妹が自ら手放した騎士の価値~家を出たいと願った令嬢との運命の出会い~

キョウキョウ

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第15話 怒りと焦り※ヴィヴィアン視点

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「あんまりだわっ!」

 ヴィヴィアン・ヴァンローゼの怒声が、豪華な寝室の中に響き渡った。彼女は金色の髪を振り乱し、顔を真っ赤にして部屋の中を行ったり来たりしていた。

「嘘って、なによ! なんで、言ってくれなかったのよっ!」

 彼女は、手に取った高価な陶磁器の花瓶を床に叩きつけた。砕け散る音が部屋中に鋭く響き、花瓶の破片が絨毯の上に散らばった。しかし、それでも彼女の怒りは収まらなかった。

「なんてこと……なんてことなの!」

 ヴィヴィアンはドレッサーの上の小物類を腕で払い落とし、鏡台に向かって座り込んだ。そこに映る自分の姿、美しいはずの顔は怒りで歪んでいる。

 しかし今、彼女はそんなことも気にしていられなかった。

 社交界からもたらされた情報が、彼女の世界を根底から揺るがしていた。

 エドモンド・ウィンターフェイド。かつての婚約者。彼が怪我を負ったこと、仕事で失敗したという話は、全て偽りだったのだ。

「仕事の失敗だと聞いたのに。怪我を負ったって聞いたのに。全部嘘だったなんて!」

 ヴィヴィアンは鏡に映る自分を睨みつけた。現実は彼女の想像とはあまりにもかけ離れていた。エドモンドは昇進して副騎士団長に任命されるという。将来は騎士団長の座も約束されているという。

「あの人が……あの男が……!」

 彼女が婚約を破棄したのは、彼の将来に不安を感じたからだ。仕事に失敗した男に価値はない。そう考えていた。

 だが全ては嘘だった。彼の価値は下がるどころか、上がっていたのだ。

 そして王宮からの使者が彼女の父に伝えた言葉は、さらに彼女を打ちのめした。

「婚約破棄の手続きが不適切? 私たちが叱責を受けるなんて、おかしいわよ」

 ヴィヴィアンは憤然と立ち上がり、窓際まで歩いた。外は曇り空で、彼女の心のように暗く沈んでいた。

「それに、虐待なんて……」

 彼女の頭の中で、使者の言葉が繰り返し響いた。

 ヴァンローゼ家の長女に対する長年の虐待行為について、調査が行われることになりました。

「そんなの大げさよっ!」

 ヴィヴィアンは窓枠を強く握りしめた。彼女の頭の中では、自分の行為を正当化する言葉が次々と浮かんでいた。

「お姉様とは少し仲が悪かっただけ。あれぐらいの意地悪をしたくらいで、虐待って言われるなんて」

 しかし、内心では彼女も理解していた。エレノアへの行為が単なる姉妹喧嘩の域を超えていたことを。食事を取らせない日々、侮辱の言葉、孤立させる策略。

 だけど、それでヴァンローゼ家の名声に傷がつくなんて許せなかった。

「私が悪いわけじゃないわ!」

 彼女は自分に言い聞かせるように叫んだ。

「そもそも、全ての原因はエドモンド様の嘘! 彼が嘘をつかなければ、私は婚約を破棄しなかった。私が被害者なのよ!」

 ヴィヴィアンの思考は、彼女に都合の良い方向へと歪んでいった。

「それに、お姉様だって問題があるわ。いつも黙って、何も言い返してこない。自分のことを守ろうともしない。だから私も……つい……」

 窓の外を見ながら、彼女は思い出していた。エレノアがいつも静かに耐えていた姿。その姿がヴィヴィアンの中で、怒りを呼び起こしていたのだ。

「それに、お父様もお母様も何も言わなかったじゃない。二人とも私の味方だったのよ」

 両親の黙認を思い出し、ヴァンローゼ家ではそれが正しいことだった。彼女は自分の行動に何の問題もなかったと再確認した。

「きっとこれは誤解よ。お姉様が何か言ったのかもしれない。嘘を混ぜて報告したに違いないわ。そうじゃないと、こんなに叱られるなんておかしいもの」

 ヴィヴィアンは次第に自分の中で真実を捻じ曲げ始めていた。彼女の頭の中では、彼女こそが被害者であり、エドモンドとエレノアが加害者だった。

「この事態を放っておくわけにはいかない」

 彼女は決意を固めた。自分で動いて、正しい結果に戻する。

 ヴァンローゼ家の名誉が傷つけられようとしている。彼女の未来に暗い影が落ちようとしている。そのことを彼女は痛いほど感じていた。

「お父様に会いに行きましょう」

 ヴィヴィアンはドレスの裾を整え、鏡の前で表情を取り繕った。

「当主であるお父様になんとかしてもらわないと。ヴァンローゼ家の名誉を守るために、きっと立ち上がってくれる」

 彼女はそう信じたかった。そう信じなければならなかった。

「悪いのは向こう側よ。エドモンド様が嘘をついた。お姉様が嘘の報告をした。この真実を明らかにしてもらわないと……」

 焦りと怒りを抱えながら、ヴィヴィアンは父の書斎へと向かった。彼女の心の中では、まだ自分が正しいという確信が揺るがなかった。しかし、彼女が気づいていなかったのは、すでに周囲の状況が変わり始めていたということ。
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