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38話

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 打ち上げが始まり1時間後には、広間はぐでんぐでんになったヨッパーたちが騒いでいる。
 最初は和やかに歓談していたけど、案外皆酒に弱いな…。
 床に座り込んでいる3人は肩を組み調子外れの歌を陽気に合唱し、その周りを男同士でペアになって2組が大爆笑しながらワルツを踊っている。
 歌とワルツ…全然マッチしてないんだけど…それでいいのか?
 まぁ、ワルツって辺りが貴族ならではって感じだ。
 ワインボトルを片手にラッパ飲みしながらそれを囃し立てる人もいれば、笑いながらもただひたすら酒を飲んでいる人やカウチに寝そべってイビキをかいている人、壁にもたれて床に座って寝てる人…それぞれ自由気ままにしている。
 どんなどんちゃん騒ぎになるのかと思っていたけど、なんじゃこりゃ?
 なんつーか…拍子抜け。違う意味で唖然。
 こんなの俺からして見りゃ、どんちゃん騒ぎって言うレベルじゃない。お育ちが良いとやっぱ違うのか?それとも今回がそうじゃないって…感じじゃないな。
 よくよく考えてみりゃ、平民出の人がいるって言っても騎士になるにはそれなりの財力も必要だよなぁ。貧民にゃ到底無理か。
 あーー『Golden Dawn』の殆どの血盟員は平民でも貧民の出ばっかだったからなぁ…。中には元貴族ってヤツも居たけど没落系だったし。
 う~ん、よくわからん。
 
 

 散らかされた空き瓶や空いた皿を片付けたたり、足りなくなった酒や料理の補充をしている俺の動きをずっと見ている視線を感じる。
 視線の主はただ1人。そう、アルベルトさんだ。
 敢えて気づいてない振りをして、視線を合わせないようにしているけど…まるで監視されているようで、なんだか落ち着かない。
 でもって、隙あれば近づいて話かけてこようとするのを、上手いことかわし続けてはいるけどさ。
 今はとにかく話はしたくない。うん。


「あの、すみません」

「はい、何かご入用でしょうか?」

 
 扉の脇に置いていたワゴンに汚れた皿を重ねて纏めていたところに声をかけられた。
 声をかけてきた相手に目を向けると、長身で銀髪のダークエルフの男が立っていた。見た目は30代前半ぐらいか。
 出迎えた時、後ろの方に居たのはチラッと見て珍しいなとは思ってはいたんだけど。
 皆とは違う制服で、上着の上から留めてるベルトのバックルにある紋章…あれ、アデリア王国の紋章じゃん。んじゃ、アデリアの騎士って事か。
 保守的なアデリア王国の騎士団にダークエルフがいるなんて、これまた珍しい。


「いきなりで失礼ですが、貴方のお名前を伺っても?」

「スルジュと申しますが、貴方様は?」

「スルジュ?本当にスルジュですか?スルジェの間違いではないですか?」

 誰だ、こいつ。
 何で俺の名前を知っている…。
 俺はこんなヤツ知らないぞ。
 いくら長命種のダークエルフでも、俺の知り合いのダークエルフは皆見た目は爺さんぐらいにはなっている筈だ。こんなに若い訳がない。
 でも、名乗らないこいつは間違いなく俺を知っている。

「そんなに警戒しないで下さい。私はただ知りたいだけです。貴方があのスルジェかどうかを」

 さて、これはどうしたものか…。
 何の目的かわからないまま「はい、そうです」と認めるのはちょっとなぁ。
 しっかし、えらい無表情なヤツだなぁ。愛想笑いの1つもない。喋り方も淡々として起伏がない。元々ダークエルフはクールさを見た目に設定にして売りにしていたから、その性質もクールタイプになったんだろうけど…。
 こいつの場合はクールと言うより、まるで機械仕掛けの人形…ロボットみたいだ。

「私の名前はスルジュで、スルジェではありません。どなたかとお間違えではないでしょうか?」

「私が間違える筈がない。貴方はスルジェです」

「そう言われましても困ります」

 おいおい…詰め寄ってくんなっ。
 近い近い近いっ!
 そんなに近寄って人の顔をじろじろ見んなよなぁ。
 
「確かめます。そのまま動かないで下さい。直ぐに終わります」

 確かめるってどうやって何を確かめるってんだ?
 俺がスルジェである事を証明出来る何かがあるのか?
 んなもんある筈がない。
 動くなって言われても、そりゃ無理ってもんだろ。

 
 詰められた分だけ後ろに下がり間合いを取って、どう隙を突いて逃げるか相手の動きを伺い見るが、俺が逃げる気なのを悟ってるのかあまり隙がない。
 いくら酔っ払いばかりでも、下手に騒ぐのは良くないよなぁ。うーん、やっぱ…駄目だよなぁ。
 ここは1発急所を軽く殴るかして動けなくするのが得策か?
 

「お願いですから逃げないで。確かめるだけです。それ以上の事はしませんから」

 お願いされてもねぇ…。
 目的もわからないのに、聞ける訳ないじゃん。
 当然、却下。

「そういうお願いを承る理由がございません。お断り致します」

「そうですか。仕方ない…ですね。諦めます」

 
 小さな溜息を吐いて、いかにも残念だと肩を落としてはいるけど、その無表情な顔と俺を見る紫の目は諦めてないのがわかる。
 俺も人の事は言えないけど…この嘘吐きめっ。
 こういうのは大概諦めたと見せかけて、こっちが油断したところで何かしら仕掛けてくる。


 事を荒立てたくはないんだけど、仕方ない。
 いいぜ、相手してやんよ。来るなら来いよ。
 俺を舐めんなよっ。

「それでは仕事がありますので、失礼致します」


 ワゴンを押して広間から出ると、気配を消して俺の後を追って広間から出てくる。
 これはあいつにとって好都合。んでもって俺にとっても好都合。
 これが俗にいわゆるwin-winてヤツだな。ん?あれ?なんか違う?使い方合ってない?
 おっと、そんなのはどうでもよくて…気配を消してるけど消し方が甘い。そのぐらいの消し方じゃ、俺には通用しないよ?まるわかりだ。
 フリオさんは広間に居るし、このまま誰も居ない厨房までついて来る気か?
 ふ~ん…尚更都合がいい。
 厨房と広間はちょい離れてるし、厨房は意外と遮音されてるから、音が多少デカくても気づかれない。


 俺がスルジェと知って一体どうするつもりだ。
 今の俺は昔とは違う。
 スルジェはこの時代では過去に存在した人間だ。今更この時代の事柄に関与なんかする気なんて更々ない。
 それは人間の枠から外れて隠遁すると決めた時に、当時のアデリア国王に伝え、代々の国王にも伝えて来た事だ。
 大人しくヒッキーしてたのに、何故今になって俺を知っているというアデリアの騎士が俺の前に現れる。
 もしかして、現国王が何か企んでるとかか?
 

 厨房に入りワゴンから洗い場の水槽へと汚れた食器類を移していると、静かに扉を閉める音がした。あいつだ。
 足音を立てずに近寄って来るのがわかる。
 背を向けたまま気づかない振りをして、あいつがどう仕掛けくるのか様子を伺う。
 背後に立つと動かずにじっと俺の背中を見つめているみたいだ。
 
 仕掛けて来ないのか?
 何やってんだ、このダークエルフは…。

「スルジェ…」

 名を小さく呟く声が耳に入った途端、後ろから抱き締められた…。

 えっ…?
 ええええっ!!
 ちょっと待て。そこは背後から襲って来るのがお約束だろ。
 こ、これは…想定外だ…。
 想定外過ぎるぞ、こらっ!!
 びっくりし過ぎて、一瞬頭の中が真っ白になったぞ、マジでっ!!

「やっと…やっと見つけた」

「ちょ、ちょっと…離して頂けません…でしょうか?」

 ヒィッ!
 首筋に唇がっ!!
 わわわわ、舌先で舐めるなっ!!
 全身がぶるって今なったぞっ!!鳥肌が立ったぞっ!!
 
「嫌だ。離さない。逃がさない」

 もがいて逃げようとすると押さえこもうとしてくるもんだから、当然揉み合いになる訳で…そんでもって揉み合いで作業台に置かれてあった鍋やらボウルやらが床に落ちて散乱してしまう訳で…それらに俺は見事足を取られて床に倒れた処を馬乗りにされマウントポジションを取られた訳だ。
 揉み合いになっている内に、フリオさんのお古の白いシャツの上3つのボタンが飛んでしまった…。

 これ、どうしてくれんだよ…。
 借り物なのに…。

 「見せて。確認させて」

 シャツの襟を掴まれずらされ左の肩口が晒されると、大きく見開いた紫の目がそこに向けられている。

「その肩口の紋章の刺青…あぁ、やはり貴方はスルジェだ」

 え?紋章?刺青?
 何で?何でこいつがそれを知っている?!
 
 俺の左の肩口には血盟『Golden Dawn』の紋章を刺青にして入れいる。
 それを知っているのは、血盟員の中でも古参の幹部数人だけだ。
 太陽を背にして髑髏の頭にクロスして刺さる二振り剣。
 重度の厨二病を患っていた時にデザインした俺の黒歴史の証なだけに恥ずかしい紋章だけど、色々な思い出も詰まっている大切な紋章でもある。

 
「貴方はこれに触れる事を許さなかった。私はずっと触れてみたかった」

 もしかして、俺は本当にこいつに会ったことがあるのか?
 今も昔もこれには誰も触れさせる気は無い、それまで知っているなんて…本当にこいつは誰なんだよ。

 そこに触れようと伸ばしてくる手を側に落ちていた鍋蓋を手にしてかわし、その縁を顎下に狙い定めて打ちつける。
 超手加減ゆるゆるの騎士ナイトの盾スキル【シールドスタン】が決まって、顎下への衝撃に身体が弾け飛んでノックバック。一瞬意識を飛ばしたせいでよろよろと数歩後退るとその場に尻餅をついて座り込んでしまう。
 少しばかり意識が朦朧としているみたいで、目の焦点が合わず薄く口を開いたままだ。
 
 あーあ。
 鍋蓋…どうしよう。
 イネスさんに悪いことしちゃったよ。
 これ、怒られちゃうかなぁ…。

 無残にぐしゃりと歪な形に変形した鍋蓋を手にしたまま、どうしようかと思っていたら厨房の扉が荒々しく音を立てて開いた。
 開けたのはアルベルトさんで、床に座っている俺とダークエルフの姿を見るや否や、その顔に怒りを露わにして大股でズカズカとこっちに向かって来た。

 何でこういう時に来るかなぁ…。
 あー…なんか面倒な事になりそうだ。
 今日はホント厄日だ。マジ勘弁して欲しいよ。
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