芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥

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決断

113話

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 ほっとした様子の蓮花をみて、次は自分が聞く番だと飛龍は口を開いた。

「私も蓮花に聞きたいことがある」
「私にですか?」

 飛龍は長椅子へと蓮花を誘導し隣に座らせる。
 不思議そうにする蓮花に飛龍は一瞬ためらったが、心を決めて質問をした。

「誰かから告白されたというのは本当か?」
「え⁉ ど、どうして飛龍様が知ってらっしゃるんですか!」

 蓮花はまさか飛龍がその事を知っているとは思わず、大きな声を出してしまった。そして自分の意思と反して顔に熱が集まる。
 蓮花の頬が赤く染まる瞬間を見て、飛龍は最悪の事態を想定した。

「好きなのか? その男のこと」

 飛龍の大きな手が蓮花の腕を掴む。飛龍は力が入ってしまいそうになるのを必死に抑える。蓮花の口からそうだと告げられるところを想像しただけで胸に鋭い痛みが走る。

「小さい頃からの友人ですが、お断りしました」
「断った……?」
「はい」

 蓮花の言葉を聞いて飛龍は蓮花の腕を掴んでいた手を緩める。

「すまない、乱暴に腕を掴んだりして」
「いえ、痛くありませんでしたし大丈夫です」
「……蓮花が他の男といると考えただけで苦しいんだ」
「え?」

 蓮花は自分の耳が都合のいい聞き間違いを起こしたのかと思った。しかし目の前の飛龍の蓮花を見る翡翠の瞳は熱っぽく、眉は切なげに寄せられている。

「それは、どういう――」

 飛龍の手が蓮花の頬に添えられたと思ったら、蓮花の言葉は飛龍の唇によって奪われた。
 蓮花は眼前いっぱいに広がる飛龍の顔と唇に感じる柔らかな感触に頭が真っ白になった。

 どれだけの時間だったのだろうか。もしかすると一瞬だったのかもしれない。そっと飛龍の唇が離れていく。

「好きなんだ――蓮花のことが」

 蓮花は息を呑んだ。まさか、飛龍が自分のことを。からかわれているのだろうか。それとも解毒に私が一役買ったから、感謝の気持ちと混同しているのかも。

 蓮花は浮かれないように、予防線となる出来事を頭に幾つも思い浮かべる。
 でもどうしたって、飛龍が言ってくれた言葉に喜ぶ気持ちを無視できない。

「飛龍様が、私のことを好き……?」
「ああ、好きだ」

 独り言のように呟く言葉にも返事をしてくれる飛龍。飛龍の親指が優しく蓮花の頬を撫でる。

「上級貴族じゃないし、手もがさがさで、それにこれといった特技もないです」
「手は蓮花が今までいっぱい努力してきた証だ。特技や身分なんてどうでもいい。蓮花が傍にいてくれるだけで私は嬉しい」
「でも……」

 蓮花はこんな都合のいいことがあるはずがないと思った。自分が好きになった人に好きになってもらえる。それは奇跡のようなことだと思っていたから。

「家族想いで、一生懸命。困っている人にすぐ手を差し伸べる。それに私の力になりたいと言ってくれた。そんな優しい蓮花が好きなんだ。龍人は一度愛した人には重いくらい愛情を注ぐ。いや愛でたくて仕方なくなる。蓮花が傍にいてくれないと私の心は死んだも当然だ。――頼む、周りの事なんて考えずに蓮花の気持ちを聞かせてほしい」

 飛龍は両手で蓮花の顔を包み込む。蓮花は誠実に一つ一つ想いを伝えてくれる飛龍に胸が詰まった。もうあれこれ並べるのはやめよう。蓮花は決意した。

「私も……、私も飛龍様のことが好きです。お慕いしています。民の為に命を張るほどの覚悟をもっている貴方に。大きな責任を抱える貴方を支えたい、貴方の心を守ってあげたいんです。それが私にできるなら」

 言葉を紡ぐたびに蓮花の目から涙が溢れてくる。飛龍は優しくその涙を拭いながら笑った。

「そんなの蓮花にしかできない。――私の妻になってくれるか?」

 蓮花は涙で声が詰まってしまって言葉を返せない。必死に首を上下に振った。
 飛龍は蓮花を力強く抱きしめる。それだけで心が満たされていくことが分かった。飛龍の気持ちなのか、龍人の本能かはわからない。飛龍にはどうでもよかった。

 ただ蓮花が自分の腕の中にいる。その事実だけが飛龍にとって大事なものだった。






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