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決断
エピローグ
しおりを挟むあれから一年――。
天聖国全体が明るい活気に満ちていた。
第一皇子の飛龍とその正妃になる蓮花のお披露目の時が来たからだ。
決して高くない身分の蓮花が皇子である飛龍と結ばれることになったのか。
国民の間ではいろいろな噂が飛び交っていた。
お忍びで町に来ていた時に出会ったとか、とあるご令嬢を介して出会ったとか。どの噂が本当かみんなで予想をするが、一番ありえないと言われたのが第一皇子の命を救ったというものだった。
第一皇子が命の危機にあればすぐ国中にその話が広がるはず。そんな物語のような話があるわけがないと笑い飛ばされていた。
国民たちはその噂が一番的を射ていることを、これからも知ることはないだろう。
「姉様とっても綺麗! 私もお嫁さんになったらこんな服着たい!」
花嫁衣裳を初めて見る玲玲はくるくると蓮花の周りを歩く。落ち着きのない妹を蘭翠はたしなめつつ、姉の晴れ姿に笑顔は消えることはない。
王偉はまるで別人のような姉の姿に照れつつも、摘んできた花を贈る。王静は直近の科挙に合格し新米官吏として働き始めたため、今日は官吏として持ち場についている。親族という事できちんと先ほど会うことができた。
王琳と蘭玲は娘の花嫁姿に嬉しさと寂しさが湧き上がる。蓮花も正妃として後宮入りした後は頻繁に実家に帰ることは難しいと理解しているため、家族の姿を目に焼き付けるようにともに時間を過ごした。
「蓮花様、名残惜しいですがそろそろお時間です」
「ええ、今日はよろしくお願いいたします。――綉礼様」
蓮花は振り返り付添人である綉礼に応える。妃の付添人を務めるものはその後も付き合いを長く続ける傾向にある。そのため、上級貴族の令嬢が務めることが多い。
ただ妃の座を狙っていた令嬢たちは自分より身分の低い蓮花に付き従う事を嫌がるか、これ幸いと飛龍に次は自分を妃に、と売り出そうとする者が多かった。
もちろんそんな者たちを飛龍が近づけるはずもなく、蓮花と仲の良い綉礼はその役目を買って出た。
「次は綉礼様の婚姻があるのでとても楽しみです。本当は私が付添人をしたかったのですが……」
「まあ、正妃様に付添人をさせるわけにはいきませんわ。雲嵐様に叱られてしまいます」
ふふふと笑う綉礼はとても幸せそうだった。飛龍が蓮花に求婚してほどなく、雲嵐も綉礼に求婚したのだ。飛龍が妃を迎えてからでなければと煌嵐が口うるさく言うため、それを待っていたらしい。
綉礼は蓮花が正妃になることを知ってから蓮花の呼称を改めた。蓮花はそのままでいいと言ったのだが、そういう訳には行かないと言われてしまった。
「それにしてもとても美しいです、蓮花様。近頃町では蓮花様のことを蓮花様のお名前にかけて芙蓉妃と呼ばれていると小耳にはさみました」
「そんなに綺麗な名前で呼んでいただく柄ではないので、初めて聞いたときは少し恥ずかしかったです」
蓮花は綉礼まで知っていることに驚きつつ苦笑いをこぼした。
「そんなことありません! 今日のお召し物も綺麗な蓮の花があしらわれて、蓮花様の可憐な様子が際立っています」
手放しでそう褒めてくれる綉礼に蓮花も緊張していた気持ちが少しほぐれた。
これから国民たち集まっている宮廷の広場に、二人の姿を披露する。滅多にない慶事なので特別に国民たちが宮廷に入れるようにしている。
「あそこを曲がれば飛龍皇子がお待ちです。蓮花様のそのお姿を見ればきっともっと骨抜きですね」
「そうでしょうか……、緊張してきました」
そんな話をしながら曲がり角を曲がると、薄藍の婚礼衣装に身を包んだ飛龍が扉の前で待っていた。
飛龍は蓮花の前を歩く綉礼の姿に気付き、体をこちらに向ける。
「お待たせいたしました、正妃様のご到着です」
「ありがとう」
綉礼は邪魔をしないよう待機室へと戻って行った。
韓紅の生地に薄桃色で蓮の花をあしらった蓮花の衣装と、薄藍の生地に龍が舞う様子をあしらった飛龍の衣装。ふたりが並ぶと一枚の絵が完成したかのようだった。
飛龍は蓮花の可憐な姿を見て幸せを噛み締める。
「とても美しい。こんな綺麗な花嫁を迎えられる私は世界一の幸せ者だ」
「もう、飛龍様ったら大袈裟です。でも、私が綺麗になったとしたらそれは飛龍様のおかげです。飛龍に可愛いって思って貰えるようにいっぱい努力しましたから」
少し冗談めかしてそう返すと飛龍が拗ねたような顔をした。
「こんなに可愛いのに口付けを我慢しなければならないとは……辛すぎる」
「な、何言ってるんですか!」
飛龍の発言に頬が赤くなる蓮花。飛龍は笑って手を差し伸べる。
「これからずっと私の隣を歩んでくれるか?」
それはいつかの飛龍の望みだった。あの時はきちんと応えることが出来なかったが、今なら自信を持って言える。
「もちろんです!」
扉が開き二人は光の方へと歩いてゆく。そして一拍置いて更に大きくなった国民たちの祝福の声に包まれる。
それは新たに後宮に芙蓉という花が開いた証だった。
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