと床に崩れ落ちて、べったりと座り込むと俺をきつく睨んだかと思えば顔をクシャクシャにして声を上げて泣き始めた。
 ボロボロと流れてる涙を拭いもしないで、鼻水を垂れ流しながらわんわん泣く様はまるで子供だ。
 呆気に取られて口を開けたまま言葉が出ないのは、アルベルトさんも同じみたいだ。
 いい大人が…それも騎士が…幼子みたいに泣くんじゃないっ!て叱りつけたくなる…。


 ん……あ、あれ?
 この泣き方…なんか見覚えある気が…。
 いつだ?
 いつだった?
 

 目を閉じると同じように泣いている10歳ぐらい男の子の姿が頭の中に浮かんだ。
 泥に塗れて汚れ破れたぼろぼろの服を着た白髪の子供。
 子犬みたいにちょこまかしてた落ち着きのない子供。
 俺のシャツの裾を握って眠る子供。
 断片的なシーンが頭の中に浮かんでくる。
 徐々に蘇ってくる記憶。
 泣き噦る顔がその子供とレーヴ卿の顔とシンクロする。


「あああああぁーーっ!!」

 思い出したと同時に声が出ちゃったよ…。

「ど、どうした?」

「すみません…この方と少し話がしたいので、2人きりにさせて頂けませんか?」

「駄目だ。2人きりにはさせられない」

「もう大丈夫ですから…この状態ではこの方も何もしてきません。もし何かあればさっきみたいに大声を出します。ですから、お願いします」

 あんたに居られたんじゃ、少しばかり都合が悪いんだよ。
 頼むから廊下に出ていてくれよっ。

「では、10分だ。廊下に出て厨房の扉の前に居る。10分過ぎたら中に入る」

「10分で十分です。ありがとうございます」


 不服そうに何度も振り返りながら、アルベルトさんは厨房の外に出てくれた。
 やれやれと一息吐いて、未だぐすぐすと泣いているレーヴ卿の前立つ。
 

「まさかとは思いますが…オロフ?」

 レーヴ卿が一瞬俺を見るが、直ぐにプイっと横を向く。
 子供かよっ!てイラっとして、思わず泣き噦って涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔のレーヴ卿の襟首を両手で掴んで、力づくで立たせた。
 表情が無い癖に不貞腐れているのがわかる。全く俺と視線を合わせようとしない。

「もう1度聞きます…貴方、オロフですよね?オロフであるなら、私が何度も同じことを聞くのが嫌いなの知ってますよね?」


 ビクッと小さく身体が跳ねたかと思うと小さく頷くだけで「そうだ」と肯定した。そして今度はめそめそと泣き始める。その泣き方にイラっとしつつも、無理やり近くにあった作業用の椅子に座らせる。


 あぁ、もう頭が痛い…。
 レーヴ卿がオロフだとは…全然わからなかった…。
 何年経ってんだ…。
 100…いや200年は超えてる…ような。


「貴方ね、いつまで泣いてるつもりですか?いい加減泣き止まないと殴りますよ」

 あ、泣き止んだ。
 全く…こういう所は変わってないんだな。


 しゃがんで目線を合わせて、よしよしと頭を撫でてやると上目遣いで紫の目が俺を見る。
 子供の時に叱られた時見せていたままの仕草だ。
 そう思ってた途端、抱きついてきそうになったが…俺はそんなに甘くない。
 撫でていた手で尽かさずアイアンクローっ!
 ほんの少しだけ指先に力を入れてこめかみにギリリと締めつける。

「痛い…痛い、スルジェ…ごめん、ごめんなさい」

「はい、立派な騎士が子供みたいに甘えない。仮にも貴方の親代わりとして50年育てた私を婚約者とか伴侶とか言って、どういう了見です?私は1度もそんな約束をした覚えはありませんよ」








 
 
 
 
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