44 / 90
本編
13 - 4 彼らの任務
しおりを挟む
「アスターがずっとお前に執着してたからロゼがお前を警護してたんだがな、今回の捜査には魔法検知の出来る人材が多く必要だった。言い方は悪いが、警護のために優秀な人材を割くわけにもいかず、アスターを遠征に出した方が得策だと判断した。一応こっちにいるギルド員を念のためお前に付けて、行動は報告させていた」
ユーディスは申し訳なさそうに眉尻を下げる。
私の行動が筒抜けだったのは、捜査チームで情報共有していたからだったようだ。ロゼが私のそばにいたのも、やはり任務のため。薄々気付いていたことなのに、改めて聞かされると心が重い。
「その矢先、アスターに付けてた捜査チームの方で動きがあった。魔法検知に成功したと報告があったんだ。アスターのピアスに反応があって、宿泊先で取り押さえたらしい。だがその時、現場にいたのが捜査チームの他に一般人もいた。自暴自棄になったアスターは周りに被害を出して逃走した」
「指名手配されたのはそれだったんですね。……その時ロゼとディランもいたんですよね? 彼らでも止められなかったんですか」
ロゼは魔導士の中でも優秀だと言われていた。ディランだってランク試験こそ受けていないが、能力は高いと聞いている。彼らでもアスターを捕えられなかったんだろうか。
ユーディスは視線を落とすと、髪をかきあげて小さく息をついた。
「アスターはランク六でも上位にいて潜伏魔法も使える。ランク七相当の実力だったそうだ。捜査チームにランク七のギルド員も配備してたがみんな一般人を守りながらの応戦で、ロゼは奴を殺さないよう加減してたせいか大きな怪我を負った」
大きな怪我。それを聞いて血の気が引いた。
私はまだ、ロゼがこの町に戻った姿を見ていない。
「ロゼは無事なんですか……!? どんな怪我をしたんですか!?」
「腹を斬られただけだ。ディランが治療して、今はもう任務に就いてるよ」
「斬られただけって……!」
居ても立ってもいられず、ブランケットをめくってベッドから出ようとすると、すぐに腕をつかまれた。
「落ち着け! アイツはそんな柔じゃない、心配いらん」
「だってまだ、彼の姿を見てません……」
何か言いたげなユーディスだったが、黙って私をベッドの真ん中に戻して、上からブランケットをかぶせた。薄いグレーの瞳が心配そうに私を見る。
「まだここを出るのは許可できない。何も食ってないんだからちゃんと飯を食え。今立ち上がったって倒れるぞ」
「……はい」
私がアスターに襲われた時、ロゼはあの現場にいたんだろうか。怪我をした体で……? 思い出そうとしてもぼんやりしたまま頭が働かない。思い出せないことに苛立ちが募る。
「──そうだ。これ、返しておくよ」
ユーディスは私の前に小さな紙の袋を差し出した。私が手を出して受け取ろうとすると、彼は袋をひっくり返して中の物を私の手のひらに落とした。
あまり重さを感じない繊細な金属のチェーン。シャラシャラと音がして、切れたところは新しいチェーンで修理されている。そこにぶらさがる小さな淡い黄緑の石。私を守ってくれた物。
「帰宅許可が出たら自分で着けてくれ。……大層な物をもらったもんだな」
恐らく術者以外の異性が触れると魔法が発動する物。以前、ホール店員のクリエが私の腕に触れても魔法は発動しなかった。
本当に大層だと思う。そこまでしてロゼは私を守ろうとしていたんだ。それも全部、任務のため……だったんだ。
「……ロゼは、今どこに……?」
「任務遂行中だ。片付いたらそのうち顔を出すだろう」
今は会えない……。
魔法薬の捜査はまだ今も続いているんだ。
「そうですか……。ユーディスさんはここにいていいんですか?」
「今はここで、のんびりおしゃべりするのが俺の仕事だな」
ユーディスが明るく冗談のように話していると、入口の方から「失礼します」と女性の声が聞こえた。
「目が覚めて良かったわサリダ。気分はどう?」
姿を見せたのはいつも執務室にいる事務のリリアン。ベッドの横にあるベッドテーブルを私の前に移し、その上にトレーを置いた。少し深さのある皿で私の目に映るのは濁った黄金色の液体。ブイヨンのいい香りがして、スープのように見える。
「これはレオンお手製のリゾット。とーっても柔らかくしておいたわよって。無理しないで食べられるだけでいいから。丸二日何も食べてないんだから少しずつ胃腸を動かして」
リリアンがレオンの表情と口調を真似て言うから、思わず笑みが零れた。それを見ていたユーディスの表情が少し和らいだ。
ほとんど液体のリゾットに口を付けた。知っている、いつものレオンの味。『早く元気になって戻って来なさいよね!』とおじさんの裏声が脳裏に響く。
温かい。早く顔を見たい。ラモントでいつもの軽口を叩きたい。いつもの日常が恋しい。そのためにも、しっかり食べなくちゃ。
子供でも足りないくらいの量を完食し、苦しくなったお腹を擦った。
それから翌日になってもロゼは任務に出ていて会えなかった。その次の日も。毎日顔を出してくれるのはユーディスとリリアン、そして私のケアをする女性の治癒士だけ。
私の帰宅も許可が下りない。帰宅……といってもアスターに襲われたあのロゼの家に戻るのか、私のアパートへ戻るのか、何も考えていなかった。
ウィスコールの四階の一室を借りていて、私はそこで過ごしていた。
シャワーもついているし、洗濯はリリアンに言えばいい。着替えなどは全てロゼが渡していたのか、私の衣類が入った鞄が届けられていた。
アスターを捕らえることができ、私の警護も必要なくなったからかもしれない。
ロゼが私に会いに来ることはなかった。
ユーディスは申し訳なさそうに眉尻を下げる。
私の行動が筒抜けだったのは、捜査チームで情報共有していたからだったようだ。ロゼが私のそばにいたのも、やはり任務のため。薄々気付いていたことなのに、改めて聞かされると心が重い。
「その矢先、アスターに付けてた捜査チームの方で動きがあった。魔法検知に成功したと報告があったんだ。アスターのピアスに反応があって、宿泊先で取り押さえたらしい。だがその時、現場にいたのが捜査チームの他に一般人もいた。自暴自棄になったアスターは周りに被害を出して逃走した」
「指名手配されたのはそれだったんですね。……その時ロゼとディランもいたんですよね? 彼らでも止められなかったんですか」
ロゼは魔導士の中でも優秀だと言われていた。ディランだってランク試験こそ受けていないが、能力は高いと聞いている。彼らでもアスターを捕えられなかったんだろうか。
ユーディスは視線を落とすと、髪をかきあげて小さく息をついた。
「アスターはランク六でも上位にいて潜伏魔法も使える。ランク七相当の実力だったそうだ。捜査チームにランク七のギルド員も配備してたがみんな一般人を守りながらの応戦で、ロゼは奴を殺さないよう加減してたせいか大きな怪我を負った」
大きな怪我。それを聞いて血の気が引いた。
私はまだ、ロゼがこの町に戻った姿を見ていない。
「ロゼは無事なんですか……!? どんな怪我をしたんですか!?」
「腹を斬られただけだ。ディランが治療して、今はもう任務に就いてるよ」
「斬られただけって……!」
居ても立ってもいられず、ブランケットをめくってベッドから出ようとすると、すぐに腕をつかまれた。
「落ち着け! アイツはそんな柔じゃない、心配いらん」
「だってまだ、彼の姿を見てません……」
何か言いたげなユーディスだったが、黙って私をベッドの真ん中に戻して、上からブランケットをかぶせた。薄いグレーの瞳が心配そうに私を見る。
「まだここを出るのは許可できない。何も食ってないんだからちゃんと飯を食え。今立ち上がったって倒れるぞ」
「……はい」
私がアスターに襲われた時、ロゼはあの現場にいたんだろうか。怪我をした体で……? 思い出そうとしてもぼんやりしたまま頭が働かない。思い出せないことに苛立ちが募る。
「──そうだ。これ、返しておくよ」
ユーディスは私の前に小さな紙の袋を差し出した。私が手を出して受け取ろうとすると、彼は袋をひっくり返して中の物を私の手のひらに落とした。
あまり重さを感じない繊細な金属のチェーン。シャラシャラと音がして、切れたところは新しいチェーンで修理されている。そこにぶらさがる小さな淡い黄緑の石。私を守ってくれた物。
「帰宅許可が出たら自分で着けてくれ。……大層な物をもらったもんだな」
恐らく術者以外の異性が触れると魔法が発動する物。以前、ホール店員のクリエが私の腕に触れても魔法は発動しなかった。
本当に大層だと思う。そこまでしてロゼは私を守ろうとしていたんだ。それも全部、任務のため……だったんだ。
「……ロゼは、今どこに……?」
「任務遂行中だ。片付いたらそのうち顔を出すだろう」
今は会えない……。
魔法薬の捜査はまだ今も続いているんだ。
「そうですか……。ユーディスさんはここにいていいんですか?」
「今はここで、のんびりおしゃべりするのが俺の仕事だな」
ユーディスが明るく冗談のように話していると、入口の方から「失礼します」と女性の声が聞こえた。
「目が覚めて良かったわサリダ。気分はどう?」
姿を見せたのはいつも執務室にいる事務のリリアン。ベッドの横にあるベッドテーブルを私の前に移し、その上にトレーを置いた。少し深さのある皿で私の目に映るのは濁った黄金色の液体。ブイヨンのいい香りがして、スープのように見える。
「これはレオンお手製のリゾット。とーっても柔らかくしておいたわよって。無理しないで食べられるだけでいいから。丸二日何も食べてないんだから少しずつ胃腸を動かして」
リリアンがレオンの表情と口調を真似て言うから、思わず笑みが零れた。それを見ていたユーディスの表情が少し和らいだ。
ほとんど液体のリゾットに口を付けた。知っている、いつものレオンの味。『早く元気になって戻って来なさいよね!』とおじさんの裏声が脳裏に響く。
温かい。早く顔を見たい。ラモントでいつもの軽口を叩きたい。いつもの日常が恋しい。そのためにも、しっかり食べなくちゃ。
子供でも足りないくらいの量を完食し、苦しくなったお腹を擦った。
それから翌日になってもロゼは任務に出ていて会えなかった。その次の日も。毎日顔を出してくれるのはユーディスとリリアン、そして私のケアをする女性の治癒士だけ。
私の帰宅も許可が下りない。帰宅……といってもアスターに襲われたあのロゼの家に戻るのか、私のアパートへ戻るのか、何も考えていなかった。
ウィスコールの四階の一室を借りていて、私はそこで過ごしていた。
シャワーもついているし、洗濯はリリアンに言えばいい。着替えなどは全てロゼが渡していたのか、私の衣類が入った鞄が届けられていた。
アスターを捕らえることができ、私の警護も必要なくなったからかもしれない。
ロゼが私に会いに来ることはなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる