2 / 23
1.いつもの朝
しおりを挟む
けたたましい電子音で目を覚ます。
枕元に置いた携帯電話のアラームが、朝の到来を告げていた。
私はその騒音に忌々しさを感じつつアラームを消すと、布団を被り直した。
まだ外出の時刻まではたっぷりある。余裕があれば珈琲でも飲んで優雅な朝を迎えるところだが、今はそれよりも一秒でも長く、泥のような眠りにつきたい。
「……って、違うじゃん!」
そう思って一度瞼を閉じた後、自分の過ちに気付いて私は勢いよく布団を蹴り上げた。
今日は教育実習先の中学校で、部活見学の約束をしていたのだった。
昔の顧問が、今も実習先の学校で教鞭を奮っていたから、先生の様子を見せてもらう目的も兼ねて、朝の部活練習に誘われていたことを完全に失念してた。
私は大慌てで洗面所に走り、顔を洗い、アイロンで髪の毛を引っ張り整える。あまり良くないことは承知の上だが、時間がない。どうしてもっと早く起きなかったのか。違う。いつもより早めのアラームを設定したのに、私が二度寝しただけだ。
私は鏡越しに壁掛け時計で時刻を確認した。まだ約束の時間までは30分ある。都会から少し離れた郊外故に、最寄りのバス停に停まるバスの数はそう多くない。
「ヤバいヤバい!」
バスが来るまで残り10分。ゆっくり朝ご飯を食べる余裕はない。
私は冷蔵庫の中からゼリー飲料のパッケージをふんだくって蓋を開けると、強引に中身を吸引した。
残った空のパッケージを台所前のゴミ箱に雑にシュートインして、玄関の鍵を探す。ない。違う。ある。鞄に入れっぱなしだ。昨日疲れて、お風呂に入って髪を乾す前に横になっちゃったから鞄の中を整理する時間がなかっただけだ。
「行ってきます!」
一人暮らしだから誰か返事をする人がいるわけじゃないけれど、声を張り上げて、心地よい自室から、蒸し暑い外の世界へ足を踏み出した。
「だから違う!」
今度は鞄を玄関に置きっぱなしだったことに気付いて、再度扉の鍵を開けて鞄を掴んだ。
慌ただしい朝。暖かな太陽の照りつける青空の下。
私は乗換アプリを見直して、まだ間に合うことを確認して走り出す。
自分が住んでいるアパートからバス停までは、坂道を下る必要がある。革靴だと走りにくくて敵わないが、走り出して転んでもしたら目も当てられない。
私は慎重に、それでも急いで坂道を下って、バス停に向かう。
不運にも信号が赤になり、横断歩道で足止めを食らった。急く気持ちで車道を見ると、既に目的のバスがこちらに向かって来ていた。
「待ってください!」
信号が青になった瞬間、私は横断歩道を全速力で渡った。
私の必死の叫びは運転手に伝わったようで、一度閉まった扉がプシュウと音を立てて再び開扉した。
「すみません」
息を切らして携帯電話をICカードの読み取り機に翳した。定期券アプリが起動して、バスの扉が閉まる。
私は早朝故にまだガラガラに空いている座席に座り、一息ついた。
バスが十字路を曲がった時、窓から差し込む太陽の光に、目を細めた。
何一つ怖がることのない空。
もうあれから6年。私は平穏な暮らしを続けていた。仲間を喰らう狼を警戒する小山羊のように毎日に脅えることはない。
いつまた世界に巨大な獣が現れるのか、恐怖を感じながら空を見上げる必要はない。
先輩が自分を犠牲に与えてくれたこの平和はもう当たり前のものになっていて。
それでもふとした時に、あの頃のことを思い出した。それは例えば、この歳にもなって寝坊で遅刻するかもしれない恥ずかしさから逃れてホッとした時とか。
暫くそんな気持ちで窓から空を見上げていると、いつの間にか校門が見えてきた。
バスを降りる時に運転手にありがとうございますの挨拶をしたら、次はもっと余裕を持って乗りなよ、とその運転手に笑って忠告されて、思わず頬が赤らむのを感じた。
枕元に置いた携帯電話のアラームが、朝の到来を告げていた。
私はその騒音に忌々しさを感じつつアラームを消すと、布団を被り直した。
まだ外出の時刻まではたっぷりある。余裕があれば珈琲でも飲んで優雅な朝を迎えるところだが、今はそれよりも一秒でも長く、泥のような眠りにつきたい。
「……って、違うじゃん!」
そう思って一度瞼を閉じた後、自分の過ちに気付いて私は勢いよく布団を蹴り上げた。
今日は教育実習先の中学校で、部活見学の約束をしていたのだった。
昔の顧問が、今も実習先の学校で教鞭を奮っていたから、先生の様子を見せてもらう目的も兼ねて、朝の部活練習に誘われていたことを完全に失念してた。
私は大慌てで洗面所に走り、顔を洗い、アイロンで髪の毛を引っ張り整える。あまり良くないことは承知の上だが、時間がない。どうしてもっと早く起きなかったのか。違う。いつもより早めのアラームを設定したのに、私が二度寝しただけだ。
私は鏡越しに壁掛け時計で時刻を確認した。まだ約束の時間までは30分ある。都会から少し離れた郊外故に、最寄りのバス停に停まるバスの数はそう多くない。
「ヤバいヤバい!」
バスが来るまで残り10分。ゆっくり朝ご飯を食べる余裕はない。
私は冷蔵庫の中からゼリー飲料のパッケージをふんだくって蓋を開けると、強引に中身を吸引した。
残った空のパッケージを台所前のゴミ箱に雑にシュートインして、玄関の鍵を探す。ない。違う。ある。鞄に入れっぱなしだ。昨日疲れて、お風呂に入って髪を乾す前に横になっちゃったから鞄の中を整理する時間がなかっただけだ。
「行ってきます!」
一人暮らしだから誰か返事をする人がいるわけじゃないけれど、声を張り上げて、心地よい自室から、蒸し暑い外の世界へ足を踏み出した。
「だから違う!」
今度は鞄を玄関に置きっぱなしだったことに気付いて、再度扉の鍵を開けて鞄を掴んだ。
慌ただしい朝。暖かな太陽の照りつける青空の下。
私は乗換アプリを見直して、まだ間に合うことを確認して走り出す。
自分が住んでいるアパートからバス停までは、坂道を下る必要がある。革靴だと走りにくくて敵わないが、走り出して転んでもしたら目も当てられない。
私は慎重に、それでも急いで坂道を下って、バス停に向かう。
不運にも信号が赤になり、横断歩道で足止めを食らった。急く気持ちで車道を見ると、既に目的のバスがこちらに向かって来ていた。
「待ってください!」
信号が青になった瞬間、私は横断歩道を全速力で渡った。
私の必死の叫びは運転手に伝わったようで、一度閉まった扉がプシュウと音を立てて再び開扉した。
「すみません」
息を切らして携帯電話をICカードの読み取り機に翳した。定期券アプリが起動して、バスの扉が閉まる。
私は早朝故にまだガラガラに空いている座席に座り、一息ついた。
バスが十字路を曲がった時、窓から差し込む太陽の光に、目を細めた。
何一つ怖がることのない空。
もうあれから6年。私は平穏な暮らしを続けていた。仲間を喰らう狼を警戒する小山羊のように毎日に脅えることはない。
いつまた世界に巨大な獣が現れるのか、恐怖を感じながら空を見上げる必要はない。
先輩が自分を犠牲に与えてくれたこの平和はもう当たり前のものになっていて。
それでもふとした時に、あの頃のことを思い出した。それは例えば、この歳にもなって寝坊で遅刻するかもしれない恥ずかしさから逃れてホッとした時とか。
暫くそんな気持ちで窓から空を見上げていると、いつの間にか校門が見えてきた。
バスを降りる時に運転手にありがとうございますの挨拶をしたら、次はもっと余裕を持って乗りなよ、とその運転手に笑って忠告されて、思わず頬が赤らむのを感じた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる